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第18話 休み=暇

渋谷の買い物パートの続きを書こうと思ったのですが、少しくどいかなとも思ったので思い切ってカットして翌日の話です。

ご要望があれば番外編か何かで後で書くかもです。

「──暇だ……」


 配信用の衣装を買いに行った翌日の午後3時頃。私は『俺』の部屋の中で何をする訳でもなく、ただぼーっとしていた。

 一昨日は配信で、昨日は買い物で人々と交流し、私的には充実した日常を送っていた分、こうして時間が余ると前以上に時間が長く感じてしまう。


(都会に行くにしても、今は手持ちのお金も無いしなぁ……)


 壁にかけられた配信用の衣装を見ながら思いに耽る。

 そこには今まで私が配信で見せていた服よりも、ずっと凝った構造の衣装があった。

 色味や模様の派手さは無いが、全体的なシルエットは中世の貴族を意識しつつも要所にフリルがあしらわれており、同時に子供らしさも演出されているドレスだ。スカート丈は動きやすさを重視して膝下辺りまでになっていたり、丈夫さを意識してややぶ厚めの生地で作られたコルセットが付いていたりと、ダンジョン探索を意識した部分もあって、どことなくファンタジーに登場するキャラクターが身に着けていそうな印象も受ける。

 結構値が張るように言えるが、そこは流石のUMIQLOクオリティ。一体どこで調節しているのか、余った手持ちのお金ギリギリで購入する事が出来た。


(ああ、早くアレを着て探索配信がしたい……)


 どうして新しい物を買ったら早く使いたいと言う衝動が湧くのだろう。単なる承認欲求なのか、自分の選択が正しかったのだと誰かに肯定して貰いたいのか……理由がどちらにせよ、それが私の体感時間を長くしている要因の一つであるのは間違いなさそうだ。


「……ダイバーの配信でも見よう」


 探索の様子を動画で見ると、今以上にじれったい気持ちが強くなる気がして避けていたが、今はこの退屈さが一番の敵だ。

 私は早速動画投稿サイト『My Tube』のアプリを開き、良い動画や配信が無いかと探し始める。


『【フリーマッチ】上層のゴブリンコマンダーの軍を三つ衝突させてみた!』

『【中層突入】探索開始します!』

『【超過疎村ダンジョン】今日も何も変わらない下層配信【成長周期12年】』


 色々な動画やアーカイブが並んでいる。

 純粋にダンジョンの奥を目指す者や、様々な検証でリスナーの興味を煽る者……こうして見ると、ダイバーの配信内容は実に幅広い物だと分かる。


(私も偶には単純な探索配信以外の事をやるべきなのかな……?)


 いや、いずれにせよダンジョンに慣れてもおかしくない回数を熟すまでは、こう言った個性を出す配信はするべきではないだろう。こう言った配信は豊富な知識と経験が必要だ。普通、駆け出しがやれるものではない……等と考えながらサムネイルに目を走らせる内、その中の一つ『【検証】噂の新スキルが発現するか検証してみた結果……』と言う動画が気になった。

 再生してみると、火魔法の使い手らしき男性ダイバーが手に持ったレイピアを燃やそうとしている様な内容だ。


『例えば剣を力任せに振っていると、剣士や斧使いのようなジョブでなくても【パワースラッシュ】と言うスキルが発現する事があります。ならば、最近話題の【エンチャント・ヒート】も魔法使い系のジョブならば同様に発現するのではないか……今回の動画はその検証の様子を撮影した物になります。この為にレイピアをわざわざ購入しました』


 最初にそう前置きしたダイバーはレイピアを取り出した。


『とは言っても、レイピアは普通燃えません。金属ですから当たり前……でも僕は、オリーブオイル!』

「えぇ……?」


 そう言って自身の持つレイピアに勢いよくオリーブオイルをぶっかけ、魔法で火を付ける。これには私もびっくりだ。


『いい燃えっぷりですね。やり方があってるのか不安ですけど……取りあえずこれでゴブリンを50体程狩ってみます!』


 いや、そんな方法で発現する訳がないだろう。

 念の為に最後の結果までシークバーをスクロールしてみたが、案の定発現したのはラッシュピアッサーだった。


(……しかし、スキルの獲得を目的とした戦いか。そう言うのも悪くない)


 【エンチャント】とスキルの親和性は非常に高い。リスナーの中には、他の組み合わせについて気になっている人もいるだろうし……──うん、土曜日の配信の内容も定まって来たな。


「……ん? この人……」


 次の動画を探そうとおすすめを見ると、まさに今配信しているダイバーの中に見知った顔を見かけて思わず再生する。




『も~ホントタイミングが悪いってぇ……さっきまで私そこに居たじゃん! って!』

(えぇ……今、昼間だよな……?)


 そこには値が張りそうなマンションの一室で、真昼間から私服でお酒を飲んで配信する……『春葉アト』の姿があった。


(見間違いかと思ったけど、配信タイトルは正しかったのか……)


 ──『【飲酒配信】ちょっと愚痴聞いてくれ【春葉アト】』。それが今私が見ている配信のタイトルだった。


『あぁー……昨日の配信、もうちょっと後からにするんだったぁ……』

〔ごめん、これどういう状況?〕

〔やけ酒中〕

〔なんか昨日アトネキがダンジョンで配信している時に渋谷のワックに凄いかわいいイケメンが居たらしい〕


 偶々タイミングよく状況を尋ねてくれたコメントへの返信を見ると、どうやらやけ酒の様だった。やっぱり彼女くらいのダイバーになると色々あるんだろうな……


(……ん? あれ、()()()()()()()()?) 


〔イケメン?アトネキってそんな面食いだっけ?〕

『違う! その人がラウンズ・サーガのガウェインにそっくりだったの! 私も見たかった!!』

〔えぇ……〕

〔それをクランメンバーに後で教えられてこのざまよ〕

〔そのクランメンバーがこっそり撮った写真見せられてマジでそっくりだったらしい〕


(えぇ……)


 流石はラウンズ・サーガに登場するような騎士になりたくてダイバーになったと豪語するアトさんだ。奇行の頻度がスゴイ。

 というか、これやっぱり私の事だったか。そしてやっぱり撮られてたのか。テリヤキバーガーを食べている時に薄らとシャッター音が聞こえた気がしたんだよな……まぁ、どの道偽りの姿だったから私にとっては問題無いんだけど、普通に肖像権の侵害だ。もしも本人に会う事があったら注意はしておいた方が良さそうだな。


『しかもただのテリヤキバーガーを子供みたいに目ぇ輝かせて貪ってんだよ!? 今日はワックで1時間も粘ったのに来てなかったみたいだしさぁ!!』

〔荒れてんなぁ…〕


(嘘でしょ……? 私そんな顔してたの? 貪ってた自覚はあったけど)


 思い出すとちょっと恥ずかしくなって来たかも知れない。異世界の料理の味付けが幾ら塩と香辛料オンリーだったとしても、流石にはしゃぎ過ぎたか……でもあんな旨味、初めてだったしなぁ……


〔そんな泣かなくても……〕

〔テリヤキバーガーを夢中で貪るガウェイン様かぁ…ちょっと見てみたいかも〕

〔でもアトネキってガラハッド推しでしょ?ガウェインじゃなくて〕

『はぁ!? ガウェイン様が居たら傍にガラハッドきゅんの空気があるんだよ! ラウンズ・サーガのアニメ見直して来い!』

〔えぇ…〕

〔草〕


 何というか、ダンジョンで会ったのと同じ女性とは思えない残念感だ……コレはコレで面白くて嫌いじゃないけど。


〔こんな姿、例の駆け出しちゃんが見たらどう思うか……〕

『ん~? あの娘の年齢的に今学校でしょ? アーカイブ残さないからへーきへーき。私あの娘の前じゃカッコいいおねーさんで通すって決めたから』

〔あぁ、アーカイブ残らないのか〕

〔ちゃんと切り抜き禁止設定にしてる?〕

『だいじょーぶ! ちゃんと素面の時に済ませたから!』


(大丈夫じゃないんだよなぁ……)


 笑顔で次のお酒の缶に指をかけ、『カシュッ』と上機嫌に開けるアトさんの姿をもっと見ていたい気もするが、コレ以上は見ない方が優しさだろうと考えて他の動画に移動する。


「それにしても……雑談配信か」


 これは良いんじゃないだろうか。

 夜の7時くらいから1時間程度、来てくれたリスナー達と交流する……私は色んな人と話せて楽しいし、加えて配信の間が開く事でリスナー達が離れてしまう事を避けられる。ダンジョンに潜る訳でもないから頻度もそこまで気にしなくて良いと、良い事尽くめだ。


(……ちょっと『俺』に確認してみよう)


 配信に部屋を写す事になるし、その辺りの許可は取らないとな。

 私は早速、現在大学に居る『俺』にショートメッセージで許可を求めるのだった。

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