前へ次へ
131/134

最後の分析

いよいよ最後の戦い……に向けた最後の分析です。

旧軍のあれこれについては相変わらず『そうじゃないだろう』とツッコまれるかもしれませんが、まぁ、私なりの感想ということも含めてと思ってください。

実際にはレーダー技術とか面白いものも結構あったみたいなんですよねー……それはさておき

――2033年 12月17日 東京都 市ヶ谷 防衛省

 防衛省では自衛隊を含めた連合軍によるイエティスク帝国への侵攻の進捗具合について会議がされているところであった。

 これまでの情報が集められて、イエティスク帝国の戦力が分析されている。

 基本的な情報は、開戦前の予想とほとんど同じと言える状態であり、関係者はホッと安堵していた。

 日本側の損害、損耗がほとんどないこともそれを後押ししている。

「……なんだか随分と弱腰だな。侵略国家だという話だったからもっと強烈な抵抗があるのかと思っていたんだが……」

「確かにそうですね。ただ、現場から上がってきた報告書を加味すると、1つの仮説が見えてきます」

「仮説?聞かせてくれ」

 解析をしていた男が『失礼しまして』と言って立ち上がり、基地攻撃に関する順序を書き出した。

「今回のイエティスク帝国の基地攻撃において重視されているのは、いかに敵の反撃能力を削ぐか、という点です」

「そうだな。相手の能力がこれまでの水準とは比較にならないほど高いこともあって徹底的に叩かせるようにしていたな」

 相手が訳も分からぬ間に目と槍のほとんどを叩き潰し、空からたっぷりと『地ならし』した後で圧倒的な能力を持つ地上部隊を投入しているのだから当然と言えば当然だ。

「その中で今のところ強烈と言える反撃があったのは、ラーヴル基地で偽装された洞窟に隠されていたというポルシェティーガーモドキによる10式戦車1輌の小破と16式機動戦闘車1輌の大破のみです」

 幹部たちの中からまたもやホッという息と共に緩んだ空気が広がるが、一瞬にして引き締まったものに戻る。

 彼らとしても、これまでケガ人以上の犠牲者が出ていないことが奇跡に近いことはよく分かっているつもりであった。

 最後の戦いは海上自衛隊及びグランドラゴ王国海軍とも共同作戦を行うため、さらに細かい調整が必要になってくることは間違いない。

「まず今後の第一段階として、海上自衛隊の空母機動部隊及び潜水艦による港湾攻撃を行います。その際、事前に敷設していた機雷によって敵艦隊及び敵潜水艦隊に打撃を与えることができると考えられております」

「敵の潜水艦の能力は、第二次大戦末期にドイツが作り出した『ヴァルター・ボート』に酷似しているという話だったね。万が一機雷堰を抜けられた場合、海上自衛隊で対処は可能なのかい?」

 陸自の幹部から話を振られた進行役は『問題ありません』と告げた。

「確かに水中速力20ノット越えというのは大戦中の潜水艦としては規格外の能力ですが、現代の潜水艦の水中速力もそれに匹敵するモノがあります」

 日本の主力潜水艦である『そうりゅう型潜水艦』も水中における最高速力は20ノットである。

 だが、第二次世界大戦時の水準でこのレベル、しかも一部の最高速力が25ノットに達したのはヴァルター・ボートの26型のみと言われているのだ。

「また、いくら速さがあろうとも、最終的な騒音を減少させなければ結局遠距離からでも探知されて攻撃されてしまいます。先だって海上自衛隊の潜水艦隊が機雷敷設のためにイエティスク帝国の港湾部に侵入した際、海自の潜水艦とは別の、水中における機関の駆動音をいくつか探知しています。恐らくではありますが、これがヴァルター・ボートの音紋であると考えられています」

 海上自衛隊は今回の作戦に先駆けて敵の潜水艦戦力・水上戦力を消耗させるべく、帝国の首都スターリン北部の港湾部に存在する潜水艦基地の周辺、潜水艦の水路になっていると考えられるポイントに多数の対潜機雷及び対水上艦用機雷を仕掛けてきたのだ。

 今のところ戦果が確認できたわけではないが、これによって敵の潜水艦を含めその大部分を抑え込むことができると考えられている。

 イエティスク帝国にも機雷戦の考え方はあるはずだと防衛省では分析しているが、今のところ使われた形跡はない。

「艦艇が港に停泊している間に全て叩ければベストだが……流石にそれは難しいか」

「そうですね。敵のレーダー網は冷戦初期の米英軍並みと防衛省では分析しています。しかし、レーダー妨害に関しては素人のようでして、全く対策を取れないままにこちらの攻撃を許しています。概念があるのかどうかは不明ですが……ニュートリーヌ皇国にかなり原始的ではありますがレーダーが存在していたことを考慮すれば、逆探及び電波妨害に対するマニュアルのようなものができていてもおかしくはありません」

 実際、当時の米英に比較してエレクトロニクス技術に遅れていたとはいえ、旧日本軍も逆探は実用化していた。

 コロンバンガラ島沖海戦では駆逐艦『雪風』が装備していた逆探が米軍のレーダー波を拾った実績がある。

 その後米艦隊に対して探照灯を照射した軽巡洋艦『神通』が集中砲火を浴びている間に駆逐艦複数が魚雷を発射して敵艦隊に大打撃を与えたのは有名な話だ。

 一部の戦史研究家など、『神通こそ、大戦中もっともよく戦った日本軍艦である』とまで述べた、といえばその激しさが窺い知れるだろう。

 だが、その激しい戦いを演出するにあたって、逆探知装置が大きな役割を果たしたのは間違いのない事実である。

「つまり、今後首都を攻撃する際にも敵が電波妨害に対抗してくる能力を持っていると仮定してことを進める必要があるということだな」

「はい。警戒しておくに越したことはないと思います」

 実際には敵がレーダー妨害に気付いて態勢を立て直す前にレーダーや対空兵器そのものを破壊する誘導弾(ミサイル)を撃ち込むため、『態勢を立て直す暇がない』という方が正解なのだが、日本側としては用心しておくに越したことはないと、石橋を叩いて渡るかのごとき慎重さなのである。

 それも全ては、前線における被害を可能な限り減らしたい、できればゼロにしたいと考えているからこその慎重さなのである。

「敵首都の防衛部隊は、これまでの基地に比べると一段階能力は落ちるように考えられます。というのも、イエティスク帝国では首都には荘厳な建造物こそ多いですが、防衛向けの拠点と言うべき建造物がほとんど確認されていないのです」

 調査の結果、首都防衛航空隊及び陸軍の基地は確認できたが、陸軍基地の規模は明らかに他に比べて小さいのだ。

「推測ではありますが、街の東側5kmのポイントに存在する大型基地が首都防衛を担っていると考えられます。しかし、この基地の規模もキンターヴル基地やラーヴル基地と比較すると小さいのです」

「南からの侵攻があるとはあまり考えていなかったのか……?これについて、どういった理由が考えられる?」

「これも推測ですが、本来は首都防衛航空隊が敵を食い止めている間に基地同士で連携して挟み撃ちにし、首都に迫る敵を叩くという仕組みになっているのではないかと。また、イエティスク帝国には『Bー29』に酷似した重爆撃機が配備されているようでして、これによる絨毯爆撃の概念があるようです。つまり、基地能力を集中させておくと1か所が潰されるだけで組織だった抵抗がほとんどできなくなることを理解しているのではないかと考えられます」

「なるほど。首都防衛に際して戦力を分散しておけばゲリラ的な抵抗もできる……その概念もあると見るべきか?」

「防衛省の方ではそのように分析しております。今回は新設された『機銃装備ドローン』の部隊、爆弾を搭載した『神風ドローン』の部隊も投入する予定となっています。制空権を確保し、市街地に乗り込む際には役に立つでしょう」

「できれば使わずに済むに越したことはないが……やはり難しそうか」

「市街地戦に対処しようと思うのであれば、間違いなくドローンの投入は避けられないと覚悟していただく必要があります」

 ドローンは小型だが、その分非常に小回りが利いて攻撃も受けにくいため、建造物スレスレの低空から銃弾を撃ち込むことや、小型爆弾を抱えさせて敵が隠れている場所に突っ込ませるなど、使用方法に関しては色々考えられている。

 派手な主力兵器の陰に隠れがちではあるが、最近の市街地戦ではこれらドローンの使用方法についても研究されているのだ。

 一部では成形炸薬弾を搭載することで、戦車の上面装甲やエンジンなどの弱点を重点的に破壊するという使用法も考えられており、『攻撃ヘリが不要になるのではないのか』という意見も噴出しつつあるほど真剣に議論がなされている。

 しかも、ドローンが数百機以上群れを成して波状攻撃で襲ってくるようであれば、第二次大戦時やその直後前後の対空兵器どころか、現代兵器でも対処はかなり難しいと考えられているため、被害を少なくしようというのであれば間違いなく有力な手段となりえるだろう。

「他にはなにかあるのか?」

「はい。市街地に侵入するにあたって、強制収容所にも突入し、邦人の救出を敢行する計画も進められています。なおヘリボーンによって行われるため、制空権の確保及び地対空兵器の無力化に関してはより徹底させる必要があります」

「そうだな。ベトナム戦争などでもそうだったが、ヘリコプターは運用に注意しなければ簡単に撃墜されてしまう」

 米ソなど先進諸国は第二次大戦後の紛争においてよくヘリコプターを使用しているのだが、一部を除いてその損耗率が高いという特徴がある。

 というのも、例の1つとしてベトナム戦争ではゲリラが発射した地対空ミサイル及び高射機関砲(その多くがソ連からの供与品)で多数の被害を受けているという状態であった。

 当然のことながらその構造上、ヘリコプターは低速・低高度で飛行しているため、密林の中から狙われるととても弱いのである。

 その後も参加した紛争の一部ではやはりヘリコプターの損耗が大きい、或いは稼働率が低くなるなどの一面がある。

 湾岸戦争の場合は攻撃ヘリの『AHー64』が砂漠の砂嵐で故障が頻発したという話もあり、一概には評価できない。

「建物の陰から狙われれば回避が難しいのは間違いないな。携帯型の地対空誘導弾は配備されていると考えるべきか?」

「ないと決めつけるのは危険です。むしろ『ある』と想定してかかるべきでしょう。ナチス・ドイツも末期には携帯型とは言いませんがそれに近いレベルの対空誘導弾を実用化していましたから」

「それは……その通りだな」

 油断して被害が出るくらいなら、オーバーキルと言える火力を投入してでも人命を失わないように努力する。

 現代戦を行うにあたって、人命はどれだけ気を遣っても足りないくらい貴重な存在である。

 もはやかつての帝国陸軍のような『安上がりだから歩兵ばかり』の軍隊などというのは基本的には存在しないのだ。

 実際かつての大日本帝国陸軍は貧乏軍隊ということを盾に自動小銃の研究を怠る(大戦末期には海軍が米軍のM1ガーランド半自動小銃をコピーしたものをわずかに配備したが、陸軍は試製のみで正式配備の記録はほとんどなし)、工兵隊を除く機械化の遅れ(工兵隊は日本陸軍の中ではかなり機械化・自動化が進んでいたと言える、割と能力の高い部隊だった)など、挙げればキリがないほどに歩兵の白兵突撃に頼り切っている感がみられる。

 装備で劣っていた当時の中国軍と戦っている時はそれでも問題なかったし、太平洋戦争が開戦し、南方へ進出した際も、海軍はミッドウェー海戦まで(装備含めて)互角以上に戦っていたと言えたのだが、陸軍は個々の兵器の性能では劣っていた面も多々見られたという。

 やはり日本の遅れていた最たる兵器として特筆するべきは、戦車であろう。

 諸外国基準では歩兵支援用の戦車と遥かに装甲が薄く攻撃力も貧弱な軽戦車が主力だった時点で色々と『お察しください』な状態である……ただし、進撃した南方は小さな島や不整地が多かったため、程々に軽い日本戦車は軽快に動けた一面もあったようだが。

 実際、マレー半島への進撃の際には九五式軽戦車がほとんど故障を起こさずに進軍できたという話もある。

 また、日本は当時としては珍しい戦車用ディーゼルエンジンを開発していた(日本以外では基本的にソビエトのみ)のだが、これは基本的に燃料事情がお寒い日本にとって燃費がいいディーゼルエンジンはとても重要だったから……なのだが、一説によると九七式中戦車のエンジンは間に合わせのポンコツで、実は陸軍ディーゼルエンジンの中でも最悪の出来だったらしいという話も聞く……やはり当時の日本(特に陸軍関係)は、機械系は弱かったのだろうかと思わされてしまう(あくまで作者の感覚)。

 そうでなければ、陸軍が輸送用とはいえ潜航艇を作るような愚は侵さなかった(しかも操縦は機械に慣れているというだけで、本来対ソ戦や南方の戦いで必要なはずの貴重な戦車兵が駆り出された)と思いたい。

 もちろん、『八九式中戦車』の砲塔を装備した装甲艇のような、『現場からの要望で即座に造ってそれなりに活躍したシロモノ』という立派な発明もあるため、そんなことばかりではないと信じたいのだが。

 その代わり、日本戦車のほとんどはディーゼルエンジンを採用したことで被弾時の炎上確率も低く、粗悪な燃料でも稼働しやすいという点は、良質な燃料を手に入れ辛かった日本からすれば大変にありがたい代物だった。

 それはさておき。

 精密機器や高度な戦術といった近代的な力を用いる以上、本来最下級の存在である歩兵も、『安価な存在』というのは遥かに遠い昔の話なのである。

 白兵突撃をしていればよかった時代というのは、そもそも第一次世界大戦どころか、日露戦争の時点で機関銃が登場したことでほぼ終わっているようなものなのである。

 え、某国や某国は人命を尊重した運用をしていないんじゃないかって?はて、どこの国のことでしょうかねぇ……。

「いずれにしても、こちらの被害を極力少なくしようと思うならドローンの使用は不可欠になるな。要所要所で潜む敵を少しずつ潰さないことには話にならん」

「その通りです。今後の世界情勢において、我が国が主導で世界を運営していこうと思うのであれば、イエティスク帝国に対して圧倒的な戦果を挙げる必要があります。そのためには、どれほど慎重に慎重を期したとしても足りないと愚考します」

 かつて慢心に次ぐ慢心の結果敗れ去った旧日本軍。その轍は二度と踏むまいとする防衛省の苦心が、これでもかと言わんばかりに溢れているのだ。

 そのため、どのようなことが起きる可能性があるかと必死で探して、一つ一つ確実に問題を排除する方法を考えているのである。

 日本はイエティスク帝国との戦いを終えることで、この世界の日本と言われている天照神国以外のほぼ全ての国と交流を有することになるため、現存する国家を国際機関の枠組みに収めることによってこれ以上の紛争・戦争が起きないように厳格に管理する必要があると考えていた。

 特に、前世界における国際連合の失敗などから、ある程度日本主導で強権を持った組織にしないと、紛争を取り締まることが難しいと考えられるため、既に国際関係の大学や研究機関などでそれらの法案整備に向けて研究を進めていた。

「君たちの言う通りだ。どれほど心を砕いたとしても、安心できる要素というのはなかなか見つけられないものだ」

「それで再び我が国に戦火が及ぶようなことになれば……大きな被害が出ることは間違いない」

「そうだな。もう二度と……太平洋戦争のような惨禍を我が国が被るのはご免だ」

 そんな話をする一同の視線の先には、猛烈な炎と煙を上げながら、傾いて沈みゆく戦艦大和の絵がかけられていた。

 本来であれば行かなくてもよかった水上特攻に『一億総特攻の先駆けになってくれ』と言われて出た結果、米軍機による猛烈な攻撃で2時間の激闘の末坊ノ岬の沖に沈んだ2代目の『大和』。

 今の『やまと』は3代目であり、かつてとは比べ物にならないほど装備も、仲間も、そして乗員も人々の支持も充実している。

 その『やまと』を、日本という国そのものに重ね合わせ、二度とこのような悲劇を日本本土に呼び込まないという思いが溢れていた。

「……二度と、二度と『大和』を沈ませない。大和とは……この国そのものなのだから」

 この絵は、二度と日本を戦渦に巻き込まず、日本本土を戦場にしないためにあらゆる手段を尽くすという防衛省の思いが込められている。

 


――2033年 12月18日 東京都 警視庁

 この日、警視庁ではかつてニュートリーヌ皇国に襲撃をかけた特殊部隊が招集され、イエティスク帝国の首謀者を逮捕するための作戦内容を聞いていた。

 当然、部隊長2名は『あの』鷹下と大山の2名であった。

 彼らを先頭に、隊員100名が話を聞いているが、真面目に聞いている者もいればそうでない者など、かなり分かれている。

 ちなみに鷹下は前者、大山は後者である。

 こんな形で性格が真逆と言っていい2人だが、なぜかウマが合うのである。

「……ということでして、イエティスク帝国を脱出しようとする敵首謀者を逮捕するのに、この場所に潜む必要があります。この作戦は、陸上自衛隊の特殊作戦群との合同作戦ですが、特殊作戦群の秘匿性を鑑みて、共同会議による打ち合わせは最低限及び、音声のみを利用したリモートになります」

 このような状況下に置かれても軍事組織における機密保持を優先するあたりが鷹下は気に入らないようで、『フン』と鼻を鳴らしていた。

「機密、機密ねぇ……」

「ま、しょうがないんじゃない、の?」

 鷹下は真面目に向き合って聞いているからこそ若干不機嫌そうに答えるが、大山はいつもの軽い調子を崩さない。

 そんな2人のことを知ってか知らずか、進行役がさらに続ける。

「イエティスク帝国を交渉の場面に引きずり出すためにも、首謀者である皇帝の確保は不可欠と考えられます。本作戦が失敗し、皇帝が隣国であるフィンウェデン海王国に亡命した場合、グランドラゴ王国が主導となって攻略作戦を行うことになるため、王国の発言力も強化させてしまう結果になりますので、できる限りそれは避けたいというのが防衛省の考えです」

 さらにここでは明言されていないが、もし皇帝の捕縛に失敗してフィンウェデン海王国に逃げられた場合、戦況が長期化してベトナム戦争やアフガニスタン侵攻のように泥沼の様相を呈する可能性が高くなることも懸念されている。

 特に、フィンウェデン海王国のイエティスク側である土地、つまりフィンランド付近は冬になると大変環境が厳しく、こちらから攻め込んで無傷でいられることはほぼ不可能になると言っても過言ではない。

 その結果大損害を出してなんとか名前の上での勝利を収めたのがソビエトによるフィンランド侵攻の紛争・『冬戦争』だったわけである。

 もっとも、『名前の上で』と言わざるを得ないのは、無理難題を押し付けた挙句に攻め込んだソビエト側が被った損害があまりに大きかったことに対して、フィンランド全域を占領することができずにスウェーデンの仲介を経て休戦、一部の地域を得ただけで終わってしまったからである。

 当時のフィンランドは兵器性能及び国力に大きな差があるにもかかわらず、凍った湖を飛行場代わりにして飛行機を飛ばす、日本から輸入した竹をスキーのストックにして部隊の移動手段に利用してソ連軍を奇襲する(実話)などの奇想天外な戦法でソビエト側に多大な損害と鹵獲による兵器喪失をもたらしたのである。

 これを含めたベトナム戦争やアフガニスタン侵攻など、能力に差がある国家との戦いであっても戦い方次第では大損害を被ってしまい、勝利しても得るモノが少なくなるという場合もあるのだ。

 そういったこれまでの紛争を考慮した上での慎重さなのだが、今回は世界最大の国家の元首を相手取ること、さらにその護衛の能力もこれまでの相手とは比べ物にならないと考えられている(これまでの相手が進んでいてもボルトアクション式小銃だったのに対して、こちらは『AKー47』クラスの自動小銃を実用化していると考えられている)ため、隊員たちの熱もとても高いのである。

 そんな説明が続くプロジェクターには皇帝の判明している限りの特徴が表示されており、隊員たちは素早くメモを取っていく。

 今回の相手はサイのような角を持つオーガ族と呼ばれる人種だが、その体躯は平均で2mと、日本人からすればかなり大きい。

 鷹下がボソリと呟いた。

「大陸系日本人だって平均身長180cmくらいだからなぁ……それより20cmくらい高いってもう次元が違うだろう」

「確かに。ただ、ミノタウロス族(こちらは基本的に女性中心)も平均的な日本人や大陸系日本人よりかなり大きいんだよねぇ。おっぱいも大きいからいいけど、さ」

「お前はまたそういうこと言いやがって……」

 その後もいくつか確認事項をメモして、会議自体は終わった。だがその後は、容疑者逮捕のための猛訓練である。

 林と草むらの陰に潜んで敵を射撃し、対象の存在を確認したら一気に制圧する。

 大山は特に一気呵成に物事を進めるのが好きだが、待つのは苦手なタイプだ。逆に鷹下はじっと待ってジワジワ相手を追い詰めるのが得意だが、感情的な面も強く、本来は気の短いタイプである。

 そんな2名だからこそ、待ちに待ったあとで行う攻撃は強烈なものになるだろう。



「なぁ、タカ」

「なんだよ、ユーキ」

 会議が終わってから、銃器を始めとして様々なものを保管している備品庫で装備の点検をしていた鷹下に、急に大山が話しかけてきたのだ。

「お前さ、戦争が終わったらどうしたいとか考えてんの?」

 まるで死亡フラグでも立ちそうな言い回しだが、この2人は転移後、そんな場面を何度も乗り越えてきた強者である。

 ちょっとやそっとの死亡フラグなら、平然とへし折りかねない危険人物なのだ。

 それはさておき。

「別に。どんな形であろうとも、定年まで警察官として、人々のためになることに携われればいいなって思うだけだな」

「ダンディーだねぇ」

 大山は笑うが、鷹下は至極本気のつもりだ。

 例えばここから出世を目指して警部や警視のような上級職を目指すのもアリだと思っているし、敢えて生活安全課のような穏やかな部署で、それでも市民のためになる仕事で過ごすのもいいと思っている。

「そういうユーキはどうなんだよ?」

「俺?俺はね……結婚したいね」

「結婚?そりゃ俺もしたいな。でもそれだけかよ?」

「結婚して、子供を作る」

 そして、不意に手入れしていた拳銃を机に置いて、鷹下の方を見た。

「そしてその子供を、ダンディーな刑事(デカ)に育てる」

 鷹下と大山は警察官になってからの付き合いだが、2人で特殊部隊の小隊長を務めるようになってからはそれまで以上に絡むようになった。

 お互いにない所に、『ああだこうだ』と言いつつも、それだけに憧れと尊敬をもって接していたのである。

 それが分かっている鷹下は『バカ言ってんじゃねぇよ』と照れながら作業に戻るのだった。そして、そんな鷹下を見ながら大山もまた手入れを再開する。

 すると、バタバタという音と共に部屋の扉が勢いよく開いた。なぜか飛び込んできた男の手には、催涙弾などのガス弾発射用のグレネードランチャーが握られていた。

 どうやら、別室で整備していたものを、なんらかの理由でそのまま持ってきてしまったようだ。

「センパイ!酷いじゃないですか‼」

 だが、鷹下も大山もそんなことには動じずに飛び込んできた男に話しかけた。

「おぉ、トオルじぇねぇか」

 飛び込んできたのは、2人の後輩で同じく特殊部隊所属の仲町透という男だった。若い時はチャラチャラしていたが、年齢を重ねるにつれて頼もしい男になっていた。

 鷹下と大山にとっては、生意気だがどこか憎めない、可愛い後輩である。

「トオルじゃねぇか、じゃないですよぉ!なんでオレも今回の派遣部隊に加えてくれなかったんですか?」

「だってお前もうすぐ結婚式だろ?」

 仲町は長年交際していた女性がいたのだが、つい最近、ようやく結婚することが決まったのである。

「そ、そうですけど、大事な時ですし……」

「いいっていいって」

 鷹下の言葉に『え?』となる仲町だが、大山も笑って返してやる。

「お前はこれからを背負っていく男なの。こんなところでなにかあっちゃ、中道課長に申し訳立たないしな」

 中道とは、2人が一刑事だった頃に大変お世話になった上司の名前である。部下を大事にする人物で、時折『大バカ者‼』と怒られることもあったが、今の彼らにとってはいい思い出だ。

「で、でもぉ……」

「昭和の古い時代じゃないんだから、傷が男の勲章になる時代は終わったの。キレイな顔で、彼女の隣に立ってあげなさいって」

 2人が大事な時期を控えている自分のことをかなり気遣ってくれていることが伝わったらしく、仲町は破顔して涙を流していた。

「センパイ……ありがとうございますっ。俺、頑張りますっ‼」

 仲町はやっと納得したらしく、そのまま出て行った。恐らくちゃんと結婚式のために休むという申請を出すつもりなのだろう。

 元々申請については、鷹下たちが既に『そうなるだろうから』と言って掛け合ってあるため、あとは仲町の書類待ちである。

 ただ……

「あいつどうするつもりだ、あんなグレネード持ってって」

「『僕のグレネードは何発も撃てるんだぞ』とか言って、彼女に引っ叩かれるんじゃない?」

「あぁ」

 実際には整備していたところに『自分が派遣部隊のリストに載っていない』ということに気付いた仲町がそのまま怒鳴り込んできて、持っているグレネードのことを忘れて出て行っただけのことである。

 なお、この後仲町は休暇申請に向かった上司の深林課長からグレネードを持っていることを指摘され、狼狽えておバカな言い訳をした結果、『大バカ者‼』とめちゃくちゃ怒られたのは言うまでもない。



――3日後 日本国 東京都 警視庁

 この日、警視庁にはイエティスク帝国へ出動するべく特殊部隊が集められていた。

 今回は世界最大の国家を相手取るということもあって、内閣総理大臣までもが訓示に出席するという力の入れようだった。

『皆さんも知っての通り、イエティスク帝国は力をつけた暁には世界を征服する意図を持つ覇権国家です。しかも、邦人を不法に拘束し、防衛省の掴んだ情報によれば強制収容所へ連行しているとのことです』

 防衛省の衛星及び、海外からの『イエティスク帝国は猫耳族以外の外国人と見るや、すぐに拘束して強制収容所へ連行する』という話である。

 既に首都近郊の収容所へ連行されたことに加えて、存在する収容所の中からいくつかをピックアップしてあり、自衛隊が街へ突入した際には救出作戦も敢行する予定だ。

「相手はとても強く、考え方も進んでいます。そんな場所へ皆さんを送り出さなければいけないこと、大変に心苦しく思います。しかし、これによって戦争を終結させることができれば、世界平和に王手をかけることができると言っても過言ではないのです!」

 警視総監の言葉にも熱がこもってくる。

「なんとしてでも、イエティスク帝国を交渉の場に立たせなければなりません!そのためにも、皆さんどうか、無事で帰ってきてください!私の心からの願いです!」

 最後の言葉を終えた警視総監が壇上から下がると、出動する特殊部隊が整列して出て行ったのだった。

……はい、最後はネタで締めました。

これもやりたかったんですよ。カッコいいし面白いネタばっかりなんで。

次回は10月5日に投稿しようと思います。

前へ次へ目次