第17話 はじめてのかいもの
ちょっと短めです
一夜が明けて、午前11時頃。
前日に話していた通り、【変身魔法】により姿を変えた私と『俺』は二人で渋谷の街を歩いていた。のだが……
──ひそひそ、ひそひそ
街を歩く私達……と言うか、私の姿は周囲から注目を浴びていた。
中には私を見ながら友人らしき者とキャッキャと会話を弾ませる女性の声まで、耳に届いて来ている。
「……やっぱり、目立つかな? この姿は」
「そりゃあ、なぁ……」
そう。この注目の原因は今の私の姿にあった。
そもそも私達が渋谷に来ている理由だが、街の様子を案内して貰うついでに私の『配信用の服』を購入する為なのだ。
現状私の配信は【変身魔法】で作りだした服装で行っており、そのデザインは黒一色のワンピースドレスなのだが、コレにはレースやフリルの様な装飾も一切付いておらず本当にシンプル極まりない物となっている。型紙とミシンさえ使えれば小学生でも作れてしまえそうなシンプルさだが、それが私の想像力の限界だったのだ。
だから元々お金が入ったらちゃんとした衣装を買いたいと思っていたのだが、つい今朝気付いた問題点としてそもそも私には『買い物に行く為の服』すら無かったのだ。
そこで私は、『俺』から外出用の服を借りる事でその問題を解決しようとしたのだが……
「一応、女性が着ても違和感の少ない物を選んだつもりだったんだけどね……」
「いや……そう言う服を着るんなら、何で最初から男にならなかったんだよ……」
「だって、これから買いに行く服は女性物だよ? 男二人で行ったらそれこそ変な目で見られるんじゃない?」
「それはそうなんだけどさ……」
そう、今の私の容姿を客観的に表現するならば『男装の麗人』だ。
服装こそ『俺』が持っていたワイシャツやスーツを身に付けただけだが、黒いショートの髪型や中性的な顔立ち、スレンダーな体型に化ければ、たったそれだけでも案外馴染むものらしい。ただ……鏡で確認した時は『結構イケるんじゃないか?』としか思わなかったのだが、どうやらそもそも『男装の麗人』と言う属性そのものが注目を集めてしまったようだ。
「一先ず、私の外出用の服を先に買いに行こう。変身魔法で姿を変えて、普通の女性服を着れば今よりは目立たない筈だから」
「みっ、耳元で囁くな……! 分かった。持ち合わせが数万で、配信用の服も買う事を考えると……あそこしかないか。行くぞ!」
「ぅわっ……!?」
周囲の目を気にして耳打ちをしたのだが、あまりに突然の事だったので驚かせてしまったようだ。
その後、やや慌てた様子の『俺』に手を引かれ、若者で賑わう都会を駆ける事数分……私達の目の前に聳えるビル入口の看板には、何処かで見た事のある様なブランドのロゴがその存在を主張していた。
──『UMIQLO』
(なんか……不思議と前世でも見た事がある様な……?)
そう言えば、以前『俺』のステータス画面を見せて貰った時にもこの名前を見た事がある気がするな。確か『俺』と初めて出会った時に彼が身に付けていたレザープレートもこのブランドの物で、比較的リーズナブルな価格で防具を提供しているブランドだと言っていたが……確認の意味も込めて『俺』に視線で問いかける。
「ん? ……ああ、ここって探索用の防具だけじゃなくて、一応普通の服も売ってるんだよ。俺はそっちはあまり買わないけどな」
「成程、そう言う事だったんだね。なら早速入ろうか」
歩道に立っているよりも店内の方が人の目も少ないだろう。
二人して自動ドアを潜れば、空調で快適に整えられた室温と、アパレルショップ特有の物らしい匂いが私達を歓迎する。
そして──
「あっ、いらっしゃいま……ッ!」
挨拶の為に私を一目見た女性店員の目の色が、その瞬間にハッキリと変わった。
◇
「ありがとうございました~!」
……
「あ、あんなに押しが強いんだね。アパレルの店員さんって……」
噂に聞いた事はあったが、あんなに次から次へと服を渡されるとは思わなかった。
「いや、俺が一人で来た時はあんなテンションじゃなかったし、多分お前の見た目が原因だと思うぞ……」
完全に私情じゃないか。
それでやけにカッコいい系の服ばかり試着させられたのか。何とか店員のオススメを振り切って、当初の目的通り女性らしい服を買う事は出来たけど……
「うう……結局配信用の服は買えなかった……」
「ま、まぁ今回は余計な物を買わされなかっただけ良しとしておこう」
落ち込む私にそう励ましの声をかけてくれる『俺』だったが、今回の買い物の本命は外出用の女性服ではなく、『オーマ=ヴィオレット』が配信で着る服なのだ。
実際、店内には確かに子供用の服も陳列されており、割と雰囲気も合いそうなデザインも置いてあったのだが、買う前に試着室内で『オーマ=ヴィオレット』と同じ体型の少女に化けてサイズの確認もする必要もあったので、あれだけ店員さんに注目されている中で子供用の服を手に取る訳にも行かなかったのだ。
しかしあれ程の接客を受けた原因が今の容姿にあるのであれば、何処かで姿を変えて今買った服装に着替えて出直せば解決する筈。近くに丁度良い着替え場所の一つや二つ無いだろうか……そう考えていた矢先、私の耳に『ぐぅぅ~』と空腹を知らせる音が聞こえて来た。
「……ああ、もうこんな時間になっていたんだね」
「あの店員ハッスルし過ぎだろ……」
私は空腹を感じない事もあって気付かなかったが、スマホで時計を確認してみれば既に時刻は正午を回っていた。どうやらさっきの買い物で実に1時間近く着せ替えをさせられていたようだ。
「……何処かでお昼にしようか」
「ああ、そうだな。……って、お前も食うのか?」
「折角だからね。食べられない訳じゃないし」
目的は確かに配信用の服を買う事だけど、折角ここまで来たのにそれだけでは文字通り味気ない。さっきの店で見た程度の値段なら、お昼ご飯を食べる程度の余裕はまだあるだろう。
「じゃあ……ワックにでも行くか」
「ああ、ハンバーガーの有名チェーン店だね。良いよ、ボクも気になってたんだ」
持病の関係で前世でも行った事なかったし、割と本気で楽しみだ。さて、何を食べようかな……
「……お前、ちょっとその口調楽しんでないか?」
「え? うーん……楽しんでいると言うより、癖なんだ。姿に合わせて口調を変えるの」
このくらい出来ないと、姿も身分も偽って人間社会に溶け込むなんて出来ないからな……まあ、ここまで出来ても結局バレて追い回されるんだけど。
「悪い。嫌なこと思い出させたか」
「良いよ。今となっては向こうは関係無い世界さ」
こっちの世界に来て一週間も経っていないが、既に異世界に未練はない。
薄情なようだがそもそも向こうに私の居場所なんてものは無かったし、第一に親も知人もいないのだから未練など持ちようも無いのだ。例え明日こっちの世界が滅ぶとしても、向こうに戻りたいとは思わないだろう。
「そんな事より、早く行こうじゃないか。ボクにこの街を案内してくれるんだろう?」
「ああ、分かったよ」
スッと差し出された『俺』の手を取り、再び歩き出す。
私はこれからこの街で……『私の居場所』があるこの世界で生きて行くのだと噛み締めながら。
主人公が化けるのが『男装の麗人』か『男の娘』かで結構悩んだけど、最終的にこっちになったっていうちょっとした裏話。