始まりはいつも突然に
今月の投稿になります。
さぁ……いよいよドンパチタイムでございますぅ‼
――西暦1751年12月8日 イエティスク帝国南端 キンターヴル基地
まだ夜が明けきっていない早朝、イエティスク帝国とニュートリーヌ皇国の国境を接するキンターヴル基地(旧世界で言うところのハリコフ付近)では、電波探知機監視員のアナトリー・アーヴェンが眠気をこらえながら電探の画面を見つめていた。
「クソったれ……我が国に攻め込むようなバカは居ないっていうのにいつもこんな眠いことさせやがって……」
そんな彼に先輩のミノタウロス族女性、ディアナ・イブラギモフが『こらっ』と言いながら注意する。
「無駄口叩かないの。我々がこうして監視をしているからこそ、どの国も我が国には手を出せないのだろうが。我々の後ろには皇帝陛下と、その皇帝陛下が愛する臣民がいることを忘れてはダメよ?」
そうは言うものの、眠いものは眠いのだ。
それでも外の監視員たちに比べれば、こうして暖房の利いた屋内で仕事できるだけマシではあるし、そもそも自分たちはこれで飯が食えるのだからその通りかもしれなかった。
また、隣に座る美人先輩の豊満にして揺れる胸元をチラ見することも忘れていない。これはこれでかなりの眼福なのである。
だが、男性のチラ見は女性からすればガン見に等しいとも言われているらしく、ディアナにはあっさりとバレる。
「こら、見るなら胸じゃなく画面にしなさい。程々にしないと怒るわよ?」
「へーい……ですが、榴弾砲やプーシカ砲の砲弾すら捉えられる電探ですよ?それになにか映ればすぐにわかりますって」
「全くもう……ちょっとだけ、それも見るだけよ?」
「えへへ、すんません」
イエティスク帝国では既に大戦末期クラスの米英軍に匹敵するレーダーを作り出すことに成功しており、15cmから20cm前後の砲弾の軌跡までも捉えることができるようになっていた。
実装当初に実験した際には、戦艦の38cm砲弾はもちろんのことだが、巡洋艦の15.5cm砲弾までもを捉えるという画期的な性能であった。
しかも、古い型での対空探知距離は300km先までが限界だったのだが、現在はさらに伸びて400kmまで延伸されている。
探知距離が100km伸びるということは、それだけ敵の早期発見が可能となり、対処に必要な時間を得られるということである。
戦場において、早期対応に必要な時間とはいくらあっても足りないものである。
「まぁ、この帝国に、まして先だって始まった厳寒期に攻め込んでくる愚か者はまずいないと思うけ、ど……?」
ディアナの表情が固まったのを見たアナトリーが画面を見てみると、レーダー画面がいつの間にか真っ白になっていた。
「な、なんだ!?故障か!?」
「なに言ってるの!定期整備は3日前にしたでしょ!そんなすぐに壊れるなんて……」
その時、ディアナは何者かが電波妨害をしているのではないかと気づいた。そのため、急いでマイクを手に取った。
『至急‼至急‼こちら電探監視室より各員へ‼電探に異常発生‼各員は早急に持ち場に付け!航空隊は上空へ上がり索敵を開始せよ‼これは訓練ではない‼繰り返す!これは訓練ではない‼』
本来であれば上司を通すべき部分であるが、万が一高度な能力を持つ敵の侵攻だった場合、手順を守っていたら間に合わなくなる可能性がある。
そんな恐ろしい可能性に一瞬で辿り着いたディアナの、早急な対応のつもりであった。
監視室の報告を受けて基地内に警報音が鳴り響き、基地の人員が早急に待機所から持ち場へと移動していく。
高射砲や高射機関砲には基地内を移動するための車から次々と弾薬が運び込まれ、対空監視所の見張り員の数は倍に増える。
多数の『パンテーラ』型戦車が重厚な音を立てながら基地の要所へと配置される……『チーグルⅠ』戦車は動力始動までに30分以上の準備時間がいる(史実のティーガーⅠよりはかなり早い)ため、まだ格納庫内だ。
基本的な守りは万全……に思われた。
「ディアナ先輩、急にどうしたんですか?きっとただの故障ですよ」
「電探全てが一斉に!?あり得ないわ‼これはなんらかの手段による敵の攻撃よ‼早急に即応態勢を整えなければこちらが大打撃を受けるわ‼あなた、何年監視員やってるの!訓練学校でなにを学んだのかしら!」
ディアナはレーダーの出力を調整してみるが、まるで反応がない。
「どうなっているの……まさか、我が国の電探出力を分析して、それに合わせた周波数の電波を送るという能力を持っているというの?そんなことが可能だとしたら……」
その時、外から強烈な爆音が響き渡った。
「なに!?」
『報告‼第一対空電探、破壊されました‼』
『第二対空電探、同じく破壊‼』
ディアナは各所から入ってきた報告と、次々に電探の画面が消えていくことで、これが敵の攻撃によるものであることを確信した。
「敵襲!敵襲よ‼直ちに全員の配置を……」
ディアナの言葉は最後まで続けられなかった。なぜならば、屋根を突き破ってきた『なにか』が目の前で猛烈な爆発を起こしたことにより、意識が消え去ったためであった。
イエティスク帝国南端に存在するキンターヴル基地のレーダーサイト及びレーダー監視所、そして付近の10cm以上の大口径高射砲は、日本国の電波妨害によってその機能を喪失したところで『Fー6』戦闘機の誘導爆弾によって殲滅されてしまった。
「な、なんだ!?」
「電探と高射砲が揃って沈黙したぞ‼」
「いや、小口径の高射砲は残っている。撃ち漏らしか?」
「わざと残したっていうのか?そんなアホみたいな真似、急降下爆撃以外にできるわけないだろう!」
兵たちは大騒ぎしつつ持ち場につく。電探が完全に沈黙してしまったため、もはや残されているのは見張り員の目だけであった。
「上空!敵機確認‼」
1人の声を目標にその方向を向くと、自分たちの知っている航空機よりも鋭く、先進的な形状をした航空機が何機か飛んでいるのを確認した。
「あんな……あんな小さな航空機の攻撃だっていうのか?」
「馬鹿な、そんなことあるわけないだろう!他にも大型の爆撃機がいるはずだ‼」
「いや、その割に基地の外に落ちた爆弾はないぞ‼やはり局所的に打撃を与えてきたとしか考えられない‼」
この兵士の言うことが正しいのだが、イエティスク帝国において『誘導爆弾』はGPSやレーザー誘導を使用した『JDAM・LJDAM』と違って、有線によるもので、しかも高空からではコードが足りない、『フリッツX』に近い物であった。
そのため、ある程度であれば高射砲と砲弾に搭載された近接信管で対応可能と思われた。
そう、ある程度であれば。
「敵の高度……恐らく、1万5千m近く!?我が軍最大の15cm高射砲でも届くかどうかわからないぞ‼」
「ば、バカな!」
「我が軍の最新鋭戦闘機である『カチューシャ』と同じくらい高くを飛べる戦闘機……そんなものが先史文明以外に存在するはずがない‼」
混乱のあまり、一部の兵は右往左往するばかりになってしまった。
すると、今度は55口径85mm高射砲に攻撃が命中したらしく、弾薬に引火した後に誘爆を起こした。
「こ、今度は小口径高射砲がやられたぁ‼」
「何故だ!なぜこんなに狙った攻撃を行えるんだぁ!?」
「あぁっ!3門まとめて吹っ飛ばされたぁッ‼なんでだよっ‼なんでなんだよおぉッ‼」
追加で投下された爆弾が次々と高射砲を破壊していき、徐々に基地が丸裸となっていく。
『Kill Target。Next Attack』
上空では『Fー6』戦闘機と『FGー6』電子戦機が飛び回り、対レーダー誘導弾や誘導爆弾を次々と投下している。
敵が小口径の高射砲と高射機関砲を集中運用することで、敵機に対する撃墜率を上げるという戦法を採用していたこともあって、小口径砲に関しては1発投下すれば2、3門を一気に吹き飛ばせるというお釣り付きである。
『Fー6』戦闘機パイロットの1人、藤村咲3等空尉が眼下に広がる地獄絵図を見ながらボソリと呟く。
「……魔王大佐殿はどんな気持ちでこういった陣地や戦車に突っ込んでいったんだろう」
彼女は元々大陸出身の兎人族であった。
日本が転移した後に自分の住んでいた村が自衛隊を通じて接触し、当時4歳だった彼女と家族はすぐに日本に渡り、その恐ろしさに触れた。
そんな彼女は幼い時から空を飛ぶ鳥や翼竜に対して強い憧れを抱いていた。
特に低空、或いは地上にいる獲物を狙って、激突するかもしれないほどの勢いで急降下していく猛禽類の姿は、彼女にとって『強さ』の象徴だった。
日本に渡る前、家族とたまたま出かけた時に見た猛禽類の狩りの姿は美しく、彼女の心を正に『鷲掴み』にした。
その猛禽類は驚くべきことに、自分と同じかそれより大きい恐竜の子供を軽々と持ち上げ、恐竜の牙の届かない高さへあっさりと連れ去ってしまった。
その姿は優美でありながら力強く、子供ながらに『カッコいい』と思ったのである。
そのため日本に渡って人間が空を飛ぶ手段があることを知り、特に日本の航空自衛隊の花形と言えるパイロットという職業があると聞いた時、彼女は『パイロットになりたい!』と強く願い、勉強と鍛錬に勤しむようになった。
他にもパイロットと呼ぶべき職業は多数存在したが、彼女にとって、『とにかく速く、高く飛びたい』という欲求を満たせるのは、戦闘機のパイロットだった。
さらにそんな勉強をしていた14歳の時、書店である本を見つけた。
それは、日本がかつていた旧世界に存在したと言われる、『魔王』の自叙伝であった。
空から強烈な音をかき鳴らしながら急降下し、敵の武器や乗り物、果てには硬い装甲で覆われた亀のような船(弩級戦艦)を叩き壊していったという『彼』の伝説に、彼女は高空から強大な敵すら捕まえてしまう猛禽類の姿を幻視した。
『私もいずれ、魔王大佐殿のような屈強な飛行機乗りになりたい』
その後、大陸系日本人という一種のハンデを背負いながらも優秀な成績と身体能力を見せつけ、航空自衛隊の戦闘機、それも最新鋭機にしてマルチロール機である『Fー6』多用途戦闘機のパイロットになれた。
その初陣の相手が、この世界では最強とも言われているイエティスク帝国の、それも最前線の基地であった。
改めて訓練通りに敵の高射砲及び高射機関砲の射程圏外から次々と爆弾を投下するが、それによって1つ1つと光点が消えていく姿を見て、彼女は背筋に寒気を感じる。
「これが……これが現代戦なのね。私が考えていた『戦い』が、どれほど未熟なものだったのか、改めて突き付けられる気分だわ……」
だが、それとかつての『憧れ』は別の話である。
「そろそろ爆弾がなくなるわね」
『敵航空基地及び対空兵器の減衰を確認。搭載対地兵器、残数なし』
まだ自衛用の『AAMー7』(AAMー5のマイナーアップデート版近距離対空誘導弾)が2発あるにはあるが、万が一敵機がどこからか(この場合は山の斜面などを利用して隠蔽されたシェルターなど)上がってきた時に備えて残してあるものである。
「帰投しましょう」
藤村は敢えて冷たい声音で自分に言い聞かせるように呟くと、ニュートリーヌ皇国の基地へと戻るのであった。
一通りの攻撃が終わった時、キンターヴル基地は各所から煙が上がっており、指揮所に至っては完全に潰されていた。
各所で兵たちが走り回っており、復旧と応急処置を急いでいる。
先の空襲の数少ない生き残りの機甲部隊隊長のアガフォン・ヴォロドスは自国の精鋭たちが成す術なく叩き潰されていった姿を見て、すっかり肝を冷やしていた。
「くっ、こちらが飛び立つ前に滑走路がやられてしまったから航空機が一切飛び立てなくなってしまった……これでは地上部隊は丸裸に近いではないか‼」
戦車はほとんど無事だが、航空支援がない状態ではその力を存分に発揮することはできないだろうと思われる。
堅固な装甲を持つ『チーグルⅠ』も、まだ始動までに時間がかかりそうな状態であった。
このままでは、敵がさらに航空兵力を集中して運用した場合に戦車がほとんど潰されてしまう恐れすらある。
実際、地球における戦争・紛争でも航空支援のない戦車を含めた陸上部隊が、多数の航空攻撃によって粉砕された例は多数存在する。
すると、南方の監視所から声が上がった。
「南方より未確認機多数確認‼総数……30機以上‼」
他の兵たちも双眼鏡を取り出して見てみると、大きな羽根を4つ付けている航空機が10機ほど、噴式機関と思しき機構で飛行していると思しき大型航空機が20機以上、双発だが奇妙な位置に機関が設置されている噴式航空機らしいものが15機ほどであった。
「こんな時に……敵の追撃隊か‼大型機で数が多いとは、厄介だぞッ‼」
速度はほとんど同じらしく、一斉に向かってくる。こうなればと近くの山中に隠していた一部の高射砲を持ってこさせるのがせめてもの抵抗だが、移動型の高射砲はゴムタイヤ式以外は設置までにそれなりに時間がかかる。
もちろんだが、敵機はそれまで待ってはくれないだろう。
果たしてどれほど抵抗できるのか、アガフォンは歯噛みしながら空を見つめることしかできないのだった。
見れば、他の兵たちもなんとか稼働できる兵器を動かそうとしているが、残っているのと言えば移動型の13mm連装機関銃や8mm機銃くらいであった。
「あんな大編隊相手に……稼働できる航空機も高射砲もほとんどなしで戦えとは……どんな理不尽だっ‼」
接近していた海上自衛隊所属『Pー1』哨戒機25機、航空自衛隊所属『ACー3』彗星が15機、そして同じく航空自衛隊所属の『Aー1』飛竜が20機の60機という大編隊は、残存する地上兵器と抵抗の意思を見せる兵士を破壊するべく飛行を続けていた。
残存高射機関砲や対空戦車に向けては、『Pー1』哨戒機に搭載された『AGMー1』・雷上動が発射され、動き始めた戦車には『Aー1』飛竜から同じ誘導弾が発射される。
しかも、飛竜の場合そこからさらに機首の30mm多銃身機関砲『信長』が轟音を上げながら『チーグルⅠ』の上面装甲を貫いて吹き飛ばしてしまう。
ズタボロの戦車を見た『Aー1』のパイロットたちは無線で会話をしている。
『ヒューッ!虎狩りの時間だベイベー!』
『オイオイ、あんま調子乗んなよ?おっ、こっちは豹狩りだぁーっ‼』
彼らの名誉のために一応述べておくが、彼らは操縦席に座るとアメリカナイズされてしまってヤンキー染みた雰囲気になってしまうが、飛行機を降りれば穏やかに戻るのである。
他にも、『ACー3』が上空を飛び回りながら機関砲と榴弾砲を次々と発射しており、密集して迎撃しようとしていた兵士たちは呆気なくこの世を去ったのだった。
『アタックリーダーより各機。残弾に注意せよ。特に〈飛竜〉は消耗が早い。必要ならすぐに空中給油を受けて帰投せよ』
『こちらドラゴン1、了解。早めに撤収する』
『ドラゴン2、同じく了解』
数時間以上滞空して砲弾と弾丸の雨を降らせることが仕事の『彗星』とは異なって、『飛竜』は純粋な対地攻撃機であるために航続距離と弾薬の搭載量に限度がある。
大本となった『Aー10』サンダーボルトに比べれば反重力装置や燃費を向上させたエンジンによって若干延伸されているとはいえ、過信するのは危険だ。
30分ほど攻撃を続けたところで『飛竜』は南の空へと飛び去って行き、同じく誘導弾を撃ち尽くした『Pー1』哨戒機も南へと去っていった。
残った『彗星』は敵地上部隊を殲滅すると言わんばかりに弾雨を降らせ続ける。
敵からもまばらに対空砲火が上がってくるが、先ほどまでの猛攻も影響してその数はかなりまばらになっている。
彗星の数は15機、それも元が輸送機なのでかなりサイズ的には大きいのだが、レーダーや監視所、高射装置による統制された射撃ができなくなった影響でその反撃はかなりまばらなものとなっている。
ごくたまに1発が当たっても、流石に大型の輸送機なので1発の榴弾の破裂くらいではエンジンに直撃でもしない限りは屁でもない。
機関砲は歩兵と軽車両を、榴弾砲は装甲車と機関砲を狙うのだが、全て上空で飛行している『Qー2』バルチャーが監視してリアルタイムで各機の位置を共有させているため、狭い範囲に効率的に攻撃を行うことが可能になっている。
さらに一部の機体は滑走路を破壊したことで飛行できなくなった航空機とそのハンガーに攻撃を仕掛けており、精鋭のはずの航空隊を空へ飛ばすこともなく撃滅していた。
彗星隊のリーダー機に乗っている飛行隊隊長の上坂は破壊痕まみれで燃え上がる基地を見ながら嘆息する。
「これで後は地上部隊による制圧が始まるわけだが……以外に呆気なく片付きそうだな」
「それはこっちが安全なところから攻撃しているからですよ。地上戦闘じゃそうもいかないんじゃないですか?ゲリラ戦に持ち込まれたら厄介ですよ」
「ま、そりゃそうか」
一見呑気な会話をしているように見えるが、その目はずっとモニターや外に向いている。
すると、山肌に隠れていた横穴から高射機関砲を搭載した車両が姿を見せたと思えば、攻撃を始める前に榴弾の一撃をお見舞いする。
「やっぱりまだ残ってたか」
「今まで攻め込まれたことがないのにこういう概念があるのって……やっぱり先史文明の影響ですかね?」
「十中八九そうだろうな。ただ、理解できるだけの頭脳がトップ及びその周辺になければ実行はできない。帝国の上層部は想像以上に優秀なのかもしれないな」
圧倒的な戦果を叩き出しているにもかかわらず、全く油断した様子がないのは流石と言うべきか。
すると、射撃用のモニターに新たな目標が出現したことを告げるサインが灯る。
「やれやれ……そろそろ休ませてほしいんだけどな」
「仕方ないですよ。たぶん、弾薬と燃料、どちらかが尽きるまでは続きますから」
「キツイねぇ」
そう言いつつ、次の目標に対する攻撃を開始するのだった。
一方、狙われる地上側はたまったものではない。
「よし、早く高射砲の設置を……うわっ、もう来やがった‼」
「ダメだ、間に合わない‼退避、退避ーッ‼」
引っ張り出したのはいいが、高射砲は引っ張り出してすぐに撃てるわけではない。
駐鋤などを打ち込み、しっかりと地面に固定しなければ、ただの鉄の塊である。
「ちくしょう、なんだってあんな奴らが……ギャーッ‼」
流れ弾に撃ち抜かれたらしく、その兵士は悲鳴と共に倒れ込む。
他の兵士たちももはや右往左往するか、先ほどまで高射砲を隠してあったシェルターに逃げ込むことくらいしかできない。
シェルターの中には既に一部の兵士が逃げ込んでいるが、皆ガタガタと震えている。
「なんで……なんでこんなことになったのよぉ……誰か教えてよぉ‼」
女性職員がヒステリックに叫ぶが、誰も答えることはできない。なぜならば、自分たちの常識の範疇外と言える能力を有する相手である。
一般兵やそれよりちょっと上の階級の下士官クラスでは、分からないことだらけであった。
「くそっ、この『カチューシャ』も引っ張り出すことなくここでお眠かよ……」
「敵に見つかる前に処分したいけど……ここじゃ無理ですよね?」
「やるにしても敵がいなくなってからだ……もっとも、こんな猛烈な攻撃を受けていたんじゃ、爆破用の機材が残っているかどうかすら怪しいけどな」
すると、携帯用通信機に耳を傾けていた通信兵らしい女性が顔を上げた。
「ダメです。やはり直近の基地に繋がりません。もしかして、なんらかの電波妨害を受けているのではないでしょうか?」
「電波妨害か……技術部の方でそんな研究がされていたという話は聞いたことがある」
「同じ位相の電波をぶつけることで、相手の通信能力を削ぐ、でしたね?」
「あぁ。我が国以外で無線通信を使用しているのはフィンウェデン海王国だけのはずなんだが……他にも無線通信を使える国が現れたのか?」
すると、下士官の1人が『そういえば』と思い出したように声を上げた。
「どうしました?」
「本部にいた時に聞いたのだが、西にある『日本』という国が無線を使用していた可能性が高い、という話があった」
「日本?聞いたことないが……」
「1年ちょっと前に海軍が輸送船を拿捕したことがありました。その時に僅かですが調査した結果、壊されていたものの通信機器らしいもの……それもかなり高度な物が確認されたとのことです」
「まさか、この攻撃も日本国のモノだというのですか?」
「それは今の時点ではわからないですよ。ただ、聞いたところによると日本は『白地に赤丸』という大変簡素な国旗を掲げているようですので、赤い丸が施されていれば日本国の攻撃、ということになるでしょう」
できれば見に行きたいが、外では未だに強烈な爆音が響き渡っているため、外へ出た瞬間にハチの巣になりかねない。
「ど、どうだ?流石に退避豪の中からでは見えないか?」
「も、もう少しで……」
入り口近くに潜んでいる兵が空を見上げると、まるで狙ったかのように4発機がこちらに腹を向けた。
「あ、あれは……やはり白地に赤い丸‼日本国、日本国の飛行機ですっ‼」
「間違いないかっ‼」
「はい!下士官殿が仰ったとおりの紋様が見えます‼」
これではっきりした。敵は日本国である、と。
しかし、分かったのはいいが通信機が通じないので連絡を送ることができないのは厳しい。
すると、1人の女性が『あ、あの……』と手を上げた。
「実は私、かつて後方のイーヴァ基地に勤めていたんですが、その時可愛がっていた鳩をここに連れてきていまして……」
見れば、確かに籠に入った鳩がバタバタと暴れている。爆音が激し過ぎてパニックになっているらしい。
「鳩を?それがなんの役に立つ?」
「は、鳩には、過ごしていたところに戻ろうとする本能があると言います。実際、私が誤って放してしまった時にはイーヴァ基地に戻っていました」
それを聞いた一同はハッとした表情でその女性を見た。
「そうか……いくらなんでも鳥を撃ち落とすとは考え辛い‼ならば、一縷の望みをかけて書面を……」
「はい。このまま座して待つよりはよろしいかと思います」
「よし、誰か、紙と万年筆を‼」
外の爆発音が収まらない中、シェルターに籠った軍人たちが分かっていることを紙にまとめると、ヒモでなんとか暴れる鳩の足に括りつけた。
「よし、敵機が少し遠ざかったところで飛ばすんだ‼」
「了解‼」
鳩を抱えた女性を守るように2人の男が側に付き、入り口近くに立つ。
上空を大型機が飛び回っていたが、武装をつけた左側ではなく、右側に向く。
「今だ‼」
放された鳩は、素早く上空へ飛びあがった。
すると、まるで最初から分かっていたかのように北の方へと飛んでいったのだった。
「やった‼やりました‼」
「これで可能性が見えた‼」
兵士たちは手を取り合って喜んでいた。女性に至ってはその豊満な胸元に男性を抱き寄せているほどである。
「よし、攻撃が終わったら外へ出て無事なものをかき集めよう。この後恐らく敵陸軍の侵攻があるだろうから、それに少しでも備えるのだ‼」
「はい‼」
思わぬ希望を得たイエティスク人たちは、自分たちにできることをするべく動き出す。
それから2時間後、鳩は悠々と空を飛んでいた。
鳩はとにかく、『自分が帰るべき場所』と考えている地点に向けて飛び続けているのだ。
だが、ずっと飛んでいられるわけでもない。
フンをするくらいならばともかく、エサを食べようと思うと木に止まって木の実や蟲をついばむ必要がある。
そう思って鳩は近くの木にちょこんと止まった。
見れば、おいしそうな木の実がたくさん成っている。
嬉しそうについばみ始めた……その時、鳩の後ろに影が迫っていた。
「……」
それは、スルスルと木をよじ登ってきた、大きな蛇だった。
簡単に言えば、小型の鳩くらいであれば丸呑みにできてしまうような奴である(日本人が想像している蛇より一回り以上大きい)。
鳩は食事に夢中で、蛇に全く気付いていない。
バラエティ番組などであれば、視聴者が『後ろ、鳩後ろー!』などというものだが、ここはなにもない大自然。
鳩も全く気配を感じていないようだ。
長年飼育されていたからか、帰巣本能以外の野生が鈍っているらしい。
そして……ついに蛇が仕掛けた。
――シャッ!
一瞬声のような音を立てたかと思った瞬間、鳩は蛇に巻き付かれていた。
なんとかもがいて脱出しようとする鳩だが、そこに蛇が追い打ちの如く首を締めあげる。
蛇は全身が筋肉の塊と言ってもいいような存在で、アナコンダクラスになると成人女性や小型の鹿くらいならば余裕で絞め殺すほどのパワーを持つ。
鳩はただただ暴れ続けていたせいで早くも酸欠に陥ってしまい、ぐったりと動かなくなってしまった。
蛇はそれからさらに30分以上締め上げるというねちっこさを見せつけた後、鳩の頭からかぶりつき、悠然と丸呑みを始めたのだった。
どうやら、この蛇は毒のある蛇ではなかったらしい。
毒があれば、締め付ける間に噛みついて毒を注入し、相手を弱らせることもできるからである。
ちなみに、毒蛇がよくクローズアップされがちだが、自然界ではむしろ毒のある蛇は少ないと言われている(あくまで世界的に見れば)。
蛇は丸々と太った鳩を飲み込むと、満足したかのように丸くなってその場で休憩を始めるのだった。
ここで終われば『あ~残念』で済まされる話であるが、さらに続きがある。
そんな蛇が誤って木の枝から転げ落ち、仕方ないと言わんばかりに物陰に隠れようとした時、蛇の頭上からいきなり木の棒が振り下ろされたのだ。
そこに立っていたのは、オーガ族の男性だった。
「こらありがてぇ。このところ軍隊様のせいで飯もロクに喰えなかっただが、蛇公がなんか丸呑みしてらぁ。こいつぁ久しぶりの御馳走だぁ。母ちゃん、喜ぶぞぉ」
それは、イエティスク人の農夫だった。
厳寒期は厳しい土地柄ではあったが、農業に勤しむ人は当然存在する。
しかし、食料の多くは大きな街や軍に搾取され、農夫たち末端は中々ご馳走にありつけない。
そんな彼らからすれば、『なにかを丸呑みした蛇』というのは、とんでもない御馳走だったのだ。
その後、持ち帰られた蛇は解体され、ついでにそのお腹に呑まれていた鳩も呆気なく解体されてしまった。
しかも、不幸だったのはその農夫が文字を読めないことであった。
そのため、なにか重要なものだという判断もできずに、ただポイと暖炉の火付け紙に使われてしまうのだった。
現実とは、無常である。
……最後のはなんとなくで書いてみた奴です。
彼らの一縷の希望が、彼らのあずかり知らぬところで消えているというそのなんとも言えない哀れさ……人間だけでなく、全ての生物はそういった様々な『たまたま』や『思わぬこと』と共に生きていると時々思い出すからです。
次回は6月8日に投稿しようと思います。