第13話 浅層探索配信、本格始動
「昨日はSNSの投稿が遅れてしまってすみませんでした!」
〔ええんやで〕
〔ちゃんと投稿できて偉い〕
〔まだSNSに慣れてない感じするもんなぁ〕
〔初配信で疲れて寝ちゃったのかな〕
〔微笑ましいやん〕
私の二回目の配信は謝罪から始まった。
幸い、今の私の外見年齢くらいの駆け出しダイバーにはちょっとしたやらかしは珍しくないようで、コメントも温かく迎え入れてくれているのだが……
(外見年齢相応に見られてる……! 恥ずかしい……っ!)
こう見えて私の実年齢は千歳を超えているのだ。人生経験も豊富だと言う自負があるし、何ならコメントしている人達よりも何倍も年上なのだ。
それがまさかこんな生暖かい視線に晒されるとは……って言うか、コメントの雰囲気でどう見られているのかって結構わかるもんなんだな。こんな形では知りたくなかった。
「では気を取り直して、早速探索を再開していきましょう!」
〔耳まで真っ赤でかわいいね〕
〔魔族と言えど所詮幼子よ…〕
〔気は取り直せましたか…?〕
〔おまえらwww〕
「ふ、ふん、私はこう見えて大人なんですよ。魔族の年齢を外見で計るなんて浅はかと思いませんか!?」
〔プルプルしててかわいい〕
〔ダンジョン内でそんな大声出してて大丈夫?〕
コメントが指摘したように、今私がいるのはダンジョンの内部。より詳しく言えば、昨日探索を終えたまさにその場所に立っていた。
これは腕輪の機能で『俺』の部屋からここまで直接やって来たからなのだが、当然セーフティエリアなどではないので……
〔後ろからゴブリン来てる!〕
こう言った風に大声を出していれば、ランプの明かりを目印に簡単に襲われるのだ。
「──【エンチャント・ヒート】! 憂さ晴らしに燃えろぉ!!」
「ゲギィャァアアアーーーッ!!」
〔ゴ、ゴブリンくーん!〕
〔今日も200円くんがやられてる…〕
〔エンチャント・ヒート出たぁ!〕
〔早速w〕
背後から走って来る足音には当然気づいていたので、飛び掛かって来た所を振り返り様に炎を纏ったローレル・レイピアで切り上げて返り討ちにする。
右脇腹から左肩にかけて大きく切り裂かれた致命傷から発火したゴブリンは一瞬でその全身を塵に変え、魔石だけが手元に飛んできた。
「【ストレージ】──さ、探索を始めましょうか!」
〔あ、はい〕
〔良い笑顔〕
〔最初から魔力消費しちゃって大丈夫か?〕
空中で掴み取った魔石をそのまま腕輪に収納し、カメラの方へと振り向くと探索の開始を告げる。
「魔力はまだまだ大丈夫です! 早く慣れる為にもガンガン使って行きますよー!」
〔おー!〕
「──ふう、結構歩きましたね。今、浅層のどの辺りでしょうか」
そんなこんなで探索開始から約一時間。
遭遇したゴブリンとコボルトの群れを倒して、程良い岩場に腰を下ろす。こうして定期的に休んでいる様子を見せる事で私の体力が多い事を誤魔化す為でもあるが、本心では私が彼らとやり取りをしたいからと言う理由もあった。
〔進んできた道を考えると、そろそろ上層の入り口が見えてもおかしくないかな〕
〔入り口付近には上層の魔物が出て来る事もあるから気を付けてね!〕
「あー、ダイバー協会のホームページで読みましたね。イレギュラーケースの中では有名な話なんでしたっけ?」
イレギュラーケースと言うのは異常事態を指す用語だが、この界隈に於いては主に『今居る深度で遭遇しない筈のトラブル』を指す。
コメントが注意してくれたような『一つ先の深度の魔物が現れる』と言うのが最も有名な例で、独力で対応可能な物から即座に撤退を余儀なくされるものまで様々だ。
(まあ、上層の魔物程度なら問題無いでしょう。寧ろ気を付けるべきはやはり、上手く手加減が出来るかどうか……)
上層の探索をしているダイバーの動画は見た事があるが、出てくる魔物はまだまだ雑魚の部類。苦戦はあり得ない。
しかし、簡単に倒し過ぎるのもなぁ……
〔そう言えば、レベルは上がった?〕
「あ、その確認がまだでしたね。少しお待ちを……」
〔はーい〕
〔やっぱり見せてはくれないかー〕
〔残念〕
〔俺は大人しくヴィオレットちゃんが公開してくれるのを待つよ〕
コメントの様子から、ちゃんと画面が隠されている事を確認してステータス画面を表示する。
(さて……と、早速確認してみますか。まぁ、スキルが増えていても読めないんでしょうけど……?)
───────────────────
配信者名:オーマ=ヴィオレット
レベル:測定不能
所属国籍:日本
登録装備(2/15)
・ローレルレイピア
・魔力式ランプ(ラフトクラフト)
ジョブ:■■ Lv7
習得技能/
・■■■■
・■■
・■■■■■
・ラッシュピアッサー
───────────────────
(読めるスキルが増えてる!?)
驚きの余り息を飲む。
ラッシュピアッサーと言うスキルは特に未確認のスキルと言う訳ではなく、『突く』事が可能な武器を扱うダイバーであれば誰もが習得し得るポピュラーなスキルだ。
ジョブによってはレベルアップで使用可能になる物もあるが、使用可能な武器を使い続ける事でも発現する場合があるらしい。……この情報も比較的最近周知された物らしいのだけど、まあ普通は適性の無い武器を使い続ける人はいないので仕方ないか。『彼女』が特殊過ぎたのだ。
(これは、丁度良い機会かもしれないな)
どうしてこのスキルだけが読めるのかは分からない。しかし、コレは好機だ。
こっちの世界に来て『スキル』と言う概念を知って以来、何気にずっと気にはなっていた『スキルと魔法の違い』。協会のホームページでは色々と書かれていたが、直接自分で使用感を確かめたいと思っていたのだ。
(取りあえずリスナーを待たせるのも悪いし、画面を切り替えて……っと)
「皆さん、ただいま戻りました! レベルが上がって、スキルが一つ増えていました!」
〔おお!〕
〔今度は何が増えたんだ!?〕
〔また新スキル!?〕
「あー……いえ、今回のスキルは皆さんも良く知っている【ラッシュピアッサー】でした」
〔ほう……?〕
〔あー、レイピアで突きまくってたからか?〕
〔いや元々レイピアを使うジョブならレベルで解放されただけかも〕
〔まあ普通のスキルも覚えるよなぁ〕
〔てっきり別の属性のエンチャントが増えるのかと思ったんだけどな〕
「ですね~。でも使用感は気になりますし、一度試してみたいと思います! 少しですが休憩も出来ましたので!」
腰を上げて再びダンジョンを歩き出す。
上層への入り口の位置は再開放日に既に確認しているが、最短距離で向かうと怪しまれる可能性があるので、ここまでは程良く行き止まりを経験しながら探索してきた。
しかし、変化の少ない配信にリスナーもそろそろ退屈を覚える頃だ。このタイミングで習得したのが【ラッシュピアッサー】と言うのは、彼等を少し残念に思わせただろうな。
これ以上彼等を退屈させない為にも、早いところ魔物を見つけたいんだが……
(……中々居ないな。最近他のダイバーがここを通ったのかも知れない)
倒されてしまった直後だとすると、何とも運の無い事だ。こうなっては自然に遭遇できる可能性は、ますます少ないと言っていい。
(仕方ない。使い過ぎると不自然になるかもと思って控えていたけど……──【知覚強化】!)
探索を進めながら心の中で魔法を使用し、あらゆる情報を拾う。特に聴覚から得られる情報は重要だ。魔物の位置や、距離まで大まかに分かる。
ダイバーが移動する足音、魔物と戦っていると思しき音。中には魔物の声も聞こえたが、生憎私の向かう先と逆方向だ。突然のUターンなんて、リスナーから見たら不自然極まりないのでこの魔物は無視する。
(……ん? 何だろう、この音……)
そんな音に紛れて微かに耳に届いたのは、明らかに他の物とは違う特徴的な音だった。
ズリッ……ズリッ……と、何かを引き摺るような音。しかし、その傍にはその何かを引き摺っている物の足音が無い。それに、音の発生源は床ではなく天井のようだ。私の知る限り、こんな音の特徴を持つ魔物は……
(……スライム? 浅層に?)
スライムはかなり危険な魔物だ。
流動体である為魔法を扱えなければ対処が難しく、酸を持たない種族であっても身体に一定量のスライムが取り付いた時点で動きは大幅に鈍らされる。顔に取り付かれれば窒息死は免れない。
加えて奴等の補色方法は高所からのダイブ。頭を積極的に狙って来る為、兜の様な防具が重要になる。
(コメントに確認したいけど、この音に気付けるのは【知覚強化】を施した私くらいだ。さてどうするか……)
対処できる私が探索している内に倒しておきたい。こんな浅層にスライムを放置すれば、間違いなく近い内に死人が出る。
幸い、音の発生源は私の向かう先だ。幾つかの分かれ道を意図的に選んで行けば、直ぐに現地に着く。
問題は、違和感なくスライムを発見できるか……
(……迷っている場合でもないか。取りあえず現地に着いてから判断しよう)
最悪の場合、配信を中止して裏で処理してしまえば良い。出来れば今日中に上層まで行ってしまいたかったけど、人命がかかっている以上選択肢は無いだろう。
そう心に決めて歩く事数分、それは私の前に現れた。
「……何ですか? アレ……」
音の発生源は、私の見た事の無い魔物だった。
いや、確かに動きや輪郭は私の知るスライムに似ているところはある。流動体で、天井や壁も関係無く這いずり回る姿は新種のスライムと言われれば信じてしまうかもしれない。だが……
(ダンジョンの壁が動いてる……?)
恐ろしく精度の高い擬態だ。この暗闇も手伝って、天井付近の暗闇に隠れられれば人間がこれを見つける事は困難極まりない。私が移動している間に、壁面の低所に移動して来ていたのは幸運と言う他ないな。
〔リビングマッドだ!〕
〔浅層では強い魔物だっけ?〕
〔強いって言うか倒しにくいってだけだな。魔法が使えないと先ず倒せん〕
コメントの反応を見る限り、スライムの様な凶悪な魔物じゃないようだ。そもそも、態々自ら低所におりてきているところを見るに、スライムの様な捕食行為もしないと見える。
「リビングマッドですか……?」
〔ヴィオレットちゃん、リビングマッド知らんのか〕
〔まぁ物陰に隠れたりして中々発見されないからな〕
〔一応協会のホームページにも載ってるで。倒せれば美味しい魔物や〕
美味しい……魔石が高く換金出来るとかか。
「よし、倒しましょう!」
〔現金で草〕
〔リビングマッド:
泥が自我を持ち、動き回っているような姿から名前が付けられた。流動体の部分にはどれだけ攻撃してもダメージが与えられないが、体内を移動する魔石を体外に出す事で倒す事が出来る。その性質から、魔法使い系のジョブの方が対処しやすく、物理攻撃に頼る場合は剣の腹で叩く等の工夫が求められる。極稀に体内で鉱石のトレジャーを精製する事があり、魔石の換金額も相まって倒す事ができれば非常に美味しい魔物の一つ。別名ダンジョンの真珠貝。〕
〔解説コメ助かる〕
かなりの長文だったが、大体読めた。要するに……
「トレジャー!? この魔物トレジャー落とすんですか!? 乱獲したいんですけど!?」
〔乱獲www〕
〔おい令嬢www〕
〔みんなそう思ってるけど、コイツ何故かダンジョンの成長時にしか湧かないっぽいんだよな〕
〔この時期に見つかるのは再開放日を生き抜いた幸運な個体くらいよ〕
成程、そう言う事だったのか。
と言う事は、今から乱獲は出来ないと……
「決めました。次にダンジョンが成長した時は狩り尽くします」
〔令嬢欲塗れで草〕
〔リビングマッドくん、こんな強欲令嬢に倒されずに生きてくれ…そして俺に狩られてくれ…〕
〔ヴィオレットちゃん、折角生き残った命なんやで…ここは見逃してやってくれんか?〕
「いいえ、狩ります」
〔無 慈 悲〕
〔狩 り ま す〕
〔草〕
〔草〕
兎にも角にも、コイツは私の獲物だ。そしてついでに、試し切りの的だ。
「魔法が有効打と言う事は分かりましたが、先ずはこちらを試させて貰いましょう! ──【ラッシュピアッサー】!」
腕輪に魔力を流し、初めて腕輪を通してスキルを発動する。その瞬間……
(っ!? 魔力が……これは、身体強化の術式!?)
私の身体に腕輪から術式が流れ込んで来る。そして、身体の各所にピンポイントで強化魔法が施されたのが分かった。
よく見ればローレル・レイピアにも何らかの付与効果がされているのだろう。白銀の刀身が淡い輝きを放っているのが見えた。
それと同時に、その使い方も何となく理解した。
(恐ろしく緻密で、なんて繊細な術式……私でもこんな事は……!)
一つだけ確かな事がある。この腕輪のシステムを作ったのは、私なんて比べ物にならない『魔法』の使い手だ。
確かにこれ程のサポートを受けられるのであれば、魔物と戦った事の無い人間がダイバーになって戦えるのも納得出来る。
(感心するのは後……今は、効果時間が切れる前に攻撃を叩き込む!)
【ラッシュピアッサー】と呼ばれている術式の効果はシンプルだ。一部の筋肉にピンポイントな強化魔法と保護魔法をかけ、『突く』『引き戻す』と言う動きをひたすらに強化、アシストする。効果時間は数秒で、その間に出来る限り攻撃しろと言う物。
(サポートされている所為で手加減が難しい!)
駆け出しダイバーの範疇を超えた速度が出ないように加減しながら、しかし可能な限り突きを放つ。
そして効果時間が切れると同時に、『パンッ』と弾ける様な音と共に一瞬でその身体に無数の穴を開けられたリビングマッドだったが……
〔あー、外したっぽいね〕
〔やっぱ『突く』攻撃じゃ魔石に当てにくいんだよな〕
その核である魔石は無事だったようで、その穴も直ぐに塞がってしまった。しかし、ここまでは想定通り。
今の感覚を受けて、私にはこの先の更なるビジョンが見えていた。
「今ハッキリ見えましたよ! 私の戦い方が!」
〔?〕
〔どしたん急に?〕
百聞は一見に如かずだ。コメントの反応に言葉では返さず、代わりに引き戻したローレル・レイピアに手を添えて魔法を発動する。
「──【エンチャント・ヒート】!」
ローレル・レイピアが炎を纏い、赤熱する。
そして、私から逃げようと這うリビングマッドの背中(?)にすかさず接近し──
「──【ラッシュピアッサー】!」
ローレル・レイピアが纏う炎にも何らかの強化がなされたのか、刀身が一際激しく燃え上がる。
一瞬の内に放たれた無数の突きによって再びリビングマッドの身体に穿たれた穴は、今度は自然に塞がる事は無かった。それもその筈、泥で出来た身体からは水分が一瞬で蒸発しており、その流動性が失われていたからだ。
「成程、魔法使い系のジョブの方が対応しやすいと言うのはこう言う事でしたか」
確かに様々な方法で泥の身体に対処してしまえば、そこに残るのはただの土塊だ。後は、レイピアの切っ先で土を払えば……
「リビングマッド、これにて討伐です!」
私の手には泥に守られていた魔石が確かに握られていた。
〔うおおおお!〕
〔そうか、エンチャントってのはスキルと組み合わせる魔法なのか!〕
〔相乗効果って奴か……〕
〔マジで当たりジョブなんじゃないのかコレ〕
〔え、じゃあ万年不遇職ってされてた弓がエンチャント使えるようになったら……〕
〔ちょっとマジで知り合い全員一度腕輪登録させてみようかな……ワンチャンないか?〕
コメントも大盛り上がりだ。私自身、【ラッシュピアッサー】の術式がレイピアにまで及んでいなければ気付かなかっただろう。
コレでこの先の展望はハッキリ見えた。【エンチャント】を少しずつ開放していくのは勿論、スキルの取得も目指す立ち回りをしていこう。
〔所でトレジャーはあった?〕
「──ハッ! そうでした! その為に狩ったんですよ!!」
慌てて土塊となってしまったリビングマッドの亡骸に駆け寄る。……魔石を抜き取っても塵にならない辺り、この土塊は本当にダンジョンの壁面からこそぎ取ったりして身に纏っていたのかも知れないな。
と言う事は、コイツがトレジャーを精製していた訳じゃなくて、泥を身に纏う過程で偶然鉱石トレジャーを取り込んだだけなんじゃ……
色々と頭の中で憶測を立てながら、探し漏れが無いように素手で土を掻き分けていくが……
「……残念ながらトレジャーは無かったみたいですね。無価値です」
〔無 価 値〕
〔草〕
〔無価値は泥w〕
〔無価値てwww〕
〔泥は無価値〕
何故かこの配信の後、私のリビングマッドに対する発言が切り抜かれて拡散された。一部のリスナーの間でプチバズリしたようだ。解せぬ。