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ラーヴル基地攻防戦・2

今月の投稿になります。

いよいよ基地攻防戦2回目です……なにげに1つの基地を攻めることにかける話が2話って私の小説では割と珍しいですね。

今までもなかったわけじゃないですけど、ここまで濃密にはなってなかったかも……

 防衛している基地側からは多数の小銃弾が、一方攻め込んできている南側からは銃弾のみならず多数の砲弾や誘導弾も光の尾を引きながら飛んでくる。

 イエティスク帝国中部、ラーヴル基地では、残存する歩兵部隊が最後の悪あがきとでも言うべき抵抗を見せていた。

 もっとも、これとて降伏を少しばかり長引かせる結果しかもたらさないのは彼ら自身が理解しているのだが、それでも退けない『意地』とでも言うべきなにかが彼らを突き動かしているのだ。

 それでも自分たちの攻撃が、全く効果がないような相手と戦っている彼らの心理状態は極限に近いまでに追い詰められている。

「くそっ、敵にあんな兵器があるなんて聞いてないぞっ‼」

「これでも喰らえッ‼」

 兵士の1人が正面に立ちはだかる重厚な戦車にロケット砲(パンツァーシュレックに酷似、ただし肩当て式で持ち上げ可能なレベル)を撃ち込む。物陰から放たれたロケットは寸分違わず敵戦車の正面砲塔に命中し、小さな爆発を起こした。

「やったぞぉっ‼」

 命中すれば防衛戦の要である主力戦車である『チーグルⅠ』はもちろん、装甲に曲線を持たされている『パンテーラ』主力戦車の正面装甲すらも打ち破ることが可能である『ビーカ噴進砲』は、つい最近帝国で開発された歩兵携行型対戦車兵器である。

 射程距離は最大でもわずか250m(有効射程ならばさらに短い100m)と、既存の対戦車砲に比べるとかなり短いものの、物陰などの遮蔽物から素早く敵に撃ち込めるということ、使用する砲弾が至近距離であれば主力戦車の正面装甲すら貫通できるということで、各地の歩兵部隊に配備されていた新世代の兵器であった。

 だが……歓喜に満ちた彼らの顔は一瞬にして絶望へと変わる。

「あ、あれ……?」

 楔のような鋭い装甲を持った敵戦車はロケット砲の直撃を受けたにもかかわらず、全く意に介した様子もなく進撃している。時折主砲が火を噴き、榴弾らしい砲弾によって障害物(バリケード)が吹き飛ばされ、そこにいた歩兵も吹き飛ばされていった。

 見れば、既存の57mm対戦車砲やわずかに残っていた105mm対戦車砲なども次々と射撃しているようだが、正面装甲はもちろん側面装甲すら貫通できていないようだ。

 いや、105mm砲は早々に沈黙させられていたせいもあるのだろうが。

 敵戦車の能力は、彼らが日頃の訓練で想定しているものよりはるかに高い技術水準で作られているようである。

「そんな……そんなバカなあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 自分たちの兵器が、常識が、戦い方が通用しない。

 僅かな意地だけで戦い抜いているイエティスク帝国軍が混乱、そして士気喪失するには、十分すぎる状況だった。

 日本側は支援があればすぐに自走榴弾砲の支援砲撃が可能な状態であったが、ここまで入り乱れてしまうと今の状態では使うのが逆に危険になってしまう。



 その頃、ラーヴル基地の外れに存在する実験場の、さらに奥に存在する保管庫を兼ねている洞窟に、集まる影があった。

 彼らは皆、整備員の作業服を着こんでいる。

「隊長、もう動ける戦車もないのにどうする気ですか?」

 それは、戦車実験部隊に所属していた、ミノタウロス族の女性兵士たちだった。ぴっちりした作業服に身を包んでいることもあり、豊満な胸元が強調されて大変にけしからんことになっている。

「このまま黙ってやられるなんて、私たちの誇りが許さない‼せめて……せめて敵わないまでも、一矢報いてやらないと‼」

「ですが、もう戦車はありませんよ!?残っているのは精々、機関砲を搭載した装甲車くらいです‼それだって、『脅威でない』と判断されたから残されているだけですよ‼そんな状態でどうするっていうんですかっ‼」

 だが、隊長と呼ばれた女性は洞窟の奥まで入ると、ポツリと呟いた。

「一輌ある」

 その言葉に、その場に集まった隊長以外の3人が『えっ?』と言う表情を見せた。

「それも、重戦車が」

 彼女の視線の先にあったものとは……



 その頃、思わぬ一報が基地を守る兵士たちの耳に届こうとしていた。

 指揮を執っていた歩兵部隊の隊長であるヴェニャミン・カザコフの耳に付けられていた通信機に、ノイズ混じりではあるが通信が入ってきたのだ。

『こち……首都防……隊、〈グラース・ワーク〉。貴君らを支援……ため、これより戦闘に入る‼』

「友軍だっ‼我が国における最大の精鋭たる首都防衛航空隊、『グラース・ワーク』が来てくれたぞっ‼」

 その言葉を聞いた兵士たちは、それまでの意気消沈ぶりが嘘のように『おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼』と雄叫びを上げた。

 膝から崩れ落ちていた者たちまでもが立ち上がり、『改めて』戦い抜く意思を持ち直したのである。

「いいぞ‼制空権さえ確保できればまだまだ戦える‼首都防衛基地からも援軍が来るはずだっ‼それまでなんとしても持ちこたえろっ‼」

 兵士たちは顔に覇気と生気を取り戻したようで、『了解‼』や『ウラー‼』と威勢よく返事し、敵の侵攻に備えるのだった。



 一方、敵の航空機20機が接近してきているのは自衛隊の方でも掴んでいた。

 AWACSである『EPー1』から、ニュートリーヌ皇国国内の基地に連絡が入る。

(ボギー)確認。数は20。『Fー5』戦闘機の中距離対空誘導弾の射程内です』

『本部了解。直ちに迎撃せよ』

 ラーヴル基地から200km離れた空域を飛行していた『Fー5』飛行隊5機は、搭載されている『AAMー6(27式中距離空対空誘導弾)』を各機4発発射した。

 誘導弾は兵器倉(ウェポンベイ)から発射されると瞬く間に音速を超え、照準固定(ロックオン)した標的(ターゲット)へと、猛スピードで飛んでいくのだった。



 イエティスク帝国首都防衛航空隊『グラース・ワーク』隊長を務めるシュロモ・ムラヴィンスキー率いる20機の部隊は、首都からそれ程離れていないラーヴル基地が既に陥落間近という報せを受けて、本部からの指令により同基地の上空支援に向かうべく、『カチューシャ』戦闘機を駆っていた。

「敵は西に現れた正体不明国家、日本国か……どんな相手かは知らないが、この『カチューシャ』で叩き潰してくれるっ‼」

 彼は自分の操る『カチューシャ』の性能を世界最高と信じており、これを作り出した技術者、そして作ることを認めた帝国を、とても素晴らしい国だと考えていた。

 だからこそ、そんな帝国がいずれ世界を制覇し、愚かなる者共をまとめ上げて世界を1つにする。

そしていずれは空の彼方へと飛び去った先史人類を駆逐することを信じ、世界制覇こそ世界の恒久なる平和と信じているという盲目的な人物であった。

 だが、その彼の思いも長くは続かなかった。

 電探画面に超高速で飛行してくる飛行物体が映ったのだ。この機上電探はつい最近小型化されたものが開発されたばかりで、首都防衛隊の『カチューシャ』に特別に装備されたモノであった。

「なんだ!?かなり遠くから飛んでくる……」――『各機、回避せよ‼』

 シュロモの指示を受けた19機が散開する…当然、正面を向かなくなったために電探は作用しなくなった。

 飛行機において後方まで確認できるような高機能レーダーは、まだイエティスク帝国では実用化されていないのだ。

 これで振り切ったと思った直後、強烈な衝撃と振動を感じた。

「な、なにが……」

 その言葉は最後まで言い切ることはできなかった。燃料に引火したことで、彼を含めた『カチューシャ』20機は、全て空中で巨大な花火へと変わってしまったからである。

 こうして、上空支援をするはずだった最強の精鋭たる『グラース・ワーク』部隊の『カチューシャ』戦闘機は、戦況になんら貢献することなく全て火の玉と化して墜ちていくのだった



 なお、それをたまたまヘリコプターの中で見ることができた陸上自衛隊員の1人、堀川1等陸尉が『汚ねぇ花火だ』と呟いていたという。



 一方、ラーヴル基地の人員たちは基地上空に辿り着くかどうかというところで撃墜された『グラース・ワーク』の炎を見て、完全に委縮してしまっていた。

「……戦闘機隊全滅。ベンガルズ動ける戦車は1輌もありません。グラース・ワーク、全機撃墜。日本国に対抗する全ての手段を、失いました」

 後ろでは残った兵たちが無反動砲やロケット砲、果てには木の棒や鉄パイプなど、使える物であればなんでも使う、と言わんばかりに有効打を与えられそうなものをかき集めて最後の抵抗を試みようとしていた。



 だが、世界には時として『神の悪戯』か、『魔の囁き』か、『仏の気紛れ』かと言いたくなるような、『奇跡に等しい』とも言える出来事が起こりうる。

 それは、基地外れの洞窟内部から響き渡った。

「よし、これで……さっきは失敗したけど、これなら!」

機関(エンジン)、再始動‼」



――グォォォォォォォォブウウゥゥゥゥゥゥゥッ‼



 洞窟の中に、サーチライトの眩い光が灯る。

「おーし!前進ー‼」

 隊長の掛け声に応じるかのように、その巨体が『ガタガタガタ』と重厚な音を立てながら外へと動き始めた。



「あとは我々だけかっ」

 ヴェニャミンが進軍してくるであろう日本軍のいる方向に向けて銃を構えた直後、重々しい機関の駆動音が聞こえてくるではないか。

 彼らがハッと音のする方を見ると、重厚な車体を持つ戦車……『チーグルⅠ』によく似た戦車がこちらへ向かっているのが見えたではないか。

「せ、戦車だ‼ベンガルズの戦車がまだ1台残ってるぞっ‼」

 彼らは勘違いしていたのだが、実はこの戦車、『チーグルⅠ』の候補ということで試作品としてポルーシャという人物によって設計・製作された戦車、『ポルーシャ・チーグル』だったのだ。

 ディーゼルエンジンを回して発電機を発電・駆動させ、そのパワーで車体を動かすというものなのだが、発電機の非力さや蓄電器の搭載がなかったこと、そして貴重な資材をかなり消耗することによってコストが高くなるということもあって、試作車両で1輌が作られたのみであった。

 だが、砲塔はむしろ設計として正しいと設計局が認めたため、砲塔はポルーシャの、車体は堅実な設計をしたヘインシェル社のモノを採用するという合理的な折衷案となったのだった。

 その結果誕生したのが、帝国防衛の要とも言える『チーグルⅠ』だったのである。

 この『ポルーシャ・チーグル』は主砲の実験用車両としてラーヴル基地に残されていたものだったが、走れば柔らかい地面にはすぐめり込み、発電機なども過加熱によってすぐ炎上するなどの欠点を抱えていたことから、最低限動かせる整備だけを施されて放置されていたのだ。

 だが、この戦車は『動かなければ』という前提こそあるものの、『チーグルⅠ』と同等の攻撃力と防御力を持つ戦車である。

 それが防衛戦闘という、機動力を必要としない戦場に出れば、性能に多少の差があったとしても埋められるほどの力を見せつけてくれるだろう。

 なお、どこかで聞いたことのある似たような戦車はガソリンエンジンだが、こちらはディーゼルエンジンを実用化して使っているところが違う。

「戦車乗り魂を見せてやるぅぅぅっ‼」

 それを動かしたのが、『ポルーシャ・チーグル』の整備を任せられていた整備兵たちだったのだ。

 彼らは『ポルーシャ・チーグル』のことを隅から隅まで知っており、わずかな時間でこの難物を動かすことに成功していた。

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ‼」

「いいぞぉ‼ちったぁ骨のあるやつがいたかぁ‼」

「チーグルⅠ万歳!イエティスク帝国万歳‼」

 動き出した戦車の姿を見た兵士たちは、またも喝采の声を上げるのだった。

 車長のウラーラは、砲手のケイッコーに指示を飛ばす。

「一番端の奴を食う‼弾種、徹甲弾‼撃てぇっ‼」

 直後、88mm戦車砲が火を噴き、こちらに気付いて砲塔の旋回中だった10式戦車の側面に命中した……が、装備されていたモジュラー装甲を吹き飛ばしただけで致命傷には至らなかった。

 しかし、いきなり戦車が物陰から現れたことは日本側を驚かせるには十分すぎた。



『おいおい!なんかティーガーが出てきたぞぉ‼』

『全部やっつけたんじゃなかったのかよ!?』

『こちら4号車、側面に被弾‼装甲破損!戦闘行動に支障はない‼』

 戦車隊隊長を任されていた逸見奏多2等陸佐は、戦車に装備されているカメラで敵車両を捉えた。

「あれは……ティーガーⅠっぽいが若干違うな……」

 すると、別の車両から通信が入った。

『あれ、ポルシェティーガーじゃないですか!?車体の形状と言うか、雰囲気がよく似てます‼アニメで見たあれにそっくりですよ‼』

『御託はいい‼さっさとスクラップに……ん?』

 早急に砲撃して倒そうと思った日本側が驚いたのは、戦車からこちらを窺うように顔を見せたのが女性だったことだった。

『じょ、女性です!あの戦車、女性が動かしてますよ‼』

『マジかよ、リアルガル○ンじゃねぇか』

『レオポ○さんチームってか?冗談じゃねぇ!』

 逸見は混乱する通信に『落ち着けッ‼』と大声を上げて静まり返らせた。

『敵はほぼティーガーⅠと同じ性能、しかも機動力に関しては低い。女性を大事にと思うなら、履帯や主砲を破壊することで敵の攻撃手段を断て‼』

『了解!5号車、出ます‼』

 10式戦車5号車に搭乗する赤星1等陸尉は、まず敵戦車の機動力を削ぐべく履帯を狙った。敵戦車が実験場と思しき洞窟への入り口に陣取った時、照準が固定される。

「撃てっ‼」

 


――ダンッ‼……バキャッ‼



 10式戦車の日本製鋼所製44口径120mm滑腔砲から発射された多目的榴弾は、寸分違わず敵ティーガーモドキの履帯部分を吹き飛ばした。

「よしっ‼次は主砲を吹き飛ばせ‼」

 だがその直後、敵の主砲がこちらに向いた。

「敵発砲‼」

 その砲撃は5号車の横をすり抜けたが、後方から『ガァンッ‼』という強烈な音が響いた。

 見れば、『16式機動戦闘車』が1輌、車体の後部に被弾したらしく、煙を吐いているではないか。

 どうやら死傷者が出たわけではないようだが、まさか第二次大戦時の戦車の攻撃で行動不能になる車両が出るとは想定外だった。

 もっとも、『16式機動戦闘車』は『装甲車の車体に戦車の砲塔を乗せているだけ』といっても過言ではない存在なので、車体部分はハッキリ言ってかなり脆い。

 むしろ、エンジン部分に命中したことで被害が少なかったとすら言えるだろう。

「くっ、早急に仕留めるぞっ‼」

 素早く側面へ移動すると、仲間の6号車と共に挟み撃ちにする。

 敵が照準を定めるのに迷っているのか、砲塔はほとんど動かない。そして、それを見逃す6号車の赤星ではなかった。

 既に主砲は敵の主砲、その砲身に狙いを定めている。

「撃てっ‼」



――ダンッ‼バギャッ……‼



「な、なにが起こったっ!?」

 ウラーラが強烈な衝撃を感じて車体前方を覗き込むと、主砲の砲身が半分ほどを残して先端が消失しているではないか。

 よく見れば、十数m離れたところに引きちぎられたような衝撃を受けたらしい砲身の残骸が転がっていた。

「う、ウソ、でしょ……戦車砲の砲身を……それだけを吹き飛ばすなんて……どんな神業なの……?」

 ウラーラは、もはや自分たちにできる抵抗がないことを察し、崩れ落ちてしまった。

だが、それでも最後にできることがあった。それはこの車体で洞窟の入り口を塞ぎ、敵の侵入を1分でも遅らせることであった。

「皆、ここまでよ。ありがとう」

 本当に敵に一矢を報いることに成功はしたが、驚くべきことに、どうやら敵に犠牲者は出ていないらしい。不意打ちしたというのにこの程度の戦果では、あまりに残念であったが、乗員たちも涙を流して従うほかなかった。

 抵抗しなくなったと見たのか、日本軍の歩兵たちが近づいてくる。



「やっぱりポルシェティーガーそっくりだ。これ日本に持ち帰ったら話題になるなぁ」

「あぁ、絶対大洗が騒ぎ出すな(笑)」

 だが、部下たちの声が聞こえていたのか、逸見から大声で指示が飛ぶ。

『馬鹿言ってないで、回収車急げ‼』

「「はーい、回収急がせまーす」」

 さらにそんな話が聞こえたのか、ウラーラと操縦主のムートンが『ゆっくりでいいぞバカヤロー‼』と叫んだという。

 この『ポルーシャ・チーグル』の最後っ屁と言うべき抵抗が『ほぼ』、不発に終わったというところで敵の士気は完全に崩壊した。

 自分たちの守りの要と言える戦車の砲撃がほとんど通じなかったのだから、当然と言えば当然だろう。



 こうして、首都に最も近い大規模な基地、ラーヴル基地は2日足らずで陥落することになるのだった。



――2033年 12月16日 日本国 東京都 首相官邸

 この日、防衛省から『イエティスク帝国の首都に近い基地を制圧することに成功した』という報告が入ったため、最終段階の詰めにかかるべく、調整のために会議をすることになったのだ。

 まずは防衛相と国交相の2名が会議の先頭に立って話を進めていく。

「本日はお忙しい中集まっていただき、誠にありがとうございます。イエティスク帝国南部におけるキンターヴル基地及び首都手前のラーヴル基地の制圧に成功したという報告が入りましたので、最終作戦『佐用城作戦』を開始することになりました」

 黒田孝高が竹中重治と共に攻めた城の1つで、敵の城を包囲し、一方向だけを逃げやすく手薄にするという作戦『囲師必闕の計』で落城させた話からとられている。

 地味といえば地味だが、『四方全てを囲まれた敵は死に物狂いで戦うが、手薄なところがあるとなればその方向へ逃げられるという心理が働く』という話を利用しようというのである。

 作戦はこうだ。

 首都スターリンはいわゆるモスクワと同じ場所だが、周辺には小高い山が1つあるのみで基本的には平原と言っていい。

 街自体はそれなりに大きいが、連合軍の総力を結集すれば十分に包囲可能であり、航空支援を途切れさせることさえなければアヌビシャス神王国軍も十分に立ち回れるだろう。

 その中で西側の一方向『だけ』を開けることによって、追い詰められたイエティスク帝国の指導者が西にあるフィンウェデン海王国へ逃亡すると考えた作戦である。

 もちろんそのために、フィンウェデン海王国に対してはグランドラゴ王国海軍が威圧をかけることになっているが、徹底しないことによって皇帝を動かしやすくする狙いがある。

 逃げ出そうとしても制空権を日本に握られている以上、敵が逃げるには陸路しかない。

 そのため、逃げ出そうとする敵の首謀者を警察の特殊部隊で逮捕し、拘束した最高指導者に終戦を宣言してもらうことが最終段階となる。

 閣僚たちも『いよいよか』、『長かったなぁ……』という雰囲気の表情を見せており、転移から15年に渡る苦労が、ようやく実を結ぼうということもあってその場にいる者たちの顔にはかなりの安堵の色が広がっていた。

「ですが、油断はできません。首都を包囲するとなれば敵の反撃も非常に苛烈なものとなると想定されておりますので、被害を出さないようにしつつ、いかに相手の視線を釘付けにするかが重要となります」

 その時、法務相が手を挙げた。

「ヘリボーン作戦で強襲するんじゃダメなのか?」

「それも考慮しましたが、相手には地対空誘導弾があります。ゲリラ的に発射されるとヘリ部隊に大きな被害が出る可能性があります。ドローン部隊を使用することも考慮しましたが、やはり小さな人間を攻撃するとなると相応の数が必要になるため、リスクを根絶できるとは、到底言えません」

 実際、どれほど激しく空爆を行ったとしても、歩兵部隊が敵の中心部に乗り込んで制圧しなければ意味がないのだ。

 相手が日本の軽SAMのような携帯型地対空誘導弾を保有しているという情報は入っていないものの、『仮にそんな兵器があるとすれば』と思うだけでヘリコプターには十分すぎる脅威である。

 いくらチャフなどの対空装備を備えていると言っても、限度はあるのだ。

 そして、これまでの歴史でもそうであったように、よほどうまく作戦を志向できなければ、『首都の中心部』に攻め込んだとしてもその『中枢』まで用意に辿り着けるわけもなく、そこで大きく時間をかけることになると、こちらもズルズルと長引いて損耗が大きくなると考えられたのだ。

 そこでできる限り短期に、損耗も消耗も少なく決着をつけるべく考えられたのが、『囲師必闕の計』の登場である。

 相手に死に物狂いで抵抗されればこちらの損害も大きくなるうえ、時間も大きくかかることになるだろうが、逃げ道があるとなれば相手の抵抗も自然と散発的になり、心理的に逃げ腰になりやすくなるようにすることで敵首謀者も逃げるように仕向けるのだ。

「当然判明している軍事施設及び工場などには徹底的に攻撃を加えます。なお、この際工場で働いている人々も一種の軍属扱いとすることは既に国際会議でも周知してありますので、我が国の攻撃で工場及び周辺の建造物が破壊されることによる我が国への非難などは少なくなるでしょう」

 実際には少なくなるどころか『早く決着付けてほしい』と願っている国ばかりなので、多少のことで日本に文句を言う気はさらさらない。

 むしろ、文句をつけて日本国内に未だ根強く残っている反戦派の人々を起こさないようにすることを諸国は考えなければならなかった。

「なるほど……ヘリボーン作戦はむしろ危険か」

「少なくとも、防衛省ではそのように分析しております」

 続いて表示されたのは、首都スターリンの西側を現した地図である。

「こちらをご覧ください。スターリンから西へ15kmのポイントに、不自然な場所を発見し、特殊作戦群に調査を依頼しました。その結果、脱出用の抜け穴と思しき構造物を発見しました」

 映像が映し出されると、特殊作戦群の隊員らしい覆面をつけた人物と一緒に階段が映し出されている。

「こちらを見ていただくと分かるように、間違いなく人工構造物です。小型ドローンを使用して調査したところ、首都スターリンの方に伸びていることが判明しました。

「では、やはり首都からの脱出口だとみているのだね」

「100%そうかと問われると返答できない部分はありますが、おおむねその通りであると判断しております」

 さらにプロジェクターの画面が移り変わる。

「この近くには小さな林が存在しており、調査した結果、誰も住み着いていないことが判明しましたので、こちらに特殊部隊と特殊作戦群の混合部隊を潜ませて敵首謀者の逮捕に当たりたいと考えております」

 画面はまた変わって、今度はスターリンの市内が映し出される。

「市内にはいくつかの収容所があるようですが、邦人が捕まっている場所についても特定が完了しました。なので、その近辺にある工場に関しては攻撃しない方がいいと防衛省では考えております」

「おぉ、そこまで特定できたか」

「かなり時間はかかりましたが、映像精査システムの発達によってなんとか良好なデータを集めることができました」

 衛星カメラの能力も大きく高まっており、もはや人であろうとも画像解析すればという前提が付くが正確に把握できるのだ。

 これらの情報により、イエティスク帝国の首都スターリンは丸裸となっているも同然であった。

「すごいな。これなら誤爆の危険性も随分と下がるだろう。よくここまで時間をかけて精査してくれたものだ」

「今はコンピューターの計算・演算速度が昔とは比較にならないほど上がっていますので、さらに高い能力の演算能力を得られれば、他の衛星とリンクして随時敵の動きを掴むこともできるでしょう」

 今でも近いことはできるが、『他の衛星とリンクした上で』という能力があれば、地球上の全てを監視できると言っても過言ではない、

 正しく、管理社会とでも言うべき状態になるだろう。

「それだけに、これは悪用されないように十分に注意を払ったうえで、あくまで平和目的で運用するべきだろうな」

「その通りですね。これがあれば、気になる個人のことまで徹底的に追跡できてしまいますから」

「まぁ、それにはこの衛星とリンクしたプログラムが必要で、それは民間の端末では難しいと思いますよ。このデータも、防衛省が独自に組んだプログラムを受け付けるパソコンでのみ見られるものですし」

 だが、首相が楽観的な農水相をギロリと睨みつけた。

「そうやって『慢心』した結果が、かつての我が国の凋落だったんだ。それを忘れてはいけないよ」

 農水相はバツが悪そうに『も、申し訳ありませんっ‼』と頭を下げたが、首相は内心『全く……』と呆れていた。

 農水相は政治家一族の、それもお坊ちゃま育ちなところがあるため、温和と言えば聞こえはいいが、お人好しで短絡的なところがあるのが難点だった。

「(まぁ、日本人は元々視野が狭く短絡的で、短気で閉鎖的かつ異様なまでに繊細な感覚を持つ民族だ……もっと、広い視野を持って、それを活かせるようにならなければならないというのに……)」

 首相は内心で考えつつ、今は最も優先するべきことであるイエティスク帝国撃滅の最終段階について耳を傾けるのだった。

次回は9月7日に投稿しようと思います。


ちなみにいつも通り艦これとアーケードをプレイしていますが、今回はブラウザ版もアケ版も中々収穫がないですね……今のところブラウザ版でウォー様が来てくれたくらいでしょうか……ヴァリアントとかカブールおばあちゃんお迎えしたいZOY


この小説は幸いもう書き終えてストックを投稿するだけなので大丈夫ですが、転生艦隊が70話くらいでちょっとエタり気味……考えていることがないわけじゃないんですけど、それを文章にしようと思うとなかなか難しいんですよねぇ~……


もうしばらく続きます。よろしくお願いいたします。

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