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第20話 上層突入!

「── 【ムーブ・オン! ”マーク”】」


 待ちに待った土曜日。

 午前中に配信の予告を済ませておいた私は、配信開始の10分前に前回の探索で記録しておいた座標……渋谷ダンジョン上層への入口へと戻って来た。

 すり鉢状の地面を見下ろせば、水面の様に揺れる穴の奥に上層の光景が微かに見える。

 浅層と同じような洞窟だけど、壁面や地面の色は土色では無く黒に近い灰色だ。

 水墨画を思わせるそこは、層を分ける水面の境界を挟んでいることによって、より一層異界であるのだと言う印象を強めていた。


(……良し! そろそろやるか!)


 気を引き締めてカメラの位置を調整したり、見映えの良いアングルを探したりと配信に向けて準備を進める。


 そして、SNSで予告していた配信開始の時間になった。


「皆さんこんにちは! 約一週間ぶりのダンジョン探索、やって行きましょう!」

〔テンション高いなw〕

〔今回から上層だしな〕

〔ていうか服!〕

〔新衣装だ!〕


 配信開始の挨拶をすると、早速リスナーが私の服について触れてくれる。

 そう、水曜日に行った雑談配信で映り込んでしまった衣装を今日は着て来ていたのだ。


「ふふ、どうですかこの衣装? 結構雰囲気が私に合ってる気はしているんですけど……」


 そう言って、その場でくるっと回転して見せてみる。

 こうして実際に着てみたのは試着を含めて二度目だが、やはり探索も前提で作られた衣装だ。動きの阻害も少ないし、生地の丈夫さの割に軽量とかなり出来が良い。これで2万円行かないのだからすごい。


〔かわいい!〕

〔これUMIQLOか。やっぱりコスパ良いよなあそこ〕

〔似合ってるよ!〕

「ありがとうございます! 水曜日の雑談配信を見ていないリスナーさんに説明しますと──」


 やはりリスナーの中にもこの服がUMIQLOの物だと知っている人はそれなりにいるようだ。

 私の様な駆け出しダイバーは大抵皆あのブランドにお世話になるようだから、配信で見る事も多いのだろう。もしかしたらそう言ったところで宣伝広告費を浮かせているのかも知れない。そうすれば配信を見たリスナーがダイバーになる時も自然とUMIQLOを着て配信し、それが宣伝になる……うん、やり手だな。

 まあそのおかげで私も良い配信衣装が手に入った訳だし、お礼も兼ねてしっかり見栄えを意識して行こう。


「……さて、前置きはこの辺りにして、いよいよ私も上層ダイバーの仲間入りです! 早速新天地への一歩を踏み出しましょう!」

〔いやぁ、ここまで長かっ……たか?〕

〔いよいよと言った感慨は薄いなw〕

〔実際浅層から上層までは割と早く来れるダイバーも多いけど、ヴィオレットちゃんは断トツなんよw〕


 そんなコメントを流し読みしながら、私はさざ波立つ穴の淵へと飛び込んだ。

 水面の境界を越える際は魔力濃度の差によって屈折率の異なる空気がまるで泡のようにハッキリと見える反面、まるで霧の壁に飛び込むように手応えが無い不思議な感覚だった。

 そして外から見たよりも深い地面に危なげなく着地すると、そこには上層と呼ばれるダンジョンの光景が広がっていた。


〔こっから本番だな〕

〔駆け出しが一番躓くのがこの層だからな〕

〔まあ既にコマンダーの一件で安心感が拭えないが〕

「あはは……流石にあんなに厳しい戦いはそうそう無いと思いますけど、油断はせずに行きたいですね」


 兎にも角にも先ずは周囲の状況把握だ。

 今私が居るのはやや狭い小部屋の壁際らしく、そこから幾つかの通路が伸びている。……しかし、それが分かるのは私が魔族の目を持っているからであり、本来ならランプの光も届かない範囲。

 先ずはこの壁伝いに歩きながら、部屋の様子を把握するように視線を彷徨わせる。


「取りあえず、魔物はいないみたいですね」

〔運が悪いとここにも二、三体魔物が居たりするからラッキーだね〕

〔上層で注意したいのはブラックウルフとブラッドバットだな。両方とも索敵範囲が広くて暗闇で見分け辛い上に群れるから、不意打ちを食らいやすい〕

〔浅層は殆どゴブリンやコボルトみたいな人型しかいないから、四足だったり飛んでたりする魔物相手だと対処に慣れるまで梃子摺りやすいのもあるんだよね…〕

「なるほど……参考になります」


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 そんな風に普通とは少し違う意味でコメントを参考にしながら、私は早速辿り着いた通路の先を目指す。その時。


 ──ウオオォォォォォォンッ!


 と、狼の遠吠えの様なものが響き渡った。


「っ! 噂をすれば……って奴ですかね?」


 直後、明らかに人間の物とは異なるリズムで近付いて来る足音……ブラックウルフで間違いないだろう。

 先程の声と同様、足音は正面から聞こえてくるが……


〔部屋に戻って!〕

〔挟み撃ちにされるぞ!〕

「な……っ!?」


 コメントの注意を参考に耳をすませば、魔族の聴覚をもってしても微かに聞こえる程度の小さな足音が背後から聞こえて来た。


(態とわかりやすく足音を立てて、別方向から回り込ませた仲間を隠すとは……!)


 先ほどの遠吠えも注意を自分に向けるのと同時に、仲間に指示を飛ばしていたのだ。見た目が狼なだけあって、狩りはお手の物か……


「く……ッ!」


 仕方なく通路を引き返し、部屋へと戻る。すると別の通路から現れた黒い体躯の狼と視線が重なった。


「もうちょっと見せ場を意識したかったのですが、仕方ないですね──【エンチャント・サンダー】!」

〔!?〕

〔新しい属性!いつの間に!?〕

〔コマンダー倒した時に覚えてたのか!〕


 指を添えたローレル・レイピアが激しく発行し、バチバチと放電を始める。

 ランプを遥かに超えるその光が暗い部屋を照らし、闇に紛れる三体の黒い獣の姿を暴いた。


「グルルル……!」

「見つけましたよ!」


 素早く駆け寄るも対するブラックウルフ達は直ぐには応じず、部屋の中をぐるぐると逃げ回る。


「群れの合流を待つつもりですか……」

〔厄介だな〕

〔飛び道具が無いときつそうだな…〕


 全力を出せば追い付くのは容易いが、そんな事をすればリスナーが不審がるのも明白。ここは体力の温存を優先し、ブラックウルフが攻めて来るのを待つしかない。

 そうこうしているうちに先程の通路からも四体のブラックウルフが現れて合流……合計七体の黒い狼がこちらを睨みながら包囲する形になった。


「ガアァァッ!」


 その内の一体が吠えて動くと、それに従うように六体の狼が一団となって飛び掛かって来る。しかし……


「このくらいであれば、まだまだ余裕で見切れますよ!」


 百体以上のゴブリンに包囲され、集中砲火を捌いた姿を見せたのだ。この程度で傷を負えば、逆に怪しまれると言う物。

 ひらりひらりと追撃を躱し、全てのブラックウルフが一か所に集まったところで……


「──【ラッシュピアッサー】!」

「ギャンッ!!」


 一層激しく迸る雷が狼の群れを貫いた。




「……思ったよりも苦戦しませんでしたね」

〔もっと大きな群れをもう倒してるしなぁ…〕

〔アトネキも言ってたやろ?やっぱり実力はもう中層クラスなんよ〕

〔流石は強すぎる駆け出しダイバー……アトさんが言ってた通り、中層ダイバーになるのも近そうだ〕


 ブラックウルフが落とした魔石を回収しながら、リスナーの皆と話し合う。

 この感じだと上層も配信の見せ方を工夫しないと、取れ高は生まれなさそうだ。


〔それよりエンチャントサンダーよ!〕

〔2属性目の魔法!〕

〔複数属性なんて今まで居たか!?〕

〔いつの間に覚えてたん!?〕

「ふふふ……実はゴブリンコマンダーを倒した配信を終えた後、家で確認したら覚えてたんです! SNSや雑談配信でお知らせするより、こっちの方がインパクト強いかなって!」


 取りあえず話題は新しいエンチャントに流れて行ったが、これも一過性の物だ。やはり取れ高を求めるのなら、新しいスキルを獲得できるように戦い方を工夫していくのが一番良さそうだな……

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