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第12話 初配信を終えて

 初配信を終えた日の夜。

 夕飯を食べ終えた『俺』に頼まれ、食器洗い用の水を魔法で出している時の事だ。


「そう言えば……昼からやってた初配信だけど、最後の方だけだが俺も見たぞ」

「あ、見てくれましたか。どうでした?」

「話には聞いていたが、やっぱり見た事の無いスキルが突然飛び出すと見ている側もワクワクするな。『オーマ=ヴィオレット』もSNSでトレンド入りしてたし、チャンネル登録者もかなりの数になってるんじゃないか?」


 口元に笑みを浮かべながら、『俺』がそう尋ねる。

 配信を見ていたリスナーがSNSや掲示板等で話題を拡散してくれたおかげで、私は配信初日にしてそれなりの有名人になっていた。


「そうですね。既にチャンネル登録者が2000人を、アーカイブの再生数に至っては10万回を超えています。後は探索を進めて上層に到達すれば、収益化の申請も出来るようになりますね」

「もしやと思ってはいたが、そこまでか……取りあえずおめでとう。まさか初日で登録者を抜かれるとは思ってなかったぞ」

「ありがとうございます」


 まぁ、登録者と再生数の比率を見る限り、大半が『エンチャント・ヒート』を見に来ただけだ。()()()()()見に来たわけではない。

 もしもこの先、私が彼等にとって魅力的なダイバーに映らなければ、例え新しいスキルをいくら披露しようとここから大幅に伸びる事は無いだろう。


(……そうだ。今はまだ『物珍しいから一目見よう』と言った程度の知名度。本当の意味で人気者と言う訳ではない)


 正直に言えば、こっちの世界に来る前の私は『人気者になる』と言うような目標は持っていなかった。ただただ人から拒絶されない平穏な生活を、ごく普通に、当たり前に送りたいだけだった。それまでの私にとって人の目は警戒の対象だったし、注目を浴びる事はリスクでしかなかったからだ。

 しかし、こっちの世界で『俺』に正体を明かし、受け入れて貰った事で私の考え方にも変化が生まれたようだ。


(……思っていた以上に()()()()()な。コメントを通して人と会話するのは)


 『俺』が皿を洗っている間、魔法で水を出しながら今日の配信を内心で振り返っていると、そんな私をチラリと見て突然『俺』がこんな事を言い出した。


「──なぁ、実際に配信してみてどうだった?」

「え?」

「ほら、お前って異世界で色んな人間に、何て言うか、その……」


 ああ、そう言う事か。彼は彼なりに私の事を気遣ってくれているのだろう。


「楽しかったですよ。それに、嬉しかったです。『魔族キャラ』と言う形ではありますが、リスナーとの交流を通じて『本来の私』を受け入れて貰えた様な感覚がありました。『私はここに居て良いんだ』と言われているようで……これだけでも、この世界に来てよかったと思えましたね」


 向こうの世界では忌み嫌われる存在として見られていた分、好意的な感情に飢えていたのもあるのだろう。配信を終えた私を包み込んでいたのはかつてない充足感と、安心感だった。


「そうか……!」

「ええ……──っと、丁度食器も洗い終わりましたね! さっさと片付けてしまいましょう!」


 何処か嬉しそうな『俺』の言葉に、どことなくこそばゆい感じがしてついつい話題を逸らしてしまった。

 魔法で出していた水を止め、空中に浮かせた食器から魔法で水気を飛ばし、瞬時に乾かすとそのまま棚まで移動させてきれいに並べる。


「何もそこまで手伝って貰わなくても良かったんだが」

「ただのついでなので! 私、先にお風呂入ってきますね!」


 遠慮する『俺』をそう言って黙らせると、私はずかずかと早足で移動し風呂場へと直行した。




(……一体、何故私はあそこまで素直に答えてしまったのだろう)


 体を洗い、湯船に浸かっているとつい色々な事を考えてしまう。

 『俺』が私を案じてくれたのがそんなに嬉しかったからか、それとも丁度その事を考えている時にスッと話題を出されたからか……


 あの時『俺』に話したのは正真正銘私の本心だ。

 そう言ったキャラ付けだとしても大勢の前で自分の事を『魔族』と表明するのは緊張したし、それを受け入れてもらった時の喜びは互いの認識に齟齬がある状態と分かっていても嬉しかった。

 もしかしたら彼等も『俺』と同じように、本当の意味で私を受け入れてくれるかも……そんな期待さえ湧き上がってしまう程に。


(……だけど、彼等にはまだ、本来の私を見せる気にはなれない)


 体を洗っている最中、風呂場に備え付けられている鏡には私の本来の……魔族の姿が映っていた。人間の様な特徴を多く持っていながら、決定的に人ではない異形の身体。

 入浴時、私は【変身魔法】を解いている。これは体を洗う都合上変身している状態では意味が無いし、何よりずっと変身していると本来の姿に戻った時に身体が凝って仕方がないからだ。だから定期的に魔法を解除して、身体を解したいと言うのが最大の理由だった。そう言う場としては入浴時は最も適したタイミングなのだ。

 ……しかし、視界の隅に入り込んだ翼と尻尾を意識すると、自分が魔族である事を嫌でも再認識させられる。


(もし、異世界での様にうっかり正体がバレてしまったら……追求と糾弾は向こうの比ではないだろうな……)


 再生回数10万回。……それは私にとって喜びであると同時に不安の種だ。

 私を好意的に捉えてくれているかもしれない数であり、いずれ私を追い詰めるかもしれない数……


『お前……魔族だったのか!』

『裏切者! そうやって私達を破滅させる気だったのね!!』

「──っ!」


 もう聞こえない筈の声が聞こえた気がして、身体を縮こませる。

 温かい湯船の中にいるにもかかわらず、ガタガタと震える身体は、私が未だに過去を引き摺っている何よりの証明だった。


(……今は考えるのはやめよう)


 一人になると、どうしても考えがマイナスの方にばかり向いてしまう。

 心の何処かで私自身がこっちの世界に来れた事を、未だに夢だと思っているのかも知れない。ある日突然、向こうの世界に戻ってしまうんじゃないかと言う不安があるのだろう。

 だから今は一旦考えを放棄しよう。こっちの生活に慣れて行けば、こっちの世界が私の中で普通になれば、この不安もいずれ消える筈だ。




「──いやぁ~、我ながら良い湯でした! 貴方も冷めない内にどうぞ!」

「ん、おう……」


 お風呂から上がり、湯気を立てながら部屋に戻ると、それまでスマホを弄っていた『俺』が何やら私をじっと見つめて来た。


「……えっと、何でしょう?」

「いや……そう言えばお前って、風呂から上がった時はさっき見たいに魔法で乾かさないんだなって」


 もうこれで三回目だと言うのに何を見て来るのかと思えば、そんな事か。


「一瞬で乾かす事も出来ますけど、そうしちゃうと折角のこのいい気分が台無しじゃないですか」

「そう言うもんなのか?」

「何なら貴方がお風呂から上がった時に試してあげましょうか? 気化熱で一瞬で冷えますけど」

「成程、気化〇〇法は遠慮しよう」


 『俺』はそう言って立ち上がり、私と入れ替わりにお風呂に向かって行った。


(……やっぱり、こっちの世界にもジョ〇ョはあるんですね)


 正直読みたい。めっちゃ読みたい。何ならアニメも見たい。

 だけど今回の探索で得られたのはゴブリンとコボルトの魔石を換金した分の一万円弱……どうせ読むなら一気読みしたい派の私としては、まだ足りない。それに……


(服も買わないとな……特に、配信用の服を)


 私が今身に纏っているのは、【変身魔法】で作り出したシンプルな部屋着だ。白い半袖のTシャツに黒いハーフパンツと言う、季節を考えればちょっと肌寒そうなセットだが、それが風呂上がりののぼせた肌に心地よい。

 しかし、部屋着ならこれで事足りるにしても外出用や配信用となるとそうも行かない。複雑な装飾や柄は、細部までイメージしなければ反映されない【変身魔法】との相性がすこぶる悪いのだ。

 特に配信用の衣装に関しては『魔族令嬢』と言う設定で配信している事もあって、せめて数着はそう言った服も用意したいし、まだまだ準備に金がかかる時期なのだ。いつまでもシンプルな黒いワンピースで誤魔化せる訳でもないのだし……


「……暫くはハイペースで配信を繰り返して、お金を貯めた方が良さそうですね」

「それは止めておいた方が良いかも知れんな」

「おや、今回も早かったですね。湯加減はどうでしたか?」


 これからの予定について思案に暮れていた私の背後から、『俺』が声をかけて来た。

 彼は私と違ってあまりのんびりと湯船に浸かるタイプではないらしく、数分も経てばこうして戻って来るのだ。……もしかして、私って人間基準だとかなり長風呂してるのかな。


「ああ、良い湯だったよ。それはそうと、お前がさっき言っていた事なんだが……」

「えっと、ハイペースで配信するって部分ですか? 危険も収入も少ない浅層ですし、ペースを速めてお金を稼ぐのは当たり前なのでは?」

「あー……そうか、先ずその認識からズレてるのか……」


 私の疑問に対して、『俺』は困ったように頭を掻きながらこっちの世界での浅層の認識を説明し始めた。


「確かにダンジョンに潜った事の無い人間はそう言うイメージを浅層に抱きがちだが、実際にダイバーになった時点でその認識は変わるんだよ。ランプが無ければ少し先も見えない暗闇、そこから聞こえる魔物の声……慣れていない内は距離も分からないからいつ襲ってくるかも分からず、精神的にも疲弊する。カメラの明度補正で多少見やすくなっていた配信のダンジョンとのギャップにやられて、ぶっつけ本番で初配信を敢行した後は数日休んだってダイバーもいるくらいだぞ」


 『俺』の説明を受けて、確かにと納得する。

 私が浅層で全く危険を感じなかったのは、私の視界がランプ無しでもクリアに映っているからだ。勿論、再開放後の探索で指摘されたようにランプを持っていないと怪しまれる為、今回は『俺』にランプを借りていたからそれ程おかしい行動はとっていなかったと思うが、流石に暗闇に長く居続けた事による疲弊や負担まで気は回っていなかったな……


「……怪しまれたでしょうか?」

「いや、まだ大丈夫だとは思う。危機感が薄いダイバーなんて今まで何人も居たし、お前の場合レイピアの入手経路の関係で初探索ではないと明言していたのも幸運だったな」

「良かった……」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、そうなると彼の言う様にただハイペースで配信すれば良いと言う訳ではないようだ。

 注目を集めている今を好機として、なるべくチャンネル登録者を増やしておこうと言う思惑も考え直した方が良いかも知れない。


「因みに、どのくらいの頻度で配信するとこっちの世界ではハイペースと捉えられますか?」

「そうだな……土日に集中して潜るって人は結構いるし、週に四回も潜っていればハイペースだな。ただし、ベテランの場合はだが」

「駆け出しだと更に少ないと……」

「だな。土日の両方をダンジョンに潜っているだけでもかなり疲れるんじゃないか? 学生だと休日に休む事も出来ないから、土・日のどっちかと水・木のどっちかの週二でも頑張ってるって認識になると思う」

「うぅ……」


 困った事に、私の場合は既にギリギリの様だ。

 しかも、レイピアの入手経路を考えれば初配信の前日……つまり金曜日にも潜っていた事は明白。そう言えば、明日配信するって言った時もやけに心配するコメントが多かった気がするな。


「既に宣伝してしまったので明日は配信するとして、次回は少し長めに休みを入れるとしましょうか」

「そうだな、それが良い。……そう言えば、詳しい予定はSNSに投稿するって配信で言ってたが、もうやったのか?」

「……あっ」



『  オーマ=ヴィオレット

   @Ohma_Violette

 こんな時間にすみません!予定をお知らせするのを忘れてました!!

 明日のお昼一時に今日と同じ時間に配信します!

 どうかよろしくお願いします!                  』

『ええんやで』

『もう9時回ってるんですが』

『「後で投稿しますね(9時 3分)」』

『後過ぎィ!!!』

『初配信だったからね、仕方ないね』


 なお、SNSでめっちゃいじられた。

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