冷や汗の会談
今月の投稿となります。
いよいよ切り崩しが入る帝国陣営……どうなるか見守ってください。
――西暦1750年 11月25日 フランシェスカ共和国 首都パリン
この日、グランドラゴ王国外務大臣のヘンリー・ドレイクと、フィンウェデン海王国の外務大臣であるアーノルド・アンティア・マンネンハイムが会談することになっていた。
フランシェスカ共和国の変貌ぶりに、フィンウェデン海王国の代表と護衛の兵士たちは驚いているようだった。
それもそのはず。日本との交流が始まって以来、木造と石造りがメインながら大変洗練されたデザインと実用性を兼ね備えた建造物が立ち並び、自国の首都より発展しているのではないかと思わされるほどだったからである。
さらに驚かされたのは、街中を訓練で走る車両だ。
自国で採用しているイエティスク帝国製の『エーゼル型戦車(史実のⅢ号戦車L型・60口径50mm砲装備タイプに酷似)』に似た車両と、それに似た足回りを持つ無砲塔の車両が走り回っていたからだ。
これはフランシェスカ共和国がアヌビシャス神王国からライセンス生産権を得て製造している『デセルタ型戦車』と『コルリス型突撃砲(Ⅲ号突撃砲F型に酷似。正し主砲はシャーマン・ファイアフライの17ポンド砲)』となっており、自国の戦車部隊と互角に戦えるのではとすら思える。
実際に長砲身50mm砲と17ポンド砲であれば、同水準の戦車及びⅣ号戦車程度の装甲であれば簡単に貫くことができる。
元々Ⅲ号戦車もⅣ号戦車も防御力はそれほど高い車両ではない。
被弾経始を取り入れたパンターや、分厚い装甲でガチガチに固めたティーガー系列と比べてしまえば、その差は歴然である。
もっとも、これらの車両が登場したのは対ソ戦においてTー34の圧倒的な強さに驚かされたためで、それがなかったら別の進化を遂げていた可能性もある。
あくまで可能性。
そんな街の風景を眺めながら、アーノルドは会議場に指定された場所へと向かった。
そこは以前、日本が警官と機動隊を動員して護衛させた国際会議場であった。本来であればもっと大きな会議に使用するのだが、日本を巻き込んだ大きな紛争になりかねないということで今回この会議場に白羽の矢が立ったというわけである。
会議場へ到着したアーノルドはさらに驚かされた。
なんと言っても驚きなのは、木造を主体としているにもかかわらず大変洗練された、高級感あふれる雰囲気を醸し出していることだ。
しかも、昨日は雨が降っていたというのに木材に水が染み込んでいる様子もなく、むしろキラキラと輝いているように見える。
「日本国の船を攻撃したことに対する会談……グランドラゴはどう出るのか」
「グランドラゴ王国の艦載機の性能はこれまでとは桁外れのもの……まさか戦艦を沈めるほどに強くなっているとは想像もしていませんでした」
確かに自国の軍艦の対空能力がそれほど高くないのは分かっていたが、それでも旧式戦艦も含めて近代化改修を施し、高角砲や対空機関砲を多めに搭載しているつもりだった。
しかし、それでも敵の複葉機から放たれた爆弾と、『水の中を走る爆弾』の命中によって、軍艦としては頑強と言われる戦艦が呆気なく沈んでしまった。
「報告にあったという水中を走る爆弾……軍部からの報告だが、どう思う?」
「そういえば……イエティスク帝国の遺跡には潜水艦という海に潜む船を攻撃するための『魚型水雷兵器』・通称『魚雷』という兵器があったと言います。魚雷は水の中で羽根を回して進むので、もしも推進していれば、今回の水中爆弾のように航跡が残るものと思われます」
「まさか魚雷を水上艦攻撃用に使用するとはな……」
彼らの遺跡に残されていた魚雷と呼ばれる兵器は完全に対潜攻撃に使用するためのものであり、帝国共々潜水艦の構造を解析しきれていない、わずかに地球と異なった歴史を辿っていたらしい両国では、水上艦艇に搭載するという考え方は存在しなかった。
つまり、『魚雷は潜水艦に搭載して使用する兵器である』という考え方と、『水上艦艇でも対潜誘導兵器である』という考え方で凝り固まってしまっているのである。
「帝国の技術があれば、水上艦向けの魚雷を配備することも可能でしょうか?」
「どうかな? 無誘導ならばともかく、誘導方式を考えないとな……導線を使うことになりそうだが」
本来の地球史、それも第二次世界大戦時までにおいては水中の敵、つまり潜水艦を攻撃する手段は大まかに『爆雷』、浮上時の『砲撃』がほとんどであった。
中には浮上した潜水艦に突撃をかけることで予備浮力の少ない潜水艦を航行不能や撃沈に追い込もうという話もあったようだが、それはあくまで特殊な事例である。
それも魚雷の誘導技術が発達するにつれて『魚雷で攻撃した方が効率がいい』という発想に至り、現在西側諸国はほぼ対潜装備は魚雷となっている(ヘリや哨戒機など、対潜爆弾を搭載する存在がないとは言わないが)。
人間の生活における思考の硬直化というのは珍しいことではなく、大きな出来事や転換期が訪れなければ一度定まってしまった考え方を変更するのは大変難しい。
これは地球上の歴史においても同様である(アメリカのような自由の国ですら、『自由であれ』という考え方に支配されている、と言えばわかるだろうか)。
もちろん『ああするべき』、『こうするべき』と、船頭多くして船山に上るような状態になるのもよろしくないので、どうするのが正しいのかという話になると話題は尽きないが、結局のところ、『程々』が一番なのである。
倫理学などでは『中庸』と称される概念だが、これが意外とバカにできない。
『どちらにも納得できるような落としどころを見つける』というのはもちろんのことだが、どこか一辺倒に振れてしまってはエライことになるということについても地球の人類が発明した珍兵器などを見ればわかるだろう。
それ故に、逆に信頼性が高いのは『凡百』と言われるような存在だったり、『既存の技術の詰め合わせ』だったりするようなものも多い。
そんなことを言っている間に、会議室の前へ到着した。
3回ノックすると、中から扉が開く。
エルフ族の女性が『どうぞ』と言って2人を招き入れると、フランシェスカ共和国外務大臣のエクセラン、グランドラゴ王国外務局長のゴーリアが既に座っていた。
「どうも、グランドラゴ王国外務局局長のゴーリアです。本日はフランシェスカ共和国のご厚意でこの会議場を貸して頂いています」
「フランシェスカ共和国外務大臣のエクセランです。ごきげんよう」
2人はにこやかだが、その腹の底は全く読むことができない。
アーノルドは『難航しそうだ』と腹の内で考えつつ、席に着いた。
会議が始まると、ホスト側であるフランシェスカ共和国の方からお茶とお菓子が出てくる。
アーノルドは緑色のお茶と、見たことのない紫色のゼリーにも見える菓子に疑問を抱いていたが、英仏の外交トップが美味しそうに食べているので、自分もと1つつまんでみる。
「!……(なんだ、この甘さは。いや、甘いのだが……甘すぎない。なんと表現するべきなのか……そう、優しい。優しい甘さだ)」
そしてチラリと緑色のお茶を見る。そして一口含んだ。
「こ、これは……(苦み。そう、苦みだ。だが、決して顔をしかめるような苦みではない)
アーノルドと補佐が美味しそうに食べているのを見たゴーリアは、そんな2人の様子を見ながら声をかける。
「いかがですかな? 羊羹と緑茶のお味は?」
「え、えぇ。初めて食べる食感と味ですが、とてもおいしいです。これはどちらのお菓子ですかな?」
その時、ゴーリアは他人が見たことがないほどのいい笑顔を見せながら続けた。
「はい。これは日本国特産のお菓子とお茶ですよ」
思わぬ爆弾の投下に、思わずアーノルドも補佐の者も一瞬喉を詰まらせてしまう。
「ムグッ……に、日本国の……」
「えぇ、そうですよ。あ、ご安心を。別に他意はありませんから」
他意ありまくりの言い回しである。
「(これは……王国は間違いなく怒っている……日本国に攻撃を仕掛けたことを、かなり怒っているようだ……)」
グランドラゴ王国としても今回のフィンウェデン海王国の蛮行を見逃すわけにはいかず、日本との関係性の維持・強化という意味でも追求するべきところは追及し、ハッキリさせないといけないと考えていた。
要するに、日本に売れる恩は売っておくに越したことはないということである。
そしてさらに言えば、これでグランドラゴ王国がフィンウェデン海王国と戦争になったとしても問題はない。
彼我の戦力差がかなりはっきりしていることもあって、イエティスク帝国を見据えた前哨戦としても十分だからである。
そしてさらに奥深く突っ込めば、それによってイエティスク帝国が出てくれば、嫌でも帝国は日本の力を知ることになる。
争うにせよ調和を図るにせよ、そのきっかけを作ったのがグランドラゴ王国であるということになるため、王国は良くも悪くも国際社会でその存在感を増すことになるということであった。
国際社会において発言力の高さは大変重要である。場合によっては自国の国益を押し通すために国力や武力など、あらゆるものを背景に話し合いを進めるが、『何々をやった』という実績があると、それだけでも発言力に重みが増す。
「ただ、それはそれとしてしっかり聞かせていただかなければなりません。何故、日本国の沿岸警備隊の船に攻撃を仕掛けたのか、と」
旧世界の日本では中々できなかった外交だが、グランドラゴ王国も伊達にかつての世界2位ではない。その辺りは日本より心得ていると言っていい。
「……我が国がイエティスク帝国の属国であることは貴国もご存じのはず。帝国より『日本の船を拿捕し、本国へ送れ』との指示を受けたのです」
「ほぅ。それを言っても構わないと?」
「構わないもなにも、我が国から仕掛ける理由がないことくらいは皆さま分かっていらっしゃるでしょう。しかし、我が国としてもその責任から逃れるつもりはありません。命じられたとはいえ、それを実際に実行したのは我が国ですからな」
敢えて自分たちの非を認めることである程度情状酌量を求める……そんな交渉をするつもりのようだ。
「確かに、貴国の立場を思えばイエティスク帝国の要求・命令を断ることは難しいでしょうな。しかし、だからと言って国家間の交渉をぶち壊しにするような蛮行を許容するわけにもいきませんぞ」
そこは百戦錬磨のグランドラゴ王国外務大臣だけあって、やはりこの程度では通じない。
「それに関しては……申し上げることはありません」
それだけにフィンウェデン側も自国に非があることは重々承知している。
「日本国は今回、交渉の全権を我が国に任せましたが……我が国と日本国の間に死者が出ていないとはいえ、問題は問題です。まず、貴国としてはどう対応する予定があるのかだけでもお聞かせいただきたい」
それ次第でグランドラゴの要求も変わる可能性がある、と言外に匂わせている。
「我が国は……我が国はあくまで帝国の属国として帝国の要請及び命令に従うことしかできない。そうしなければ、我が国は全ての技術供与を剝奪され、生きていけなくなるだろう。日本国がどれほど強いのかは我が国も図りかねているが……貴国がそこまで買うのであれば相応に強力な国なのだろう。だが、イエティスク帝国に勝てるとは思えない」
『この世界でイエティスク帝国は最強である』という感覚は、日本が来るまで世界中の国に刷り込まれていた『常識』だった。
しかし、日本と本格的な交流のある国家は全て、日本の方が帝国よりも強力であることをちゃんと知っている。
日本が本として出している帝国製兵器の予想性能と日本の兵器性能の比較をすれば当然の話なのだが、そういった情報がまだフィンウェデン側に入っていないことが海王国の判断を誤らせている。
もっとも、海王国とてスロ王が『日本は危険だ』と判断してはいるのだが、やはり帝国の命令を断ることができないという点が大きな問題となっている。
異国の機嫌を損ねれば自分たちが危うく、かと言ってグランドラゴを怒らせると戦争による危機が待っている。
八方塞がりとまでは言わないが、当人たちからすればかなり面倒くさい状況である。
「(こんな状況でどう打開策を見つけろと言うのだ……)」
アーノルドも口にこそ出さないが内心はウンザリしていた。
王国側も『もしできれば戦争を回避し、それが無理でも最大限の譲歩をすることで戦火が及ばないようにすること』と言われているのだが、『自分たちから仕掛けた』にもかかわらずこれを要求……いや嘆願せざるを得ないという時点で虫が良いにもほどがある。
いや、王国上層部もそんなことは分かっているからこそ無理難題と知りつつ頼むことしかできなかったのだ。
「なるほど、イエティスク帝国には勝てない、ですか……実は今回、日本国から許可を得て『とある物』をお持ちしました。目を通してください」
グランドラゴ側の職員が薄い雑誌のような本を取り出すと、アーノルドの前に音もたてずに置いてみせた。
「貴国の言語……日本で言うロシア語と呼ばれる言葉に翻訳されているので読めるはずです。目を通してください」
アーノルドが表紙を見ると、デカデカとした表示で『別冊宝諸島 イエティスク帝国の秘密に迫る!』と書いてあった。
「(まさか……一般の人間が出した雑誌なのか? そんな程度のシロモノが分析に値するとは到底思えないが……)」
だが、目を通してみると驚くべきことが多数掲載されていた。
まずは戦車のことである。
イエティスク帝国の外征における主力とも言える『ローシャチ』型戦車や『パンテーラ』型戦車に酷似した車両が『Ⅳ号戦車』・『Ⅴ号パンター』として表示されていた。
「こ、これは……帝国の外征向け主力戦車!」
「日本国のいた旧世界でも80年以上前にナチス・ドイツと呼ばれる存在によって採用されていた、その当時としては能力の高い戦車だったそうです」
「こ、これが80年前の兵器……」
さらにめくると、歩兵の小銃についても書かれていた。
イエティスク帝国の小銃はAKー47の初期型に酷似しているが、日本の『22式小銃(史実の20式小銃)』はさらに洗練されているように見えた。
他にも、長砲身の大砲を備えた自走砲や、対地支援及び観測を任務とする回転翼機など、どれもが帝国のそれに比べて強そうに見える。
空軍の装備についても、音速にようやく届くかどうかという帝国のジェット戦闘機とは異なり、日本の戦闘機は音の2倍の速さで飛行できるという。
そして誘導弾の性能についても……対空用・対地用・対艦用・巡航などと様々に区分分けされてはいるが、強力な誘導弾を備えていることが明らかに書かれている。
「ば……バカな……これほど帝国の兵器を正確に調べているなんて……」
水上艦艇に関しても『ビスマルクと呼ばれる戦艦を拡大したと思われる』という描写で書かれている『キート級戦艦』の予想項目が書かれていた。
どうやらキート級は日本が転移した前世界には存在していなかった戦艦のようだが、様々なデータをもとに日本が予測数値を導き出したらしい。
「ど、どこからこんな情報を入手したんだ……」
アーノルドは唖然としながらもページをめくり、性能の数値を見た。
性能についての項目も書かれているが、以下となる。
排水量65800t
全幅39m
機関・不明
速力・不明(ただし最低でも28ノット以上は出せるものと考えるべき)
兵装
○推定50口径前後・40.5cm連装砲
○推定15cm連装副砲
○他40mm~20mm前後の対空機関砲多数
と書かれているが、そのほぼ全てが正しい。
日本は『見た目がよく似ており、少し拡大したような設計になっている』ということから、ビスマルクよりワンランク上の攻撃力を持つ戦艦として解析していた。
衛星写真とビスマルクの写真を比べ、さらにコンピューター解析により主砲の口径を含めた武装についてもその大まかな姿を晒すことに成功していた。
流石に詳細については『推定』であり、航行している姿なども確認されていないことから速力、そして速力から導き出される機関出力などは不明のままだが、それでもかつてのビスマルクが30ノット近い高速を発揮する高速戦艦だったこと、そして設計思想は第一次世界大戦水準の全体防御方式であったにもかかわらず大英帝国艦隊のタコ殴りやソードフィッシュの雷撃を受け続けて浮いていた事実などを鑑みて、『走・攻・守に優れた、脅威度の高い高速戦艦』という評価を日本は下している。
出力も低くて18万か、高ければアイオワ級戦艦並みの20万馬力は出せるのではないかと考えているのだ。
恐らく、かつてのSSMー1水準の対艦誘導弾であれば、10発どころか20発以上を撃ち込んでも撃沈することは不可能だろうというのが防衛装備庁の予測だ。
仮に相手するとすれば、潜水艦の長魚雷か、超音速対艦誘導弾を使用するのが好ましいと考えられている。
一番なのは戦わないことなのだが、あくまでその想定で行くと、である。
それはそうと話を戻すが、アーノルドはそれ以外にも様々な兵器のページを見ながら顔を真っ青にする。
本来外交官が外交交渉の場において顔色を変えるなどというのはあってはならないことなのだが、そんなことが吹き飛んでしまうほどのインパクトをこの雑誌は持っていた。
「ちなみにこの雑誌は、日本国の民間企業が入手できる限りの情報を入手して上で日本の……かつていた世界の基準に当てはめて書いたものだそうですが……その様子だと、ほぼ正解のようですね」
ゴーリアのドワーフ族特有の威圧感ある顔が、より凄みを増したように感じられる。
「か、仮にこれが正しかったとして……我が国にどうしろと……」
「そうですね。我が国に対しては特になにもしていただかなくて結構です。元々あの海域にいたのは実弾演習が目的で、『たまたま』貴国の艦隊と日本の巡視船が撃ち合いをやっているということを電探で知った次第ですからね」
実際にはグランドラゴの上層部が『日本がフィンウェデンに交渉に行くと言うが、イエティスク帝国の属国がなにしでかすか分からないので、なにも起こらなければそのまま演習を、有事の際には速攻で駆け付けられるようにしておく必要がある』と判断したために、わざわざフランシェスカ共和国に許可まで取ったうえで海軍の精鋭艦隊を北海方面へ送り込んでいたわけだが。
そして、案の定その予測が当たったためにグランドラゴ艦隊は思わぬ機動部隊の実戦経験を得ることができたということである。
「なので、あくまで我が国としては日本国に対する謝罪と賠償を引き出すこと。これが『最低条件』ですね」
「さ、最大では……」
ゴーリアはギロリ、とアーノルドを睨みつけた。
「そうですね……先ほどの条件に加えてイエティスク帝国と縁を切り、我らの同盟に加盟してもらい、尚且つ帝国の情報について洗いざらい話してもらうこと、ですかね」
実際にはすでに、日本の情報収集でかなり精度の高い情報が多く集められてはいるのだが、歩兵の運用思想や隠れた秘密兵器がないかなど、重箱の隅を楊枝でほじくるような情報収集が必要になる。
それを軽視した結果大日本帝国は情報戦で立ち遅れ、重要な暗号の全てを米英に解読されてしまうというお粗末をさらけ出したのだ。
しかも相手兵器の分析もロクにできていない(海軍もそれなりに酷かったようだが陸軍は輪をかけて酷かったと言わざるを得ない部分がちらほら……)という点は大きい。
日本陸軍の兵器の詳細な情報を見れば、『あんな貧弱かつ不合理な兵器ばかりでよくぞ米英に立ち向かおうとできたものだ』と考える人も多いだろう。
ただし、日本の陸海軍は世界でも数少なく、水上機ではない『専用の偵察機』を保有して運用したという点については評価している人もいる。
海軍の彩雲然り、陸軍の九七式司令部偵察機、一〇〇式司令部偵察機がそれにあたる。
海外では既存機(主に爆撃機など)の改造によって偵察機の役目を果たさせているのと比べると、『特化させる』という点では日本の考え方が優れている点が分かる。
もっとも、零戦などを見ても分かる通り、その『特化させすぎ』が正しく日本の航空機開発においては諸刃の剣だったことも否定できない事実ではあるが。
それはさておき、そんな無茶な条件を突き付けられたアーノルドはダラダラと冷や汗を流すことしかできない。
体は驚きのあまり興奮しているにもかかわらず、背中は驚くほど冷たい。
イエティスク帝国と縁を切ろうものならば全ての技術供与を停止される程度で済めばまだいい方で、場合によっては圧倒的な兵力を以て一気に全土を蹂躙されかねないという感覚があった……実際には厳寒期のフィンウェデン海王国は地球の北欧と同じく非常に厳しい環境であるため、万が一攻め込んだとしても必死になって抵抗すれば帝国側が『冬戦争』のように痛い目を見る可能性の方が高いのだが。
「わ、我々は……あくまで帝国の属国です。帝国の意向を聞かない限りは、あまりに踏み込んだ内容を受け入れるわけには……」
「それがダメだと言っているんですよ。いつまで帝国におんぶにだっこのつもりですか? 我が国は確信しています。帝国はいずれ滅びると。今は少々大人しくなっているようですが、国力を蓄えれば再び各地への侵略を開始するでしょう。かの暴虐なる帝国に全てを委ねるわけにはいかないのです」
ゴーリアの言葉には有無を言わせない重みがある。その重圧に、思わずアーノルドは押し潰されそうになる錯覚を覚えた。
ゴーリアはそんなアーノルドの心中を知ってか知らでかはわからないが、さらに続ける。
「我々は自分たちが生き延びるためとはいえ、先史人類たちによってどうしようもない扱いを受けていた……それが日本の調査の結果判明したことです。もし叶うのであれば、今この星に息づく者たちで争うのではなく、人々が団結してその脅威に立ち向かわなければならない……恐らくそのために日本国は呼ばれたのでしょう」
日本の調査の結果判明したことは、『先史人類の記録によると、その免疫力を始めとした生物としての根源的な能力の衰えを解消・解決するために亜人類が生み出され、様々なアプローチで人類はかつての繁栄を取り戻そうとした痕跡が見られる』ということであった。
だが、先史人類の能力……特に生殖能力はかなり弱体化していたらしく、繁殖力の強い亜人類相手でもほとんど子を成せなかったらしいという記録が散見された。
遺伝子の相性という意味では問題がなかったそうだが、偏に先史人類の各能力が下落していたのが原因であると残されていた記録には記されていた。
「日本国は、今この星で生きとし生けるものが争うことはないと考えている。そのためにも、各国で協調・協同し、いずれ戻ってくるであろう存在に対抗することを考えなければならない、と考えているのだ」
実を言えば、イエティスク帝国もまた日本と同じ考えを持っている。
帝国と日本の最大の違いがあるとすれば、帝国はあくまで武力で世界を統一し、その後世界一丸となって先史文明への対抗策を考える、という点であった。
帝国の場合は『様々な国がそれぞれに対策を練っても効率が悪い。一本化された制度の下で対策を進めるべき』という考え方が根強いからである。
確かに決定が遅くなる点は否めないが、それを込みにしても様々な提案が出るという『多様性』は十分に価値があるのだが、それに気づいていない帝国であった。
「あとは……仮にだが貴国が賛成し、帝国も我々の会話に引きずり込んで世界のためになることを会議できれば、それが最高ではある。だが、貴国の立場もあるだろう。その上で考えてほしい」
もちろんグランドラゴ王国側としてもたった1回の会談で全てが片付くなどという都合のいいことは考えていない。
だが、少しずつでも揺さぶりをかけることで海王国に動揺をもたらし、それがイエティスク帝国にまで波及すれば、帝国内部を揺さぶることも可能なのではないかと考えたのだ。
実際今回渡した情報だけでも、フィンウェデン側をかなり揺さぶることができるだろうとゴーリアは見ている。
元々外交というのは一朝一夕で成果が出るものではない。何回も会談を重ね、すり合わせられる箇所をすり合わせて、お互いに納得できる落としどころを見つける。
それこそが本来の外交のあるべき姿である。
え、日本人? 日本人は基本的に淡白な上短気なので……これは日本人の『戦争・外交・その他様々における全ての考え方』にも通じるが、基本的に日本人は『淡白で持久戦が苦手』という点が強く出やすい民族である。
歴史上の例外がいるとすれば織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康くらいではないだろうかと筆者は考えている。
例えば信長は短気なイメージが強いように思われるが、確かに若い頃、尾張統一の頃は無謀なこともよくやっていた。
しかし、今川義元に勝利してから美濃を手に入れるまでは長い年月をかけて内側から徐々に切り崩しており、その後も『勝てる』と判断した相手には神速の攻撃をかけているが、ひとたび持久戦となると秀吉や配下をあちこちに派遣し敵を窺うという用心深い一面が見える(そのクセ負けが多いのは裏切りも多いせい)。
特に象徴的なのは石山本願寺との戦いだろう。
本願寺との戦いはスタートしてから10年にわたって繰り広げられているが、信長は各地の一向宗に対しては苛烈な攻撃を仕掛けているにもかかわらず、総本山である本願寺は守りも強固なことを知っていたため、長期間の包囲戦にしている。
村上水軍の補給も途中まではうまくいっていたが、第二次木津川海戦において鉄甲船を登場させて制海権を握ったことにより、補給面で大きな打撃を与えることに成功している……と言われている。
当然、ただの正面戦闘以外でも有力な諸侯を寝返らせるなどの方法で相手を少しでも早く切り崩すことに対して執念を注いでいるため、信長や秀吉の下には外様や身内とはいえ新参者ながら相応に出世した家臣もかなり多かった(例・森可成、明智光秀、豊臣秀吉、前田利家、荒木村重、細川藤孝、秀吉も竹中半兵衛、黒田官兵衛、宇喜多秀家、五奉行、七本槍など)。
秀吉もまた信長とは違ったベクトルで力攻めよりも包囲戦や水攻めなどによる兵糧攻めを得意としており、帝国海軍の短期的な艦隊決戦思考とは偉い差がある。
まぁ、秀吉はそもそも自身が成り上がりの人物なので譜代の家臣というのがいないので当然と言えば当然なのだが。
とにかく日本人の多くは西洋人と異なり『ねちっこく、執念深く』という考え方が薄い。
太平洋戦争でそれが如実に出たのが、潜水艦との戦いである。
捜索機器の能力が欧米と比較すると異常なまでに充実していなかったことを抜きにしても、欧米人が一度見つけたドイツや日本の潜水艦を撃沈したことを確認できるまで、その事実を確実に示す証拠が見つかるまで何時間どころか1日以上追跡したことなどザラである。
一方の日本人はそういった証拠が浮かんでいないにもかかわらず、重油やちょっとした日用品が浮かんできただけ(大体アメリカの潜水艦の擬装)で『撃沈確実』としてしまったことも多く、戦後にアメリカ側とすり合わせた記録を確認したところ、日本が『撃沈確実』とした記録の多くが異なっていたと言われている。
『この差はどこから来るのか』という話はしても不毛なのでここではやめるが、間違いなく日本人は他の国の人間に比べると長期間の戦争・腹の探り合いである外交はあまり向いているとは思えないように筆者は思う。
それはさておき、アーノルドは『本国にて協議します』と返すのが精いっぱいであった。
会場を後にしたアーノルドは、改めてパリンの街並みを眺める。
建物は石造りと木造を組み合わせたような雰囲気が多いが、そのデザインは明らかにかつてのフランシェスカ共和国ではありえないほど先進的かつ機能的である。
しかも、来た時も思ってはいたが、道を走る車の量が圧倒的に多い。
フィンウェデン海王国やイエティスク帝国では『軍に入った時に役に立つから』という事情もあって車や飛行機の操縦資格を取る庶民が多い。
しかし、フランシェスカ共和国は数年前まで車の『く』の字もないような国だったはずであった。
それが日本と交流を持ってからあっという間にここまで発展しているということに、アーノルドは改めて冷や汗をかくのだった。
「世界が……変わろうとしているのか」
フィンウェデンを含めて、世界がどのような方向へ動いていくのか……それはまだ、誰にもわからない。
次回、いよいよ日本と帝国側で事件が起きます。
次回は年明け1月6日に投稿しようと思います。