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ホテルでの初日、これからに向けて

今月1話目となります。

シンフォギア……あのラストは反則でしょうッ……今年の夏は良作アニメてんこ盛りで楽しかったですね。

秋アニメもこれから始まるので、色々楽しみにしながら毎日を過ごしたいですね。

そして仮面ライダーグリス……カズミン……三羽ガラス……ゲンさん……楽しかった♪

――西暦2024年 9月26日 日本国 東京都 某ホテル

 ケルウスはとても心地よい朝を迎えていた。王宮ですら存在しないのではないかと思うほどのふかふかのベッドで、死んだようにぐっすりと眠ったからだ。

 ホテルの使用人に案内され、朝食会場へと連れていかれた彼は、入院の必要がなかった従者たちと顔を合わせた。

「おぉ、お前たち。昨夜はしっかり眠れたか?」

「はい。今まで揺れる船の上でしたから寝不足気味でしたが、まるで天国かと言わんばかりの環境に、逆に興奮して眠れなくなりそうでした」

 ケルウスの教育係でもあった老執事の道化を演ずるかのような言葉に、思わず笑みを浮かべる一同であった。

「私もそうだった。と、言いたいところだが、あまりに興奮しすぎると逆に意識が持っていかれるらしい。私もぐっすり眠ってしまったよ」

 従者たちが再び笑いに包まれた。これを見るだけで、いかにこの主従の関係が近しいものであるかが窺える。

 すると、上品な佇まいのウェイターが素早く飲み物と前菜を並べていった。

「な、生の魚ではないか!?」

「こんなものを食べるというのか?」

 だが、ケルウスはその魚の色合いを見ていた。

「おぉ、これはとても美味しそうだ」

 ケルウスが置いてあったフォークに手を伸ばそうとすると、従者の1人が止めた。

「殿下、お気を付けください。万が一にも……」

「その必要はない。日本国はここまで我らの生殺与奪全てを握っているのだ。今更私をどうこうしたところで、なんの利益もあるまい」

 そう言うと、彼は置かれた料理を素早く口に運んだ。

「うむ……うまい。これは……生魚なのか? しかしなんとも新鮮だな。ほら、お前たちも食べろ。こんな新鮮な物、美味しいうちに食べねば逆に失礼だ」

 ケルウスを見て大丈夫なのだろうと理解した従者たちも恐る恐る食べ始める。

「な、なんと美味な!」

「一見魚を切ってただ野菜と盛りつけただけのようだが……これは、お酢か? 酸っぱさを感じるぞ」

「それが野菜や魚の脂と混ざってなんとも言えぬ美味を得ている! これはとても考えられた料理だ!」

 彼らは前菜の『クロマグロのカルパッチョ』を貪るように食べたのだった。その後も様々なコース料理を堪能した彼らは、デザートの氷菓子(アイスクリームと言ったか)を食べ終わったところで、紅茶を飲んで一息ついていた。

「ふぅ~……」

「この世にこれほどの美味があるとは……100年を生きておりますが、このようなことは初めてですわい。長生きはするものですな」

 ダークエルフ族もまた、フランシェスカ共和国のエルフ族同様に長命で、120年は普通に生きる。

 長生きした者になると200歳近くまで生きた者もいるが、さすがにそれはかなり特殊であったらしい。

 彼らがホッと一息ついていると、パリッとした服を着た男が近づいてきた。

「皆さん、おはようございます。朝食はいかがでしたか?」

 彼は日本国外務省の服部という。昨日も彼らを出迎えた後にホテルの各施設の使用方法を教えてくれた人物でもある。

「これは服部殿。いやはや、このように優れたモノがこの世に存在するとはまるで思いもしませんでした。まさか、ここは神の住まう国ですか?」

 服部は目を輝かせるケルウスの言葉に苦笑してしまう。

 確かに日本は『八百万の神々』、つまり万物全てに神様が宿っているという考え方を持っているため、そうとも言える。

「まぁ、概念上はそうとも言えますが……少なくとも目には見えませんよ」

「いや、いると思えばいるのだ。我が国にも『アヌビシャス』という犬の顔を持つ女性神の伝説が存在する。それこそ、名前を聞いてわかると思うが、我が国の創設を担ったと言われ、国名と国教にもなっている存在なのだ」

 日本のイメージでいう所のアヌビスに近いものらしい。

「アヌビシャス様はとにかく『寛容な心を持て』という教えを子々孫々に至るまで伝えよ、許すことこそが大切なのだという教えを残しました。故に、我らはやむなく戦争になったとしても決して相手の民までは恨まず、捕虜となった者も大切に遇するという決まりがあります」

 ケルウスはそれこそが自分たちの誇りと言わんばかりに続ける。

「そして、アヌビシャス様はこうも仰いました。『神は一柱にあらず。私の他にも様々な神が存在する。故に、他の神を信仰する者を虐げたり、差別したりすることはしてはならない』と」

 これには日本も驚かされた。旧世界において、多くの宗教は自分たちの神以外の存在を認めておらず、他宗教に対してかなり攻撃的というか、過激な面が多い。

 古くは十字軍、現代ではイスラム過激派など、挙げれば枚挙に暇がない。

 許しと寛容を旨とするキリスト教やイスラム教ですらそうなのだから、この国の宗教がいかに寛容な考え方なのかが窺える。

「それはとても素晴らしい考え方だと思います。我が国にも万物全てに神が宿っているという概念がございまして、その影響なのか、我が国はとても宗教に寛容な国なのです。信教の自由という権利を認めておりまして、我が国古来の宗教のみならず、旧世界の様々な神を信仰することが許されておりました」

 服部の言葉にケルウスは更に目を輝かせる。

「そうですか。そんな国とお近づきになれるのは、とても光栄です。もしかしたら、神はこれを見越して私に難を与えたのかもしれません」

 一行はホテルに用意されている会議室へと移った。

「さて、まずはいくつかお話ししなければなりませんが……アヌビシャス神王国に、我が国と国交を樹立できる可能性があるか、殿下にお伺いしたいのです」

「無論、命を救ってもらったのだ。私からもぜひ父上……国王陛下に働きかけたいと思う。しかも、貴国は非常に発達した技術や考え方を持った国であると判断できる。故に我が国が貴国と国交を結べば、大きな発展が見込める。同時に貴国は国交拡大により更なる経済の活発化が見込める……違いますか?」

 どうやらケルウスは日本と国交を結びたくて仕方がないらしい。昨日のわずかな時間だけで、相当な親日家になってくれたようだ。

「仰る通りです。我が国は国交拡大を図るべく様々な準備を進めておりました。そんな折に、殿下たちの漂流の報せを聞いて、失礼ながら好機と判断させていただきました」

 服部の『失礼ながら』という言葉を聞き、ケルウスは笑みを浮かべた。

「(やはり、新興国家の蛮族などではないと思っていたが、あえて相手に踏み込んだことも言ってのけるその胆力……非常に熟成した制度があると見える)……いや、それくらいの気概がなければ長蛇を逸する。お陰で我らは助かり、貴国は国交拡大の機会を得た。両方にとって良いことではないか」

 だからこそ、彼も気にしていないと言わんばかりの寛容な態度を見せた。彼の言う通り、この機会をモノにできない程度の外交術しか持っていないならばここまで好印象は持っていない。

「そうおっしゃっていただけるとこちらとしても幸いです」

 対する服部はどこまでも低姿勢である。自分たちのほうが有利な能力を持っているにもかかわらず、相手を尊重するというその姿勢もまた、ケルウスと従者たちには好ましく見えた。

「頭を上げてください服部殿。その代わりというわけではありませんが、これほど発達した国に来たのです。後学のためにも、ぜひ色々な所を見せていただきたい。できることならば、軍事的な演習も見たいのですが」

 服部もそれは想定していた。なので、メモ帳を取り出しながら話しかけた。

「そう仰られると思っておりましたので、既にこちらのほうで首都・東京や様々な観光名所をご案内する手筈を整えておきました」

「それはありがたい。さすがに手回しがいいですな」

 すると、ケルウスはあることを思い出した。

「そうだ、可能ならばもう一つだけ、わがままを聞いていただけると助かるのだが……」

「なんでしょうか?」

「私に昨日ずっと付き添ってくれた、ミヅキ殿という女性。彼女を側につけてほしい。私は彼女がとても気に入ったのだ」

 服部も昨日彼らにつきっきりだった海上保安庁職員女性のことは聞いていた。もう少ししたら島へ帰る予定だったのだが、VIPの依頼とあってはある程度融通を利かせるのも日本のお役所の仕事だ。

「分かりました。小笠原署のほうにはこちらから伝えておきますので、彼女を同行させましょう」

「おぉ、感謝します」

 ケルウスはその日、最もいい笑顔を見せたのだった。

 しかし、まだ病み上がりと言ってもいい彼らをいきなりあちこちへ連れまわすわけにはいかないということだったので、この日から3日ほどはとりあえずホテルで安静にしていたほうがいいと勧められ、ケルウス達もそれに従った。

 また、その間に黒川美月の『出張』の手続きも済ませることにしたらしい。

 ケルウスは美月と共に日本のあちこちを見て回れるのかと思うと、今から楽しみで仕方なかった。

 ケルウスは王族として、幼い頃から国が主催するパーティなどで周辺国の美人なども見てきた。

 だが、彼はどの美姫に惹かれたこともなかった。強いて言うならば、自分の幼馴染と言える従者の1人である女性ダークエルフが、一番異性としては意識する相手であった。

 そんな彼の脳裏には今、美月のことばかりが頭にある。

「なんとも美しい女性だった」

 黒く肩まで伸びた頭髪は艶やかで、太陽の光を反射すると鴉の濡れ羽ともいうほどの輝きを放つ。肌はフランシェスカ共和国のエルフほどではないが白に近い桃色に見えた。

 そして豊満な胸元の色気は妖艶なダークエルフにも負けず、しかし同時にダークエルフとはまた異なる清楚な雰囲気を出すという微妙な調和が、彼の心を支配していた。

 聞けば、彼女はまだ24歳、28歳である自分よりも年下だというが、あの落ち着いた態度はどこか母親のような雰囲気すら感じさせた。

「早く……また彼女に会いたいものだ」

 ケルウスは迫る日取りを待ち遠しく思いながら3日後を待つのだった。



 一方その頃、日本政府は今回の件で多くの対応に追われていた。

 まずは、国内に向けて報道した『旧世界でいう所のアフリカ大陸北部を支配する大国、アヌビシャス神王国の第二王子ケルウス殿下が小笠原諸島の東部沖合約100km地点で海上保安庁によって保護された』という一大ニュースでマスコミの質問攻めにあっていたのだ。

 既に外交面では友好国のフランシェスカ共和国とグランドラゴ王国に依頼して、早急にアヌビシャス神王国とアプローチできるように取り計らってもらう必要があった。

 両国には『漂流していた第二王子を救助後、我が国で保護している』と伝えており、それ以上はきちんと神王国側と会談してから伝えたいとも申し出る。

 両国とも日本が礼儀を弁えた国であること、神王国も温厚な国柄であることを承知していたため、これを了承した。

 首相官邸では、椅子に座る首相に対して外務大臣がこれまでの経緯とこれからの予定を報告していた。

「……ですので、英仏共に『協力は惜しまない』とのことですので、それほど時間をかけずにアヌビシャス神王国へと接触できるだろうと考えられます」

 首相もまた、外務省が作成した報告書に目を通し、それが事実であることを認識する。

「ふむ。アスファルトの概念がある、だが中世ヨーロッパとそれほど変わらない程度の文明力の国家か……ケルウス殿下は、今どうされている?」

「軽度の壊血病の疑いがあったため、宿泊先のホテルで療養しながら投薬治療を行なっておりますが、間もなく普通の生活をしても問題ないだろうと医者からは言われています。回復後は我が国の各地を案内してほしいとのことですので、我が国を知ってもらい、後の国交締結に役立ててもらう判断材料とします」

 概ね政府の望む通りに事態が進んでいるようで、首相も満足げな顔を浮かべる。だが、ある一文に目を通すと顔に疑問の表情が浮かんだ。

「ところで、この『同行者として海上保安官の黒川美月という女性職員1名を求める』という一文がよくわからんのだが……これはどういうことだ?」

 首相の質問を予測していた外務大臣は隣の国土交通大臣にチェンジした。なぜ国土交通大臣に代わるかと言えば、海上保安庁が国土交通省の管轄下にあるからである。

「ケルウス殿下は、どうやら小笠原署の黒川美月という医務官のことを大層気に入ったようでして、是非彼女と共に回りたいというかなり個人的な要望でした。なんでも、小笠原で救助されて意識を取り戻してからずっと彼女がつきっきりで側にいたらしいです」

 首相もそこまで聞けば理解できた。要は惚れた、ということらしい。

「種族は違っても、男は男ということだな。その当の黒川君の了承は得られたのか? 本人の了解も得られないのではまずいと思うが……?」

「問題ありません。『ケルウス王子殿下からの依頼』と言ったら、彼女も『分かりました』と二つ返事で受けてくれました」

 首相はまた苦笑を浮かべた。どうやら黒川なる女性もまた、ケルウスのことを憎からず思っているようだと気付いたのだ。

「やれやれ、若さが羨ましいな。さて、そうなると外務省にはもうしばらく頑張ってもらうことになりそうだな。なるべく急いで神王国とコンタクトを取ってくれ。王子の無事をしっかりと伝えなければならん」

「かしこまりました」

「国交大臣、海上保安庁には、『あの巡視船』を出動できるように態勢を整えてほしい」

 今度は国交大臣が困惑の表情を浮かべた。

「『あの巡視船』を? あれはまだ完成したばかりで、近海における試験航海を終えたばかりですが……よろしいのですか?」

 だが、首相は『構うまい』と続ける。

「いいじゃないか。遠距離航海の訓練にもなる。他の巡視船をつけて、王子殿下のご帰還に花を添えようじゃないか」

 ここでようやく、首相は悪戯っぽい笑みを浮かべたのだった。

「『せっかく』がここまで並んでいるんだ。それを活かせなければ、私はただの笑い者だ。諸君、どうか私を、猿回しの猿のほうにしないでくれたまえよ」

 こうして、日本側も様々な思惑を含めつつ着々と準備を進めていく。



――3日後、9月29日 日本国 東京 某ホテル

 ケルウスはその日の朝6時に起床していた。出発は午前10時になり、朝食は朝7時からと伝えられていたのだが。

グランドラゴ王国と交易のあるアヌビシャス神王国では機械式の時計があった。

 そのためこの世界では時間を刻む、時間を守るという概念が文明レベルの割にはかなり発達しており、貴族や王族、及び信用が大切な商人にもなると『時間よりも早く行動する』という、日本人には当たり前となっている感覚が備わっているほどであった。

 だが、彼の目を覚まさせたのはほかでもない。美月の存在であった。

「あの人と日本を見て回れる……どこか機会があれば、彼女にこの想いを……」

 と、自分が緩み切った顔をしていることに気付いたケルウスは頬を軽く叩き、洗面所で洗顔を始めた。

 さすがに3日も過ごしていれば、設備の使い方は大体分かるようになる。ケルウスは、まるで出張中のサラリーマンの様に手慣れた様子で洗顔を終えた。

「よし、降りるか」

 外へ出るとホテルの従業員がいるが、彼はもう慣れたと言わんばかりにエレベーターのボタンを押して来るのを待つ。

 乗り込むとこれまた手慣れたように朝食会場のある階層のボタンを押した。

「すっかり慣れたご様子でいらっしゃいますね」

 ホテルの従業員が声をかける。

「えぇ。最初こそ目まぐるしく渦巻いていたように見えましたが、今はようやく落ち着いて物事を見られそうです」

 ケルウスもまた、王族らしく落ち着いた、しかし控えめな態度で応じる。

「本日はこれからお出かけの予定ですね」

「今日はこの首都を思う存分満喫しますよ。そうしたら、明日からは日本の各地を巡ります。我が国に活かせることをたくさん学ばなければ」

 ケルウスの表情に、この3日間を見ていた従業員も思わず笑顔を浮かべていた。

 そして、予定よりも15分早く朝食の席に着く。もちろん、他の従者たちも既に着席済みであった。

「おぉ、皆も早いな」

「はい。今日より日本を見て回る周遊の旅です。待ち遠しくて胸が高鳴りますわい」

 老執事がイキイキとした表情で語る。ケルウスも同じ思いだったので、席に着くとすぐに食事を始めた。

 今日は和食を中心とした朝食であり、この3日間でお箸の使い方にもそれなりに慣れた面々は巧みに指を操って食事をとっていた。

「おぉ、この焼き魚は見事だな。このオロシジョウユとの相性は絶品だ」

「確か、サンマという名前でしたな」

「少し時期には早いそうですが、朝採れのいいものだそうです」

「朝? 日本の港はそんなに近くにあるのか?」

「いえ。数百km北の地から、なんでもまだ日も昇らぬうちに漁をして航空機で空輸したとのことです。そしてそれを、わずかな時間で買い求めたこのホテルが調理して出したそうです」

「……そんな早い時間から? 日本人はなんて勤勉なのだ」

 さすがのケルウスも呆れていた。衛兵のように昼夜を問わない職業がないわけではないが、そこまでするというのは聞いたことがない。

「恐らくですが、日本の外交官から聞いた話が確かであるならば、日本という国が世界大戦で大敗北を喫し、国土の大半が焼け野原になりながらわずか80年ほどでこれほどの大発展を遂げたのは、そういった勤勉さあってのことなのかもしれませんな」

 この3日の間に、外交官である服部から日本に関する様々な説明があった。さすがに『国ごと転移』という現象は突拍子もなさ過ぎたが、こんなとんでもない発展を遂げた国がいきなり現れたということを考えるとそうでもしないと逆に説明がつかないとすら思える。

「ですが、我々は幸運です。日本はこの世界に転移してきてから『武器輸出に関する法律』を緩和し、友好国には侵略目的で使用しないことを条件に一部の武器を輸出していると言います。既にグランドラゴ王国も、フランシェスカ共和国も、日本からの支援を受けて軍事力を大幅に伸ばしているそうです。我が国も遅れるべきではないでしょう」

 実際、日本から支援を受けたフランシェスカ共和国が少し前にスペルニーノ・イタリシア連合軍に対して善戦したのは既に神王国でも知られていた。

「そうだな。我らも本国に帰り次第、国王陛下に上申してすぐに日本の武器・戦術などを輸入しなければならん。そして日本と連合を組み、西を狙うイエティスク帝国やニュートリーヌ皇国に備えるのだ」

 これにはその場に居合わせた者たち全員が頷いた。ニュートリーヌ皇国は軍事力で言うならばグランドラゴ王国や蟻皇国に匹敵するし、イエティスク帝国はやはり別格である。

 帝国がいまだに西へと侵攻してこないのは、様々な国内問題を解決できていないからという話がある。

 出征すらままならないほどに混乱しているならば、もう数年くらいはなんとかなるだろうと考えられていた。そして、その数年が勝負だと。

「そうですな。帝国の脅威が目の前にある以上、できることはすべきです」

「はい。この日本周遊を終えた後は、本国の方々を説き伏せねば」

 すると、3日前と同じ格好で外務省の服部が近づいてきた。時計を見れば、既に午前9時になっていた。早起きした事でゆっくり朝食をとっていたのだが、そのあとの話が少々長かったようだ。

「おはようございます、皆さん」

「おはよう、服部殿」

 いつも通りのそつのない挨拶である。だが、ケルウスはその服部の隣にいる女性を見て目を輝かせていた。

「美月殿……」

 黒川美月は、転移したことで旧世界に比べて涼しくなる時期が早まった9月の気候に適応した、ふんわりとしたセーターを着ていた。

「私のわがままに付き合わせてしまう形になるが、どうかよろしく頼む」

「いえ。私も出張っていう名目で堂々とお休みできますから。すごい役得です」

 美月も穏やかに『うふふ』と笑う。そんな表情1つだけで、ケルウスの顔は緩んでしまう。

 服部が気を取り直すようにコホンと咳払いした。

「では、10時に出発いたしますので、皆さん準備をお願い致します」

 服部の言葉を受けたダークエルフたちは三々五々部屋へと戻る。

 ケルウスも部屋へ戻ると、荷物の一部をまとめ始めた。

 その顔には、隠しきれない笑みが浮かんでいる。

「ふふふ」

 人が見れば、『なんて緩み切った表情だろう』と言われるだろう。だが、今ここには彼しかいない。なので、ケルウスは出発15分前までずっとその表情であり続けることができたのだった。

 それから40分後、彼は手荷物(日本から渡されたカバン)を肩にかけて、下の階へと降りた。

 ロビーでは、やはり従者たちが手荷物を肩にかけて既に待っていた。

「おぉ殿下。お待ちしておりました」

 老執事が頭を下げると同時に他の者も頭を下げる。更に外務省の服部や美月も下げる。

「やめてくれ。それよりも時間が惜しい。服部殿、もう出発できるのですか?」

「はい。既にマイクロバスを準備させておりますので、皆さんが乗り込めばすぐに出発できます」

「そうか。ではすぐに出発しよう」

 外務省側も相手が万が一早めに出ると言い出した時に備えて2時間前に出たとしても滞りなく進められるように予定を組んでいた。

 一同はロビーから表へ出ると、入り口に止まっていた車両の大きさに圧倒された。

「なんと巨大な……これが動くというのか? いや、あの航空機が空を飛ぶのだ。これほどの大きさの物が地上を走るというほうが理解できそうだ」

 ケルウスは乗り込むと、前の方に近い席に座った。そして、その隣に美月が座る。

「み、美月殿……」

「ご迷惑、でしたか?」

「い、いや! 迷惑などととんでもない! では、これからよろしく頼む!」

「はい」

 ケルウスの声が引き金になったというわけではないだろうが、服部がほほ笑むと運転手に合図した。

「出してくれ」

「はい」

 マイクロバスは、彼らの知っている馬車とは比べ物にならないほどに滑らかに走り出す。

「日本……どのような国なのだろうか」


今回はまたもニヤニヤしていただいたかと思います。

今までにも増して甘酸っぱさが溢れていると自画自賛しています。

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