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レバダット会談

今月3話目にして、今月最後のお話になります。

遂に、レーヴェが日本人と本格的な接触を果たしました。


――西暦1741年 3月22日 ニュートリーヌ皇国 首都ルマエスト 元老院議会

 ニュートリーヌ皇国の元老院議会は紛糾していた。

 原因はただ1つ。日本という国の猛攻撃を受けて、二大港湾都市が瞬く間に灰燼と帰したことであった。

「軍は何をしている! 何故帝国の属国如きに手も足も出ないほど連敗するのだ‼」

 議員の1人が叫ぶと、海軍の幹部が冷や汗を流しながら答える。

「詳細については現在も調査中でして、まだお届けできるほどの情報が集まっておらず……」

「いつまでかかっている‼あのような猛攻を首都にも加えられたら、皇国は終わりだ‼」

「そもそも、奴らはどうやってあのような大規模攻撃を行なったのだ! まるで想像がつかない‼」

「日本の奴ら、帝国の属国なのかと思っていたが……帝国と同じくらいの能力を有しているのではないのか!?」

「軍や情報部は何をボケっとしていた‼」

「そうだそうだ!」

 完全に混乱を極めており、収拾がつかない状態が2時間近く続いていた。

 そんな中、若手議員のカメリアはこっそりと嘆息する。

「やはり、メーロ殿の仰ったとおりだったか……」

 そして、彼女は意を決して立ち上がった。

「発言を許可願います」

 議長のオケイオンが手を挙げ『許可する』と述べる。

「このままでは日本国の攻撃が首都を襲うのも現実としてあり得ると仮定するべきです。幸い、私のほうは準備できております。すぐにでも陛下を外遊にお連れしたいのですが」

 この言葉に議員たちもハッとした。自分たちのことばかりを考えていたが、もし首都に攻撃を受けてしまえば皇帝の身柄も危ういことに今更ながら気づいたのだ。

 それもどうなのだと思いつつ、カメリアは続ける。

「オケイオン議長、どうでしょう?」

 カメリアは強い眼差しでオケイオンを見た。

 そして……オケイオンも頷いた。

「もはや一刻の猶予もない。カメリアよ。直ちに近衛部隊とともに陛下をシンドヴァン共同体へお連れしろ。その間に日本国についてはこちらで対策を練る。ほとぼりが冷めるまでは、陛下になるべく戦況を隠し通してくれ」

「心得ました」

 カメリアは頭を下げながら、遂に我がことが成ったと内心で笑ったのであった。



――3時間後 大聖堂

「――以上、元老院は陛下の外遊を許可されました。これで、メーロ様の策略が一歩進みます」

「カメリア殿、よくぞまとめてくれた。こちらも既に準備はできている。直ちに陛下をシンドヴァンへお連れしよう」

 メーロがまだ若いカメリアを労うと、メーロの横に立っていた年配の男性が発言する。

「シンドヴァンまでは安全面を重視して陸路で赴きます。何せ、日本によって港湾部が壊滅してしまったので、民間を含めて海路は非常に困難な状況なのです。また、港を出ようとした船が急に爆発したので調査したところ、水中に爆弾らしき物があると報告がありました」

 日本は港湾都市アテニアを攻撃した後、極秘に陸海自衛隊によって大量の機雷を設置していた。

 補給を終えた後北方にも向かい、同じく機雷を敷設する予定である。

「既に共同体内部の日本大使館は確認済みです。何せ白地に赤い丸という非常にわかりやすい国旗なものですから、すぐに見つけられました」

 答えたのはメーロ配下の諜報員である。彼はシンドヴァンの内部で日本に関する情報を集めていたが、その中で大使館の場所をしっかり記録していた。

「ただ、日本大使館は非常に警戒が厳重になっております。恐らく、中立地帯とは言っても我が国が地続きになっていることから何かしら襲撃をしてくるのではないかと考えているものと思われます」

 レーヴェがその男の顔を見て問いかける。

「そのような所に近づいて大丈夫か?」

「ご心配なく。日本国は戦意なき者は白旗を掲げるように制定していると本には書いてありますので、それを守ればいきなり攻撃されるということはないでしょう。その代わり、こちらも武装と人員を最低限にする必要がありますが」

 相手の土俵に乗り込もうというのだから、それくらいは覚悟しておかなければならないだろう。

「分かった。爺、カメリア。余の身柄が、皇国民4千万人の命にかかわる。どうか頼むぞ」

「お任せあれ」

「陛下をお守りし、日本へ亡命させてご覧に入れます」

 レーヴェ・ニュートリーヌを始めとする人々も、国のためにと動き始めるのだった。



――2027年 3月25日 日本国 東京都 首相官邸

「それで、二大港湾都市を殲滅したのはいいが、今度はどうするんだ?」

 首相官邸には関係閣僚が集まり、今後の計画について話し合っていた。防衛大臣が中心に立って話をしている。

「皇国にとって重要な港湾都市2つが壊滅しましたので、今度は旧世界のドイツでいうミュンヘンとオーストリアの間……この世界ではガラードと呼ばれる城塞都市付近に展開する敵陸軍の主力を叩きます。ここではフランシェスカ共和国への侵攻を目論んで日々一進一退の戦いを繰り広げているようです。幸い、共和国には我が国が一部戦法を供与したこともあって善戦しています。ただ、『戦車』の前にはかなり苦戦しているようですね」

 首相は資料に印刷された菱型戦車の基本情報を見て唸る。

「確か、戦車と言える装備を保有しているのはほかにイエティスク帝国と、東の中国……蟻皇国だったな?」

「はい。グランドラゴ王国は島国だったこともあってどちらかというと海軍力が発達していたようでした。海軍力ではグランドラゴ王国は間違いなくイエティスク帝国に次ぐと考えていいでしょう。ちなみに、蟻皇国の戦車はA7Vに酷似しています」

「グランドラゴ王国がこの世界で第二位の列強国と言われている所がだんだんよく分からなくなってきたな……? 戦車はまだ開発途中だったんだろう?」

「それなんですが、蟻皇国は地面の下に居住区を作るという変わった国家体系を取っているようでして、今の時点では初期的な複葉機しか保有していないのです」

 それで首相や閣僚たちもピンときた。ワイバーンの存在であった。

「そう……グランドラゴ王国にはワイバーンがいます。数年前の情報では、蟻皇国には清王朝時代の『定遠』や『鎮遠』に酷似した戦艦が存在すると見られていますが、対空能力は低いようです。正直鋼鉄艦と言えども、ワイバーンに乗りつけられて火の玉を食らったら厳しいと思われます」

「内部の機関はともかく、露天艦橋に炎を食らったら指揮系統はズタズタだ」

「加えて、蟻皇国はかつてアヌビシャス神王国の南、つまり喜望峰付近を通ってスペルニーノ・イタリシア連合と紛争をしたことがあるそうですが、有翼人の空挺攻撃で設備はともかく、人員に大打撃を受けています。ただし、そういった経験からいつか雪辱を果たせるようにと、つい最近に戦車と航空機を開発したようです。これは、イエティスク帝国の影響もあるとか……噂では、戦艦も大幅に進化しているそうです」

「随分進化速度が早いな」

 閣僚たちはよくわからんという顔を見せる。

 この世界最強の国と言われているイエティスク帝国は、旧世界でいう所のロシア一帯を支配している最大の領土を持つ国家でもある。

 だが、極端な閉鎖主義と覇権主義のせいでほとんど情報が入ってこないのだ。

 帝国については、今敵対しているニュートリーヌ皇国が世界で最も詳細を知っていると考えられている。

「なんとかして早く皇国との紛争を終わらせて、情報を得たいところだな……」

「そうですね」

「それはそうと、自衛隊の募集はどうだ?」

「はい。このところ人口が大幅に増加してきたこともあり、『安定した職場』を求めているからか、建築、造船、食料生産、そして自衛隊への応募が急増しています。また、一定以上の理解に達したと判断できた大陸性日本人も、候補に加えることを決定しました」

 大陸性日本人とは、要するにアメリカ大陸に居住していた亜人類たちのことである。本当は差別するような用語を使いたくないのだが、あまりにも学力・運用思想的な意味で様々な能力に差がありすぎたことから、ある程度『区別しなければならない』状態であった。

 そんな彼らも、ここ数年の間に教育を充実させてきて、ようやく後方支援くらいならば手伝えそうな者がちらほら現れ始めた、という環境である。

 現代戦は非常に繊細で緻密な作業を求められる。それは最底辺の兵隊でも言えることで、それが理解できなければ自衛隊も厳しい。

 だが、幸いなことに大陸性日本人は非常に勤勉な者が多く、下手な日本人よりよほど知識の吸収が早かったのが幸いだった。

 既に十代後半となった者たちの一部は自衛隊に所属するための本格的な勉強を始めている。

 人口に関してもそれまで勢いがなかったと思われていたが、グランドラゴ王国と国交を締結、戦争をするようになってから国民に危機感が出たのか、多くの家庭で子供が5人以上、多ければ12,3人はいるという大家族が当たり前になりつつあった。

 まだ非公式だが、女性の比率がそれなりに高いこともあって政府は『重婚禁止の撤廃』、すなわち一夫多妻制を復活させないとあぶれる女性が多くなるという見解さえ出ているのだ。

 それだけ日本の状況は変わっているということである。もはや、これまでの旧態然とした価値観は通用しなくなりつつあった。

「自衛隊はもう少しすれば陸海空合わせて50万人くらいにはなりますね」

「将来的にはあの超が付くほど広大なアメリカ大陸を支配しようと思うと、総人口が10億人いても足りないはずだ。将来的にもっと生存域を拡大できるならば、それに合わせて防衛力も拡充しなければならない。どうか頼んだぞ」

「はい。現代の環境に即した自衛隊を、作り上げてみせます」

 日本もまた、未来に向けて動いていく。



――西暦1741年 4月1日 シンドヴァン共同体 首都レバダッド

 ここはシンドヴァン共同体の首都レバダッド。

 商業で成り立つ国の中でも、特に多くのモノが集まる都である。ここで取引された商品は各地の商人たちが自国へと輸送し、さらに小売するというサイクルで成り立っている。

 そんな中、日本の保存食を販売していた商人の1人が少しうるさい音を耳にした。

「なんだ?」

――ゴロロロロロロロロロロロ……

 見れば、黒い煙を後ろから吐き出しながら走る車両であった。

「ありゃ、ニュートリーヌ皇国の外遊車じゃねぇか?」

「本当だ。日本にメッタメタにされて誰かが逃げてきたのか?」

 商人たちはヒソヒソと話し合うが、そんなことは気にもせず車は走る。

「あれ? このままだと日本の大使館に行っちまうぜ?」

「何する気だ? まさかテロか?」

 この世界にもテロリズム、テロリストという概念が『とある国』のせいで存在する。

 彼らは日本の報道機関という情報のお陰で日本がニュートリーヌ皇国の二大港湾都市を壊滅させたことを知っている。

 だから、皇国がなんらかの手段でだまし討ちを考えたのではないかとさえ思っているのだ。

 それから30分後、レバダッドの外れの方にある大使館区に車が到着する。だが、自国の大使館には赴かず、そのまま日本の大使館を目指す。

「陛下、間もなく日本大使館でございます」

 車を運転していた運転手の男が後ろに乗る人物、レーヴェ・ニュートリーヌに声をかけた。

「あの白い建物か?」

「はい。白地に赤い丸の旗が見えます」

「随分と立派な建物だな……あれが一国の大使館だというのか」

「一見すると簡素な造りですが、清楚な白を基調としていると同時に、『この荒れ地』でもそれが失われていないということは、補修・維持能力が非常に高いと思われます」

 一目見ただけでそれらを見抜いた運転手。彼もまた、運転手であると同時にメーロ配下の諜報員である。

「ん、誰か出てきたぞ?」

「恐らく警備兵でしょう」

 車は大使館の前で停車すると、レーヴェの隣に座っていたメーロが扉を開けて降り立った。

「爺」

「ご安心を、陛下。私が交渉してまいります」

 メーロが降り立つと、紺色の服を着た警備兵らしき者たちが回転弾倉付きの拳銃を引き抜いて構える。その動きは洗練されており、練度の高さが窺える。

 実は、この在シンドヴァン大使館の警備に派遣されている『警察官』は『発砲経験のある』人物に限定されており、万が一の際には『容赦ない対応』をできるように考えられている。

 何故ならば、シンドヴァン共同体は『最も皇国の者が入り込みやすく、距離も近い』ことから、テロ行為を日本側も警戒しているのである。

「止まれ‼ ここは日本国大使館である‼ ニュートリーヌ皇国の関係者と思われるが、何用だ‼」

 メーロは言われた通りその場に留まり、しっかりと相手を見据えた。

「こちらにおわすはニュートリーヌ皇国皇帝陛下、レーヴェ・ニュートリーヌ様である‼ 在シンドヴァン日本大使に、お目通り願いたい‼」

 当然のことながら、日本側は動揺している。戦争中の相手国の、それも国家元首が対立国の大使館になんの用があるというのだろうか。

 在シンドヴァン大使館警備隊の副隊長である高橋は、隊長の最上に問いかける。

「罠でしょうか?」

「さぁな。だが、油断するなよ」

 既に奥からも盾を持った機動隊がぞろぞろと出てきている。流石に機関銃やライフルが相手ならば分が悪そうだが、ちょっとした撃ち合いくらいには十分対応できる布陣を警察側は素早く整えた。

 一方のメーロも、すぐに入れてもらえるとは思っていなかった。

「やはりそうなるか」

 メーロは最後尾の車両へと向かった。その車両だけは、日本製であった。

「ラケルタ殿、お願いしてよろしいか?」

 メーロが借りた通信機で声をかけると、扉が開いて妖艶なラミアの女性が顔を出した。

 シンドヴァン共同体商人ギルドマスターの1人、ラケルタであった。

「分かりましたわ」

 彼女が前へ出ると、警備隊の面々の顔色も変わった。彼女は対日代表としてよく大使館を訪れるため、その美貌もあって顔を知らない者はいない。

「安心してください。これから私とメーロさん、そしてレーヴェ陛下の3人のみで大使に面会させてほしいのです。もちろん、警察の方に護衛していただいて結構ですわ」

 日本側からも信頼の厚いラケルタの言葉に、警察官たちも顔を見合わせるほかない。

 すると、隊長である最上が内部に連絡を取った。

「はい、そうです。ニュートリーヌ皇国の皇帝を名乗る人物が、大使にお目通りをと。えぇ、えぇ、ラケルタさんが一緒なので本物の可能性が高いと判断できますが……はい、了解致しました」

 最上は内部との通信を終えると、副隊長の高橋に話しかける。

「大使がその条件でお会いになるそうだ。私が3名連れて警護する。高橋はそのまま警戒を怠るな」

「はっ!」

 高橋と別の警官2名がレーヴェ、ラケルタ、そしてメーロの3人の傍に付きながら、大使館の奥へと進んだ。

 最奥の部屋では在シンドヴァン大使の倉敷大介が待っていた。

「どうもラケルタさん。いつもありがとうございます」

「いえいえ大使。大したことではございませんわ」

 まずは社交辞令。これはいつも通りである。だが、ここからが重要であった。

 3名は倉敷に促されてソファーに腰掛ける。

「それで……そちらの若い男性が、レーヴェ・ニュートリーヌ皇帝陛下なのですか?」

「はい。それは私、シンドヴァンギルドマスターの名において保証致しますわ」

 シンドヴァンギルドマスターというのは、この世界の国交開放国(この場合は鎖国、他国との交流を行なっていない国家を除く)の間で非常に大きな存在である。

 何せ、交流のある国の商売に関してのほぼ全てを把握しているのだ。その情報を少し操るだけで、各国の経済状況は大きく変わる。

 故に、彼女は欺瞞情報を流すことができない立場にある。

 日本側も交流のある国からその情報を既に受けているため、ラケルタの発言が真実であるということは納得がいった。

「……分かりました。ではまず、『こちらの方がニュートリーヌ皇国の皇帝陛下である』という点は信用させていただきましょう。では、『敵対国の国家元首である陛下が、何故我が大使館を訪問した』のか、説明を求めたいのですが」

 メーロが答えようとするが、レーヴェが遮った。

「陛下……」

「よいのだ、爺。これは、余がやらなければならぬこと。筋は通すべきだ」

 レーヴェが倉敷の顔をしっかりと見つめると、口を開いた。

「事前の申し伝えもなしに敵対国であるはずの貴国大使館を訪問したこと、まずは非礼を詫びたい。だが、どうしても余が向かわねばならない事案であったのだ」

 予想外に腰の低い態度に倉敷も態度を軟化させた。

「いえ、こうして丁寧に挨拶をしていただけるだけでも、今までの皇国とは異なる何かがあると察しはつきます。では陛下、ご用件を伺ってもよろしいですか?」

「うむ。爺、あれを」

「ははっ」

 メーロが取り出したのは、シンドヴァン語(ラテン語)に翻訳された日本の軍事情報雑誌であった。

「これを爺に見せてもらってな。日本国は宿敵であるイエティスク帝国に匹敵するか、それ以上かもしれない力を持っているという予想が余や爺の間では出ていた。そして、ある目的のために、どうしても日本国へ亡命したいと考えたのだ」

「‼」

 倉敷は思わず驚愕の表情を見せてしまったが、一瞬でそれを消して問いかける。

「それは……何故でしょう?」

「祖国、ニュートリーヌ皇国は元老院という組織によって政治、経済、軍事の全てが牛耳られている。イエティスク帝国に迫害されてできた国故、帝国に対して攻撃的である点はまだ仕方ないと思う。だが、他の関係ない国にまでそのような態度であり続けるのは、何かが違うと思ったのだ。そして同時に考えた。このままでは近い将来、周囲全てを敵に回したことによって祖国は滅びるのではないのかと」

 倉敷は黙ったまま聞いている。

「故に、日本国の力を借りて、『余の権威を奪った逆賊を討伐してもらい、日本に帝国から守ってもらうと同時にこれまで敵対的であった諸国とも融和体制に臨みたい』……そう考えたのだ」

 倉敷もこれには驚いた。自分たちの思っていた以上に、ニュートリーヌ皇国の長は開明的な考え方を持っていたらしい。

「私としても、皇国と和解できる道があればと思っていたのですが……まさか頂点に立つ皇帝陛下御自らのお越しという点には非常に驚いております。なぜ、我が国と交渉されようと思われたのですか?」

「簡単なことだ。余は、政権を己の手に取り戻したい。先程述べた元老院という組織によって、政権の全てを奪われている。このままでは、皇国は破滅の道を突き進むのみだ。それはなんとしても避けなければならない」

 倉敷は再び黙って続きを促す。

「日本の属国になるとは言えないが、それでも提供できる物は提供するし、賠償せよというのならば賠償にも応じる。だが……」

 直後、若い皇帝は深く頭を下げた。

「どうか、港湾部に行なったような大規模攻撃を、罪のない民には振り下ろさないでほしい。余は……今でこそ実権を失ってはいるが、ニュートリーヌ皇国の皇帝だ。上に立つ者は、下の者を、命をかけて守る責務がある。余が渡せる情報はなんでも渡そう。だから……どうか……」

 まだ中学生くらいにしか見えない少年がこのように頭を下げざるを得ないほどに追い詰められ、腐敗しているニュートリーヌ皇国の惨状を思い浮かべて思わず苦い顔を見せてしまう倉敷であった。

 倉敷にも今年高校に上がったばかりの息子がいる。反抗期やらなんやらで気難しい息子に比べて、この年若い皇帝が強い覚悟と決意を持ってこの場に臨んだことに深い畏敬の念を抱いた。

「頭を上げてください」

「聞けば、貴国は既に我が国から宣戦布告を『受けたものと解釈して』軍……自衛隊を運用しているという。そこで、国民もほぼ完全に納得する大義名分を差し出すことを提案したい」

「大義名分?」

「如何にも。『皇帝の権威を奪い、ほしいままにする反抗勢力を、亡命してきた皇帝の依頼で取り戻すべく首都へ軍を動かす』という案だ」

 この提案には倉敷も驚いた。

 確かに、もし『相手国の元首が今回の軍事行動に関知していなかった』、『実権を奪われていた状態であり、取り戻して正常化させるための行動を支援する』ということになれば、首都への攻撃も可能となる。

 そして、戦争の発端となった元老院と軍さえ潰してしまえば、友好的な皇国を日本主導で作り上げることも可能なのだ。

 もっとも、その場合旧世界の米軍同様に在柔自衛隊を設立しなければならなくなりそうだが……。

「……私だけでは判断しかねることも多々でて参りました。ですので、陛下には我が本国へ赴いていただきたく存じます」

「何、日本の本土へ行けるのか?」

「はい。そこで我が国の外交官及び首相と会談していただき、皇国解放に向けての作戦を練っていただきたいと思います。メディア……報道機関も動員した大掛かりなことになると思いますので」

 倉敷は『皇国を元老院から解放してほしい』という文言の時点でこの案件が自分の対処範疇を超えていることを理解していたため、いずれにしても本国へ赴いてもらう必要があると判断したのだ。

「そうか……分かった。その辺りは貴殿にお任せしたい」

「かしこまりました。直ちに本国に報告いたしますので、大変申し訳ないのですが、本日は一度お帰りいただけますか?」

「無論だ。こちらも事前通告なしで来ていきなり全ての案を呑んでもらおうなどと虫のいい話をするつもりもない。だが、どうかしっかりと本国に伝えてほしい」

「お任せください」


ここからまた少しあれこれと交渉場面が増えますので、ドンパチはしばらくお預けです。

よろしくお願いします。

ちなみに次回は5月の初め……ゴールデンウイークが終わった少し後くらいに投稿しようと思います。

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