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第9話 初配信開始

 腕輪の転送機能で渋谷ダンジョンのロビーに到着すると、周囲のダイバー達から視線が一瞬集まった。

 ざわりと空気が変わったような感覚に思わずビクッと身構えてしまったが、次の瞬間にはその視線も外される。

 ……何だろう、少しピリピリとした緊張感が漂っているような気がする。


(ダンジョン成長の影響なのかな。『俺』も暫くは浅層にもベテランが出入りするって言ってたし)


 それとなく見回してみれば、昼間と言う事もあってかロビーは多くのダイバーの姿で賑わっている。

 これからダンジョンへ向かう者も居れば、遅めの昼食を取るためかダンジョンから出て来て受付に向かう者も居る。彼等の後ろには追随するように小型のドローンカメラが浮遊しており、配信中である事を示していた。


 再開放直前の時ほどではないが、それでも中々の混雑具合だ。

 これが普段の光景なのか、ダンジョン成長直後故の物なのかは分からないが、どちらにせよ配信の挨拶をする場所は考える必要がありそうだな。


(ダンジョン成長直後が初配信に向かないのって、こう言う理由もありそうだな……)


 もう少し早く様子を見に来ればよかったと少し後悔しながら、周囲を見回して丁度良い撮影場所を探していると、背後から突然声がかけられた。


「ねぇ君、新人さん?」

「えっ……あ、はい! これから初配信なんです。丁度良い撮影場所を探してて……」


 私の様子から察したのだろう。振り返ると、そこには明るい金髪をショートカットにした気さくそうな女性ダイバーがフリフリと手を振っていた。

 明らかにベテランと言った雰囲気を漂わせていたので、これ幸いとアドバイスを求めると、彼女は「やっぱりね」と微笑んでロビーの一角を指し示した。

 そこはダンジョンの入り口の直ぐ傍でありながら、ロビーのエントランスや受付とは違う方向にある一角だった。

 確かに壁沿いに観葉植物が置かれている以外は何も無い場所で、ダイバー達も用事が無い為に近寄る事も無さそうだ。


「それならあの辺りが人通りも少なくて良いと思うよ。()()()()()じゃなくても、初配信によく使われる場所なんだ。……それにしても災難だったね。初配信がダンジョンの成長と重なっちゃうなんて」

「あぁ……えっと、はい。そうですね」


 やっぱり今は初配信向けじゃないってのは共通の認識らしく、彼女は同情するような視線を向けている。

 改めて彼女の装備を観察してみると、金属をふんだんに使った重装備に加えて、背負っている武器も大型のハルバードと中々のヘビーファイターのようだ。よく見れば鎧にも戦いの傷が無数に刻まれており、歴戦の風格を感じさせた。


「あはは……そんなに見つめられると照れるね」

「あっ、すみません! つい……」

「良いの良いの、あたしも最初の頃は何かと参考にしようと思って同じ事やってたし。それじゃ、あたしも配信の時間だから行くよ。ダンジョンでは君も気を付けてね」

「はい、ありがとうございました!」


 なんとも気の良さそうな人だったな。そして、何よりも……


(今の人、こっちに来てから出会った誰よりも強かったな)


 雰囲気と魔力の流れからそう判断する。

 ダンジョンの成長直後の探索はダイバーにとって滅多にないチャンスとは言え、流石に周期を外れたイレギュラーな成長に日程を合わせられなかった者も多かっただろう。それこそ『俺』と同じような理由で。

 その中には彼女の様な実力者も何人も含まれていたと言う訳だ。


(今後の為に名前だけでも聞いておけば良かったかな? ……いや、あれだけ強いなら調べれば直ぐに分かるかもな)


 兎にも角にも、今は配信だ。初配信から遅刻なんて冗談で済まないからな。

 先ほどの女性に教えて貰った一角に移動し、出来るだけ他の人が映り込まないように壁を背にして立つ。

 カメラの操作は昨日の内に『俺』に教えて貰った。挨拶の時は位置を固定して、その後の探索は基本的に自動追尾モードで良いらしい。それを念頭に置いて設定を終えると、ドローンカメラが静かに浮遊を始める。

 そして私の正面に移動し、カメラが私の方を向いた。早速スマホで配信画面をチェックし、ちゃんと待機画面になっている事を確認する。


(……良し、これで後は配信を開始するだけだ。告知していた時刻まで、後二分……ギリギリだったな)


 配信は直接のスマホ操作だけでなく、予め設定しておいたタイマーでも開始できる。今回タイマーを設定していた私は教えて貰った通り腕輪にスマホを収納すると、丁度直ぐ近くの壁に掛けられていた時計で配信のタイミングを計り始めた。


(成程。さっきの人がここを薦めてくれたのはこう言う理由もあったのかもな)


 名も知らぬ女性ダイバーへ心の中で感謝していると、ついに分針は真上を示した。……配信開始だ。




「皆さん、初めまして! 今日からこの渋谷ダンジョンでダイバーデビューする『オーマ=ヴィオレット』です! どうぞよろしくお願いします!」


 挨拶は礼儀正しく、キャラは明るい性格を意識する。全体的なイメージは貴族のご令嬢だ。

 あまりキャラ付けはしない予定ではあったが、まるっきり普段通りでも配信には向かないと言う理由から、話し合いの結果このような話し方をする事になった。

 普段の私とテンションが違うが、そこは異世界で散々色んな人間に化けて来た私だ。キャラ作りは慣れている。

 挨拶の最後には、貴族令嬢の()()()()、カーテシーもしっかり決めて一礼して見せた。


〔かわいい〕

〔所作が綺麗〕

〔ガチお嬢感あるな〕

〔おみ足ふつくしい……〕

〔貴族令嬢ならぬ魔族令嬢か〕


 ドローンカメラの隣に表示されているコメントをチラリ、問題無く受け入れられているのを確認し、自己紹介の続きに入る。


「お察しの通り、私は魔族の娘です。ですが、人間である皆様とも仲良く過ごしたいと考えております。どうかダンジョンで出会った時は、穏便な対応をお願いしますね」


 話す内容は私の正直な胸の内だ。この辺は下手な設定を作るより、本来の自分を出した方がキャラがブレなくて良いだろう。


〔こんなかわいい子を攻撃する奴居らんやろ〕

〔防具装備してない感じからして今日は挨拶だけかな?〕

〔仲良くしたいなぁ俺もなぁ…地方ダイバーだから会いに行けないけど〕

〔そう言えば渋谷ダンジョンって成長したばかりか。仕方ないね〕


 む、どうやら私の装備から勘違いをさせてしまったらしい。

 まあ、確かに黒いシンプルなワンピースしか身に纏ってないからな。普通はもっと運動に向いた服に、多少の防具を身に付けるものだからな。……仕方ない。リスナーが離れてしまわないよう、先に伝えておくか。


「いえ、今日はこの後早速ダンジョンの浅層を探索したいと思ってます! 防具を身に付けていないのは、重さで動きを阻害されたくないからです」


 防具に関しては半分嘘だ。実際は浅層の探索に防具の必要性を感じなかったのと、節約の為と言うのが理由の大半を占めている。

 しかし、何も全くの嘘と言う訳ではない。レイピアの戦いに於いては素早い動きが重要となる。例え自由に使える金がふんだんにあったとしても、私は今の様な軽装で探索していただろう。


〔って事は身軽さが大事なジョブ?〕

〔でも胸当てくらいはあった方がよくない?浅層でもコボルトくらいは出るやん〕

〔流石に怖いな…〕

〔ステータス画面出してくれたら良い装備教えられると思う〕


 っと、やっぱり来たか。ステータス画面の話。

 この人は純粋な親切心からだと思うけど、それでも見せる訳には行かない私は昨日考えておいた秘策を早速使う。


「あ、すみません! ステータスについてですが、今は私のジョブを伏せておきたいんです」


〔?〕

〔なんで?〕

〔??〕

〔レアジョブ引いたとか?〕

〔そうなんか〕

〔ああ、偶に最初から変わったジョブになってるダイバーいるよね〕


「そんな感じです」


 あながち嘘は言ってない。『■■(文字化け)』程『変わったジョブ』も無いだろうし。


〔これは将来有望か?〕

〔どうだろ?レアジョブだから強いって決まってる訳でもないし〕

〔ネットで調べたアドバイスとか参考にならなくて大変ってのは聞いた事ある〕

〔え~気になるんだけどな〕

〔開示するかは個人の自由だよ〕


 コメントが指摘してくれたように、腕輪に表示される内容もまた個人情報であり、扱いは個人の裁量に任せられている。しかし、それでもやはりジョブが気になると言うリスナーは多い。

 だからこそ昨日の話し合いの大半はこのジョブを配信に乗せない立ち回りに関する物となったのだが、その甲斐もあってそれなりに対策は立てられたので早速秘策を実践するべく、人差し指をピンと立てる。


「ですから、気になると言う人は私の配信の様子から予想してみてくださいね! 因みにヒントになるかは分かりませんが、私のメイン武器はレイピアです!」


〔クイズ形式か〕

〔面白そうやん〕

〔取りあえず物理系っぽいな〕

〔武器がレイピアって事は細剣士じゃないの?〕

〔普通過ぎ。それなら態々隠さんやろ〕

〔レイピアが好きだから使ってるだけ説〕

〔ラウンズのリーダーかな〕

〔あれホント笑ったw 今は恐れ多くて笑えんけど…〕


 おっと。私の言葉をクイズと受け取ってくれたのは良いが、どうも他のダイバーの話題に脱線しそうな気配。

 そっちの話題で盛り上がられると折角のリスナーが誘導されてしまうかもしれないので、流れを断ち切るべく早速ダンジョンの入口へ向かうとしよう。


「では挨拶はこの辺りで終わらせて、早速ダンジョンに入ってみましょう! 見せたい物もありますから!」


 丁度ダンジョンの入り口付近に他のダイバーがいない事を確認し、私は早速ダンジョンへと潜って行った。

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