第15話 浅層突破
部屋を埋め尽くすほどのゴブリンを率いていたゴブリンコマンダーの討伐を終えた今、私は思う。
(……これは良い取れ高になったんじゃないだろうか!?)
何せあそこまでの規模に膨れ上がったゴブリンの軍を単騎撃破したのだ。これはもう今頃コメントも喝采の嵐だろう。そう思い早速カメラを正面に持って来て感想を聞こうとしたのだが……
「どうでしたか皆さん!? やりましたよ! あれだけの数の──」
〔油断すんなおバカ!!〕
〔後ろ!後ろ!〕
「えっ……ぬわーーーーっ!?」
妙に騒いでいるコメントの指摘に従って振り返れば、そこには討伐していなかった分の大量のゴブリンが迫っていた。
堪らずゴブリンコマンダーがやって来たと思しき通路へと逃げ込む。戦闘の最初と同じように通路で魔物の数を制限する為だ。
戦っている途中も奥の通路からわらわらと湧いてきていたからな、今あの部屋に何体居るのかは考えたくもない。
「……あっ! 魔石まだ拾ってない!」
〔ええ……〕
〔今気にするところそこなのか……〕
〔折角カッコ良かったのに……〕
「いや、今日の稼ぎの大半はこの部屋に散らばっている魔石なんですよ!? 気にするでしょうそれは!」
〔それはそうだけどw〕
〔でもこの数対処できる?〕
〔かなり魔力使っただろうしな……〕
「くっ……いや、諦めませんよ! 絶対にこの窮地を乗り切って見せます!」
「おぉ! 良いね、その意気だよ!」
「……えっ?」
突如として響いた第三者の声に、一瞬思考が停止する。
声は女性の物で、どうやらこの部屋の反対側にある通路……ゴブリンコマンダーとの戦いを始める前、私が居た通路から響いているようだ。
私から確認できるゴブリンの一部も、その正体を確かめようと振り向いて──
「──【騎士の宣誓】!」
「ギッ!?」
「!?」
その瞬間、私に襲い掛からんとしていたゴブリンの約半数が、突然部屋の真逆の方向へとUターン。一目散に向かい側の通路へと駆けて行く。
一瞬逃げ出したのかとも思ったが、奴らの様子からそれは違うと判断する。
「こっちの半分はあたしに任せて! それくらいの数だったら、貴女なら勝てる筈!」
(この声……!)
「っ! ありがとうございます!」
経緯は分からないが、助太刀に駆けつけてくれたのだろう。素直に感謝し、目の前に残ったゴブリンの残党退治に集中するとしよう。
「──これで、最後!」
「ガァ……ッ」
最後のゴブリンの心臓をレイピアが貫き、ゴブリン軍との戦闘は今度こそ完全な決着がついた。
「おつかれ~! 頑張ったね!」
「来てくれて助かりました……『春葉アト』さん」
笑顔で労ってくれた女性は、先程【騎士の宣誓】と言うスキルでゴブリン達のヘイトを受け持ってくれたダイバー、春葉アトだ。
渋谷ダンジョンを中心に活動するダイバーの中でも上位の実力者と言われている一人であり、『ラウンズ』と言うクランのリーダーでもある。そして、初配信の直前に良い配信場所を教えてくれた女性でもあった。
「良いって良いって。それより……思ってたよりも強いんだね、君」
「えっ」
「私も配信見てたんだけどさ、ゴブリンコマンダーの軍相手に単騎で勝つって中層ダイバーでも上澄みレベルだよ?」
薄々思ってはいたが、やっぱりさっきのはやり過ぎただろうか。
一応動き自体は駆け出しでも可能な範疇に留めたつもりだったんだけどな……
「……って、配信も見てたんですか!?」
春葉アトと言えばその実力もさる事ながら、彼女が『パラディン』と言うジョブに至った『奇行』でも有名なダイバーだ。私がそれを知ったのは初配信の後だったけど。
……ともかく、そんな色んな意味での有名人が配信を見に来ていたのなら、コメントでも話題になっていた筈なのに。そう思いコメントに目を遣ると……
〔ラウンズネキ見てたの!?〕
〔アトさん来てたんだ…〕
〔ラウンズガチ勢にマークされてたのかヴィオレットちゃん〕
〔パラディンネキ!パラディンのなり方教えて!〕
〔魔法ジョブでハルバートぶん回してもパラディンになれないんだけど!?〕
〔こういう奴が湧くから知り合いの配信でも終始無言なんだよな、ラウンズさん〕
……調べたから知ってはいたけど、やっぱり呼び名多いなこの人。
しかし、このコメントの感じだとこの人が配信を見てた事に気付いていた人はいなさそうだ。
「んー……こうなるからなるべく他の人の配信に顔を出さないようにしてるんだけどね……流石にゴブリンコマンダー相手だと拙いかなって思って、加勢しようと向かってたんだよ。まさか一人でコマンダーまで倒しちゃうとは思わなかったけど、結果としては助けに入れたから良かったかな」
「そうだったんですね……えっと、こう言う時って魔石の配分はどうするのが良いんでしょう?」
「えっ? ……いやいやいや、良いよ!? あたしが勝手にやった事だし、駆け出しの子に集るような真似しないって! 全部持ってっちゃってよ!」
「で、ではお言葉に甘えて……」
今この部屋には所狭しと魔石が転がっている。一つ一つはゴブリンの物でも、全て換金すれば二万円くらいにはなるだろう。……ちょっと労力に見合わない気はしないでもないが。
〔ゴブリンコマンダーは傍迷惑な上に稼ぎも美味くないからなぁ…〕
〔所詮ゴブリンはゴブリン…200円じゃけぇ…〕
〔(浅層に出て来るの)やめやめろ!〕
〔コマンダーで美味しく稼ごうと思ったら広範囲を殲滅できる魔法が無いとな〕
〔広範囲殲滅できる魔法持ってたら上層と中層でもっと効率よく稼げるんだよなぁ〕
「ですね……私も二度と相手したくないです──【ストレージ】」
と、コメントと軽いやり取りをしながら魔石を拾い集めて収納していく。
「はい、これ。こっちの方も拾っておいたよ」
「あ、ありがとうございます──【ストレージ】。……これで全部、ですかね?」
「みたいだね~。ヴィオレットちゃんはこの後配信はどうするの?」
「上層の入り口が近そうなので、そこにマーキングして配信終了しようかと思ってます。流石にもう色々と限界ですから……」
実際はまだまだ余裕だが、私はあくまでも駆け出しとして活動していくつもりだし、潮時という奴だろう。……大分引き際を間違った感はあるけど。
「そっか。ん~……ちょっとそこまでついて行っても良いかな?」
「え? はい、良いですけど……」
「ありがと。配信見ててちょっと気になった事があったからさ」
「気になった事……?」
「まだ秘密~♪」
なんだろう。流石に私の秘密に気付いた様子ではないけど、気になるな……
とは言え、私を助ける為にわざわざ駆けつけてくれたのだ。おかげであれ以上スキルや魔法を使わずに済んだ訳で、彼女が思っているのとは別の意味で助けられたのは間違いない。
少し一緒に行動するだけで良いのなら、と暫く二人で話しながら歩く事にした。
「実は最初に見た時からちょっと気になってたんだよね、君の事は」
「それって、初配信の前の話ですか?」
「そうそう。何て言うのかなぁ……『強くなりそう!』ってオーラ? いや寧ろ『もう十分に強い』って雰囲気みたいな物を感じたんだよね~」
「私にですか……?」
この人、本当にヤバいかも知れない。
恐らくだが彼女が感じ取った雰囲気と言うのは、本来【変身魔法】で隠蔽されている筈の私本来の魔力だ。
これを感じ取る為には自分自身が相応の魔力を持っていなければならないのだが、意図せずそれが出来る程となると……この人と長く一緒にいるのは拙いかも知れない。
「っと、そろそろ次の部屋の入口だね。あの曲がり角を曲がった先なんだけど……ちょっと先に様子見て来るね!」
「? ……はい」
彼女はそう言って、私の返事も聞かずに小走りで駆けだした。
彼女の意図が読めず、コメントに知恵を求めようと視線を向けると、どうやら彼等には察する事が出来ていたらしい。
〔あー、配信事故の可能性あるもんなぁ……〕
〔安全マージン確保してれば滅多に無いとは言え、今回みたいなケースだとね〕
〔なんのこと?〕
〔腕輪があるからって大丈夫とは限らないって事よ〕
その会話で何となく察する事が出来た。
確かに腕輪は便利なアイテムだ。緊急時にも魔力を流して、言葉一つでダンジョンから脱出が出来る命綱。……しかし、『声を封じられる』『腕輪に魔力が流せなくなる』等の状況に陥った時、正常にその命綱が機能してくれる保証はない。
そして、その手段はゴブリンにも取る事が出来るのだ。……物理的かつ残酷な方法で。
「──オッケー! 来ても大丈夫だよ~!」
「確認ありがとうございます」
「ん? ……あー、コメントから教えて貰ったのかな。まぁ、慎重な人が多い日本じゃあまり無いみたいなんだけど、念のためにね。ほら、今はあたし配信中じゃないし。……見える? アレが上層への入り口」
彼女から問題無いとのサインを受けて駆け寄り礼を言うと、彼女は手をヒラヒラと振って笑う。そして表情を引き締め、辿り着いた部屋の中央。すり鉢状に窪んだ地形の、そのまた中心部を目で示した。
そこにはダンジョンの入り口の様な穴がぽっかりと開いており、目視でおよそ1m程下に、またダンジョンの床が見える。しかし、そこへ通じる穴の表面はまるで水没しているかのようにさざ波が立っていた。
「水があるように見えるでしょ? 実際はそんな事は無くて、下に見える階層でも普通に呼吸は出来るんだよ。極端に濃度の違う魔力が光を屈折させて、水面みたいになってるんだって」
「そうなんですね……」
「だから、あの穴の向こうで出てくる魔物は浅層よりも強い……んだけど、ヴィオレットちゃんなら多分上層も問題ないかな。ただ……お節介かも知れないけど、取りあえずこれは覚えておいて。ああやって水面の様になっている場所を境にして、ダンジョン協会は『層』を分けてる。それを越えると魔物も急に強くなるから、境界を越える時はくれぐれも慎重にね」
「はい」
彼女の忠告を真剣に受け止めるのを確認した彼女は一瞬安心したように微笑むと、直ぐに先程までの様に明るく笑う。
「うむ、よろしい! さーて、あたしもそろそろ配信の準備しよっかな!」
「色々とお世話になりました」
「良いの良いの、気にしないで! あたしが好きでやってる事だし。じゃあまた今度会えたらね~──【ムーブ・オン "マーク"】!」
若干早口に捲し立てた彼女は、そのまま腕輪の機能で彼女自身のマーキングへ転送されて行った。
彼女の現在の活動範囲は中層。私との差を考えれば、彼女の言う『また今度』はまだまだ先になる筈だが……
〔これは相当期待されてるな〕
〔直ぐに追い付くだろうって思ってるな〕
〔まぁ実力は中層クラスって証明したばかりだし〕
〔マジでどこの剣術道場で習ったのか知りたいんだが〕
〔名前出したら一瞬で道場パンクしそうw〕
「期待されてしまった以上は早めに応えたいですが、今は疲れた体を休めたいので今日の配信はここまでにします」
取りあえず先程忠告を受けたばかりだし、実際に上層に突入するのは次の配信からだ。
収益化の申請も次回以降になってしまうが、今の私は『魔力も尽きかけてへとへとな駆け出しダイバー』と言う状況。ここで『様子だけでも見てみましょう』なんて言って飛び込んでしまいたいが、そんな事をすれば春葉アトやコメントから『教えはどうした!教えは!』と総ツッコミを入れられてしまう。
〔正直ちょっと上層覗くかと思ってた〕
〔「ちょっと見てみましょうか!」って飛び込むかとw〕
〔そこまで無鉄砲じゃないかwww〕
〔これにはラウンズネキもにっこり〕
……何か今回の配信で随分と私に対するイメージが変わってしまった気がするが、まあそれは今後改善していくとしよう。
〔次の配信はいつ?〕
「そうですね……ここ最近は立て続けにダンジョンに潜ったので、暫くのんびりしたいです。多分次の土曜日くらいになるかなと」
『俺』に言われた事を思い出しながら、こんな物だろうかと当たりを付けて予定を告げる。
〔りょ〕
〔しっかり休んでもろて〕
〔土日頑張ったからね〕
……うん。反応を見る感じだと、このくらいの頻度で良いようだ。次回からは気を付けていこう。
「それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました! チャンネル登録、高評価もよろしくお願いします! オーマ=ヴィオレットでした! お疲れ様~!」
〔おつ〕
〔お疲れ様でした~〕
〔お疲れー〕
〔おつ~〕
〔お疲れ様〕
よし。配信画面を切り替えて、後は終了を……うん?
〔次はほぼ来週か〕
〔まぁしゃあない。今までが異常だった〕
〔金・土・日で三連続やろ? ヤバい事してるよな〕
〔金曜日配信して無くね?〕
〔レイピアを手に入れたのが金曜の再開放日だぞ〕
〔頻度イカレてて草〕
「イカレてるは言い過ぎでしょう!?」
〔まだ覗いてて草〕
〔ごめんてw〕
〔声入ってますよw〕
まったく……そんなに私の行動は変に映っていたのだろうか。なんか、この後エゴサしようと思ってたのに怖くなってきたな……
この日の稼ぎ
・コボルトの魔石×14
250×14=3,500円
・リビングマッドの魔石×1
5,000円
・ゴブリンコマンダーの魔石×1
2,000円
・ゴブリンの魔石×121
200×121=24,200円
合計34,700円