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講和会議急襲、アラクネ族参上!

今月1話目となります。

遂に秋アニメが色々始まりましたが……半妖の夜叉姫、それに劣等生……いいですねぇ……ポンコツリーナ可愛い。日笠さんサイコー。

今回からはなし崩し的に(オイ)次の戦争の原因に滑り込みます。

――西暦1742年 9月15日 シンドヴァン共同体 首都バレタール

 商業の国として名高いシンドヴァン共同体の首都バレタールには、日本と交流のある各国の外務大臣代理担当者が集まっていた。

 場所は、バレタールシンドヴァン商業ギルド近くに存在する、日本が建設した50階建ての超高層ホテルである。

 本当は当初、日本の所有する最大の軍艦である『あかぎ』型航空護衛艦の甲板上で調印式を執り行おうかという話もあった。

 要するに第二次大戦が終結した時にアメリカが戦艦『ミズーリ』の艦上で日本側に調印させたことの再現をしようかという話である。

 だが、どうせなら各国の人々も招いてより大掛かりな講和会議にしたいという政府の要望もあって、日本の技術を結集した高層ホテルで執り行われることになったのだ。

 バレタールや西武沿岸都市のレバダッドなどは、わずかな期間ながら日本と共同体の共同出資によって緑化事業とインフラ開発が進められたこともあり、さながら現代中東の都市部のような風景になっている。

 街の各所では既に日本製の自動車が走り始めており、一部の富裕層の人々が日本に派遣して運転免許を取らせた使用人に運転をさせている。

 どの会社も人気だが、やはり軽自動車という名の変態極まりないバケモノ(褒め言葉)は、菌扱いされる『あの企業』が一番人気らしい。

 二輪車方面ではそちらよりは別会社のほうが人気なのだが。

 そんな発展を続けている街の各所には自動販売機やコンビニエンスストアも設けられ、物流がこれまでにないほど活発化していた。

 それらを支えるべく、高速道路や地下道路も建設が始まっている。あと10年もすれば、東部の港湾都市まで高速道路を伸ばすことも可能であろうという試算が出ていた。

 街中に関しては道路交通法も未成熟ながら施行され、ラミアや獣人たちが信号にきちんと並んで待つ様子も見られるようになっていた。

 人々の腕には日本製の腕時計もはめられており、時間に合わせて動く人も増えている。

 日本の商社マンも多く訪れ、地元企業との営業や交渉、さらに未だに日本と繋がりのない海外企業との折衝に努めている。

 港湾部には既にガントリークレーンが多数並び、日本からの輸出品を次々と荷下ろししていた。

 既に警備のための海上保安庁の分署も立ち上げられ、この数年で新たに建造された大型巡視船と中型巡視船が数隻停泊している。

 そんなバレタールで各国代表は、既にそのほとんどがホテルに集まっている状態となった。

 日本から代表として派遣された外務副大臣の速水は、優雅と言われる自身の髭を撫でつけながらホテル内を見回す。

「素晴らしい。これなら各国の皆さんも満足してくれるでしょう。そうは思いませんか、中田君?」

 速水は自分の秘書を務めている中田の顔を見る。

「そうですね、先生。華美でなくとも優雅さと美しさを十分に醸し出せている。全く、日本の建築業界は最高です」

「それでいて震度7の地震が来ても建造物そのものへのダメージは最低限に抑えられるよう最新技術を山ほど用いている……本当に、政府がこの場所へのホテル建設が重要だと公言しているようなものですね」

 会議は明日、夕方から始まる予定である。

 各国関係者曰く、『この世界で初となる本格的な国際会議でもある』らしく、皆気合が入っているとのことであった。

 どうやら、これまでも小競り合いなどはあっても国際的にそれを抑えるような『国際連合』のような機関が存在していなかったことが原因らしい。

「本当ならば外務大臣自らにお越しいただくべきだったんでしょうけど、まだ各国も含めて大臣をお迎えできるほどの設備が整っていないのが残念でしたね」

「それは仕方ありませんよ、中田君。いずれこの世界の全国家と繋がりを持てた時こそ、外務大臣にお越しいただかなければ」

 まだこの世界は不安定で不明な点が多々存在するということと、各国も大臣級は派遣しないという話を聞いていた(どの国も国際会議が初めてで大臣を派遣するほどの覚悟と能力がなかった)ため、某日本転移小説における国際会議のように、大臣派遣とはならなかったのだ。

「まぁ、既に大まかな要綱は決まっていますから、会議内容の確認と、各国代表の皆様にもっと日本という国を知っていただければ……それでまずは満足と言うほかないでしょうね」

「そうですね。銃火を交える戦争とはまるで違いますが、これこそが我々の『戦場』ですからね」



――ピンポンパンポーン……間もなく、『日柔戦役・バレタール講和会議』が開始されます。外務担当者の皆様は、大ホールへとお集まりください……――



「おっと、そろそろ時間ですね。行きましょうか」

「はい、先生」

 2人は会議用に設営された大ホールへと赴く。


 

 ホールで『日本』と書かれた席に座ると、他の外務担当者たちもグランドラゴ王国、フランシェスカ共和国、アヌビシャス神王国、シンドヴァン共同体、スペルニーノ王国、イタリシア王国と次々と着席する。

 どうやら、各国代表はホスト国である日本に気を使い、日本代表が入場するのを待ってから入ってきたようだ。

 そして、最後にニュートリーヌ皇国の代表として、元・元老院議員、現在は皇妃になることが決定したカメリアの領地代官であったアッレーンという人物が入ってくる。

 これも、戦勝国である日本に対する配慮らしい。

「(敗戦国として70年以上を過ごしていた我が国が、本格的に『戦勝国』ですか……これで慢心しないよう、各方面に根回ししてもらう必要がありそうですね)」

 速水は内心嘆息しつつアッレーンが席に着いたことを確認して立ち上がる。

「どうも皆さん。本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。日本国代表、速水照星と申します。それではこれより、『バレタール講和会議』の開始を、宣言させていただきます」

 各国の代表たちが、速水の挨拶を受けて拍手で迎える。

「それでは……」

 そして、会議は順調に進行した。講和内容、皇国に対する軍事技術の供与やそれに伴う皇国の近代化、そして各国と連携を密にすることなど、事前にある程度を決めていたとはいえ、様々なことを論議した。

 また、今後かわされるであろう諸取引の内容についても、この場である程度の議論がなされる。

 それのみならず、皇国はフランシェスカ共和国とも戦争状態にあったため、今回の会議でフランシェスカ共和国とも正式に講和を行うことになっている。

 皇国側は無条件降伏同然であり、日本及びフランシェスカ共和国の要求に対してはほとんど『はい』と答えることしかできなかった。

 もっとも、元々平和主義で自国の防衛以外にはさほど頓着していないフランシェスカ共和国からすれば『攻め込んでこないならそれでいい』という部分もあったため、最低限の補償さえしてもらえればあとは日本からの支援のほうがありがたいらしく、無茶な話は一切吹っ掛けなかった。

 2時間をかけて各国との調整も終わり、最後に速水とアッレーンが中央の壇へ上る。

 そして、日本とニュートリーヌ皇国、双方の正式な代表による調印がなされた。

「これにより、我が国とニュートリーヌ皇国の戦争は完全に終結いたしました。以後は、両国及び諸国にとって、良い関係を築けるよう……」

 その時、大ホールの扉がバタンと開いて獣人の男性が飛び込んできた。

「か、会議中失礼いたします‼」

 彼は、ホテルを警備していたシンドヴァン共同体の警備兵であった。

 速水は何事か、と思いつつ動揺を見せないように問いかける。

「どうしました?」

「て、テロリストの襲撃です‼ 皆様、早くお逃げに……」

 直後、男性はガクリ、と白目を剥いてドサリと大きな音を立てて倒れ込んでしまった。背中には、竹でできているらしい矢が刺さっている。

「なっ!?」

 速水が驚いたのも束の間、ホールの扉から、6本の足を持つ『何か』が入ってきた。それを見た瞬間、ギルドマスターの1人であったラミアの女性、ウィーペラが叫んだ。

「ガネーシェードのアラクネ! なぜこんなところにっ‼」

 飛び込んできたのは、日本人からすると原始人と言ってよいほどの簡易的な衣服に身を包んだ、クモのような下半身を持つ女性亜人、アラクネ族であった。

 アラクネ12名はホール内へ飛び込むと、持っていた石性のナイフや斧、槍を振り回して次々と会議参加者に襲い掛かった。

 その大きな体にもかかわらず、アラクネは俊敏に動き回って会議参加者と警備兵に襲い掛かる。

「警備は何をしていた!?」

 驚いて動けなくなった速水に、アラクネの1人が迫り、その鋭い足であっという間に串刺しにしてしまった。

「先生!」

 速水を助けようと駆け出した中田も、速水の遺体に近づく間もなく刺殺されてしまった。

 会議参加者の中では、種族的に能力の高いドワーフ、蜥蜴人、そしてラミアの3名が身体能力の高さで体術を用いて応戦していたが、間もなく複数に取り囲まれて刺殺されてしまった。

「神罰は下った。撤収だ‼」

 リーダーらしいアラクネがそう叫ぶと、他のアラクネたちもすぐにホールを飛び出していった。

 わずか、数分の出来事であった。

 たったの数分で、日本を始めとする外務担当者10人以上が、テロリストによって惨殺されてしまったのだった。

 このことは共同体内部に少なくない衝撃を与え、日本国にも報告される。



――2027年 9月25日 日本国 首相官邸

 日本の総理大臣に、驚愕の凶報が飛び込んできたのは、事件の翌日(時差があるので翌日)だった。

 外務副大臣がテロリストの襲撃を受けて惨殺されるという異常事態を受け、首相は緊急閣僚会議を招集、さらに国民に向けての緊急会見を開くことを決定した。

「それで、シンドヴァン共同体からの回答は?」

「はい。シンドヴァン共同体曰く、今回の襲撃者の所属はガネーシェード神国といい、地図から確認すると、インドからミャンマーまでをアラクネ族と呼ばれる女性亜人が中心となって支配している国のようです」

 閣僚たちがシンドヴァン共同体から提供されたデータを確認する。

「国家体系としては絶対君主制に近いらしく、一神教系宗教の宗主が国王と言ってもよい立場についている、宗教国家でもあるそうです。外交という概念がないのか、どこの国とも交流がありません。そのため、話を付けるにしてもまずは交渉団を派遣するところから始めないといけません」

 宗教国家、という単語を耳にして、首相を始めとする閣僚たちの顔が『めんどくさそう』という表情に変わった。

 旧世界でも、宗教が絡んで何十年と続く大戦争になった例はいくつもある。さらに現代でも、イスラム国など宗教を盾に好き放題をする存在がいる。

 日本は元々神道の『八百万の神々』の考え方による影響が強く、多神教の国民体制といってもいい。そしてかつては仏教を国教に近い立場にしていたが、今はもうごちゃ混ぜである。

 でなければ正月を祝い、ハロウィンを楽しみ、クリスマスを祝うなどという、旧世界の人々からするとトンチキな真似はできない。

 要は、日本人は宗教に対してよく言えば寛容、悪く言えば無節操なのである。

 そんなこともあって、日本人からすると過激な一神教というのは感覚的によく分からないのである。

 『なんで元々の神様が同じなのに争っているの?』であったり、『同じ宗教だったのがなんで面倒くさい分派の仕方をして争っているの?』など、旧世界における宗教の争いは日本人にとっては勉強した者以外には意味不明なものが多い。

 そしてそれだけに、宗教を盾に『自分たちは正しい』という観念を押し通そうとする輩に対しては、あまり好感を覚えないという一面もある。

 それどころか、一般的な日本人からすれば『宗教戦争、ナニソレ?』というような無知ささえある……過去には、そんな日本でも血みどろの宗教戦争とは無縁でなかった一面があるのだが。

 特に中世日本は仏教を主体としていたため、仏教関係者による争いが少なくないレベルで存在していた。

 他宗派を異様にと言っていいレベルで攻撃的に排斥する『法華経こそ全て』を主体として日蓮が鎌倉時代に興した日蓮宗はいい例であろう。

 室町時代にはその日蓮宗と他の宗派勢力による抗争も京都を中心に勃発していた時期がある。

戦国時代には、織田信長や上杉謙信、小さなところでは若い頃の徳川家康や朝倉義景などが『一向一揆』に悩まされたのも有名である。

 特に織田信長と対立した本願寺顕如は、門徒たちから集めた莫大な財産を軍資金に、戦国時代屈指の鉄砲集団として名を馳せた『雑賀衆』を味方に付けるのみならず、『顕如の旗の下に集い仏敵と戦って死ねば極楽浄土へ逝ける。退けば無間地獄が待っている』などと語って、無数の門徒の農民や野武士などを織田軍に突撃させた。

 さらに、信長の妹婿であった浅井長政も、信長と敵対した後に一向宗の力を借りて戦力を増強した時期が存在した。

 戦術も戦略もほとんどなく(一部の指揮官にはちゃんとあったが)死を恐れない、麻薬のような宗教的権威に侵された者たちによる突撃は、多くの兵士のみならず、織田家の官僚、そして信長の兄で庶子であったがために家臣として仕えていた織田信広などもこの一向一揆で討ち死にさせているほどの脅威であった。

 いかに当時の信長が周囲全てを敵に回していたも同然であったとはいえ、多くの重臣を一向一揆とそれに関連する戦争で失っているのだ。

 そのような一面があったことも含めて、信長は宗教が政治・軍事的に首を突っ込んでくることを嫌ったとも言われている。

ちなみに余談だが信長本人は決して無神論者というわけではなく、禅宗に理解を示したり伊勢神宮に参拝したり、キリスト教の教えに興味を持って色々と聞き出していたりする。

実際、信長の『信長』という名前や『天下布武』の印を考え出したのは、信長に仕えていた教育係にして、禅宗の僧侶・沢彦宗恩であったと言われている。

 閑話休題。

しかし宗教とは、時として数を盾に圧倒的な暴力を生み出す存在へと変貌する要素を持つ、非常に危険な考え方なのである。

「そんな連中が、何故非武装中立地帯であるシンドヴァン共同体を襲撃したんだ?」

「それに関してなのですが、ガネーシェード神国という国は国名にもある『ガネーシェード』と呼ばれる神を信仰しているらしいのですが、『自分たちの神以外の存在は認めない』という、典型的な過激思想の持ち主らしく、商業の神を信仰するシンドヴァン共同体や、アヌビシャス神を信仰するアヌビシャス神王国のことを特に目の敵にしているらしいのです」

「そうか。この世界ではほとんどの国家が宗教を制定していないにもかかわらず、我々の知る限りこの2か国だけは制定していたな」

「そうなんです。どうもこの世界は、私たちの旧世界とは考え方も大きく異なる点があるようですが、『宗教観の薄さ』というのもあるのかもしれません」

 実際、我々人類(ホモ・サピエンス)が旧人類(ネアンデルタール人)と違って生き残れた要因の1つに『神を想像して団結した』という説があると言われている。

 ネアンデルタール人が『単一の家族のみで行動する』という習性があったのに対して、ホモ・サピエンスは『神』という自分たちをまとめる存在を想像することで団結し、役割を分担することで生存戦略を磨いたという説がある。

 この説が正しければ、これが最古の宗教とも言えるだろう。

 人間が人間として生きている以上、宗教とは無縁とは言えないのである。

 しかし、アヌビシャス神王国はかなり古い時代から信仰されている宗教のようだが、シンドヴァン共同体はそうでもないらしい。

 シンドヴァンは『我々は商売によって発展してきたのだから、それを信ずるのみ』として制定したという違いがあるのだ。

「どうもよくわからんが……ちなみに、シンドヴァン共同体は今回の事件を防げなかったのか?」

「なんでも、ここ30年近くは大人しかったそうで、共同体も警戒レベルを引き下げていたとのことでした」

「それにしたって、テロリストの武装は竹でできた弓矢と石斧に石槍……随分とお粗末じゃないか? 共同体の警備兵は我が国から拳銃を輸入しているはずだ。なぜ負けた?」

「それが、共同体曰く奇妙な情報がありまして……」

「奇妙な情報?」

「資料の3ページをご覧ください」

 資料を閣僚がめくると、衝撃の話が書かれていた。

 『アラクネには、銃弾やナイフの類が通用しない』

「ば、馬鹿な! クマやゾウ、サイ、のような大型生物ならばともかく、人間の延長線上にある存在に拳銃が効かないわけないだろう‼」

 防衛相が思わず上げた大声は、閣僚たちの心を代弁するものであった。人間の延長線上である亜人が、拳銃の効かない存在であるなどありえない。

「それなのですが、生き残った共同体の兵士曰く、『まるで見えない壁にとどめられるかのように銃弾が空中で停止し、弾き飛ばされてしまう』のだそうです。また、ナイフや金属製の警棒も、同じようにアラクネに届く前に見えない何かに押しとどめられるという報告が上がっています」

「では……このアラクネという亜人は、超能力でも使えるというのか?」

「そんな力、他の亜人族では見たこともないぞ‼」

 日本が接収した大陸には、アラクネ族は住んでいなかった。そのため、アラクネに関する情報は一番よく知っているシンドヴァン共同体に頼るしかないのだ。

 閣僚たちが混乱でヒートアップしそうになる中、総理が手を挙げてその場の全員を制した。

「いずれにしても、このままというわけにはいくまい。なんとかして神国に交渉を申し込まなければなるまい」

 日本国はガネーシェード神国に対して交渉団を派遣することを決定した。

 ちなみに、これにはグランドラゴ王国やフランシェスカ共和国などの諸国も参加する。

 どの国も、謎めいたガネーシェード神国を探るいい機会だと考えたらしい。



西暦1742年 10月7日 旧世界呼称『喜望峰』沖80km 海上保安庁巡視船『あきつしま』

 日本は各国と共同で非難声明を出すこととガネーシェード神国という国を知るべく、外交団を派遣していた。

 海上保安庁の巡視船『あきつしま』は、その護衛のために随伴している。

 本当は海上自衛隊を派遣したかったのだが、派遣された各護衛隊群が先の日柔戦役の戦闘における戦闘後の整備がまだ完了していないこと、そして他の各護衛艦もシーレーン警備に忙しいこともあって航続距離が長く、海上保安庁の巡視船としては戦闘力も高い『あきつしま』が派遣されることになった。

 敵が攻撃的であることも既に情報として存在するため、日本はさらに『あづち』型揚陸艦2番艦『えど』を派遣して装甲車を含めた陸上自衛隊の部隊を護衛として派遣していた。

 陸上自衛隊西部方面隊、第4師団所属の普通科連隊で今回の派遣部隊の隊長を任された藤岡1等陸佐は、何とも言えない嫌な予感を覚えていた。

「……今回の派遣、『謝罪させる』という意味では失敗するような気がする」

 彼が誰ともなく呟いた言葉を、側にいた佐々木2等陸佐が聞いていた。

「1佐、なぜ急にそのようなことを?」

「……勘だ。なんとも言えない、腹の底から冷えるような嫌な感じが収まらない。インドに近づくにつれて、それがひしひしと強くなってきているんだ」

「……」

 佐々木は黙ってしまう。

 藤岡はかつて旧世界で海外派遣も経験している。もちろん、発砲などの実戦経験は転移してから大陸で恐竜を相手にした以外にはないが、『ひとたび外海へ出て国外へ行くと、やたらと感覚が研ぎ澄まされる』と彼は言うのだ。

彼は普通のヒトには表現できない、特殊な『第六感』のような感覚があると佐々木は考えていた。

 そして同時に、その勘は外れたことがない。

 転移後も開拓団の護衛をしていた時に『……何かが来る。総員、警戒強めろ‼』と述べたわずか5分後、近くにあった森の中から飛び出してきたティラノサウルスの親子らしき10頭近くの群れに襲われた。

 藤岡の指示で既に『89式装甲戦闘車』と『74式戦車』が戦闘準備を終えていたため、これらが発砲して事なきを得た。

 圧倒的な威力を誇る対戦車誘導弾と105mmライフル砲、そして重機関銃の斉射により、群れは全滅したのだ。

 だがそれほどの火力を所有していたにもかかわらず、もし藤岡が戦闘態勢を整えさせていなかったら、間違いなく自衛隊にも開拓団にも犠牲者が出ていただろうと幹部たちは語った。

 藤岡には、そういった常人にはわからない何かが見えているらしい。

「だが、どれほど嫌な予感がするとしても、我々のやることは変わらない。全身全霊をもって、外交団を守るだけだ」

「そうですね」

 今回の『えど』には陸上自衛隊員が乗艦しているが、『あきつしま』が護衛している客船には各国の陸軍から派遣された護衛部隊もいる。

 フランシェスカ共和国はこれまでエルフ族が火器を忌避するので近代化が不可能と思われていたが、以前にも記述した通りガスマスクを装着することで解決することが判明したため、彼らも『89式自動小銃』を持って客船内で警備をしている。

 共和国も日本から教導を受けて、近代化を推し進めることが決定していた。

 どの国の人々も未知と言われているガネーシェード神国に赴くとあって緊張した表情を崩していない。

 他の隊員たちにも藤岡の緊張感が伝わったのか、どの隊員も常に力を入れて行動をするのだった。

「……もしかすると、苦しい話になるかもしれないな」

 藤岡の呟きは、青い海に飲み込まれるようにして消えていった。


アラクネの能力については後ほど明らかになりますのでそれまでお待ちください……もっとも、いろいろ苦労して考えたものではありますが、書き終えてから数カ月以上経過した今となって『大丈夫だったかな?』などと思うような部分もあります。

修正できるところは投稿する際にできる限り修正しますが、抜けている部分があったとしても『しょうのない奴』と温かい目で見守ってください。

次回は10月の24、25日辺りに投稿しようと思います。

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