第14話 目指せ上層
さて、リビングマッドは倒したが、配信はコレで終わらない。
寧ろ音の発生源がスライムではなかった事で、憂いなく上層を目指せる事になった。
「さあ、目指すは上層です! 今日中には上層の入り口まで行きますよ!」
〔おー!〕
〔やる気だねー〕
少し想定外の事もあったが、先程の戦闘でコメントにも活気が戻って来た。良い傾向と言えるだろう。
このまま上層を目指す過程で、もう一度くらい取れ高になる様な戦闘を配信に収めたい物だが……
「……何か、魔物が少ない気がしませんか?」
上層の入り口を目指して探索を進めているが、先程倒したリビングマッド以降に魔物が一切出てこないのだ。これは流石におかしい。
確認の意味も込めてリスナーに向けて私が呟くと、私と同様にこの様子を妙だと感じていたコメントはそれなりに居たようで。
〔やっぱり魔物少ないよな?〕
〔気のせいじゃなかったか〕
〔単純に運が良いだけかもよ〕
〔運良いのか? 魔石も手に入らないんだぞ?〕
〔これってもしかして、さっき言ってたイレギュラーケースなんじゃね?〕
「イレギュラーケース? 魔物が減っているのにですか?」
もしもゴブリンを捕食するような大型の天敵が上層から溢れたのであれば、寧ろ逃げて来る個体との遭遇率が増えそうなものだが……そう尋ねると、返って来たのはある意味で真逆の可能性だった。
〔天敵じゃなくて親玉が来たってパターンならあり得るんよ〕
〔そう言えば昔アイツが浅層に出て来て大変な事になったって話を聞いた事あるな…〕
(アイツ……親玉……?)
訳知り風なコメントから情報を拾いながら、今まで見て来た上層の探索配信を振り返る。そして、該当する魔物を一つ思い出した。
「──あっ! そう言えば、私も配信で見た事ありますね」
私の想像した通りの奴が浅層に出てきているのだとすれば、下手すると上層で出会うよりも面倒な事になるかも知れない。
〔そんなヤバい奴居たっけ〕
〔ヒント:抗争〕
〔あー! そうかアイツか!〕
「えぇ、『ゴブリンコマンダー』です。……ですよね?」
ちょっと自信が無かったので確認してみると、どうやら私と彼等の予想は一致していたようだ。コメント欄には私の確認への肯定と、補足が流れて来る。……いや、コレは補足と言うよりも注意喚起に等しいだろうな。
何故ならゴブリンコマンダーと言うのは、それほど面倒くさい魔物だからだ。
〔ゴブリンコマンダー:
浅層に大量に現れるゴブリンの上位種とされている魔物。ゴブリンに対する絶対的な指揮権を持っているらしく、コマンダーが現れると周囲のゴブリンは即座にその指揮下に入る。コマンダーの指揮下に入ったゴブリンは一端の軍隊の様に連携して襲ってくるようになり、軍の規模が大きくなるにつれて脅威度も跳ね上がる。上層に於いての脅威度はそこまでではないが、浅層に現れた場合の脅威度は最悪の場合、中層の魔物にも引けを取らないレベルに達する事もある。〕
〔解説ニキ助かる〕
〔もしも本当にコマンダーが来てたら撤退も視野に入れるべき〕
〔協会に報告安定〕
ここまで『浅層に現れるゴブリンコマンダー』が警戒される理由は、その性質にある。
奴は上層で遭遇する分にはそれほどの脅威ではないのだ。ゴブリンの現出数はダンジョンの深度が深くなるにつれて少なくなっていくので、上層や中層では軍の規模は成長しにくく、多くても精々二十体程度。加えて他のゴブリンコマンダーが率いる軍と遭遇すると、探索者そっちのけで抗争を始めるので勝手に軍が小さくなる事もある。司令塔と言っても所詮はゴブリン。根柢の行動原理が単純なのだ。
しかし、浅層にコイツが出てきてしまうと話は変わるのだ。
浅層に現出する魔物の約半分はゴブリンである為、軍の規模は忽ち膨れ上がる。他のゴブリンコマンダーも居ない為に軍は拡大する一方で、早急に討伐しなければ浅層全てがゴブリンコマンダーの軍に支配される事もあり得るのだ。
〔調べてきた。海外のダンジョンで40年くらい前にコマンダーが浅層に出てきた時は、大規模な討伐隊が編成される事態になったみたいだね。対応が遅れた所為で軍が膨れ上がって、コマンダー一体処理する為に丸一日かけるなんて事態になったらしい〕
〔マジかぁ…〕
「情報提供ありがとうございます。……丸一日ですか」
〔まあまだ魔物が少ないってだけだから、コマンダーが出て来たとは限らない〕
〔それはそう〕
「そうですね、取りあえず上層の入り口を確認してみましょうか」
個人的には早いところ上層まで探索を進めてマーキングを残して置きたいため、外れて欲しい予想だったが……
〔うわこれ絶対コマンダーおるやん…〕
〔多分この先が上層の入り口だな。完全に根城にされてるけど…〕
「まぁ、居ますよね……」
約十分後、私が見たのは大部屋らしき広間の中で鍾乳石を削り、鋭い先端の投擲槍を量産するゴブリン達と、その部屋を守る様に配置された見張りのゴブリンだった。
見張りは二体。奥の部屋で作られたと思しき投擲槍と、いつものこん棒を両手に携えている。
ランプの明かりで私の位置を把握しているだろうにこちらを警戒しつつも不用意に近付いて来ない所から、奴等が『持ち場』や『役割』と言う概念を理解している事が伺えた。間違いなくゴブリンコマンダーの指揮下に入っている。
(さて、どうするか……)
リスナー達には見えていないと思うが、この軍を構成するゴブリンの数は現在見えているだけでも三十体は超えている。奥に続く通路から頻繁に出入りしているゴブリンが居る事を考えれば、まだまだいるだろう。ここは……
「──一度突入してみましょう。危なくなったら腕輪で帰還します」
〔マジか〕
〔ヴィオレットちゃんって結構脳筋なとこあるのね…〕
〔まあ相手はゴブリンだし、引き際さえ間違えなければ撤退は容易と言えば容易か〕
〔無茶だけはしないようにね〕
〔撤退を視野に入れるんならそこでマーキングしておく?〕
「そうしましょう。──【マーキング】」
早速腕輪に現在地の座標を記録する。これで万が一撤退する事になったとしても、やり直しは容易になった。
(あまり人間離れした動きは出来ないからなぁ……)
戦いにおいて数は力だ。そう言う意味では圧倒的に不利な状況で更にハンデを強いられる訳だから、こう言った保険も必要となる。それと……
「それでは……──行きます!」
「ゲッ……!」
レイピアを構えつつ、見張りの二体に急接近。途中で投擲された鍾乳石の槍の一本を最小限の動きで回避し、もう一本を左手で掴み取る。そして、そのまま勢いを殺さず一体目の喉を貫いた。
「グギャギャギャオォーーーッ!!」
魔力を十分に流したのでゴブリンは断末魔も上げる間もなく塵となるが、その間にもう一体の見張りが仲間に異常事態を知らせてしまった。
途端に奥の通路からわらわらと現れるゴブリンの群れ。最初から部屋に居たゴブリンと合わせて、六十体は軽く超えているだろう。
「ふっ! ──【エンチャント・ヒート】!」
残った見張りにも止めを刺し、奪った投擲槍に【エンチャント・ヒート】を付与。そのままこちらを包囲しようとするゴブリンを数体返り討ちにしながら広間の壁面に投擲して突き刺すと、それが松明代わりとなって部屋の全貌を明らかにした。
〔この数はヤバい!〕
〔せめて部屋から離れて!〕
〔挟み撃ちにされたら詰みかねんぞ!〕
〔これ何十体いるんだ!?〕
〔撤退して!〕
〔これもしかしてコメント見れてないんじゃ…〕
周囲の様子が伝わったリスナーがこの状況に慌てているのが、コメントの流れる速度で分かる。
しかし流石に目を通している余裕は無い。手加減が必須のこの状況では、咄嗟に超人的な速度で対処すると言ったような強硬策は取れないからだ。
幸いまだ包囲はされておらず、入って来た通路に戻る事は出来た。コレで一度に相手にしなければならないゴブリンの数は制限できる。
この通路の幅はゴブリンが横に四、五体並べるかどうかと言った程度だ。これくらいならハンデ込みでも……そう思ったその時、部屋の奥から一際大きな声が響いた。
「ギギャゴグゲ! ガガグゲギゴグ!」
(この鳴き声……何かの指示を飛ばしてる!?)
恐らくゴブリンコマンダーが部屋に来たのだろう。直接前線に立ち陣頭指揮を取ろうと言うのか。
(直接この通路まで来てくれれば楽なんだが……そんな訳無いよな!)
ゴブリン数体を相手に戦っていると、先程の指示の内容だろう。部屋の奥から無数の投擲槍が飛来する。
「ギィィッ!」
「ゲギャッ!!」
その内の数本は味方である筈のゴブリンも貫いているが、魔力が込められていない為魔物である彼等には致命傷足りえない。
「く……っ! 嫌らしい手を!」
ゴブリンには実質的なダメージは与えず、私だけが対応に手を割かれる。非常に鬱陶しく、有効な手だ。さらに──
「ギャッ、ギャーーーッ!!」
「なっ……! ──【ラッシュピアッサー】!」
投擲槍の後にはゴブリンそのものが投擲されてくる始末。恐らくコマンダーが直々にぶん投げたのだろうそれを、【ラッシュピアッサー】の補助を受けて周囲のゴブリン諸共に返り討ちにする。
「まだまだッ!」
【ラッシュピアッサー】の効果時間が切れる数秒の内にこちらから接近し、更に数体のゴブリンを塵に還す。が……
(これでもまだ奥から現れるのか。これではキリがないな……こうなったら!)
「──【エンチャント・ヒート】!」
ローレル・レイピアに炎を纏わせ、先にコマンダーを倒す。そう決断を下し、先ずは部屋の入り口を塞ぐゴブリン達を一太刀で仕留めて道を拓く。
「【ラッシュピアッサー】!」
部屋に突入した私を包囲する為に接近してくるゴブリン達を即座に倒しながら、部屋の奥へと一直線に進み続ける。
すると、コマンダーにも異変が伝わったのだろう。
「ギギッ……!? ゲギギギョアァ!!」
焦ったように指示を飛ばす声が部屋に反響する。周囲のゴブリン達が、それぞれ手に持つ投擲槍を一斉に投げて来るが──
「ギィッ!?」
「盾になれッ!!」
先ほどのコマンダーに負けじと、私もゴブリンを投げて前方から迫る投擲槍への傘としながら前進を続ける。流石に全ての投擲槍を防げるほどゴブリンの体躯は大きくないので数本はすり抜けて来たが、その程度なら掴み取るのも避けるのも容易い。
右手にローレル・レイピア、左手に投擲槍を持った私は更に手数を増やしてゴブリンで出来た壁を掘り進む。
「【ラッシュピアッサー】!」
当然ながら投擲槍も『突く』事が出来る武器だ。【ラッシュピアッサー】の恩恵は受けられる。作りが簡素で強度も不安だが、硬い皮膚も持っていないゴブリン相手にはこれでも十分なのだ。
「ゲェッ!?」
「ギギヒィ!」
「ゴッ!?」
「アギッ?」
「ゲギギギョアァ!! ゲギギギョアァ!!」
ゴブリンの断末魔とコマンダーの指示が飛び交う中で、レイピアと槍を振るい続けて数十秒。ついにゴブリンの包囲を突っ切った私の前に、数体の護衛らしきゴブリンに守られたゴブリンコマンダーが姿を現した。
「グ、ググ……ッ!」
憎々しげにこちらを睨みつけるゴブリンコマンダーは、一見すると他の個体より一回り大きい角と身体つきをしたゴブリンでしかないが、そのステータスは通常のゴブリンよりは遥かに強い。
とは言え最大の脅威はやはり率いるゴブリンの数であり、それを突破されてしまえばハッキリ言って弱い部類の魔物だ。多少頭が回ると言っても所詮ゴブリンなのだから。
「ガグギャーッ!!」
「ゲギッ!? ギヒィーッ!?」
私の嘲りの視線に腹を立てたのか、護衛の内の一体を先程の様に投擲してくるコマンダー。同時に背後から大量のゴブリンが津波の様に押し寄せて来るが、そちらには構わずに飛来したゴブリンをレイピアで切り伏せ、すかさず左手に構えた投擲槍に魔力を込めてゴブリンコマンダーへと投げ返す。
「ゴオォ……ッ!!」
槍は腹部を貫き、たたらを踏んだコマンダーはそのまま尻餅をつく。
慌てて傍にいた護衛が私の前に壁となって接近を食い止めようとするが、それこそ無駄な抵抗という奴だ。
「──カハァッ……!」
「何とか、終わりましたね……」
刎ねられたゴブリンコマンダーの首が地に落ちるよりも早く塵と化し、その中からやや大きめの魔石がカツン、と音を立てて転がった。