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第8話 初配信に向けて

「──こんな物かな。そろそろ撤収するとしよう」


 腕輪から表示されるストレージの内容物を確認しながら、一人呟く。

 最前線狙いのダイバーが多いと予想して、浅層の探索に集中したのは正解だったのかもしれない。実際、最初はそれなりに見かけたダイバーも、探索の後半にはまるで見かけなくなっていた。

 おかげで成果は大漁。眼前の一覧にズラリと並ぶ無数のトレジャーは、いくら浅層で獲得した物だとしても結構な金額になるだろう。

 私の目的は達成された訳だし、そろそろ潮時という奴だな。


(それにしても……結局()()()は見かけなかったな)


 あれから数時間程ダンジョンの探索を進めていたが、あの時の犯人と再び遭遇する事は無かった。仲間の下へ一目散に逃げて行ったのか、負傷したから身を隠したか、或いは既に腕輪の機能で脱出しているのか……いずれにせよ、換金のついでに協会に報告だけでもしておこう。


 





「──そんなこんなで多少のトラブルはありましたが、成果はご覧のとおりです。十分な稼ぎと言えるんじゃないでしょうか?」

「浅層を一日探索しただけでこれか!? やっぱりダンジョン成長直後ともなると凄いな……!」


 現在の時刻は19時を少し回った頃。帰って来た自宅にて、夕食を食べ終えた『俺』は自身の口座に振り込まれた今日の稼ぎに目を通していた。

 今日の探索で得られたトレジャーは、レイピアを除けば幾つかの鉱石と薬草の束。残念ながらトレジャー装備は最初のレイピア以降見つけられなかったが、それでも換金した際の総額は実に340万円にも及んだ。


「どうでしょう、今回の収入で装備か学費のどちらかは解決しそうですか?」

「ああ、これなら学費の方はもう問題なさそうだ! ただ……頼んだ俺が言うのも何だが、本当にこれ全額貰っちまって良いのか? 自由に使える金が欲しいって、お前も言ってただろ」

「まぁ、それはそうなんですが……正直、何百万も貰っても娯楽に使いきれないでしょう? スマホもタダ同然で貰ってしまいましたし、今回は良いですよ」

「……本当にそれだけか? 何か隠して無いか?」


 う……鋭いな。確かに私がトレジャーを換金した全額を躊躇なく渡す事が出来る理由は他にある。

 しかし、これは出来れば黙っていたいと言うか、見逃して欲しいと言うか……


「……因みに、何でそう思いました?」

「それ、もう答え言ってるようなもんだろ。……癖だよ。以前、俺が友達から指摘されたのと、全く同じ癖をしてたもんだからさ……」

「癖?」

「その友達が言うにはさ、俺って嘘ついたり隠し事してる時、左手の甲を右手で包み込むように掴むんだと。……聞いてた通りで驚いたよ。人から見るとこんなに分かりやすかったんだな、俺……」

「……成程」


 確かに無意識に私は指摘された通りの事をしていたようだ。まさか私にこんな癖があったとは……


(これは隠し切れなさそうだな……うぅ、仕方ないか)

「……隠していてすみませんでした。実は……」


 そう言って私は彼から少し間合いを取り、腕輪から()()()()()()()()を取り出した。


「その()()()()は……まさか、トレジャー武器か!?」

「はい。今回の探索で見つけました」


 私が隠したかったのはこれだ。このレイピアを一目見た時に気に入ってしまい、どうしてもダイバー活動する上でメイン武器として使いたかったのだ。

 しかし、明確な取り決めこそなかったものの、今回の探索は彼からの依頼を受ける形だった。この武器も換金し、その全額を渡すのが筋だと言われれば反論できない。だから、つい隠してしまった。


「そう言う事だったのか……」

「すみません……このレイピアを手にした時に見えた気がしたんです。ダイバーとして活躍する自分のビジョンが」


 こうしてバレた以上、もう逃げも隠れもしない。これを換金しろと言われればするし、渡せと言われれば渡すつもりだ。


「それ、まだ『登録装備』に設定してないのか?」

「はい……『所有者登録』も済ませていません。ですから……」


 換金の際、ついでに所有者登録を済ませて登録装備に設定する事も出来たが、流石に後ろめたさが勝っていた。このレイピアは受付の職員にも見せていないので、まだダイバー協会も存在を知らない筈だ。ここで渡してしまえば、二度と私は所有権を主張できないだろう。


「そうか……それじゃ危ないな。誰かに盗まれるかもしれないし、明日にでも受付で所有者登録してもらっておけよ?」

「え……い、良いんですか!?」


 予想もしていなかった返答に、思わず俯いていた顔を上げる。『俺』もこのレイピアの価値は分かっている筈だ。トレジャー装備と言うだけでその稀少性から高値で換金される上、性能こそ並だが美術的な価値を考えれば更に値段は吊り上がる。実際に鑑定した訳ではないのであくまで私の予想だが、これ一つで中層に潜る為の装備が整えられるだけの価値がある筈だ。


「トレジャーは発見者の物ってのがルールだからな。それに、お前に頼まなかったらそのレイピアどころか340万円分のトレジャーも確保できなかったかもしれないし、報酬としては妥当だと思う」

「ですが──」

「良いって、その方が俺も遠慮なく金を受け取れるってもんだ。配信に使うんだろ? じゃあ早速どんな見せ方にするか考えて行こうぜ」

「あ、ありがとうございます……」


 半ば押し切られるような形で、私達はダイバーとしての『オーマ=ヴィオレット』像を作り上げていく。 

 彼曰く、一般的にはダイバー登録の際に腕輪によって割り振られたジョブや適性からこう言った物をイメージしていくそうなのだが、私の場合はジョブが文字化けしている為そう言った指標になる情報が存在しない。

 だからこそ、私はレイピアを手にした時に思い浮かんだビジョンを大切にしたいと思ったのだ。




「──大体纏まったな。コンセプトとしては『華麗に戦う魔族令嬢』って所か」

「令嬢の様な振る舞いは出来ませんけどね」

「まぁ大丈夫だろ。『お姫様』とか『貴族』とか言ったキャラ付けでデビューして、一週間と経たずにキャラがブレブレになるダイバーも珍しくないし」

「あー……それ私も見ましたね」


 ダンジョンの再開放を待っている間はどうしても暇になって動画を漁っていたのだが、その際に『"自称"亡国の姫君ダイバー『ヴィブラ・フォン・キーラ』暴言集』と言う切り抜き動画があったっけ……元ヤンでも震え上がる様なドスの効いた声色から放たれる彼女の語録は異常に豊富且つ物騒で、ファンからもダイバー名をもじって『キラー』と言う愛称?で呼ばれるようになっているそうだ。

 ちなみに彼女の化けの皮は初配信開始から12分と言う短時間でずるずるに剝がれ、『化けの皮RTA』と評されている。


「そう言う訳だから、今の時代キャラ設定は割と気にしてないリスナーも多いんだ」

「ふむ、つまり私も喋りやすい口調で話せば良いんですね」

「丁寧な言葉遣いしてれば大丈夫だろうな。あくまでも公式的には『魔族系ダイバー』としか発表しないんだし。……さて、後は初配信の日程だな」

「日程って……普通に明日じゃダメなんですか?」


 そう言った暗黙の了解とかあるんだろうかと疑問に思って尋ねると、どうやら配信者であるダイバー特有のリスクがあるようで、その事について詳しく説明してくれた。


「別にタブーって訳じゃないんだが……ほら、ダンジョンの成長で全員の進行度が初期化されただろ? だから数日の間は浅層にも熟練のダイバーが来る事があるんだよ。人口も増えるし、そう言う意味でも初配信をするにはあまり向かないタイミングだから、もう少し浅層が落ち着いてからってのがセオリーになってるんだよ」


 『俺』が言うには映り込んだ熟練ダイバーの動きと見比べられたり、他のダイバーが映り込んでリスナーの注意が分散したりと駆け出しダイバーにとって良い事は無いのだとか。

 確かに近くに良い動きをするダイバーが居る中、駆け出し特有の覚束なさは余計に際立ってしまうだろう。しかし──


「ふむ……それは逆に言えば駆け出しダイバーの頃から熟練のダイバーに劣らない見せ場を作れば、比較されても寧ろ高評価に繋がるって事ですよね?」

「それはそうかも知れんが……具体的にどうするつもりだ? お前の実力は隠すんだろ?」


 話し合いの中で、私は自分の実力を隠して活動するつもりである事を伝えていた。以前から決めていた事ではあったが、二人で方針を考えると言う事で改めてその認識を共有しておこうと思ったのだ。

 しかしそうなると、普通に配信するだけでは周囲に埋もれてしまう。


「そこで、()()を使う訳です。そして──」




「……成程。確かにそれなら嫌が応にもリスナーの注意は惹きつけられるどころか、探索の速度が普通より早くても疑われにくいな」

「ええ。元々私のステータスはアレですし、そこの問題を誤魔化す為にもやらない手は無いかと」

「よし……じゃあもうちょっとそこの()()を詰めていくか」


 そうして、私達は組み上げていく。オーマ=ヴィオレットがどう立ち回るのか……そして、どんな成長をしていくのかを。

 全ての設定が固まったのは、この2時間ほど後の事だった。







「もう直ぐ、午後の一時……そろそろ行かないと」


 翌日、初配信日の昼過ぎ。私はスマホで時刻を確認しながら、部屋で一人初配信の準備を始める。

 この日は丁度土曜日と言う事で、絶好の初配信日和だ。


 午前授業を終えた学生や、休日をのんびり過ごす社会人等、この時間帯に配信を見る者も多い。

 ダンジョン成長の翌日と言うのも都合が良かった。探索配信と言っても、世界にダンジョンは無数に存在する。渋谷ダンジョンは数少ない未踏破ダンジョンである為、元々他のダンジョンよりも多少注目度は高かったようだが、それがダンジョンの成長直後……それも、周期を外れたイレギュラーでの成長と言う事もあって、今の渋谷ダンジョンの注目度はいつもより更に高まっている様なのだ。そう言う意味でも、このチャンスは見逃せない。


(待機所の様子は……)


 この後の配信の為に作っておいた待機所には、昨日の内にSNSで告知しておいた成果か数人のリスナーが待機してくれていた。


〔待機~〕

〔このタイミングで新人さんとは珍しいな〕

〔待機〕

〔新人魔族系ダイバーと聞いて〕


(配信を待機してくれている人は十九人……もしかして、『俺』もこの中にいるのかな。いや、そんな訳無いか。講義中だもんな)


 私の告知投稿を知り合いに拡散してくれた協力者でもある彼は、今日も大学の講義に出ている。何でも専門的な資格を取得する為の講義らしく、彼自身の夢に関わる事なので欠かせないのだとか。

 その為、今は部屋の中には私しかいない。

 もしも服装に変な所があったらどうしよう……誰にも協力を求められない状況で、そんな不安が頭の中をぐるぐると回っている。ここまで一人が心細く感じたのは一体いつ以来だろうか。


「すぅーーー、ふぅーーー……! ──良し、それじゃあ行きましょうか!」


 不特定多数の人に初めて『オーマ=ヴィオレット』が認識される事になるこの日、念入りに自分の姿を鏡で確認した私は、初配信の緊張を深呼吸一つで追い払うと……まだ少し震える手でそっと腕輪に手を添えた。


「いざ、ダンジョンへ……──【ムーブ・オン! ”渋谷ダンジョン”】!」

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