1.22事件
今月2話目となります。
どうなる蟻皇国……
――西暦1750年(日本では2032年) 1月22日 蟻皇国 首都南京 地下南京城
この日、蟻皇国皇帝である蟻徳洪は改めてワスパニート王国からの謝罪要求文書に目を通していた。
ちなみに今更だが、蟻皇国の施設の多くは地下に存在している。元々は先史人類が作った遺構の1つで、そこに蟻皇国が都市を『勝手に』建設したのだ。
地上ではほとんど作物の栽培をさせており、2億人という人口にもかかわらず食料自給率は驚異の112%である。
転移前の日本がその食糧事情を知れば、血涙を流して羨ましがるであろう。
だがそこには、『国民を絶対に飢えさせるようなことにしてはならない』という、蟻皇国の初代皇帝の考えが今でも生きているのだ。
しかも、蟻皇国はその圧倒的な食糧自給率を活かしてイエティスク帝国に対してわずかだが食料の輸出も行なっていた。
実は、ここにイエティスク帝国が格下のはずの蟻皇国にあまり強く出られない一面がある。
全力を挙げれば蟻皇国を制圧すること自体はさほど難しくはない。だが、その結果として国土が焦土と化せば、必要な食料の多くが得られなくなってしまう。
ただでさえ一部の食料は厳しいロシアと同じ国土(現実では世界有数の小麦の産地だが)なので、蟻皇国の圧倒的な生産力は侮れないのだ。
それもあって、30年から40年以上の技術格差があるであろう蟻皇国にジェット機や超弩級戦艦を有するはずのイエティスク帝国が小競り合い程度で済ませているということである。
それはさておき、謝罪要求文書に目を通していた蟻徳洪は、冷静に文書を読むことでその文書の理路整然さに驚きつつも納得するところを見せていた。
「ふむふむ。改めて見ると『少々』我が国のメンツが潰れることを除けば呑んでも問題のなさそうな話ばかりだな……駆逐艦の生存者たちも全員引き渡してくれるという。流石に温和が服を着て歩いている蜂人族なだけはあるな」
現在ワスパニート王国と日本国についての情報を集めさせているところだが、シンドヴァン共同体がほとんど情報を開示しなくなってしまったので、さっぱりはかどっていない。
シンドヴァン共同体は少し前に中立を破棄する旨を各国に通達し、日本が主導する『世界連合』に加わっていたのだ。
現在では元々あった圧倒的な財力と日本によって発見されたオイルマネーを活かして軍備を整えつつある。
アヌビシャス神王国からは2種類の戦車を、グランドラゴ王国からは小銃を、日本からは各種中古誘導弾や対戦車兵器、そして航空機(この場合は『ヒルンドー』型戦闘機と『Tー7』練習機)を購入し、自衛隊から教官を呼んで運用訓練を始めたのだ。
日本のみならず、様々な兵器を運用するようになった各国も原油の利権を欲しがったため(アヌビシャス神王国に関してはアフリカ大陸の南部で一部産出することが判明したため、日本から採掘技術を輸入することで他の国に比べるとシンドヴァンへの依存度は低い)、各国がこれまで以上にシンドヴァンに金を投じるようになっていた。
「今回は戦績も考えてなんとか穏便に済ますか。そして、帰ってきた駆逐艦の乗組員たちから事情を聴き、相手の戦力の再評価と、国力の変化について調べなければな……もし評価を誤れば、我が国は亡国の道を歩みかねん。それだけはなんとしてでも避けなければならん。問題があるとすれば、騒ぐであろう軍部をどのようにして収めるかだが……」
皇帝が情報を整理していると、宰相の孟徳康と軍務大臣の甲候宗が入室してきた。見れば、2人とも穏やかとは言い難い表情をしている。
「陛下、お仕事中に失礼いたします」
「おう、軍務大臣に宰相。何かあったか?」
2人は顔を見合わせると、『言うべきか言うまいか』と一瞬逡巡したようだが、意を決したらしく口を開いた。
「実は陛下。軍部の方で不穏な動きが見られます」
「軍部の動きが不穏? 甲、どういうことだ?」
「はい。どうやら軍部は陛下に黙ってワスパニート王国のフィリップ島を強襲制圧しようと考えているようです」
当の軍部の動きをどのように抑え込もうかと考えていた蟻徳洪にとっては、正に青天の霹靂だった。
「な、なんだとっ!? な、なぜそんなことに!」
「それが……」
――パンッ‼
孟徳康の言葉は最後まで続けられなかった。乾いた破裂音と共に脳漿をまき散らすと、そのまま倒れこんでしまったからだ。
「なっ!?」
甲候宗も腰のリボルバー拳銃を引き抜こうとするが、その前に再び『パンッ‼』という乾いた音と共に倒れこんでしまったため、反撃することは叶わなかった。
「こ、これはいったい!?」
すると、ドカドカと軍人たちが駆け込んできた。
「陛下、ご無事ですか‼」
「ご無事というかなんというか……そ、それより、なんだこれは‼」
「はっ。陛下を奸賊の手よりお救いするべく馳せ参じた次第で‼」
蟻徳洪は予想もつかぬ物言いに『は?』と思わず呆けてしまった。
「奸賊? どういうことだ?」
「はい。宰相と軍務大臣は恐れ多くも陛下に対してワスパニート王国如き弱小国に謝罪文書を書かせたと聞いておりました故、急ぎお助けに参りました次第であります‼」
それは両名ともむしろ蟻皇国のためを思っての行動だったのだが、若手将校たちにはどうもうまく伝わっていなかったらしい。
「既に各省庁にも我らの同志が駆け込み、弱気の虫を見せた奸賊の征伐に乗り出しております‼ 陛下、ご安心くださいませ‼」
しかし、血走った目の若手将校たちを見てしまうと、それ以上のことは言えない空気であった。
「(これはマズい……軍部の若手が暴走を始めたのか!)」
元々暗君というわけではない蟻徳洪はすぐに気づいた。
これが軍部における若手の暴走で、ただでさえ過激思想に染まっている蟻皇国を、軍事的な破滅思考へと導きかねないものであるということに。
しかも、かつての大日本帝国における二・二六事件や五・一五事件と異なるのは、真っ先に最高権力者である皇帝が抑えられてしまっている(日本の場合、五・一五事件で犬養毅首相は暗殺されたものの、天皇は無事だったため、勅命を出して収めることができた)ため、彼らを説得することが限りなく難しい、ということであった。
今この場で不用意な発言でもしようものならば、間違いなく徳洪も無事では済まない。悪ければ殺されてしまうだろう。
「(仕方ない。軍部が沈静化する頃になんとか勅命で動きを止めるしかないな……まさか若手がここまで不満を燻ぶらせていたとは予想外だった。このままでは、彼らはワスパニート王国へと攻め込み、甚大な損害を被ってしまうというのに……)」
この日、蟻皇国の政治における中枢は軍部の若手将校によって抑え込まれてしまったのだった。
――西暦1750年 1月25日 シンドヴァン共同体 首都レバダット
「え? 蟻皇国で軍部のクーデター?」
執務室で日本から導入する予定の新型空気清浄機の数について報告を受けていたラケルタの下に外交部から緊急案件として飛び込んできた報告は、彼女に仕事の手を止めさせるには十分すぎるインパクトがあった。
「なにがどうしてそうなったの? 確かに蟻皇国は過激な国だけど、現皇帝の蟻徳洪がガス抜きも含めてギリギリのところとは言え、なんとか制御しているのではなかったのかしら?」
現在の皇帝である蟻徳洪は、蟻皇国がスペルニーノ・イタリシア連合との敗戦の後に即位した皇帝である。
性質は蟻皇国人としては割と温和で、覇権主義を見せつつも国際協調にも理解のある人物なので、折を見て日本との世界連合に誘おうと考えていたのだが、そんな皮算用が全てパーである。
報告してきた外交部の狼人族の男は、まだ息を切らしているが、それでも自分のするべき仕事……報告を続ける。
「どうやら、ワスパニート王国とフィリップ島沖で衝突した偶発的紛争について、蟻徳洪陛下は謝罪を述べるつもりだったようですが、軍部がそれを『宰相と軍務大臣の独断専行だ』と断じて彼らを射殺、さらに皇帝を半ば監禁するような形で実権を握ってしまったのです」
「なんと言うことなの……すぐに日本に知らせなさい! 情報の鮮度は時間が命よ、急いで!」
「はっ‼」
この問題は、間違いなく日本やグランドラゴ王国など、国際社会を巻き込んだものになるというのがラケルタの直感であった。
その後、シンドヴァン共同体外交部から日本大使館にこのことが報告され、さらに日本政府に通達されたことで日本政府中枢は瞬く間に蜂の巣をつついたような状態となる。
――2032年 1月27日 日本国 東京都 首相官邸
日本の政治中枢たる首相官邸では、この日も『緊急対策会議』と称する会議が開かれていたのだが、この世界に転移してから何回目になるかわからないことなので、もはや閣僚たちも感覚が完全にマヒしてきている。
具体的には緊急対策会議という緊張感あふれるはずの会議室に、アメリカ大陸で栽培された茶葉を使用した『紅茶』が出てきており、そのカップとスコーンを片手に閣僚たちが会議をしている(意味深長)。
「それで、蟻皇国の動きはどうなんだ?」
首相が紅茶のカップを傾けながら問いかけると、防衛相がプロジェクターを操作しながら答える。
「現在蟻皇国の南部にある港湾都市香港……旧世界の香港と同じ場所で同じ呼称なのでそのまま称させてもらいますが、港湾都市香港に大量の軍艦が集結しつつあります」
プロジェクターには『弩級戦艦』や『装甲巡洋艦』、『駆逐艦』、『航空母艦』の文字が映し出される。
その総数はなんと驚くべきことに200隻を超えている。この数は海上自衛隊が動員できる護衛艦よりも多い。
「これは……近代国家として考えるとかなりの『数』ですね」
「この世界でも、中国は中国ということか」
閣僚たちも唸るが、これはあくまで数の上での話、である。
「一番脅威なのはなんでしょうか?」
あまり軍事に詳しくない法務相が質問すると、防衛相は『弩級戦艦』の写真を映し出した。
「御覧の通り、蟻皇国の戦艦は旧世界のイギリスに存在した『セント・ヴィンセント級戦艦』に酷似した弩級戦艦レベルの船です。この船はそれまでの前弩級戦艦及び弩級戦艦において40口径、45口径だった主砲の口径を50口径まで延長したことにより、射程延長と威力強化を図ったタイプです。副砲の数も16門から20門に増やされ、装甲の追加による水中防御力も増しています」
いわゆる集中防御方式というもので、装甲を艦の中央に集中させ、重要区画を集中的に防御する方式である。
この方式は後の超弩級戦艦にも受け継がれており、イギリス、アメリカ、そして我らが日本の大和型戦艦はこの方式であった。
「はっきり申し上げますと、護衛艦の127mm砲の砲撃ではまず決定打を与えることができませんので、対艦ミサイルを使うか、費用対効果という点では、『やまと』型砲撃護衛艦を用いるのがよろしいかと」
環境相が『そういえば』と手を顎に当てながら思い出すように発言した。
「確か、『やまと』が現在改修中でしたな?」
「えぇ。2番艦の『むさし』が水素タービンエンジンを試験的に搭載して、試験航海の結果、性能が非常に良好だったことから『やまと』も従来のガスタービンエンジンから改装ついでに搭載することが決定したのですよ」
簡単に言うが、260m以上はある軍艦の改装・改修というのは一朝一夕でできることではない。
だが、元々『やまと』で判明した諸問題を解決できるように『むさし』は最初から基本設計こそ『やまと』と同様だったにもかかわらず、主機関は水素タービンエンジン20万馬力(5万馬力のタービンエンジン4基4軸)、さらに兵装でも主砲塔と艦橋の間に垂直発射装置(VLS)を装備可能なスペースを設けていたことから、これも設置されていた。
要するに、昭和の大和・武蔵と同じようなことをやったのである。
そんな『やまと』型砲撃護衛艦の排水量は驚くことなかれ、なんと驚異の6万3千t(昭和の大和型戦艦が72000tなので、9千tの軽量化)である。
これは、船体の各所に複合装甲を用いたことと、艦橋構造物の軽量化かつ簡素化、そして軽量ながら頑強な素材を惜しまず用いたことが理由であった。
もっとも、それでもアメリカ最後の戦艦である『アイオワ』級戦艦よりは6千t以上重くなってしまったのだが……というか、40.6cm三連装砲を装備しておいて、しかも270mという全長を持ちながら6万tに届かない排水量とか、そんなもの造れたアメリカの工業力がおかしいのである。
当時15万馬力のガスタービンエンジンを搭載して29ノットの速度を出していた(あくまで公試の結果)のに対して、20万馬力のタービンエンジンを搭載した武蔵は30ノットの速度を出せるようになっていた。
しかも、当時と異なりスクリューも二重反転プロペラを装備することで、片方のトルクを打ち消すことができるようになり、さらに航行性能が上昇しているというおまけつきである。
元来島国で燃料となる原油を産出しない日本としては、燃料のことをなによりも気にしていた。
いくら新世界となってアメリカ大陸やシンドヴァンから石油が採掘されているとはいえ、化石燃料の枯渇はいずれ起きることである。
そして、新世界各国にガスタービンエンジンを広めていたはずの日本では、船舶限定ではあるが現在それを脱しつつあった。
それが、新型水素タービンエンジンの開発であった。
水素タービンエンジン自体はガネーシェード神国との激突の頃には開発ができていた。
だが、残念なことに『やまと』の搭載には間に合わなかったので、『むさし』に搭載されたのである。
先述した通り、その結果があまりに良好だったので『やまと』にも改装の際に搭載されることになったのだ。
また、この主機関は後に『あかぎ』型航空護衛艦のマイナーアップデート版、『しょうかく』型航空護衛艦の主機関として搭載されることになる。
故に、『やまと』型砲撃護衛艦の現在の詳細な武装は以下の通りとなる。
○日本製鋼所製45口径46cm三連装砲 3基9門
○日本製鋼所製60口径127mm単装速射砲 4基4門
○ボフォース社製40mm単装機関砲 4基4門
○垂直発射装置32セル(日本版発展型シースパロー)
もはや『魔改造』の域に達している。
特に、VLSの追加によって対空戦闘能力が『あきづき』型護衛艦以上のバケモノと化していた。
場合によっては、1隻で国の艦隊全てを相手にできかねない壊れ性能である。
なお、現在の『やまと』の状態を、ミリタリーファンの間では『改二改装中』と呼んでいるとかいないとか。
それはさておき。
「なるほど。下手に艦隊を動かすよりその方が安上がりかもしれないな」
もはや海上自衛隊を出動させる想定で話が進んでいるが、それだけ官民問わずに有事の際は自衛隊の出動が当たり前になってきた、ということだ。
日本人の意識も、転移から続く戦乱に伴ってかなり変わりつつある証拠だ。
「しかし、いくら技術格差があるとはいえ、敵には空母機動部隊がありますよ? 大丈夫ですか?」
厚労相の質問に、防衛相は胸を張って返答した。
「恐らく問題ないかと。確かに空母機動部隊とは言いますが、搭載されているのは『フェアリーソードフィッシュ』レベルの複葉機……最大速度220kmしか出せない、戦闘ヘリ並みの遅さです。近年話題の日本召喚小説のワイバーンですらもう少し速度が出ますよ」
「では、撃墜は楽だと?」
「はい。対空誘導弾を全て使い切ったとしても、対空用の砲撃だけで十分に片付けることができます」
なにせ、『フェアリーソードフィッシュ』は木製で帆布張りの、第二次世界大戦時には『第一次大戦の遺物』とまで言わしめた旧式複葉機だが、それだけに翼を銃弾が貫通しても決定打になりにくく、燃えても『叩けば消せる』というのが利点であった。
なので、仕留めようと思うとコクピットやエンジンに直撃弾を叩きこむのが楽なのだ。
だが、ドイツ軍は対空火器が『速度が遅すぎて合わせられない』というほどに遅い速度のせいでうまく撃墜できず、あの戦艦『ビスマルク』が雷撃でダメージを負ったのは有名な話である。
これが対戦闘機でも同じで、『遅すぎて速度が合わせられない』だの、『引き込み脚を引き出してでも減速しようとしたが、それでもダメだった』などの伝説を残している。
これこそ、『成功してしまった英国面』と言われる所以である。
余談だが、実はこのソードフィッシュ、旧日本軍とも戦っている。
だが、相手が『低速・低高度での格闘戦を得意とする』能力で有名な零式艦上戦闘機だったため、いいカモにされてしまったというのだ。
このせいで、旧日本軍関連の話にはソードフィッシュが登場しないこともあるという。
少々不憫な気もするが、そもそも第一次大戦の遺物を使い続けていたイギリスが色々と問題だらけなのだが、そこはツッコみを入れても仕方のない話である。
閑話休題。
そんな防衛相の頼もしい言葉に、思わずその場にいた全員が『おぉ~』と感嘆の息を漏らした。
「では、蟻皇国艦隊に関しては、基本的に『むさし』を動かすということでよろしいでしょうか?」
「さすがに1隻だけというのは相手を舐めすぎな気もしますが……」
「でしたら、万が一に備えて軽空母(この場合は『いずも』型多機能護衛艦)と正規空母(こちらは『あまぎ』型航空護衛艦)を含めた1個護衛隊を派遣しましょう。軽空母と正規空母がいれば、蟻皇国の航空部隊には十分対処可能です」
「蟻皇国本土に対してはどう対処しますか?」
「それについては、アヌビシャス神王国から『グランドラゴ王国を含めた多国籍軍による共同作戦と行きたい』という意見が既にきております」
アヌビシャス神王国も日本が現れるまでは弱小国家だったが、日本の技術提供で大幅に能力を伸ばしており、今や第二次世界大戦開戦時の域にいると言っても過言ではない。
彼らは国際的な発言力をもっと高めようという意欲も高いようで、こういった話によく加わるようにもなってきた。
なにせ、今や日本が交流を結んでいる国家ではグランドラゴ王国に次いで3番目の実力を有している国家である。
自国独自に研究して、Ⅲ号戦車モドキやⅢ号突撃砲モドキを作れているのだから、これは大したものであった。
「グランドラゴ王国もオリファントモドキを作り始めたからな……今の時点では90mm砲を装備するそうだが、後々で105mm砲を装備できるようにするため拡張性は残しておくそうだ。エンジンや装甲は我が国の流用品だが、履帯やら主砲やらは完全にオリジナルらしいから、そこは大したもんだ」
そんなグランドラゴ王国と共同することで、本来以上のスペックを発揮することも難しくはないだろう。
今のアヌビシャスであれば、グランドラゴ王国と連携すればという条件付きではあるが、第二次大戦時の大日本帝国軍も部隊単位では陸・海・空全てにおいて勝てるだろうと考えられている。
そんな彼らだが、大戦間期レベルの蟻皇国が恐ろしいのは、旧世界の中国もそうであった『圧倒的な物量』という一点に尽きる。
艦隊と空母ももちろんだが、陸軍が一番の問題だ。
相手が『Ⅱ号戦車』と『38(t)』レベルの軽戦車しか持っていないのだとしても、その数は圧倒的だろう。
接近されるか、対戦車砲のような兵器を用いられれば戦線は突破されてしまうに違いない。
「よし。日本1国だけで考えていれば行き詰まりかねないのなら、やはり頭数は多い方がいい。アヌビシャス神王国とグランドラゴ王国の軍事関係者と防衛省で会談できるようにセッティングしましょう。とはいえ、その間無防備というわけにはいかないのでは……?」
「それも含めて、急ぎ艦隊を阻止するべく『むさし』を派遣しましょう」
「それもそうか……では、長崎の『むさし』と、呉の第4護衛隊群を派遣するように要請します。これで蟻皇国による海上侵攻をまずは食い止めましょう」
なぜ呉なのかと言えば、一番内陸なので襲撃を受けにくいという利点と、『かが』及び『あまぎ』が配備されているため、『むさし』が危機に陥ってもすぐに助けに行けることが原因である。
その場にいる全員が『異議なし』と結論付けるのだった。
会議が終わると、首相は官房長官を伴って行きつけの料亭へ赴いていた。
個室に通されて席に座ると、官房長官が首相に『まずは一献』と徳利を傾けた。
「はぁ、この世界の歪さには毎度毎度悩まされているが……前総理も前々総理も、きっとこんな気持ちで仕事をしていたのかと思うと、頭が下がるよ」
首相も既に転移から3人目となっており、官房長官はこれまでの2人について回っていた頃からの苦労を思い出す。
「確かに、旧世界でも明治時代や第一次世界大戦頃までは『力こそ正義』という感覚だったが……太平洋戦争が終わって、あまりに双方が流した血が多すぎたことが、アメリカの感覚すら変えてしまったんだな」
「この世界ではまだそれほどの世界大戦を経験していませんからね。仕方のないことなのかもしれません」
逆に言えば、そんな世界を巻き込む大戦争をやらかした挙句、尋常ではない人数の犠牲者を出してなお、戦争と紛争をやめることのできていない地球人が色々とおかしな部分もあるのかもしれないが……。
結局、人間とは知恵を手に入れたことで必要以上に争い、自分たちと異質な存在を排除するようになってしまったのだろう。
この世界では異質なことこそが当然、当たり前という考え方が強いので、蛮族扱いされているとすれば単純に技術の遅れなどが原因である。
「あとは蟻皇国、それとイエティスク帝国とフィンウェデン海王国か」
「蟻皇国はまだしも、イエティスク帝国とフィンウェデン海王国に関しては本当に情報が少ないのでなんとも……潜入させたくとも人種の違いはどうにもならないですね」
本来なら防衛相がいてくれるとさらに深いところまで掘り下げることができるのだが、当の防衛相は派遣する自衛隊の編制や予算案を財務相と検討しなければならないのでこの場にはいない。
「しかし、フィンウェデン海王国はイエティスク帝国の属国らしいので、そちらから接触することができればイエティスク帝国にも接触できるのではないかと思いますが……」
「そんなことができるなら他の国はなぜやってない?」
「これはグランドラゴ王国の外交官から聞いたのですが、『自分より強い相手に交渉する自信がなかった』とのことで」
「……我が国の場合こっちから彼らの方に交渉を持ちかけたわけだからな。そう言う点では心持が違うのかもしれんが……いずれにしても、戦争なんて本当はこりごりだ。早く終結させたい」
首相の願いは届くのか……それは、神様すらも知らない世界ではわからない話である。
……狙ったわけではないのですが、なんだか現実のウクライナ侵攻に被ったような感じがして自分はちょっと複雑な気持ちになりました。
次回は3月12日か13日に投稿しようと思います。