部隊集結!
続々と集まる日本の戦力です。
いよいよ……いよいよ……
――西暦1751年 12月1日 ニュートリーヌ皇国 首都ルマエスト メーロ空港
この日、ニュートリーヌ皇国にあるメーロ空港には多数の航空機が集まっていた。
空の戦いを制するための『Fー5』戦闘機や、制空に加わりつつも地上攻撃も担うことになっている『Fー6』及び『EFー6』、敵の誘導弾などを潰したうえで敵に弾丸・砲弾の雨を降らせる役目を持つ『ACー3』、『Aー1』、さらに空対地誘導弾を発射するための『Pー1』哨戒機など、航空機の博覧会かと思わされるほどの種類と数である。
それを見ていたニュートリーヌ皇国のメーロ空港所属管制官、アレクトールは上司と共に唖然とするばかりだ。
「すごいな……こんな数の航空機、見たことないぞ……」
「あぁ。我が国に飛んできたことがあるのは戦闘機以外では『Pー1』哨戒機だけだと言っていたが……あの時とは比較にならない規模の戦いになりそうだな」
ちなみにここにはいないが、日柔戦争では他にも『Fー3』戦闘機が使用されていた。
だが、あれは空母艦載機なのである意味ノーカンである。
すると、管制塔のレーダーに巨大な影が映った。
「レーダーに反応あり。識別信号確認完了。日本の超大型輸送機です」
レーダー員からの報告を受けた管制塔要員が空を見ると、ニュートリーヌ皇国基準では十分バケモノと言える『ACー3』や『Pー1』哨戒機などよりも一回り以上大きな航空機が、悠然と滑走路に着陸しようとしていた。
「なっ、なんという大きさだ……」
「先にいた四発機などが玩具に見えてしまいますね……あれだけの大きさならば、どれほどの重量を一気に運べるのか……既存の日本の輸送機でも40t以上のものを運べるようになっているとのことですが、あれはその倍じゃすまないはずですよ……」
アレクトールの言う通りである。
今飛来した巨大輸送機、『Cー4』雲龍は300t以上の荷物を運ぶことができるので、確かに倍ではきかないレベルの輸送量だ。
それでいて燃費などもバケモノ機体『の割には』いいということもあり、計画通り民間向けのものも作られることになった。
旅客及び貨物輸送の能力はとても高く、これまでの航空機とは比べ物にならない規模の輸送が可能になっている。
つまり、世界が平和になって航空輸送がさらに活発化すれば、民間向けの機体が大きく売れる可能性もある。
改装次第ではファーストクラスとエコノミークラスみたいな区分もできるだろうから、既存の旅客機とは比べ物にならない能力を発揮するだろう。
だが、一方でこんな怪物を見せられる方からすれば、たまったものではない。
「……改めて言うが、日本と戦争した我々が愚かだったと言わざるを得ないな」
「そうですね。ですが、今や我々もまた日本の仲間……その一員です」
「そうだな。今度こそ、世界平和のため……よりよい未来のために今できることを頑張らないとな」
だが、彼らはそこからさらに驚かされた。
飛行機の中からは重厚な見た目の戦車や巨大な自走砲、大量のトラックや軽装甲機動車などの車両が続々と吐き出されてきており、ある程度近代化した兵器を見慣れた彼らもさらに恐れおののかせることになるのだった。
果たして、日本はどのような作戦を取るのか……。
――翌日 グランドラゴ王国 首都ビグドン フィンウェデン海王国大使館
この日、日本の外交官がフィンウェデン海王国の外交官に対してアポイントを取っており、会談を行うことになっていた。
フィンウェデン海王国駐グランドラゴ王国大使のクーリツァは、緊張の面持ちで会議室の椅子に座っていた。
やがて、開始時間の15分前に日本の代表が入ってくる。
日本の代表は、以前イエティスク帝国の外交官と会談した朝倉と浅井の両名だった。
「初めまして。日本国外務省の朝倉と申します。こちらは私の補佐で浅井といいます」
「浅井です、どうぞよろしく」
宗主国であるイエティスク帝国と緊張状態であるにもかかわらず、非常に礼儀正しい日本の外交官に、思わずクーリツァも頭を下げる。
「フィンウェデン海王国駐グランドラゴ王国大使のクーリツァです。本日は我が国を通して帝国に伝達事項があるとのことでしたが……どういったご用件ですか?」
朝倉はカバンから何枚かの紙の束を出すと、それをクーリツァに差し出した。
「我が国がイエティスク帝国から受けた『要請』に対する返答書です。これは、日本政府及び日本国民の意思そのものと思っていただいて構いません」
クーリツァが紙の上質さに驚きつつ恐る恐る見てみると、そこには衝撃的なことが書かれていた。
○日本国はイエティスク帝国の、国家の主権を無視した要求に応えることはできない。
○日本国はイエティスク帝国に対して、集団的自衛権の発動による宣戦布告を宣言する。
○日本国は帝国の主権者の都合に関わることなく、こちらの意志で戦いを続けることとする。時として、帝国主権者の降伏宣言を受け入れないこともある。
○なお、この場合戦闘行為によって破壊する施設として軍事施設のみならず、工業地帯及び沿岸部の造船所などの戦争にかかわる様々な『存在』を含めたものとする。
他にも数行ほど書かれているが、その全てが、『日本は帝国の意に従わない』と内容を匂わせるものであった。
「こ、これは……いったいどういうことでしょうか……?」
「見ての通りです。イエティスク帝国は我が国の民間人を不当に拘束しているのみならず、それを即時返還することなく、それどころか国家として秘匿しておかなければならない重要な機密を開示せよと言ってきました」
クーリツァはダラダラと冷や汗を流す。
以前帝国の関係者から『日本を刺激しすぎないよう穏当な言葉を選んだ』と聞いていたのだが、日本のこの態度を見る限り、なにかの間違いだったのではないかと思わされる。
先程まではわからなかったが、今の日本の外交官の目を見ればわかる。彼らはとても怒っている。
「我が国は独立国家として、平和と自由を愛する国として、このような理不尽極まりない要求に対しては断固たる態度で答えることを決定しました。イエティスク帝国が素直に民間人を渡してくれれば一番だったのですが、どうやらそうもいかないようですので」
しかも、どういう理屈かは分からないがイエティスク帝国を恐れていない。
ただの無知ではありえないその理知的ながら怒りに満ちた眼差しは、クーリツァを恐怖に陥らせるには十分すぎた。
「こ、これを、イエティスク帝国の皇帝陛下にお渡しすれば……いいのですね?」
「そうです。くれぐれも早く渡してください。さもないと……『騙し討ち』などと言われかねないので」
「!?」
クーリツァは戦慄した。今の言い方からすると、既に日本国は帝国に攻撃を仕掛けるべく動き出している可能性が高い。
日本の外交官2名はそれだけ言うと、そのまま呆然としているクーリツァを置き去りにして去っていったのだった。
一方、1分ほど固まっていたクーリツァは『はっ』と声を上げると、大慌てで本国へ報告し、フィンウェデン海王国を通じてイエティスク帝国にこの文書が素早く伝わることになるのであった。
それに要した時間、僅か2日であったという。
――2日後 イエティスク帝国 首都スターリン 大会議場
この日、皇帝アレクサンドラを含めた大会議場は紛糾していた。
全ては、日本国からの外交文書が原因であった。
「外務大臣。日本国には穏当な言い方で決定を促すように言ったはずだが……これはどういうことだっ‼」
一方の外務大臣は自分がミスを犯したとは知らず、まさか日本が宣戦布告までしてくるとは露ほども考えていなかったため、この一報が入った時には寝耳に水であった。
「も、申し訳ありません陛下‼し、しかし、所詮は未開の地を有する蛮族です。我が帝国の前には恐らく鎧袖一触かと……」
「馬鹿者ッ‼」
皇帝の威厳ある声が会議室に響き渡り、その場に居合わせた者たちが思わず縮み上がる。2mを超える偉丈夫が、腹の底から大声を発しているのだから当然と言えば当然だが。
「『恐らく』だと?確かに我が帝国は強い。だが、先史文明に対しては未だに無力と言えるほどの力なのだぞ‼日本国の実力がどれほどのものかは未知数だが、技術的に強かったニュートリーヌ皇国や、それを遥かに超える物量を有していた蟻皇国に対しても圧倒的な勝利を収めている!その事実から何故目を背けるかぁっ‼」
外務大臣はハッキリ言って軍事の素人である。部下から渡された日本に対して提出する草案を見て『まぁ穏当というならばこのようなもので十分だろう』という優越意識が抜けておらず、それでいて軍事について全く知識がないことから、ただただ『帝国は最強である』という意識の元に高圧的な要求をしたことをまるで理解していないのだった。
「……日本国の実力はいまだ不明だが、風聞によれば日本国の戦車の主砲は我が国の主力戦車に近いとも言う。我が国の戦車に匹敵する主砲を装備している。それだけで陸上部隊にどれほどの被害が出ると思っているのだっ‼」
「そ、それは……ぐ、軍の方に頑張っていただいて……」
「そのためにも情報局が日夜研究と調査を重ね、軍も練度向上に努めている!それだというのに、最前線に立つ外交官の、その頂点たるお前がこの様とは!なんたることかっ‼」
技術に詳しい一部の幹部は『日本侮りがたし』とみて慎重策を取るつもりでいたのだが、外務省が全てぶち壊しにしてしまったと言っていい。
だが、これは外務省だけの責任とも言い難い。
なぜならば、イエティスク帝国の官僚たちは基本的に縦割り組織となっているせいで横のつながりというものが一切ない。
同じ政府に所属する組織の中であれば、本来は相応の繋がりもあるはずなのだ。しかし、それが他省庁にまで及んでいないのだ。
もしも仮に、外務省が少しでも軍部に接触し、日本のことを調べようという思いがあったならば、このようなことにはなってなかったかもしれない。あるいはそれでも『帝国は最強である』という思い込みのままに高圧的な要求をしたか……それは今となっては誰にも分からないことである。
だが、直近の問題は、『自分からは戦端を開かないと言っていた日本が、自分から攻めてくる』というところだった。
「軍務大臣、日本が攻めてきたとして、守り切れそうか?」
軍務大臣のイワンは資料を見つつ返答する。
「資料によれば……資料によれば、日本国は既に噴式戦闘機や誘導弾を実用化しているとのことです。もし仮に、航空機から発射できる対地攻撃型の誘導弾が存在する場合、機甲師団は敵の戦車と戦う前に大打撃を受ける可能性がございます」
戦車のみならず、陸上部隊というのは基本的に航空攻撃に弱い。
現代の地対空誘導弾が充実してきた現状でさえ、アウトレンジからレーダーや誘導弾をピンポイントに潰されてしまえば、やはりその脆弱さは火を見るよりも明らかであった。
これは航空機が発達した第二次世界大戦頃からハッキリとしており、航空優勢の取れない戦場において陸上部隊はどうしても苦戦するのだ。
もっとも、ベトナム戦争のように優勢を確保できるはずの下地があったにもかかわらず様々な制約を含めて戦闘力を発揮できずに負けた戦いもあるにはあるが。
外務大臣を含めた一部の官僚がその脅威を理解しておらず、首を傾げるばかりである。
彼らの根底には『そんな高性能なものが自分たち以外にこの星に存在するとは思えない』という感情が根強くある。
皇帝であるアレクサンドラからすれば、『まだまだ先史文明には遠く及ばない』ということを古代技術解析省から常々聞かされているため、自分たちより発展した国家が存在する、それが今まで力を蓄えて見せなかったと言われてもある程度は納得できていた。
実際には日本が世界各地で大暴れしていたにもかかわらず帝国情報局が圧倒的すぎる戦果に分析しかねていた部分が多々あるのもあって、正確な情報は得られていないのだが。
イワンが空気を変えようと手を挙げて発言する。
「敵がもし陸から攻めてくるのであれば、ニュートリーヌ皇国の方面から攻め込んでくる可能性が高いと思われます。陛下のご裁断さえあれば、最新鋭機も即座に最前線へお送りいたします」
帝国の最新鋭戦闘機『カチューシャ』は、日本人から見れば『Migー17』に酷似した外観と性能を持つ戦闘機である。
最高速度は遷音速とこの世界の基本的な航空技術とは隔絶したものを持っており、対空誘導弾『ズヴィズダー』を装備している。
最大射程は前級に比べて延伸されており、50kmとなっている。
弾頭には最新型の近接信管を採用しており、既存のものに比べて効果範囲が広がっていることと、信管がより鋭敏になって相手に確実に打撃を与えられるように調整されていることが特徴であった。
これさえあれば、現時点のこの世界の国家に存在する航空戦力の大概があっという間に蹴散らせるだろうと考えられていた。
だが、それでも皇帝アレクサンドラからすれば不安しかないのだ。
というのも、フィンウェデン海王国とグランドラゴ王国海軍の空母艦載機が戦って圧倒されたという話を聞いて、これまでのグランドラゴ王国のワイバーンでは不可能な芸当だと考えていたからだ。
相手には損害がなく、フィンウェデン海王国の艦載機が全て叩き落されたということは、最低でも時速500km以上、早ければ600kmを超えるかもしれないのだ。
誘導弾やジェット機の高馬力エンジンによる高い上昇能力を活かした一撃離脱戦法を用いると言っても、完全ではない。
実際には彼らの実験では誘導弾も命中率は完全とは言い難く、赤外線誘導の能力にも疑問が多く寄せられている。
現在の誘導技術の場合、熱を捉えるという意味でも正面からすれ違いざまの攻撃をすることがベストなのだが、一部のレシプロ機にもなると後方に排気されるため、より安全な後方から狙うことも可能になる。
しかし、ちょっと目標がずれてセンサーが反応しなくなると、それだけでかわされてしまう。現代の誘導弾はこの隙をできるだけ少なくしたものだが、それでも完全に起きないとは言い切れないというのだから厳しい話である。
「少なくとも、これまでのような蛮族を相手にする心持では大損害を被る可能性が高い。イワン。皆に『気を引き締め、同胞との演習の如く全力を尽くすべし』と通達するのだ。よいな?」
「は、ははっ!」
イワンなど一部の者は日本をとても警戒しているのだが、文系肌の官僚はいまいちピンと来ていないようである。
この認識の差が、どんな結果を生み出すことになるのか……
そのような状態から、グランドラゴ王国を始めとする諸外国からも次々と宣戦布告通知が来たことにより蜂の巣をつついたような大騒ぎが酷くなるのだった。
――2033年 12月4日 日本国 首相官邸
この日、総理大臣は防衛大臣からの報告を受けていた。
「……そうか。全ての準備は整ったか」
「はい。冬が始まるこの時期に戦闘を仕掛けることに不安もありますが、逆に敵も『まさか厳寒期に仕掛けてくるバカは居ない』と考えているようです。既に宣戦布告もしてありますので、一切の遠慮なく叩けます」
日本としても本来厳寒期である冬に仕掛けるのは避けたかったのだが、敵が最も油断するであろう時期に電撃的な侵攻をすることによって、敵の能力が発揮されにくくなっている状態であるということを狙ったのだ。
かつての歴史でも冬将軍によってロシア・ソ連への侵攻を断念させられた例はあるため、かなり危険な話である。
だが、実は自衛隊もイエティスク帝国と戦うこと、それも本土決戦ではなく、イエティスク帝国の方へ攻め入ることも想定して訓練を積んできた。
幸い、帝国の存在するロシア方面と環境の似たアラスカがあったため、そこで冬季の訓練は何年も続けていた。
今や日本本土を守ることが主眼の自衛隊と言っても、いざ戦争が勃発すれば相手の本土まで出向いて相手の継戦能力を叩くことは当たり前になっていたのである。
また、あまり暖かくなると凍り付いた土地が泥濘と化してさらに動きが取れなくなる可能性が高い。その点も考慮して、防衛省は冬の内に戦争を終わらせるつもりであった。
「今回ですが、アメリカ大陸でアラスカ方面の防衛に当たらせていた第9師団をニュートリーヌ皇国へ輸送し、既に出動準備は終えています。かの部隊は先だって90式戦車から10式戦車への更新が終わったところです。きっと活躍してくれるでしょう」
元々新大陸に新設された師団の多くは旧式兵器(90式戦車のみならず、一部に74式も)を使用していたのだが、蟻皇国との戦いが終わった辺りにようやく全てが最新鋭の(と言いつつもう登場から20年以上経過してしまったが)10式戦車に更新することができていた。
もっとも、本土では既に新しい戦車の開発を行おうとしており、『主砲はわずかに拡大して125mm』だの、『重量は増加装甲込みで40tに抑えたい』などと考えて日夜研究が進められている。
頑丈性を維持したままの軽量化については、今後パワードスーツなどの新兵器を開発する際にも必要になると思われているので、無駄でないのは間違いない。
しかし、時代を経ても『軽量化』へのあくなき執念を燃やし続ける日本国はある意味流石というほかない。
人、これを『島国根性』と呼ぶ。
それはさておき。
出動させる予定の『10式戦車』も履帯を含めていくつかの改良を施されており、北海道どころかアラスカの雪深い中でも、湿地帯であろうとも走破できるようになっている。
最大重量48tの戦車にそんなことができるという時点で色々日本の技術はおかしい。
さらに路面の整ったところでは『16式機動戦闘車』が活躍するだろう。流石に不整地運用能力は戦車に遠く及ばないものの、整備された路面におけるその高速性能と『74式戦車』並みの攻撃力であれば、二次大戦水準の戦車であればティーガーだろうがパンターだろうが、ヤークトシリーズだろうが全て一撃でノックアウト可能だ。
「航空攻撃に関しても虎の子である『Fー5』戦闘機に加えて、『Fー6』や『Aー1』など、これまでにない規模の投入となる予定です。この時点で敵機甲戦力及び歩兵戦力の大部分を削ることが可能と考えております」
もちろん、相手を制圧しようと考えるならば、歩兵を中心とした部隊……それも一定数以上の大部隊を送り込まなければいけないが、かつての独ソ戦時代とは異なり、より効率的かつピンポイントに相手の戦力を削ることが可能になっている現在であれば、かつてのヒトラーの轍を踏む前にけりをつけられる可能性が高いと判断されていた。
「航空攻撃で敵の要所をピンポイントに叩き、その後機甲部隊を先頭に一気に前進させるという戦法です。ナチス・ドイツの電撃戦に近い所がありますが、あれとの大きな違いは、ナチスが急降下爆撃機信者だったのに対して、こちらは搭載力のある『Fー6』や『AC―3』のような長時間攻撃可能な機体を用いるというところですね」
第二次大戦時の対地攻撃機と言える兵器は数時間以上に渡って上空に留まり航空支援を行うことは不可能だったが、現代は輸送機を改造した対地攻撃機というものが存在する。
輸送機改造型攻撃機は構造的な意味でこそ脆弱だが、その輸送量を活かしたペイロードの大きさと、対地兵器を長時間使用しての支援攻撃という他にはない強みがある。
これが第二次大戦時に近い物となるとソビエトの『ILー2』辺りが有名だろうが、あれもやはり速度と航続距離という点で大きな難点を抱えていた。
しかも、地上攻撃と言っても基本的には戦車襲撃用の航空機で、歩兵に対してはたまたま戦車用の爆弾の爆発による爆風が当たるか、機銃掃射くらいであった。
え、ポン付けした37mm機関砲付きのシュトゥーカ?あれは1人しか扱えなかったうえに対戦車攻撃機なので論外ということで……もっとも、その扱えた『1人』こそが現代になお伝説を残す軍人界屈指の人外にして魔王なわけだが。
しかし、『ACー3』であれば30mm多銃身機関砲『信長』に加えて52口径105mm榴弾砲を備えており、数時間を超える滞空時間によって弾薬と燃料の続く限りの支援が可能となっている。
『Fー6』の場合搭載量と航続距離・滞空時間は『ACー3』より短いが、ピンポイントに強烈な攻撃を集中的に叩き込むのであればこちらの方が強い。
そして、日本側は攻撃開始の日を『ある日』にしようと決めていた。
「……作戦の名前だけならば、ニュートリーヌ皇国と戦った時と同じだな」
「えぇ。これが……最後の戦いになると信じたいですね」
彼らの見ている冊子には、このように書かれていた。
『大西洋戦争第一段階攻撃作戦・第二次真珠湾攻撃及び北方進撃作戦』と。
防衛省が考えている作戦はこうだ。
まず、空母機動部隊(今回は第1、第4護衛隊群所属の航空護衛艦を出撃させる)所属の攻撃隊を発艦させ、モスクワ近辺の港湾部にある敵のレーダーサイトを叩かせる。
幸い、敵のレーダー波は特定済みなので、その周波数に座標を合わせればいいから、潰すのは簡単である。
ただ、こちらがレーダーを照射することによって対レーダーミサイルを使用した場合には敵の逆探知に引っかかる恐れもある。
そのため、今回は基本的に事前に座標を指定した上でのJDAMを用いることになる。
そして、レーダーサイトを叩けば当然敵艦隊が迎撃のために出港を始めるだろう。
だが、そうなった場合には残存する機動部隊の攻撃隊による対艦誘導弾の嵐が吹き荒れることになる。
敵には超ビスマルク級と思しき巨大戦艦が存在するようだが、これは可能ならば潜水艦隊に相手させるつもりだ。
なにも対艦ミサイルでバリバリ叩いてから、などという手順を踏まなくとも、魚雷を数発撃ちこんで弾薬庫誘爆を促すことができればそれでおしまいなのだから当然である。
装甲の薄い艦艇は派手な対艦誘導弾で叩くことによって相手の注意も引き付けることができるとあれば、十分に価値がある。
だが、警戒するモノの1つとしてイエティスク帝国が潜水艦を保有している可能性があるという点があった。
それは、偽装されてはいたがコンクリートで固められた厳重な施設が海辺に存在していたこと、海自の潜水艦が物の試しに帝国沿岸部まで近づいた(立派な領海侵犯だが)時に『水中の駆動音を探知した』という報告があったのだ。
こちらの動きに気付かれたということではなかったこともあって、海自の潜水艦はその場で音紋を収集し、味方の潜水艦でないこと、水上艦艇のモノではないことを把握したうえで報告してきたのだ。
音紋からどのようなタイプかは特定できなかったものの、ソナー員が『タービンのような強力な回転音を感じた』と報告していた。
このことから既存の艦艇の発展形から能力の高いものとして考えられる、ナチス・ドイツのUボートの1つ、『ヴァルター・ボート』に近い能力を持つ潜水艦なのではないかと推測していた。
第二次世界大戦時の潜水艦としては尋常ではない隠密性を持っていたと言われており、末期には23型と呼ばれるタイプのUボートが駆逐艦やフリゲートが随伴した船団の中から厳重に護衛されたイギリス軍の輸送船2隻を撃沈したのだが、イギリス艦隊においてこの潜水艦を補足できた護衛艦はいなかったという。
確かに恐ろしい存在だが、海上自衛隊の潜水艦が補足できているということは、航空機にかかればイチコロと言わざるを得ない。
残念なことに、いかに当時としては優秀だった船と言っても、現代日本からすれば80年以上前の『遺物』でしかない。
これを踏まえた上で艦隊周辺の対潜警戒を『あさひ』型護衛艦及び艦載ヘリコプターに任せれば、十分対処可能な範疇と言える。
一番の問題は、敵の潜水艦が何隻いるかというところだろう。仮にヴァルター・ボート相当の能力を保有しているとすると、静粛性もさることながら水中における最大速力が20ノットを超えるという特徴を持つ。
もちろん短時間限定ではあるが、公開されているスペック上の現代潜水艦よりも水中速力に関しては速い部分があるのだ。
そんなハイスペック潜水艦の、複数の艦隊が集中運用されたうえで、数十隻以上の数で押された場合には結構面倒である。
できれば敵の魚雷の射程に入るまでに全て叩いてしまいたい。
当然ながら潜水艦隊の主力が存在している基地と思しき場所にも出撃される前に先制攻撃を仕掛けたいところなのだが、如何せん分厚いコンクリート製のブンカーに収められているのでは、日本の兵器だと『Fー6』戦闘機に搭載可能な地中貫通爆弾『黄泉平坂』くらいしか攻撃手段がない。
実際連合軍もナチスの潜水艦ブンカーを破壊する際にはウォルト・ディズニーの映画からヒントを得たロケット推進爆弾、通称『ディズニー爆弾』を作るなどの工夫を凝らして破壊していったのだ。
機動部隊の攻撃隊に装備可能な武装では、2mを超えると想定されるコンクリート製の分厚いブンカーを貫通することはかなり難しい。
対地誘導弾の成形炸薬弾頭でさえ、貫通できるかどうかはわからない。
なので、こちらも事前に潜水艦隊によって対潜水艦向けの機雷を敷設することで一番厄介な存在を封じ込めることにした。
流石に出港する際まで潜行しているとは考え辛いのだが、念には念を入れて先行して出撃してもいいように2種類を仕掛ける予定となっている。
陸上に関しては国境線を超える際に『Fー5』、『Fー6』、『Aー1』、『AC―3』からなる航空部隊を送り込み、敵の地対空兵器及びレーダーサイトを叩かせる。
その後機甲部隊をできる限り航空攻撃で漸減させたのち、こちらも機甲部隊を突撃させて一気に戦線を突破する、という作戦である。
日本としてもこれが国家間同士の最後の戦いになると考えているため、その気合の入り方は尋常ではない。
また、他国からも多数の人員が参加することになる。
フランシェスカ共和国はスペルニーノ・イタリシア連合と共に日本の後方支援として車両による輸送支援を徹底し、ニュートリーヌ皇国は近代化した歩兵部隊(武装を自動小銃や迫撃砲、無反動砲やパンツァーファウストなどに更新した)兵士1万人を支援として送ってくれることになっている。
そしてフィンウェデン海王国に対してはグランドラゴ王国とアヌビシャス神王国が対応することになっており、正に西方世界の総力をかけた戦いになると言うべき状態であった。
ガネーシェード神国は能力的に遠征をすることが不可能なので参加はせず、エルメリス王国とバルバラッサ帝国、そして蟻皇国に関しても不参加だが、日本を含めて7カ国がイエティスク帝国とフィンウェデン海王国に当たるという、世界大戦とも言うべき戦いとなる。
「この戦いを終えれば、残っているのは北極・南極とこの世界の日本国……天照神国という名前のようだが、内乱が激しいらしくて蟻皇国も手を出すことを嫌がったらしい」
「我が国で言う戦国時代みたいな状態なんですかね?」
「さぁな。詳しいことは分からん。幸いなことに、沿岸部に余程接近しない限りは向こうさんも仕掛けてくる気はなさそうという話だ。だったら、目下のところ一番の優先事項は……」
「イエティスク帝国、っていうわけですね」
ニュートリーヌ皇国の時は日本人を殺害されたということもあって報復の意味合いが強かったが、今回の場合は邦人が捕らえられてまだ生きている可能性が高いという点が大きい。
このため、敵首都及び収容所があるポイントに近づいた時点で特殊部隊を密かに送り込み、邦人を奪還することも想定している。
このため、これまでは温存されていた特殊作戦群も駆り出されることになっている。
航空機と機甲部隊の徹底的な支援を受けて敵の目を引き付けている間に、特殊作戦群が指定ポイントに潜入して邦人を助け出すというセオリー通りの展開だ。
また、海軍基地及び関連施設は市街地とは離れて作られていることも判明しているため、『やまと』型護衛艦の艦砲射撃を行うことも決定している。
敵首都及びその周辺の敵を一掃したとしても、東の方から部隊が押し寄せたら、数の暴力と冬将軍の猛威で終わりと言えば終わりである。
それまでになんとか一気呵成に攻め立てて敵を降伏させないといけない。
ドイツ軍はその一気呵成に失敗したわけだが、果たして日本はどうなるのか……
「さて、と。敵も相応に強くなっている。こちらも多少の犠牲は計算の内に入れなければならないかな……?」
「それでもできる限り犠牲を少なくするために我々が動いているわけですけどね」
こうして、着々と準備は進む。
……次回、ドンパチ開始です‼
本当にお待たせしました‼
この物語も残すところあとわずかとなりました……未熟な点もまだまだ多いですが、最後までお付き合いください‼
次回は5月4日に投稿しようと思います。