アラクネの神域
遅くなりました。
実は今まで使っていたパソコンがオシャカになってしまったもので、新しいものに買い替えた結果昨日ようやく届いて本日使えるようになりました。
――西暦1745年 1月20日 ガネーシェード神国 神都カンジャイ
空挺降下による神殿襲撃から1か月以上。
その場に、日本からの政府直轄の調査団と、何故かヘンブが立っていた。
全ての事情を説明したヘンブは日本政府の許可を得て、『神域』と呼ばれる場所の調査のために連れてこられたのである。
最初カンジャイに入った際には、一般のアラクネたちが出てきて日本使節団に襲い掛かろうとしたが、ヘンブがそれを止めた。
「やめよ。妾は日本と話をした。そして……日本に神殿の最奥を見せるべきだと判断したのだ。乱暴な真似は許さんぞ」
「ま、まさか異教徒に対してそのような……」
「なんじゃ、妾の言うことに不満でも?」
睨まれたアラクネは慌てて背筋を伸ばすと『い、いえ、そのようなことはっ‼』と叫んで道を空けた。
外交関係者としてついてきた神は驚きの表情を隠さない。上官の命令を絶対としている自衛隊員でさえ、驚いている様子からこれが尋常でないことが窺える。
「……さすがにすごい影響力ですね」
「ふん。これも創造主たちの力よ」
「え?」
ヘンブがため息をつきながら説明する。
「創造主たちがな、妾の血筋の者には他のアラクネが逆らえぬようにと刻印のようなモノを施してあるらしいと言い伝えられておるのじゃ」
「……(遺伝子レベルで一種族が服従するように決められている、ということか……? もしそんなモノがあるのだとしたら、とんでもない技術だな)」
そんなことを考えつつ進んでいると、他のアラクネたちがヘンブを驚いたような、異様なモノを見る目で見ていたのだ。
「やはり日本の衣服は目立つのう。だが、着心地はよく、非常に暖かい。それでいて量産もできるというのだから反則じゃな」
「そのために国内のデザイナーたちには随分と負担をかけたようですが……」
ちなみに今、ヘンブは日本から提供された衣服で上半身を覆っている。
沿岸部の子供や乳幼児を保護した日本は、彼らに合う服を用意しようと服飾業界に声をかけていた。
今までにも人魚族やスキュラ族、ラミア族や竜人族などの特殊な肉体的特徴を持つ亜人たちに様々な服を作ってきたアパレル業界は、『今更1つや2つ増えたって変わらないか』と半ばヤケクソのような勢いでデザイナーたちに依頼した。
もっとも、デザイナーたちも大概で、新しいデザインをといきなり言われても浮かぶわけがなく、日本に既存で存在するアラクネのイラストや蜘蛛の生態などを参考に、それに合う服を、しかもド短期で作らなければならないということで多くのデザイナーが匙を投げるのだった。
仕方ないと言わんばかりにアパレルの大手が手を挙げ、所属・非所属問わずに方々のデザイナーたちを緊急招集し、ああでもない、こうでもないと議論させ、なんとかアラクネ族に似合いそうで、機能的かつ着心地がよく、しかも量産しやすい服を作ることに成功したのだった。
もっとも、デザイナーたちには久方ぶりのブラック業務だったせいで、多くのデザイナーたちが『しばらく休ませてください』といったほどだったと言えばその苦しみが知れる。
もっとも、転移直後は亜人族がたくさん編入されたことによって『今までにないインスピレーションがバリバリ湧いてくるぜヒャッハー!』みたいなテンションで仕事をしていたので、依頼した方もその頃の感覚が抜けきっていなかったというのが原因の1つである。
「どこの国でも、下々の苦労という奴は上には伝わらぬものなのだな」
「それは……痛し痒しです」
神はヘンブの鋭い指摘に思わず苦笑いを見せる。
「それはそうと神、お主はもう少し早く歩けぬのか?」
「アラクネの歩幅と一緒にしないでください。これでも速めに歩いているんですよ」
2人の態度が砕けたモノになっているが、この1ヶ月ほど、ヘンブを神国に送り返すために海路で向かう途中、神はずっとヘンブの話し相手になっていたことが原因であった。
神は息子が生まれたばかりの頃に妻を亡くしていたこともあり、なんとなく久しぶりの年齢の近い女性(30代前半~半ば)というのが親しみを覚えたらしい。
ヘンブはヘンブで、神がいわゆる精力旺盛なタイプでこそないものの、この世界の人間にはあまりない、落ち着いた人物であるというのが彼女にとっては物珍しく、そして眩しく映っていた。
「(本人らは異世界から来たと転移国家だと言っていた……最初は信じられなかったが、世界が違えば、ヒトというモノはかようも違うものかの……)」
ヘンブが改めてチラリと神の顔を窺うと、神域に残された写真や映像の創造主たちに近い体つきながら、顔立ちはのっぺりとしていた創造主たちに比べると温かみがある。
「? なにか私の顔についてますか?」
「む……いや、なんでもない。こうして改めて見てみると、お人好しそうな顔をしておるなと思ったまでよ」
「ははは。昔からよく言われますよ」
神ももはやヘンブの口調には慣れたもので、にこにこと笑いながら返す。
1か月と少し前の、連れてこられた時の関係とは雲泥の差である。
「着いたぞ」
ヘンブが立ち止まると、そこには大きなピラミッドのような建物があった。以前外交官や第1空挺団も乗り込んだヘンブの住む神殿である。
「さぁ、入るがよい」
一同はピラミッドの中へ入り、一番奥にあるヘンブの……首長の部屋へと入る。
「これは、我ら一族しか開けることができぬ」
ヘンブが手を後ろの壁に当てると、石壁が『ゴゴゴ』という音を立てながら開いていく。
奥には階段が見え、地下へ続いているようだった。
「指紋認証か、それに近い技術ですね」
「恐らく、ヘンブさんの皮脂や汗といった物質から、『一族』特有のDNA、あるいはRNAを読み取っているんだ。指紋は親子でも違うからな」
日本にも指紋認証や静脈認証は存在するが、『1人1人のDNAを認識する』という技術はまだない。
つまり、ここから先にあるのは日本よりも進んだ世界なのかもしれない、という想定でいかなければならない。
「……行きましょう」
階段を下へ進むと、次々と明かりがついていく。神は連れてきていた物理学者の桐生に問いかけた。
「桐生さん、これは……」
彼は以前にもグランドラゴ・アヌビシャス連合軍に同行してアラクネについて分析した人物であったため、彼に白羽の矢が立ったのである。
年齢もかなり若いため、思考回路も常人に比べて柔軟である。
「恐らくですが、我が国にもある『人物を認識してつく明かり』でしょうね。文明水準に合わせてなのか、松明に炎が自動で着火するように設定されているのではないかと」
桐生が炎の中を覗き込もうとして長い髪の先端が少し焦げて『アチチチチ』と言いながら飛びのく。
「……なにをやってるんですか」
「いやぁすみません。こういう面白いもの見ちゃうとどうしても好奇心を抑えられなくて」
すると、同行していた自衛官で、桐生の昔馴染みである万丈がバカにするように言った。
「無駄ですよ。こいつは昔っからの物理オタクですから」
「そうなんですか?」
「あぁ」
「うっさいバカ」
「そうそうバカ……バカ!? バカって言ったか⁉ せめて筋肉付けろよ‼」
まるで某特撮における漫才のようなやり取りだが、桐生の部下である内海に言わせれば『いつものこと』らしい。
「(本当に大丈夫だろうか……)」
神は最奥へ辿り着く前から色々な意味で不安になってきた。
ヘンブのほうも呆れた目で見ている。
「日本人とは奇異な種族よのう」
「ほんっとうにすみません……」
自分のことでないにもかかわらず、頭を下げざるを得なくなる神であった。もっとも、日本人とは大概こんな感じである。
「ここじゃ」
ヘンブが目の前にある無機質な雰囲気の扉に手を当てると、扉が『シュッ』と音を立てながら開いた。
「おぉ~」
「アニメの世界が目の前に……」
思わず日本人らしい言葉が口を突いて出るが、ヘンブは意味が分からないのでそのまま中へ入る。
「ほれ、入らんか」
ヘンブに呼ばれた一同は慌てて中へ入る。
その中は、人工的な柔らかい光に包まれていた。
「こ、これは……」
そして、その作りは現代日本よりも更に未来的……そう、宇宙戦艦の『やまと』が活躍する世界のような未来的な光景だったのである。
真っ先に声を上げたのは、物理学者の桐生だった。
「なんてことだ! この場所に使われている技術は、明らかに現代日本を……いや、アメリカやヨーロッパさえも上回っている! 最低で見積もっても200年以上は経過している!」
興奮して一通り叫んだ桐生は、周囲が白けた目で見ていることに気付いて『コホン』と咳払いして仕切り直す。
どうやら、優れた技術を見ると興奮する質らしい。
「今言った通り、この部屋に使われている技術は少なく見積もっても現在の我が国を基準にすれば200年以上は離れていると言っても過言ではありません。使われている物質もよくわかりませんし、部屋の中には冷暖房器具らしきものがないにもかかわらず温度が一定に保たれている。さらに、映像は空中に、流麗に投射できるタイプとなっている。しかも、アニメよろしく空中の映像をタップすることで映像の変更や干渉が可能なようだ」
現代でも空中に映像を投射する技術は実用化に向けての途上にあるが、それを安定して、さらにタッチパネルのように運用するにはかなりの時間をかける必要がある。
日本でさえ、2000年代初頭に『指タッチ』が登場した時、日本一ダンディーで知られる元暴走族でとある『軍団』所属でもあった俳優がコマーシャルに出演して一躍話題になった。
それからたった20年近くで『空中に映像を投射できるかも』と言われるようになったが、まだまだ実用化・量産化は程遠い。
「それだけではありません。これを見てください」
奥の机に置いてあった物は、銃のように見えた。大きさは精々、現代のハンドガンくらいだろう。桐生はそれを万丈に手渡す。
「これは……まさか、レーザーガンかよ?」
自衛官として武器を日頃見ている万丈が、じっくりと観察してから呟く。
「弾倉を装填する箇所が見当たらないので、恐らくそうではないかと思われます。これもまた、未来アニメなどにはよく出てくる代物ですね。後で分解して調査しないと分かりませんが……旧世界で中国が実用化したとほざいていた物に比べても、はるかに高出力ではないかと考えられますよ」
まだ試してみたわけでもないのに、そこまで踏み込んだ発言をする桐生にその場の全員が目を丸くする。
「見ただけでわかるんですか?」
「えぇ。私は軍事や工学方面も勉強しているので、形状を見ればある程度わかりますけど、部品の1つ1つも洗練されていますし、レーザーほどの高出力のエネルギーを発射する物体を、これほど小型化できているという時点で過小評価はするべきではないと思います」
アメリカが実用化に向けて研究している超電磁砲などもまだまだ発展途上だが、中国の発表したレーザーガンも同じである。
物体とは、初めて作られたものは大きく、機能も大雑把で燃費が悪いという特徴がある。洗練・進化すればされるほど小さく、それでいて高性能で低燃費なものとなるのだ。
それが、これほど小型化されて存在するということは、それだけの技術を有するということでもある。
いい例を挙げるならば、品物で言うと時計だろう。
昔は壁掛けの大きな物(『大きな古時計』の歌を思い浮かべていただければわかりやすい)だったが、時代が進むにつれて小型化し、さらに現在ではスマートフォンの機能までも持つほどに高性能化している。
「それほどですか……」
当然神や万丈らは技術方面には明るくないので、桐生の言葉にそう返すくらいしかできない。
「俺はそう思いますね。ここにある物を持ち帰って研究・解析するだけで、日本の技術はこれから数年~十数年ほどの間に50年~100年ほども進歩するでしょう」
高い頭脳を持つ物理学者がそう断言するということは、それほどのモノがこの一角だけでかなりの数が揃っているということである。
「ということは……」
「この『神域』……かつての居住者をあえて今は『宇宙人』と呼びますが、宇宙人の部屋だったんでしょう。戻ってきた時に使えるように、色々な対策まで施して、番人も残したというのは気になりますね」
その場にいた者たちが皆、ヘンブを見る。
「いかにも、我らアラクネ族と、東の蟻皇国を治める蟻人族、そして北方のイエティスク帝国を支配するオーガ族、ミノタウロス族はそのために作られた存在だ」
ヘンブの口から語られたもう1つの衝撃的事実。中国とロシアを支配している種族の正体までわかってしまった。
「ロシアを支配してるのは鬼と牛鬼……」
「牛ってことは……もしかして、女は皆巨乳か?」
「バカ言ってんじゃないよバカ」
「だから筋肉付けろって!」
神は外交官として、どう帝国に接触すればいいかを考えるが、万丈や桐生は好き放題に喋っている。
「……本当に騒がしいのぅ」
「重ね重ねすみません……」
別に自分の担当ではないのに謝ってしまう神。これは彼の人間性にもよるらしい。
「しかし、桐生殿の言う通りだ。我らガネーシェード神国は今も番人を続けているが、蟻皇国とイエティスク帝国は違った。蟻人族とオーガとミノタウロスたちは、我らのように番人に徹するつもりはなかった」
それを聞いただけで自衛官の万丈は何があったのか想像できてしまった。
「そうか。宇宙人の技術を盗んで、理解できる物から自分たちのモノにしたんだ!」
「お前にしちゃ考えが早いし、その推察は正しいと思うぞ」
「もっと褒めていいんだぞ‼」
万丈は珍しく褒められたことで得意げにふんぞり返っているが、神は浮かない顔を隠せなかった。
「つまり、イエティスク帝国は某転移小説の自称世界最強の国みたいな技術解析で成り上がってきた、ってことですかね?」
神は日本国内でもちょくちょく話題に上る、ベストセラーになった日本転移小説に登場する、『自称』世界最強の国のことを思い出す。
「あの国は解析しようにも根本の基幹技術を理解していなくって、そのせいで戦艦以外はほぼデッドコピーになっていたって設定でしたけど……」
「デッドコピーだろうな」
桐生が断言すると、その場の全員が真剣な表情の桐生に目を向けた。
「政府の衛星が収集した情報を考慮すると、イエティスク帝国の能力は第二次世界大戦~冷戦の間くらい……ジェット機があるとはいえ第一世代レベルを持ってることを考えると能力的には大戦時寄りと見るべきだろう。宇宙へ飛び出していけるような連中の技術を、完全に理解できていたら日本なんか足元にも及ばないくらい強いはずさ」
実際、第二次大戦直後といってもよい時期に発生した朝鮮戦争にソ連は『Mig―15』を、アメリカは『F―86』セイバーを投入している。
ちなみに余談だが、以前記載したレシプロ機の『A―1』スカイレイダーが、ジェット機の『Mig』を撃墜したのもこの戦いである。
「つまり、この超技術を解析しきれず、あれこれ理解できた端から自分たちの力として投入しているんだ。ま、ジェット機が作れる、機体性能に見合った能力をしっかりと発揮できるって言うならデッドコピーでも十分すごいと思うけどな」
桐生の言うことももっともである。中国のようにもとはソ連・ロシア系の兵器をライセンス生産する、或いはコピーするうちに能力を上昇させ、国産機を作れるようになった国も存在するのだ……中国兵器の実戦経験は一部不明なのでデータ不足が否めないが(そこ、自衛隊兵器も同じとか言っちゃダメ)。
いずれにせよ、コピー技術だからと甘く見れば痛い目を見ることは間違いない。何より、この場合問題なのは海上戦力と航空戦力……ではなく、意外にも陸上戦力だ。
日本には戦略爆撃や対戦車攻撃をこなせる『航空機』が少ない(陸上自衛隊にはむしろ過剰なほど存在するが……)。かといって、特科大隊の砲撃やMLRSのようなロケット砲にばかり頼っていては数十万の近代化兵は相手にしにくい。
「そして、イエティスク帝国には堅固な装甲を持つ戦車による機甲師団が存在すると考えられています。これに第一世代レベルとはいえ、ジェット機の大軍が加わるようなことになれば、現在の我が国はかなり対処に困るでしょう。もし我が国と本格的な戦争になった場合、空母が何隻あるかも問題ですね」
イエティスク帝国には空母があるという情報は既に得ているが、衛星からの記録だけでは分析しきれない部分もあるため(戦車は形状である程度設計思想から能力が分かるが、艦の装備はそうもいかない部分がある。隠れている兵装があるかもしれない)、もっと情報が欲しいところである。
航空機以外はドイツ的な設計思想になっているらしいので、第二次世界大戦時に本格的な航空母艦を保有できなかったドイツの設計思想というのはかなり不明瞭な部分がある(そもそも大戦時に空母を保有・運用していた国は日英米の三国のみと、かなり限られる)。
数少なく建造していた『グラーフ・ツェッペリン』も、9割がた完成したところで中止とされているため資料が少なく、想像がつかない。なので、そこは専門家である防衛省の人間に任せるほかないだろう。
ヘンブは先程から彼らがかなり高度な話をしているらしいということを理解していたのであえて口を挟んでいなかったが、どうしても我慢がならず口を開いた。
「ずっと気になっていたのだが、これを見て、日本はどうするのじゃ?」
その言葉を受け、神も、桐生も黙り込んでしまう。
実際、あまりに問題が大きすぎる。
「……少なくとも、外務省の一役人や科学者だけで結論を出していいような案件ではないことは確かですね」
「確かに。俺も神さんに賛成ですね」
見れば、万丈ですら苦い顔をしている。そして今までになく真剣な顔で口を開いた。
「俺はバカだからな。バカがあれこれ考えたっていいことなんざ一つもねぇよ。それよりは、考える力のあるやつに任せたほうがいいさ。それこそ、氷室サンとか政府のお偉方とか、考える奴はいくらでもいるさ」
一番単純そうな思考回路をしているであろう万丈でさえこう言うのだ。つまり、『下手なことは口にできない』というくらいに厄介な話なのである。
「ともかくヘンブさん。あなたの処遇も含めて日本政府に協議してもらわなければなりません。そして、政府の判断次第では、多国間協議に持ち込む可能性もあります」
この件に関しては日本1国の胸の内にだけ収めておける問題ではない。政府に報告すれば、間違いなく機密指定に、しかし国際会議にかけられるであろうほどの重要案件になるであろう。
「この世界の人類の根源に繋がる話であり、多くの人々にとって受け入れがたい話となることは間違いありません。そんなデリケートな話題を、先ほども言いましたが、一外交官や学者、自衛官の判断でどうこうできるとは思えません」
とはいえ、この世界の人々が、自分たちが問題解決という側面があったとはいえ、欲望のはけ口として作られた存在であるなどと聞いて、正気でいられるだろうか。
いや、いられなかったからこそ蟻皇国とイエティスク帝国はその力を取り込んで自らを強化した。
目的は地球全土を制して完全に支配下に置き、いずれ帰還するであろう創造主たちと並び立って今度は迎え撃てるように、というつもりなのだろう。
だが、桐生などは既にその前提が間違っているのではないかと考えていた。
「蟻皇国やイエティスク帝国は技術を進歩させて創造主たる人類に並び立とうという考えなのでしょうが、真似てデッドコピーするだけではどう足掻いても『その真似した元の存在』以上にはなれません。逆に真似された方は、自分たちは知っている弱点をつくか、あるいはそれを上回る技術を開発しようとするでしょう。それに、もう1つ気になることがあります」
ヘンブのほうを向くと、ヘンブは『む?』と言いながら首を傾げる。
「アラクネ族、それに我々が想像するオーガ族やミノタウロス族という種族は、肉体的に頑強な種族です。それが我々に近い身体能力を持つホモ・サピエンス程度に逆らえないはずがありません。ただ……」
桐生は『コホン』と咳払いをするともう一息続けた。
「先ほどのヘンブさんとアラクネ族のやり取りを見たことと、今の話を聞いて確信しました。恐らくですが……あなた方亜人族は、創造主に逆らえないようになっているんでしょう。DNA……血の刻印にまで残していることがその証拠です」
少なくとも、アラクネ族がヘンブ、引いてはその一族に逆らえないということは、そのトップが創造主に逆らえるような『仕様』になっているとは考えにくい。
「恐らくですが、逆らおうとすれば……一定の距離内で敵対行動を取れば体に何かしらの変化や不調がおこる……酷ければ、死に至るかもしれませんね」
ヘンブとて、残されている創造主の様々な悪辣な所業を記した映像や記録を見れば、そのくらいはやりかねないと思ってしまう。
「なるほどな。それも含めての国際会議、ということか?」
「はい。我が国の政府ならば、恐らくそうするでしょう」
ついでに言うと、桐生は日本がこの世界に導かれた理由が少しだけわかったような気がしていた。
「(ホモ・サピエンスと同じで、それでいて亜人族を愛することができて、いずれはその技術に追い付ける可能性のある日本を、日本転移小説のように神が呼んだ……とでもいうのだろうか?)」
だが、世界の警察を謳ってはいるが乱暴なアメリカや、そもそも列強国でありながら粗暴極まりない一面を持つ中露ではよくないのだろう。
何より、中露では発展性に甚だ疑問が残る。
そういった点からも、平和主義を掲げつつ世界(この場合は旧世界)10位以内に入る軍事力と、平和的かつ人種差別の意識が薄い日本がその対象となった、と考えれば確かに合点はいく。
そして、神や桐生によってこの件は速やかに日本政府に報告された。
政府には少なくない激震が走り、すぐさま緊急閣僚会議が開始されることになる。
その会議は数時間どころか、夜を徹するほどの時間続けられた。
だが、結局神や桐生の予想通りに、国際会議にかける必要性を確認し、日本と関係を持つ諸国の首脳を招集することになるのだった。
今回の話によって、先史文明という存在が危険極まりないということを分かった日本国。
あとはどうなるのやら……次回は3月6日か7日に投稿しようと思います。