第10話 初めての探索配信
時は一昨日に遡り、私のステータスを初めて確認した時の事だ。
「──さて、どうしましょうかね、コレ」
「何度見ても文字化けしてるよなぁ……」
私達の悩みの種は見ての通り、まともに表示されないジョブとスキル欄だった。この二つの大問題を前にすれば、『測定不能』と表示されたレベル等大した問題ではない。……いや、嘘だ。やっぱり問題ではある。
しかし、それが気にならない位の問題をこの二つは孕んでいるのだ。
(ジョブが分からないと言うのはこの際まだ良いとしよう。しかし、スキルが分からないのはちょっと面倒だ)
こっちの世界では、魔法もスキルも『腕輪に表示された名称』を発声する必要がある。
魔力を流し、音声認識によって発動するスキルや魔法を駆使して魔物と戦う……それが一般的なダイバーの姿だ。
当然ながら、肝心のスキル名が文字化けしていればスキルも魔法も使えない。
「……スキルを使わない、って言うのは難しいですよね。やっぱり……」
「新しく覚えた技能を披露しないダイバーはかなり珍しい……と言うか、見た事ないな」
それはそうだろう。新しく覚えた技は早く使いたいのが人情って物だし、配信的にも盛り上がる。それが珍しい技能だった場合はなおさらだ。
スキルや魔法を使わなければいけないルールは無いが、配信が盛り上がらないのは正直マズいかも……そう考えていた私に、一つの天啓が舞い降りた。
(……いや、やりようはあるんじゃないか? 私の場合)
「一つ聞きたいのですが、こちらの世界で『炎の玉を飛ばす魔法』ってどんなのがありますか?」
「ん? まぁ、そうだな……普通に【ファイアーボール】ってのがあるけど……」
「成程。こんな感じですかね? ──【ファイアーボール】」
そう言って立てた人差し指の先に、魔法で小さな炎の玉を作り出す。
すると『俺』も私の言おうとしている事を理解し、「ああ!」と感心の声を漏らした。
「そうか、確かにお前には異世界の魔法があったな! それで魔法使い系のジョブをでっち上げるって訳か」
「はい。問題はダイバー協会側に私のステータスを確認されたら偽装もバレてしまうと言う事ですが……」
「それに関しては今更だろ……そもそも表示が『アレ』なんだぞ」
「……それもそうですね。ではこの方針で詰めていきましょうか」
◇
──と、言う具合でこの時は『魔法使い系』のジョブで行こうとしていたのだ。ダンジョンで運命の出会いを果たすまでは。
ダンジョンに足を踏み入れたところで、いつかの様に私の眼前に現れたゴブリンが三体。
いよいよ武器のお披露目となったところで、私は腕輪から取り出したレイピアを高々と掲げた。
「これが、私のメイン武器……『ローレル・レイピア』です!」
このレイピアは今朝、受付に持ち込んだ際に所有者登録を済ませ、私の登録装備設定済みだ。その時に受付の職員から聞いたのだが、トレジャー装備はこの世に二つと無い一点物。それ故、名称は発見者が名付けると言うのがこちらの世界での通例なのだと言う。
武器に名前を付けるなんて体験は初めてだったので少し悩んだりもしたが、装飾から抱いた印象から『ローレル・レイピア』と命名したのだ。
〔!?〕
〔おー綺麗な剣やん〕
〔ローレルレイピア?そんなの売ってたっけ〕
〔ちょっと待て!?これトレジャー武器じゃないのか!?〕
〔なんで駆け出しのダイバーがそんなの持ってんの!?〕
中々見ないトレジャー武器を新人が突然取り出した事で、コメントが少し加速する。
彼等の興味は既にこのレイピアへと移っており、目をくぎ付けに出来た事だろう。
「色々質問はあると思いますが……答えるのは、ゴブリンを倒した後にしましょう!」
〔それはそうだけど!〕
〔なんか一昔前のソシャゲみたいな事言いだしたぞ!?〕
コメントの流れは止まらない。しっかりとリスナーの注目を集められている事を確認した私は、カメラの操作を自動追尾モードへと切り替え、背後から私とゴブリンの戦いを写す角度に配置する。
そして、速度をかなり加減しながらゴブリン達の元へ駆けだした。
昨日の夜の内に駆け出しダイバー達の配信を一通り巡回して、新人がどの程度ゴブリンに梃子摺るかはリサーチしておいた。
まだレベルアップも数回しているかいないかと言ったダイバーは、攻撃に乗せる魔力量も少ない為、ゴブリンの急所を貫いても一撃とはいかない。魔物の本体にダメージが通らないからだ。
だから私もそれに倣い、レイピアに流す魔力を極限まで抑えて突きを放つ。
「──はぁっ!」
「ゲギッ!? ……グカカカ!」
「キシシッ! カカカカカ!!」
「ギョグギギギ……ガガクゲキキ!」
喉元を貫通したレイピアを手元に引き戻すと、ぽっかりと開いていた穴は直ぐに逆再生するように塞がってしまう。
一度は怯んだゴブリンも、攻撃が効かなかった事で私を弱者と侮り、不快な声で嘲笑を始めた。
三匹のゴブリンはガラガラと聞き取りにくい鳴き声で互いに指示を飛ばし、私を取り囲むようにばらけると……一斉に飛び掛かって来た。
(直ぐに倒すのは簡単なんだが、多少苦戦するようなふりをしないといけないのが面倒だな)
二体の攻撃をひらりと躱し、三体目の攻撃を回避が間に合わなかったような素振りをしつつレイピアで受け流す。
そして、そのままカウンターで心臓の位置を貫いた。
「グギィィッ! ……ガハッ、グゥ……!」
「ふぅ……やっぱり、しつこいですね」
(これで二発目。次は倒す)
コイツはさっき喉を貫いたゴブリンだったのだが、私が魔力を加減しているので当然まだ倒れない。しかし、次は確実に致死量の魔力を込めて貫く。
「──ッ!?」
(っと、いけないいけない。いくらゴブリンでも殺気には敏感だ。落ち着け私……)
私の殺気に一瞬反応したゴブリンだったが、直ぐにそれを引っ込めたからだろう。勘違いと思ったのか、再びにやにやと卑しい笑みを浮かべて間合いを図り始めた。……ゴブリンの知能は低いと聞くが、これ程とはな。
そうこうしている間にも、私の背後から殺しきれていない足音を立てながら、ゆっくりとゴブリンが忍び寄って来ているのが分かる。
「ゲギャーーーッ!」
「バレバレですよ!」
奇襲するならせめて声を上げるなよ。ツッコむのもバカらしい愚行に呆れながら、身体を一歩分左にズラして回避する。そして隙だらけの横っ腹にレイピアを突き出して両肺を一度に貫くと、直ぐに引き抜きその場を跳び退った。
奇襲(?)に失敗した事を逸早く察した別のゴブリンが、反撃後の隙を突くべく飛び掛かって来ていたからだ。
「そこっ!」
「カ……ッ!!」
一度とった距離を一歩で埋めて、全身の捻りを伝達させて放った一突きがゴブリンの脳天を穿った。これでコイツは三発目だ。
先程までとは異なり、十分な量の魔力を込めた一撃は魔物の本体にも致命的なダメージを与え、その全身が一瞬で塵に還る。
「ッ!?」
「……グギ」
「さて、次はどっちですか?」
動揺するゴブリンを軽く挑発すると、言葉は通じずとも意図は伝わったのか。表情を怒りに歪めて飛び掛かって来た。
さっきまでよりも一層直線的な攻撃が私に当たる筈もなく、その後は一方的にレイピアを叩き込んで行き、程なくして駆け出しダイバーとしての私の初陣は危なげない勝利で演出された。
「──ふぅ、ちょっと疲れましたね。どうでしたか? 私の動きは」
息を整えるフリをして、ドローンカメラを再び正面に戻す。
『素質は高いがレベルだけが足りない』そんなイメージで戦ってみたのだが、狙い通りの姿に映っていただろうか。
期待半分、不安半分と言った思いで確認した同接数は、さっきまでよりも少しだけ増えていた。
〔カッコ良かったよー!〕
〔いい立ち回りできてたと思う〕
〔防具無しで不安だったけど浅層なら問題なさそう〕
〔技術はもう上層でも通用するんじゃない?〕
〔レイピアの構えも様になってた!〕
〔何か剣術的なのやってた?〕
〔絶対初戦じゃないよね〕
コメントの反応はまずまず狙い通りといった感じだ。
「ふふ、分かります? 実は以前、実戦剣術を習った事があるんですよ」
『異世界で』と言う言葉は呑み込んで、それらしいバックストーリーを作り上げる。具体的にどこで学んだかと言った質問は身バレ対策と言う名目で躱したが、立ち回りやレイピアの扱いに慣れている事に関してはコレで誤魔化せただろう。
〔トレジャー武器どこで見つけたの?〕
「あ、そうでしたね。このレイピアは昨日、ダンジョンの下見でここに来た時たまたま見つけたんです! 初めて見た時に運命を感じましたね! その時に持っていた細剣はまぁ……そこでお別れでしたけど」
〔成程ちゃんと下見はしてたのか〕
〔えぇ…いくら成長直後のダンジョンって言っても豪運過ぎんか?〕
〔ダンジョンの成長直後ってとんでもない競争率ぞ?〕
〔これは運命〕
〔細剣「私とは遊びだったのね!?」〕
まあ、予想はしていたがコメント上でも信じる者は半分程度と言ったところだ。
一応嘘は言ってないんだけどね……その時細剣を持っていなかった事以外は。しかし、私に話す気が無いと思ったのか、以降の追及は止んだ。
それと同時に情報が得られないと思ったのか数人ほど同接も減ってしまったが、このくらいで済んだと考えれば安いもんだ。
「──ハァッ!」
その後も順調に探索を進めて行き、コボルト数体を無傷で倒した辺りでそのコメントが目に入った。
〔やっぱレイピアは急所を突かないと威力出ないな〕
〔普通に立ち回り上手いなこの娘。けっこう参考になるところあるわ〕
〔そろそろレベル上がったんじゃない?〕
レベルか……確かに、もうそろそろジョブレベルが上がってスキルが増えていてもおかしくない。
「そうですね、ちょっとレベルを確認してみましょう。少し待ってくださいね~」
配信を待機画面に切り替え、周囲に人の目が無い事を確認。……姿を消しているダイバーが居ないとも限らないので、念の為に物陰でステータス画面を確認すると……
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配信者名:オーマ=ヴィオレット
レベル:測定不能
所属国籍:日本
登録装備(2/15)
・ローレルレイピア
・魔力式ランプ(ラフトクラフト)
ジョブ:■■ Lv5
習得技能/
・■■■■
・■■
・■■■■■
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うん、知ってた。
予想通りスキルは増えていたが、案の定文字化けしてて読めない。しかし、重要なのはスキルが増えるタイミングだったと言う事だ。
どんなスキルをどのレベルで習得するかは、ジョブによって異なる。加えて極稀にではあるが、個人の戦い方や経験によって発現するスキルもあるらしい。そのタイミングを計ると言う点においては、この文字化けだらけのステータス画面も役には立つと言う訳だ。
(ついでに時刻も確認しておこうかな)
スマホを取り出しで確認すると、既に探索開始から三時間が経過しようとしていた。
これはベテランのダイバーならば問題無いが、駆け出しダイバーは疲れて来る頃合いだ。
……時間的にキリも良いし、新しいスキルを一つ見せた後は体力が減って来たって事で撤退するか。
(──良し、そうと決まれば!)
ステータス画面を消してから配信画面を通常の物に戻し、早速報告する。
「スキル覚えてました!」
〔おお!〕
〔何覚えてた?〕
「折角の新スキルですし……それは次の魔物が出たらお披露目しますね!」
空気を読むタイプのリスナーがチラホラとコメントを返してくれるが、こう言うのはインパクトが大事だ。
次の魔物が見つかったところで、私の華々しいデビューと行こう。
〔ここから本格的にクイズ開始か~?〕
〔スキル無いと正直予想も出来ないしな〕
私が口にした『新スキル』という言葉だが、コメントを見る限りその事に対する反応はそれ程でもないようだ。
情報が簡単に手に入る時代だからな……本当の意味での新スキルなんて、今更期待するリスナーなんていないのだろう。
それから程なくして、私は魔物を見つけた。
場所は浅層の中では奥地と呼べる辺りの、やや広い一本道。やや急な段差が連続する地形の先に居たのは、コボルトが二体。
武器はそれぞれが鍾乳石を折って作ったような石槍を手にしている。
「居ましたね。……では、行きます!」
カメラを自動追尾モードに切り替えて、レイピアを構える。
隠れながら近づいたところで【隠密】無しではどうせ嗅覚で接近を察知されるので、まどろっこしい事はせずに正面から速度任せに距離を詰める。
そして、迎撃に放たれる突きを躱し……先程習得した体で『新スキル』をお披露目する。
「──【エンチャント・ヒート】!」
その瞬間、レイピアに添えた左手から火の手が上がり、ローレルレイピアに纏わりつく。
そして、火の粉を吹き出しながら放たれたレイピアの一閃により、二体のコボルトはほぼ同時に塵と化した。