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第19話 初めての雑談配信

「──皆さん、こんばんは! 今回は私の部屋から配信をお届けします、オーマ=ヴィオレットです!」


 時刻は午後の7時。『俺』から条件付きで雑談配信の許可を得た私は早速配信の内容について考え、その日の内にSNSで予告。翌日には、部屋の一角を借りる形で配信がスタートした。


〔こんばんはー〕

〔ここがヴィオレットちゃんの部屋か…凄いな色々〕

〔雰囲気出てるね〕

〔後ろのって壁紙? 合成?〕

〔流石に合成やろ〕


 早速コメントが背景に触れてくれたので、それについて説明する。


「流石にお部屋をそのまま映すのは恥ずかしいので、ちょっと加工してます!」

〔それはそう〕

〔窓がちょっと映るだけで住所特定できる奴も居るからな〕

〔この背景良いな。どこの素材だろ…〕


 今、配信画面に映っている部屋の内装は、私の『魔族キャラ』のイメージに合わせてファンタジー世界にありがちな石造りの部屋になっている。流石に現代日本の建築でこんな部屋は中々無いだろう。

 ……ところでリスナー達には『加工した』と言う事は説明したが、実は加工したのは配信画面ではなく()()()()()()()()だ。

 クロマキーとか言う物があるのは調べて知ったが、その為に必要なデカい単色の布のような物を買う金は無いし、やり方も詳しくない。そこで失敗する可能性がある事も考えた私は、手っ取り早く【変身魔法】で部屋そのものを変身させたのだ。

 なので、配信に映っていない所では『俺』が妙に落ち着かない様子できょろきょろと部屋を見回しながら夕飯を食べている。因みに内装については、異世界で私が泊った事のある宿屋の内装の丸パクリだ。


〔ところで急に配信決まったのはどうして?〕

「あ、そうでした。次の土曜日に配信する事は知ってる方も多いと思いますが、実はその時の探索では攻略と並行して『レイピアで使えるスキル』を出来るだけ集めたいと思ってるんです。なので、お勧めのスキルやその習得法に詳しい方のアドバイスが欲しくて、今回の配信枠を立てました! 後は単純に私が皆さんと話したかったからです!」


 エンチャントの意外な性質は配信の目玉として十分だ。出来る限りレパートリーを増やしておきたいし、スキルが増えれば増える程、新しいエンチャントを開放する度に手札は乗算的に増える事になる。

 協会のホームページである程度調べる事も出来るが、こうしてリスナーに直接おすすめを聞く事で強いスキルを教えて貰えるのは勿論、『見たいスキル』も募集できると言う訳だ。レイピア限定になるが。


〔なるほどな〕

〔エンチャントと組み合わせる為か〕

〔あれ? 後ろの壁にかかってるのって…〕

「え? 後ろの壁……あっ」


 コメントに指摘されて配信画面を確認すると、画面の隅によりにもよって先日買ったばかりの新衣装が映り込んでいた。端っこの方だけだけど。


〔ちょw〕

〔画面切り替えんなw〕

〔もうちょっと見せてくれても良いんやで?w〕


 慌てて画面に映らない所に服をかけ直し、配信を再開する。


「後ろには何も無いですね! きっと見間違いでしょう!」

〔せやろか?〕

〔ほな見間違いかぁ〕

〔何故か土曜日の配信が楽しみになりました!〕


 くっ……どうやら誤魔化す事は出来なかったらしい。仕方ないので、これを次回配信の宣伝に使わせて貰おう。


「……実は、探索で入ったお金で、先日渋谷の方に新衣装を買いに行ったんです」

〔やっぱり新衣装だったか!〕

〔楽しみ〕

〔他に何か買ったりした?〕

「いえ、今はまだ色々買える程お金は溜まってないですし、いつか中層に行く為にも貯めておきたいですから」

〔無駄遣いは良くないからね〕

〔言うて実力はコマンダーの一件で証明されたし中層の防具代も節約できそうじゃない?〕

〔中層は舐めたらいかん。最前線常連のフロントラインもあそこでずっと足止めくらってるからな〕


 フロントラインか……そう言えばネットニュースで見たけど、どうやら今回も最前線はフロントラインが勝ち取ったらしい。勿論成長直後以外でも他クランのダイバーが探索を進めれば最前線を譲る事もあるのかも知れないが、国からの報酬や中層のトレジャー等、今の時点で最前線の恩恵は一定数受ける事になる為、そう言った事例は他の未踏破ダンジョンでもあまり聞かないようだ。


「そうですね。中層からは魔物も全体的に賢くなると聞きますし、単純な数で攻めるコマンダーの様には行かないと私も思います」

〔単純な数(100体以上)〕

〔アレは普通に中層ダイバーでもキツイと思うけど…〕

〔油断しないに越したことないし考え方は正しいよ〕

〔まあ渋谷ダンジョンの場合は中層にさえ行けば『危険な探索をしなくても結構稼げる』ってのが攻略速度が落ちる最大の原因な訳だが〕


 実際防具が必要と言われる理由の大半は、魔物が知恵を付ける為だ。

 暗闇からの奇襲や戦術の巧妙さに磨きがかかり、中にはもっと大局的にダイバーの行動を誘導する魔物も出てくる。初撃を躱す事が難しくなる上、それが致命的になりかねない為、『必ず一撃は耐えられる装備』が必要になって来るのだそうだ。

 しかし、それらの対処に慣れさえすれば、より魔物が強大になる下層をわざわざ目指したり、苦手とする魔物を倒してでも探索を進めるようなリスクを取らなくても十分な収入が得られる。

 最前線を狙う他のダイバーは、言うなればそんな最前線の尻を叩く役割となっている訳だな。効率的ではあるけど、危ない制度だ……


 その後もダンジョンの情報や身近に起きた出来事、最近では私のエンチャントをどうにか身に着けられないかと試行錯誤する動きがある事等、ダイバーのトレンドについても話した。

 因みに、昨日の春葉アトさんの配信については誰も話さなかった辺り、なんやかんやで彼女はしっかり慕われているらしい事が良く分かった。

 ……さて、時計を見ればそろそろ良い時間だ。一旦雑談はここまでにして、最後に今回の配信の本題に移るとしよう。


「さて、そろそろ皆さんからスキルを募集したいと思います。単純に強いスキル、カッコいいスキル、見たいスキル、エンチャントと組み合わせると強そうなスキル等、何でも教えてください!」



「──突破力に特化したスキルですか。確かに前回の配信みたいな状況になった時頼りになりそうですね」

「──派手で良さそうですね! 使ってみたさでは一番かも知れません!」

「──成程、それは相乗効果が気になるスキルですね。取得条件は厳しそうなので、結構が時間かかるかもしれませんけど頑張ってみます!」


 ふむふむ、流石は多くのダイバーの配信を追っているリスナー達だ。色んなスキルを知っている。

 中には自身もダイバーであると明かしてくれたリスナーさんも居て、確かに彼等からは実際に使った際の使用感などの情報も得られ、特に有意義な情報が多かった。


「……もう配信開始から1時間経つんですね。SNSでも伝えましたけど、今回みたいな配信は大体1時間くらいで終わらせる予定なので、今日の配信はそろそろ終わらせたいと思います! 皆さん、今日は色々なスキルの情報を教えていただき、ありがとうございました!」

〔こっちも結構得られる物も多かったわ。ちょっと苦手だった魔物も何とかなるかも〕

〔最近ダイバーになった身としては助かる情報ばかりだった〕

〔偶にはこう言う情報の共有の仕方も良いね〕

「ですね~。皆で一緒に強くなって、協力してダンジョンの攻略を進めていきましょう! それでは、次の配信でまた会いましょう! お疲れ様でした!」

〔おつ!〕

〔お疲れ様でした!〕

〔お疲れさまー〕

〔おつ~〕



 同時刻。渋谷ダンジョンの中層にて、二人の男が話していた。


「──リーダー、標的は撤退するようです」

「良し、よくやった。……クラン同盟を組んだ程度で俺達を出し抜こうなんて、浅はかな連中だ」


 そこは浅層や上層とは異なり、まるで人工的に作られた様な石造りの迷宮……部屋の中から通路を覗き込んでいた男からの報告に、リーダーと呼ばれた男は満足気に笑みを浮かべる。


「ダンジョンで協力して攻略等、考え方がぬるいぬるい。信用できるのはメリットで繋がった共犯関係のみよ……俺達の様にな」

「どうします? 『香』は回収しますか?」

「そのままでいい。魔物が多少狂暴になったところで、俺達の敵じゃねぇよ。俺達はこのまま中層に留まって勢いのある後続共を追い返してれば、美味い汁が啜り放題なんだからな」


 彼等は攻略最前線と言う立場の恩恵により、他の中層ダイバーよりも遥かに上質な装備と潤沢な資金を手に入れていた。そして彼等はその立場を手に入れて直ぐ、そのアドバンテージを攻略ではなく、他のダイバーを蹴落とす工作に使い始めたのだ。


「イレギュラーケースの成長には肝を冷やしたが、結局それを乗り越えちまえば後はいつも通りよ。魔物を狂暴化させて(けしか)けて、貧弱な装備の連中が逃げた後で狩る……楽なもんだ」

「流石リーダー! やる事が下衆い!」

「ふん、だからこそ儲かるんだろうが……っと。さぁて、そろそろ俺等も配信するか。()()()()()()()()としてな」

「うっす! おい、お前らも配置に着けー」

「あいよぉ」

「はいはい……っと、あぁだりー」




「準備出来たぜリーダー! 3,2,1……!」

「皆、今日もよく来てくれたな! 『フロントライン』のダンジョン攻略配信の時間だ!」


 今、渋谷ダンジョンの中層には魔物よりも質の悪い()()()()()が巣食っていた。

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