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橋頭保確保、駒を次へ

今月の投稿になります。

いよいよ間もなくですが、首都以外では最も大きい基地を攻撃することになりました。


 3時間以上に渡る攻撃が終わったことで、ようやくキンターヴル基地の人員が退避豪から顔を出して各所の復旧作業に入り始めた。

 しかし、事態は彼らの予想をはるかに上回るほどの酷さであった。

「ダメだ……倉庫も司令部施設も完全に潰されていて、使えるのは精々、一部の小火器か迫撃砲くらいだ……」

「こんなんじゃニュートリーヌ皇国とだってまともに戦えませんよ……」

 見れば、車両関連も軒並み穴だらけか粉々にされており、とてもではないが戦える状態とは言えなかった。

「仕方ない。入り口付近にできるだけモノを集めて障害にするんだ。どれだけ通じるかは分からないが、これで敵の侵攻を少しでも遅らせるしかない」

 兵士のみならず、非戦闘員であるはずの観測員なども作業に入っており、生存者全員で団結して頑張っているのだった。

 その中には、レーダー監視員だったディアナ・イブラギモフの姿もあった。

「せっかく生き延びたと思ったのに……まさかこんなことになるなんてっ……」

 彼女は本部に直撃した爆弾の爆発で死亡したと思われていたのだが、爆風で吹き飛ばされた後輩の遺体が壁となり、彼女は打撲とわずかな火傷だけで済むという奇跡的な状態で見つかったのだ。

 本来非戦闘員である彼女だが、ミノタウロス族は強い筋力を持っているため、こういった力仕事も基本的には苦にならない。

 だが、精神状態は最悪だった。

 目の前で後輩が吹き飛ばされ、その遺体に助けられたという事実を目の当たりにしながら、それでも『生き延びたい』という原初的な欲求のままに動いている。

 すると、バリケードの上に立っていた監視員が大声を上げた。

「なにか来るぞーッ‼」

 全員が小銃や拳銃、迫撃砲や手榴弾を手に持って構えると、『バタバタバタ』という音が聞こえ始めた。

「あれは……まさか、回転翼機だとぉっ!?」

 回転翼機、それも10や20ではない圧倒的な数の回転翼機が押し寄せていた。

 イエティスク帝国でも既にオートジャイロと言うべき機体が存在している。見た目は『Fℓ282 コリブリ』に酷似している艦載機型と、『フォッケ・アハゲリス Fa223 ドラッヘ』に酷似した地上型の2種類なのだが、近づいてくる回転翼機は、自分たちの知識にあるものよりもはるかに洗練されているように見える。

「くそっ、敵はまだ航空戦力を使う気か‼慎重すぎるにもほどがあるだろう‼」

 だが、できる限りリスクを減らすことこそが戦場において兵士1人1人の安全を高めることになる。

 物陰に隠れるといっても限界があり、地面を掘ろうにも舗装されていている部分と、爆撃で穴だらけになっている部分とで大きく分かれており、どちらもうまく使えないだろう。

「1機でも撃墜しろ‼なんとしてでも敵の攻勢を食い止めるんだ‼」

 人々がそれぞれに動き出すが、敵機はそれよりも早かった。



――バシュッ!



「?なにか発射したぞ‼」

「あんな遠くから……なにをする気だ!?」

 すると、放たれた噴進弾のようなものが、こちらに向かって突っ込んで来るではないか。

「く、空中で向きを変えたぞ‼」

「あれは誘導弾だ‼退避‼退避ーっ‼」

 兵士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げた直後、申し訳程度とはいえ苦労して築いたバリケードが1発で木っ端微塵に吹き飛んでしまった。

 しかも、逃げ遅れた兵2名がメタルジェットの奔流で吹き飛ばされてしまう。

「あぁ!なんてこった‼」

「一撃で……簡易的とはいえ障害物が吹き飛ばされただとぉ‼」

 自分たちの築き上げてきたものが(そのままに)ガラガラと崩れ落ちる。

「いや……いやあああぁぁぁぁっ‼」

「蛮族が来るっ‼逃げろおおおおぉぉぉっ‼」

 その言葉を皮切りに、基地の人員は我先にと基地を放棄して逃げ始めたのだった。

 もはや彼らに脳裏にあるのは、ただただ『生き延びたい』という生存本能であった。

 少なくとも、それを責め立てることができる人物はおらず、いたとしても彼らを止めることは無理だっただろう。



『どうします?敵さん逃げ出しましたけど……』

『ラブコフリーダーより各機へ通達。〈基地内にいる間〉は敵として扱う。逃亡が欺瞞で、なんらかの反撃の手立てを隠している可能性があるからな。基地外へ出た場合は即刻攻撃を中止せよ』

 各機から無線の代わりにタブレット端末に『了解』のコメントが送られてくる。これによって、無暗に音声を受け取ることをやめたのだ。

 いわゆる『li○e』のようなアプリである。

「予想以上に敵さんの撤退が早いですね」

「仕方ないのかもな。まともな武器は小銃と拳銃、一部に迫撃砲くらいは残っていたようだが……あとは斧やナイフなどでどう戦えと?」

「万歳突撃とか?」

「それじゃあ非合理の極みとまで言われた旧軍と変わらんよ。そんなのは『武士道は死ぬことと見つけたり』という日本人くらいだ」

「まぁ、そうですよね。そんな不合理なこと、『普通なら』しないんでしょう」

 正確には欧米人でも『助からない』と分かったら日本の軍艦に特攻を仕掛けるパイロットがいたらしいのだが、『組織的な集団自殺』とさえいえる万歳突撃を敢行して無用な犠牲を払った挙句、あっさりと占領したはずの島々を米軍に明け渡すことになってしまったのは痛恨と言うべき話である。

 まぁ、幽鬼の如き形相で倒されても倒されても仲間の屍を踏み越えて迫ってくる日本兵の姿を想像すると、背筋の寒い思いを抱くのは筆者だけではあるまい。

 実際の話として、昭和20年の硫黄島の戦闘では指揮官の栗林忠道中将が『突撃は必ず火力と併用するを要す。火力の援護なくただ白兵のみを以て実施するは、損害多く効果少なきにつき注意すること』と述べ、捕捉として『贍兵の戦闘心得』という小冊子を硫黄島の兵士全員に配布していたという。

 この中で栗林は『1人の強さが勝ちの(もと)。苦戦になっても死を急ぐな。そして1人でも多くの敵を倒せ』と強調し、万歳突撃を固く戒めて戦ったという。

 その結果、1か月にわたる死闘の末に日本軍は全滅するものの、死傷者の総計として日本軍2万964名、米軍2万8696名と、太平洋戦争の島を巡る戦いの中で米軍の死傷者数が日本軍のそれを上回ったのはこれだけと言えるほどの戦果と時間を稼いだのだ。

「だとすれば……このまま逃亡、ですかね?」

「敵前逃亡だが、抵抗すら許されない状態、まして相手が蛮族と思い込んでいるような相手であれば、『捕まりたくない』と思うのは当然だろう。各機に対して『基地の外へ出たら攻撃を控えること』。これをより徹底させるんだ」

「情報が漏れる可能性がありますが……」

「確かにな。だが、むやみやたらに人命を奪うこともない。そう政府からは通達されている。我々はそれに従うだけだ」

「了解です」

 彼らは弾薬と燃料の続く限り、さらに追撃を加えていく。

 10機を超える『空飛ぶ兵士』が攻撃し続けることで、基地はほぼ完全に無力化された。



 それからさらに3時間後、降下部隊を搭載したヘリボーン部隊の降下により、安全確保が確認された後、陸上自衛隊を中心とする対帝国連合軍が到着した。

 キンターヴル基地の諸設備は完全に破壊されていたが、道路などはほぼ無事だったこともあり、施設科が素早く補修し、最低限車両が通れるようにはなっていた。

 中にはガスマスクをつけた怪しい一団がいるが、これは特殊部隊や化学部隊ではなく、フランシェスカ共和国の部隊だ。

 火薬の燃焼で発生する成分が苦手な彼らにとって(黒色火薬も無煙火薬も苦手)、近代戦闘を行う際にガスマスクは必須なのである。

 施設科の指揮官を務めている小山は、動き回る多国籍の人々を見ながら驚嘆していた。

「10年ちょっと前まではこんなこと、考えられなかったんだよな」

 日本は太平洋戦争で敗北してから、旧世界で紛争や戦争に直接かかわることはなかった(後方支援や海賊対策などは別)が、この世界では日本が率先して音頭を取り連携を強めている。

 その結果、世界最強と言われた国に対して世界の大半で連携して挑もうというまでに至ったのだ。

 そんな風に変わった自分たちを眺めて、小山は思わず『ふっ』と息を吐いた。

「日本が変わったと言うべきなのか、日本が世界を変えたと言うべきなのか……どちらにしても、これが最後なんだよなぁ」

「隊長、感慨にふけっていないで動いてください」

 副隊長の浪川が呆れたように声をかけたことで、『すまんすまん』と言いながら小山は作業の指揮に戻るのだった。

 日本はここを最前線の陸上部隊の拠点として運用するつもりであった。

 簡易倉庫を拵え、燃料弾薬と言った物資を素早く運び込み、滑走路を修復することで輸送機も離着陸できるようにしようとしていた。

 もっとも、部隊の北上も並行させるので同時進行というのが恐ろしいのだが。

 今回の派遣部隊の総司令官に任じられたのは、ニュートリーヌ皇国戦でも活躍した若本陸将の後輩で、現在陸将の1人となっている藤原という人物であった。

 藤原は若本に比べるとかなり温和な気質なのだが、幕僚たちとの会議でも基本的に熱くなりがちな他の幹部たちを『まぁまぁ』と言って冷静にさせることを得意としていた。

 だが、今回に限ってはそうもいかなくなった。

 敵がなにをしでかすか分からない以上、準備の整ったこちらは迅速に敵地奥深くへ侵攻し、邦人を取り返したうえでイエティスク帝国を国際社会の会議場へ引きずり出す必要がある。

 どれほど慎重に慎重を重ねても、相応の危険が排除できない作戦であるため、藤原としてもできる限りのことをして前線における犠牲者を極力少なく……理想的には、0で済ませたいと思っている。

 ちなみに、この藤原のちょっと遠い親戚が外交官の野原だったりするのだが、それは別の話。

 そんな彼の姿を見ながら、部下の鶴岡が藤原に声をかける。

「陸将、一応補給はすみましたけど、もう出発しますか?」

 今回の作戦は時間をできるだけ短くすることが優先なので、できる限り進軍速度を速めると同時に、休憩時間を短くしたいという意図がある。

 だが、藤原は首を横に振った。

「いや、先ほど連絡が入ったが、空自の補給がまだ済んでいない。空の支援なくして順調な進撃は無理だ。ここは少し、空自の準備が整うのを待とう」

「なんだかもどかしいですねぇ」

「仕方ない。短慮の結果多大な犠牲を払って、しかも決着がつかずに泥沼の戦いにでもなろうものなら、目も当てられないからな。しかも、本来の地の利は敵さんにあるときた」

「確かに。かつてのナポレオンのロシア遠征や独ソ戦もそんな感じでしたからね」

 第二次世界大戦開戦時、そして独ソ戦の際にドイツが快進撃を見せたのは、戦車もさることながら急降下爆撃可能な航空機による潤沢な支援攻撃を受けられていたからという点が強い。

 『Juー87』や『Heー111』、『Juー88』などの急降下爆撃可能な爆撃機による支援を受けたことにより、強力な戦車や砲兵陣地など、敵の厄介なところをピンポイントに叩くことができていた。

 だが、それが長距離になるにつれて、航続距離の問題と補給がままならなくなり(特に単発で航続距離の短かったシュトゥーカ)、さらに敵航空機の能力が日に日に上昇したこと、独ソ戦ではアメリカから供与された航空機が強力だったこと、さらに地上部隊を支援するはずの爆撃機側がそういった発達に追いつけなくなったこと(これはドイツの爆撃機開発そのものに大きな問題があった)もあって、次第に航空支援が手薄になっていった点もある。

 ざっくり言えば、『Juー87』は日本で言えばほぼ『九九式艦上爆撃機』とほぼ同等の能力(流石に艦上爆撃機と地上機なので頑丈性や搭載量などの異なる点は多々あるが)、『Juー88』などの双発爆撃機も急降下性能を要求されていたことを除けば、基本的には『平均的な』双発爆撃機であった(東の島国が双発攻撃機と称する搭載量少ないけど航続距離がバケモノ染みた変なの作ったのは数えない)。

 現代のガンシップは誇張抜きにして『長時間攻撃可能な空飛ぶ砲兵』と言える立場であるため、制空権をしっかりと確保した後であれば、動かない基地攻撃に関しては大きな戦果が約束されているようなものだ。

 第二次大戦時で言えば本来戦略爆撃機(Bー29やランカスターなど)ではまず不可能な、かなり局所的な攻撃力は絨毯爆撃と異なり、無用な被害を出しにくいという点でも評価できる。

 え、そんな末期状態のドイツで装弾数12発ずつの37mm機関砲をシュトゥーカにポン付けしたという魔改造を施した上で戦車や装甲車に全弾命中させた最強の『空の魔王』がいるって?

 あれは別。常人と比較してはならない。

「では、補給の済んだ部隊から休憩を取るように言っておきます」

「あぁ。そうしてくれ」

 いざという時に本領を発揮できないようでは意味がない。そのためにも、休める時はちゃんと休まなければいけないのだ。

 先人はいいことを言っている。『急いては事を仕損じる』と。

 後方の航空基地でも各航空機のパイロットや補佐官たちが交代し、燃料と弾薬を補給しているところである。

 流石に武装の交換(この場合は消耗した砲身)はまだ必要ないとされているが、もし戦いが激化して長期戦にでもなれば、砲身などのパーツの生産も追いつかなくなる可能性が高い。

 故に、これら航空戦力が万全であれば、今後の進撃に対しても大きな力となるだろう。

 今一番問題となっているのは……相手の首都であるスターリングラードまで、まだかなり距離があるということであろうか。

 元々任務の仕様上、航続距離が長めに設定されている『ACー3』や『Pー1』哨戒機はともかく、戦車・装甲車攻撃を主体としている『Aー1』飛竜は空中給油を受けるとしても首都での戦闘はほぼ不可能になる。

 少なくとも、次の基地を制圧した上で滑走路を整備しないと厳しいだろう。

 戦車も途中まではトレーラーで移送することになるが、近辺警戒なども含めるとかなり厳しい輸送である。

 どこから仕掛けてくるかわからない『敵の腹の中』に猛然と飛び込むのだから、当然と言えば当然だが。

 ソビエトによるアフガニスタン侵攻の際も、ソビエト側の輸送車両がアフガンゲリラに襲われて大きな被害を出しているため、油断は禁物である。

 アフガニスタンはソビエトに比べれば限定的な戦力しかなかったにもかかわらず、大きな泥沼の紛争に引きずり込んだことで、ソビエトという追い詰められていたとはいえ大国の国力そのものを大きく削ることに成功している。

 そんなことを思いつつ見れば、他国の兵たちも各自食事や休憩を取っている。

 車に揺られて移動することだけでもそれなりに疲労がたまるため、適宜休憩を取ることはとても重要である。

「そういえば、次の基地が一番面倒なんですよね」

「あぁ。航空戦力の数はここの比ではないし、出されている電波からここよりさらに強力なレーダーが使用されているらしい」

 次の基地は旧世界で言うところのモスクワの手前であるオリョールに近い場所で、ここより巨大な基地が存在する。

 しかも、付近には山もあるため、シェルターのようなものがさらに多数あるのではないかと警戒している。

 航空機を隠すのはもちろんだが、歩兵や戦車などが出てくると厄介だ。

「ここには防衛用に多数のティーガーモドキがいるらしい。そのうえ、先ほど偵察機が撮影した情報によるとすでに敵の戦車が稼働を始めているそうだ」

「えっ。こちらの行動が露見したのでしょうか?電波妨害は行っていたと空自から聞きましたが……」

「恐らく、定時連絡を入れなければ『なにかがあった』と判断されて備えるようになっているんだろう。次の基地はここよりも大きく、実験施設らしいものも多数確認されたからな。今回みたいに楽な仕事とはいかないだろう」

「そうですか……なんとか、こちら側の犠牲者を出さずに済ませたいです」

「どうかな。今度は敵も備えを充実させている。この基地は完全に奇襲となったこともあってこちらは燃料弾薬の消耗だけで済んだが……次はそうはいかないかもしれない。ガンシップの1機や2機、地上戦でも相応に犠牲者が出ることを考慮しないといけないだろうな」

 いくら技術格差があると言っても、地上において歩兵同士の戦いともなれば犠牲者は少なからず出ることは間違いない。

 相手もゲリラ戦などなりふり構わずに反撃してくることが予想されるため、民間人に被害を出さないようにしつつこちらの犠牲もできる限り少なくしなければならないというかなりの難題なのだ。

 だが、今回は陸上自衛隊の北上、首都への接近に合わせて海上自衛隊の空母機動部隊も首都から最も近い港湾部に攻撃を仕掛けることになっている。

 そのため、衛星を介した通信が全部隊に欠かせなくなっており、陸上自衛隊は常にGPSによって位置を把握されている。

 もちろん陸上自衛隊が所定の位置(この場合は首都近辺、海上自衛隊との連携ポイント)につくのが遅すぎる場合には一度撤退することも考慮されている。

 だが、最終作戦の際にはどうしても『Fー3』戦闘機によるエアカバーが必要になるため、なんとかして欲しいとは思う面々であった。

 また、今回に関しては海自自慢の潜水艦隊も出撃しているため、敵が港湾から出てきた時点でどうなるか……それは、まだ誰も知らない。

「次の敵基地には兵器の研究施設もあるらしい。『Tー54』に酷似した試作らしい戦車の存在も衛星偵察で判明している。油断すると痛い目を見るぞ」

「確かにそうですね……というか、これまでドイツっぽかった戦車が一気にソビエト系になりましたよ?」

「合理的に、そしてできることで考えた結果だろうな。ソビエトの戦車は被弾経始やディーゼルエンジンの採用とか、居住性が犠牲になっていることを除けばとても合理的に作られている。自分たちで研究しているうちにその発想に辿り着いたのかもしれないな」

 実際、『Tー34』が初登場した時は『傾斜装甲による強固な防御力』、『76mm砲の圧倒的な攻撃力』、『ロシアの悪路でも走破できるエンジンを含めた足回り』など、世界に類を見ない素晴らしい能力を持つ戦車とされていた。

 ソビエトに侵攻したドイツ軍の『Ⅲ号戦車』、『Ⅳ号戦車』、『38(t)』などは、この強力な戦車の前にボコボコにされ、『Tー34ショック』と呼ばれる現象を引き起こす結果となったのだった。

 流石に航空部隊の前には敵わなかったようだが、機甲部隊同士の戦いでは『ティーガーⅠ』などの重戦車シリーズが登場するまでは『Ⅳ号戦車』の短砲身75mm砲を長砲身に換装したF型やシュルツェンを装備したH型、そして同じ主砲を装備した『Ⅲ号突撃砲』でしのいでいたのが現実だった。

 その『Tー34』だが、現実でも未だに北朝鮮など、一部の国が保有して運用していると言われている、と言えば、その信頼性の高さがうかがえる。

 ソビエトの戦車は基本的にその頃の設計思想を受け継いでおり、傾斜装甲が意味を無くしたAPSFDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)の登場後も爆発反応装甲(リアクティブアーマー)を使用することによって命脈を保っていた。

 その後はより強力な複合装甲を持つ戦車へと切り替えられているが、現在のロシアをはじめとする各国は爆発反応装甲を搭載した装甲戦闘車両を配備し続けている。

 仮にその試験車両が『Tー54』相当の能力を保有すると仮定すると、装甲はともかく主砲の火力は56口径100mm砲と74式戦車に近い水準なので、間違いなく自衛隊の戦車にも大きな損害を与えかねない兵器である……と上層部は警戒しているが、10式戦車はもちろんのこと、90式戦車でさえ後部や側面に喰らわなければ問題ないので、その心持ちは『石橋を叩いて渡る』という状態であった。

 だが、旧軍のように慢心だらけで大損害を出してしまうよりはずっといいとも多くの自衛官たちは思っている。

「今のところ確認されているのが衛星写真による僅かなものだからな。部隊配備されていると考え辛いが……仮に部隊配備されているなら航空支援を徹底してもらわないと損害が出るだろうな」

「いくら性能差があると言っても、損害が出る可能性は極力排除するのが現代戦ですからね」

 正面から戦う分には湾岸戦争の時のように損害なしで撃破できるだけのスペック差があるとはいえ、相手が市街地に引きずり込んでゲリラ戦を仕掛けてくるのが問題である。

 敵にもパンツァーファウストのような対戦車用ロケット砲などがあると考えられているため、物によっては大損害を被る可能性がある。

 また、日本はイエティスク帝国が成形炸薬弾頭の開発に成功している可能性を考慮していた。

 成形炸薬弾頭は二次大戦時のドイツおよび日本では既に実用化されていた兵器であった。日本はドイツのモノをコピーしただけだが、コピーするくらいであれば日本の技術力でも十分に可能だったと考えれば、それより発展しているイエティスク帝国が保有していてもおかしくないと統合幕僚部は判断したのである。

 成形炸薬弾頭は工夫すれば多目的榴弾としても使用できるため、歩兵に向けられた場合も十分な脅威となる。

「なんにせよ、我々は補給を受け、航空支援が可能になったという情報が入り次第出発する。この作戦は陸海空の統合運用のみならず、他国軍との連携運用も考慮しなければいけないから、かなり気を遣うんだよなぁ……」

「それでも、グランドラゴ王国やアヌビシャス神王国のお陰で随分と自動車による自動化、機械化が進んだのは幸いでした」

「あぁ。かつての我が国のように、『自動車の運転は特殊技能』と思われずに人々が運転能力を身に着けることに積極的でよかった」

 太平洋戦争終了時までの日本では、自動車の運転というものが特殊技能と考えられていたと言われており、人々が自動車の運転能力を獲得するのには、精神的にも技術的にも中々高いハードルがあったという。

 現代では自動運転技術が発展してきたこともあって運転免許を取得する人が減っている……かと思いきや、自衛隊や工事現場など、特殊車両を扱う場面はむしろ増えていることもあって、特殊車両、大型車両の免許を取得する人は増えているのが現状であった。

 各国でも機械化が進むにつれて交通法の整備はもちろんだが、そもそも道路を車両が走りやすくするために街並みを改造していくなど、各国でも車両を中心とする社会を構築するために動き出している。

 だが、古くからの街並みというものは中々変えられるものではなく、日本が来る前から機械化が進みつつあったグランドラゴ王国やニュートリーヌ皇国はともかく、フランシェスカ共和国やスペルニーノ・イタリシア連合、そしてなにより、急速に近代化が進むアヌビシャス神王国では道幅の確保に苦労していた。

 日本は太平洋戦争が終結した頃には国土の大半が焼け野原となっていたこともあるとはいえ、戦後には一気に自動車を含めた乗り物が普及し、ある時期までにかなりの自動車大国となっていた。

 各国もそれを後追いするような形になっており、ニュートリーヌ皇国やアヌビシャス神王国はエンジンこそ日本から輸入している(環境保護の観点から、低燃費かつ環境に配慮された日本の新型エンジンを使う必要に迫られた)が、車体は自分たちで作ろうという工夫を見せる国もある。

 飛行機に関しても同様で、日本の飛行機図鑑を参考に自分たち独特の機体をデザインしようという動きもある……のだが、こちらは航空力学の問題もあるため、独自開発ができるニュートリーヌ皇国ですらまだまだ国産航空機を世界的に飛ばすには至らない状態である。

 航空機に関しては完全に日本がシェアを独占している形となっており、日本側も各国に発展を促したいところではある。

 だが、残念なことに航空機製造に関する難しさは群を抜いており、ようやくジェット機の雛型を開発できたグランドラゴ王国とアヌビシャス神王国でも、まだまだ大型ジェットエンジン搭載タイプの大型旅客機は難しいのだった。

 ちなみに余談に次ぐ余談だが、そもそも日本の兵器というのは意外と独自性のあるモノは少ない、という一面がある。

 航空機の話が出たので航空機に絞ると、戦闘機の躯体は自分たちで設計できていたが、プロペラや照準器、さらには一番重要な武装である機関銃・機関砲のほとんどは海外のモノを参考にしているか、ライセンス生産品だったというのだ。

 数少なく独自性があったのが、発動機や終戦間際に実用化された『五式三十粍機銃』を始めとする一部の機器のみだったと言われている。

 発動機に至っては確かにアジアの国としては高性能なものと言えたが、欧米諸国と比較してしまうとどうしても見劣りしてしまう部分があるのである。

 日本軍の航空機は総合的に発動機の出力不足という難点を抱えていたため、単発機で速度を出そうと思うと、必然的に機体をできる限り軽くしなければならないという宿命を背負わされていたとも言える(もちろん一部にはそうでもない機体があるが)。

 そして機体の軽量化を徹底した結果、機体の強度が足りずに速度を活かした一撃離脱戦法が使えなかったのが海軍を代表する『零式艦上戦闘機』であったという。

 まぁ、そもそも零戦の速度は当時の航空機からしても異様に速いというわけではなかったこと、日本人の航空戦闘……特に対戦闘機戦において格闘戦が重視されていたからこそ生まれた機体でもあるわけだが。

 日本がもしも強力で安定した発動機を製造できて、欧米の戦闘機と渡り合えるだけの航空機を作れたら……という話題は興味が尽きないが、当時の日本の工業力の貧弱さを考えると、夢のまた夢としか言いようのない話である。

 ちなみに筆者も最近知ったことだが、日本人でも、そして零式艦上戦闘機であっても岩本徹三を始めとして一撃離脱を多用したパイロットもきちんと存在していた。

 閑話休題。

「各国では航空機パイロットの育成にも力を入れているみたいですけど……通常産業の人手が減りつつあるのが問題だそうです」

「それな。ウチも父方の実家が農家だけど、『後継者が~』ってよく連絡が来る。いっそ、世界が平和になったら継ぐことを考えるかな」

 新しい職業が増えるにつれて、農業を始めとする第一次産業に携わりたいという人間が減っているのも事実であり、各国ではその対応に悩んでいた。

 日本も未だに第一次産業に関する人手不足は慢性的で、ロボットの導入や収穫した作物を仕分けするAIの導入などでなんとかしようとはしているのだが、それでもやはり足りていないのが実情である。

 大陸系日本人の数もその多産ゆえに大幅に増えて、既に人口も3億になろうかというほどに増えているのだが、その大部分はまだ子供であった。

 普通の動物とは違い、人間を精神的にもしっかりした、優秀な存在に育てようと思うとかなり長い時間がかかる。

 しかも、いくら人が増えても加速度的に生産量や兵器の配備数も増えているため、ブラック状態はまだまだ終わっていない。

 というか、大半の日本人が『もうダメだろ』と諦めモードになっているレベルである。

 仮にこの世界の国家全てと交流を持てたとしても、恐らく軍縮はできないだろうというのが現在の予測だった。

 それもこれも、宇宙へ旅立ったという先史文明が帰還した時、その暴虐に立ち向かえるようにするためである。

 日本だけでは手が回らないのだから、各国にも当然協力を仰ぐことになる。

 だがそれは、潜在的に敵になり得る蟻皇国やイエティスク帝国をどうするかという問題も込みの話なので、かなり揉めるだろうということは素人にも推測できるのだった。

「いずれにせよ、戦争がすんなり終わったとしても、タダでは済まないだろうな。全く、今後のことを考えると胃が痛くて仕方がない」

「それを言っても仕方ありませんって」

 相手は第二次大戦時のドイツ並みの機甲戦力と、大英帝国と同等かそれ以上の艦隊を保有しているという強大な国家だ……強いて言えば海軍は使える港が限定的なこともあって日本が想定しているよりは弱体とも言えるのだが、それはここで言っても仕方がない。

 しかしそれでも、強大な戦艦や大戦末期のUボート並みの戦力を持つ相手と考えるだけで、かなり神経をすり減らしていることは間違いない。

 本土でも『どれだけ隊員に死者を出さずに、いかに早期に決着をつけられるか』ということを主眼に考えているため、必要であれば少しくらいの待機時間は逆に設けられるという点は大きいのだが。

「なんにせよ、我々は今回動いている全ての存在と連携し、役割分担した上で戦わなければならない。まぁ、今回の敵で厄介なのはむしろ歩兵だろうな」

「パンツァーファウストとか対戦車地雷が出てきたら面倒ですよねー」

 この世界で今のところゲリラ戦に遭遇したことがないとはいえ、イエティスク帝国にないとは限らない。むしろ、追い詰められて急に組織だったゲリラ戦が行われる可能性もある。

 なので、その暇すら与えずに、という点が重要となる。

 問題は、すでに敵基地が備えを始めている、というところだろう。

「あとはできる限り事前偵察の結果と照合して、安全かつ迅速に行動するしかない。それが俺たちの仕事だ」

 こうして、日本を初めとする連合軍はさらに北へと歩を進めるのだった。

あともう少し、あともう少し私の描く茶番劇にお付き合いいただけると幸いです。

言ってはあれですが、書いてみたいと思っただけのド素人がよくここまで書いたもので……来年の初めくらいには終わりそうですね。


最後まで本作を、よろしくお願いします。

次回は7月6日に投稿しようと思います。

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