(自称)最強の帝国
今月の投稿となります。
……もの凄いお待たせしました。ようやく、ようやくイエティスク帝国の登場です‼
――2032年 11月2日 日本国 東京都 首相官邸
この日、首相官邸では首相が現在交流のある各国とテレビ会談を行なっていた。
内容はもちろん、『イエティスク帝国について』、『今後どういった対策を取っていくべきか』といったことがメインである。
日本が転移してからの14年余りの間に大量に打ち上げた通信衛星による充実した衛星通信網のお陰で、今やこの地球上ではそのための機器さえあれば複数の人間が一斉にテレビ会談をすることも可能になっていた。
これは各国において会談のために国家元首が移動する手間と危険を省いたということにも繋がっており、『自国から移動しなくてよくなったため、国内の政務にもより力を入れることができる』、『それでいて国家間の会議をスムーズに行うことができるようになった』といった風にとても喜ばれている。
地球ではテレビ電話が広まった後も直接顔を合わせて会談をする必要のある会議や会談が多数開かれたが、この世界では『確かに直接顔を合わせるのは大事だが、現在は非常時なので自国の安全圏で会議をする方がよほど効率的かつ安心を享受できる』と考えているため、フィンウェデンとの緊張感が高まっている現在はテレビ会談なのだ。
だが、そんな各国の首脳たちの顔色はよいとは言えない。
それもこれも、日本に攻撃を仕掛けたフィンウェデン海王国の背後にいる世界最強の国、イエティスク帝国のせいだ。
フランシェスカ共和国の首相が『改めてですが』と前置きしながら話し出す。
『ハッキリ言いまして、日本が来るまでは帝国の能力は未知数で最強だと我々諸国は思っておりました。それは日本国の出現によって完全に覆ったわけですが……』
さらに、アヌビシャス神王国の国王パンテーラも『左様』と続けた。
『少なくとも、今は日本国の分析のお陰で、かの帝国の力が徐々にではありますが明らかになってまいりました。そんな日本であれば帝国に対しても大打撃を与え、国際協調の場に引きずり出してくれるのではないかという期待はあります。日本としてはその辺りはどうなのですか?』
問われた日本国首相は『暫定的にではありますが』とこちらも前置きをしながら答えた。
「現在のところイエティスク帝国に関しては『静観』という姿勢のようですね。海軍はもちろんですが、陸軍も部隊が……少なくとも大規模に移動している様子はありません。防衛省及びニュートリーヌ皇国からの報告によれば、ニュートリーヌ皇国の国境付近も穏やかだそうです」
話の矛先を向けられた若き皇帝・レーヴェも『はい』と答えた。
『日本と海王国の間に緊張が生じている今、帝国も日本に対して無関心ではいられないはずです。しかし、それにもかかわらず帝国内部の動きはないに等しいようです』
これは、帝国で奴隷として潜入している猫耳族から仕入れている情報だ。
世界でも数少ない帝国の情報なので、各国ともに高い関心を寄せている。
『ただ、噂によると、ですが……最近軍艦に新型が就役したという話があります。その全長は、日本国の空母にかなり近いとか……』
「その空母とはどれですか? 『いずも型』ですか? 『あまぎ型』ですか?」
『本人曰く、〈250mはあるように見えた〉とのことですので、いずも型に近いのではないかと思われます』
日本が把握している限り、イエティスク帝国が保有している航空母艦はいくつか存在するが、その中で250m近い空母となると、イギリスの『イーグル級艦隊型空母(Ⅱ)』に近い軍艦が存在する。
カタパルトを備えてジェット戦闘機を搭載することも可能な航空母艦であるため、日本としても大変な脅威と認識していた。
ちなみに、脅威度の位置づけはV2ロケット、航空母艦、V1ロケットの順でそこからさらにジェット戦闘機(Migー15モドキ)、超ビスマルク級と思しき三連装主砲を持つ超大型戦艦、そして機甲師団となっている。
なぜ戦艦が脅威かと言えば、もしビスマルク級に近い光学照準能力を持つ場合、一定以上の距離内での砲撃が非常に高い精度を発揮するからである。
デンマーク海峡海戦において、ビスマルクが海戦からわずかな時間でイギリスの巡洋戦艦フッドを砲撃の下に撃沈、さらに同伴していたプリンス・オブ・ウェールズを破損させたのはあまりにも有名だ。
現代戦はアウトレンジから戦うことが主体となっているとはいえ、万が一接近された場合はかなり厄介である。
防衛省では、現在開発が成功し量産体制に入った超音速・長射程対艦誘導弾『ASMー4』こと通称『天羽々切』を配備しているが、現在は空中、それも『Pー1』哨戒機からの発射しかできない存在である。
最高速度は『ASMー3』のマッハ3を超えるマッハ5で、その重量は1発で2t近くもある。
試算ではあるが、命中した場合には旧世界の概念における船舶と呼べる存在は、最大のものでも一撃で大破、上手くいけば撃沈できるほどの威力がある。
だが如何せん、空中発射型以外では大型化したミサイル自体の重量を空へ打ち上げて加速させるためのロケットブースターの開発に苦労しており、『いっそのこと反重力装置を利用するべきではないか』という声も上がっている。
それさえあれば、たとえ相手が10万t級航空母艦を繰り出してきたとしても、制空権さえ取れれば確実に葬ることができるだろう。
『では、日本国としては今後どうするべきだと思いますか?』
「フィンウェデン海王国についてはグランドラゴ王国が折衝に当たるそうですので、そちらに任せるべきかと思います。我々はイエティスク帝国の挙動に目を光らせるべきでしょう」
実際、万が一帝国が攻め込んだ場合、グランドラゴ王国を除いた各国はある程度の抵抗はできるだろうが、『ある程度』でしかない。
特に航空戦力の不足はいかんともしがたく、もし仮に『ILー2』のような地上支援型航空機が現れた場合、制空権を確保できないだろうと考えられている各国の地上部隊では大苦戦することは間違いない。
『ILー2』は現代の『AーⅠ』飛竜……の大本になった『Aー10』サンダーボルトに酷似した設計思想の機体で、成形炸薬弾頭の爆弾を用いてドイツ軍の戦車部隊に大打撃を与えた伝説を残している機体である。
もっとも、ドイツもそれに対抗するかの如く75mm戦車砲を積んだ飛行機・『Hs129』を繰り出すなど、『どっちもどっち』と言える戦いだが、それだけ激しかったのである。
「いずれにせよ、国家間のこととはいえできる限り全面戦争に持ち込むことなく解決できればと思っております。国民から突き上げはあるでしょうが……全面戦争になった場合の地獄は国民も分かっているはずですので、その点を含めて説得するしかないでしょう」
日本はただでさえブラックコーヒーを更に煮詰めたような労働環境なので、それを盾にすればある程度国民も納得せざるを得ないのだ。
日本がもたらした功罪に関しては各国首脳も思うところがあるらしく、苦笑いするしかなかった。
『では、フィンウェデン海王国についてはこのまま我が国が引き受けるとして……他の各国は有事に備えるということでよろしいでしょうか?』
モニターの中の顔は一斉に『異議なし』と答える。
この国家群の中で特にイエティスク帝国に注意しなければならないのは、帝国の奴隷が建国したという歴史上、帝国と敵対し続けているニュートリーヌ皇国だろう。
しかも、日本との戦争で軍人の多くが死んでいることもあって、戦後に日本の支援を受けて復興を続けているとはいえ、軍事力に関してはあまり高いとは言えない状態だ。
現在の戦力は国境の陸軍部隊10万人が陸軍のほぼ全兵力で、歩兵部隊が5万人、砲兵部隊(日本からの支援を受けて迫撃砲を中心とした部隊に改編)2万人、特科部隊(日本からの支援を受けてFHー70と同等の榴弾砲を装備)部隊1万人、そして補給部隊2万人である。
現在は人口増加と同時に軍人の次代育成も行っており、アヌビシャス神王国から輸入した戦車・突撃砲を扱うべく技術を習得中である。
ついでに言うと、北部港湾都市には2隻だけだが『ピストリークス』級巡洋艦と、1千t級フリゲートが5隻配備されている。
基本的に国内の防衛を旨としているニュートリーヌ皇国だが、それだけに国内の流通経路の確保にはとても苦心しており、道路に関しては第二次世界大戦開戦時のヨーロッパ並みの充実ぶりである。
さらに日本から提供されたトラックを輸送部隊として編成することでこれまで以上に補給を迅速化することに成功していた。
だが一番の問題はやはり航空戦力で、日本からライセンス生産権を獲得して工場で生産している『ヒルンドー』だけでは到底足りておらず、強力な戦闘機の開発が望まれている。
そこで各国が期待しているのがグランドラゴ王国の開発しているジェット戦闘機で、日本のものに比べれば原始的ではあるものの、その分安価になりそうということもあって各国のジェット戦闘機に関する技術を習得させるのにちょうどいいと考えられていた。
だが、もし近いうちにイエティスク帝国と全面戦争にでもなった場合、各国が連合したとしても長期間の戦線維持は困難と考えられている。
「いずれにせよ、緊張感の高まっているこの現状は望ましいとは言えません。我が国としてはなんとか平和的に解決を図れないものかと引き続き可能性を模索します。皆様にも、どうかご協力いただきたく存じます」
日本国首相の言葉に、各国首脳も黙って頷くほかなかった。
最大の力を持つ日本をして、イエティスク帝国が乗り出してきた場合苦戦を強いられる可能性があるという話が出ている時点で、どの国も警戒心マックス状態である。
できることと言えば、イエティスク帝国が侵攻してくるという最悪の事態に備えて軍備と補給網を整えて国境線の守備を厳重にするしかない。
守備を万全に、と言えば大きな城砦を築いて敵の侵入ルートを塞ぐことが有効だとフランシェスカなど一部の国では考えられていたが、日本の辿ってきた旧世界の歴史を見て、それが間違いであることも知った。
特に、第二次世界大戦開戦からわずかな期間で降伏してしまったフランスと、かの国が作ったマジノ線があてにならなかったという話を書籍・資料とはいえ知ったため、できるのは地の利を生かしつつゲリラ戦法・一撃離脱戦法に徹することくらいである。
それでもかの国の機甲師団が本気で攻めてきた場合、かなり厳しい戦いになることは間違いないだろう。
帝国の機甲戦力の能力が地球史を基準にした場合だが、『安定した侵攻能力を持つ』戦車となると、発動機などの問題にもよるが、少なくともティーガー系列やパンターは変速機を含めて足回りの問題が多く、長距離の侵攻には向かなかったと言われている。
ではそんな戦車たち、さらにはその足回りを受け継いだ駆逐戦車などがなぜ名を残すほどの活躍をしたのかと言えば、その頃にはソビエトを含めた連合軍の反撃によってドイツの攻略が鈍化していて、機動戦より防衛戦の方が多かったためである。
パンターなどはともかく、とにかく重かったティーガー系列やパンター譲りの足回りの弱さを抱えていた駆逐戦車であるヤークトパンター、エレファントなどは駆逐戦車という車両の都合上、陣地防衛の方が得意分野でもあったため、『迎撃』という分野では持ち前の防御力と大火力である程度善戦することができたのだ。
電撃戦による機動力でフランスと初期のソビエトを圧倒したはずのドイツ軍が、その機動力を無視するような戦車を作った頃には不利になったために活躍できたというのはなんとも言えない皮肉を感じるのは筆者だけだろうか?
それはともかく、航空戦力を抜きにした場合は防衛において戦車の質と数、そして対戦車兵器をある程度揃える必要があるため、かなり負担を強いられる。
だが、先ほど述べたように安定して侵攻できるほどの能力を持っている戦車がⅢ号系列及びⅣ号系列だけだとすれば、現在の戦車・突撃砲でもある程度だが戦うことは可能となる。
『まずは相手の出方を見ないことにはなんとも言えないですね』
若き皇帝レーヴェの締めるような一言に、その場の全員が頷かざるを得なかったのだった。
世界最強の大帝国の道はいずこへ……。
――西暦1750年 11月3日 イエティスク帝国 首都スターリン
旧世界で言うところのロシアの首都・モスクワ。
そこは昭和初期ほどのロシアの街並みが広がっており、町を歩くオーガ族、ミノタウロス族の人々は分厚い毛皮のコートを身に着けて寒さをしのいでいる。
そんな彼らより遥かに豪奢な雰囲気を放つ建物がとある一角に存在する。
この場所こそがイエティスク帝国の帝王府、レニングラードの館である。
一見するとちょっと古い雰囲気を放つ、ロシアの大統領府にも似た建物の中に、オーガ族の皇帝であるアレクサンドル・V・イエティスク(通称サーシャ)が居住している。
彼は今、会議室で国の行く末を決める会議に参加している。
威風堂々という言葉がピッタリあてはまるだろうという230cmはあるその巨体は、平均身長2mと言われるオーガ族・ミノタウロス族の中でもトップクラスの大きさである。
その外見から脳筋などと判断されることもあるが、実際には思慮深く、計略を巡らすことも好きな頭脳派の側面も持つ。
その皇帝から、太くも雄々しい声が響く。
「皆の者、先の東方征伐、誠にご苦労であった。この度の征伐により、我が国は新たな燃料となりえる『ガス』を手に入れることに成功した。これは我が国の燃料事情を大きく変えることになるであろう。まずは皆の苦労に、礼を言いたい」
皇帝がその大きな体をわずかに傾けて謝意を述べると、家臣たちは『おぉ……』、『なんと恐れ多い……』と心の中で平伏していた。
「して、制圧した地域での鉱物資源などはどうだ?」
「はい。今のところ航空機製造に必要な鉱物(アルミニウムや錫など)はある程度確保できていますが……やはり、ガネーシェード神国を制した方がよろしかったのではないかと」
「というと?」
皇帝は威厳のある視線を向けながら続きを促す。
「はい……やはり資源は南方の国々に多いようです。特に、ガネーシェード神国やワスパニート王国などの南国には鉱物資源はこの国のそれとは比較にならないほどの埋蔵量と言われております。あくまで先史文明の残した情報が確かであれば、ですが」
「錫などの使い道が蛮族に分かるとも思えんからな。できれば早く南方征伐を始めたいところだ。とはいえ、最近噂に聞く日本国のことも問題だ」
「日本国、ですか……」
彼らとて流石に全く情報を集めていないわけではないのだが、全ては自分たちの技術を中心に解析をしてしまうため、中には理解できないものも存在する。
「軍務大臣、日本の軍事力について情報はあるか?」
「はい。日本国は転移国家を名乗っているらしく、十数年前、グランドラゴ王国の西側に出現して以来さらに西の大大陸を制圧し、資源や食料を得ているそうです。
「転移国家、か。あり得ると思うか?」
皇帝の呈した疑問には誰も答えようとしなかった。
下手なことを言って皇帝の不興を買おうものならば、自分の命も危ういからである。
だが、そんな中でなにを思ったのか、古代技術解析省の大臣を務める55歳の女性、アナスタシア・セレズニョフが手を挙げた。
高齢とは言うが、日本人基準では見た目には30代後半くらいにしか見えないミノタウロス族の女性である。
「恐れながら、日本国が転移国家ということが事実かどうかはさておき、我が組織に今のところ入っている情報だけでも、相当に高度な国家であると考えております」
「ほぅ。なにか根拠があるのか?」
「はい。一部の戦闘記録によると、日本国は対空・対艦戦闘に誘導弾を用いているとのことです」
途端に会議室がざわつきだした。特に、軍務大臣のイワン・ヴィクトルが『黙っていられない』と言わんばかりに机を叩いた。
「馬鹿な! 我が国は史上最強にして最高の先史文明を解析してここまでのし上がってきたのだ‼ それがぽっと出の国家などと同等かもしれないなどと信じられるわけがない‼」
「お言葉ですが、日本国は十数年前に出現して以来、西方の超巨大大陸のほとんどを手中に収めています。それを考慮するだけでも、国力の高さは疑いようがないのではないかと思いますが、その点はいかがですか?」
「大陸を制しているというが、諜報部の情報によれば、大陸には文明と言えるようなものは特になく、貧弱な原始人の集落が点在し、巨竜たちが楽園を築いているという! そんな場所にたかが島国如きが進出できるとは到底思えぬわ‼」
だが、皇帝が手を『スッ』と挙げると、たちまち興奮で加熱した空気にひんやりしたものが漂った。
「アナスタシアの言う通りだ。事実として日本国は大陸を制覇し、さらに諸国と交流を結んで国力を増大させている……さらに言えば、各国が日本国と付き合っているということは、それに相応の利点があるモノと判断したからであろう。ただ『島国である』、『新興国家である』という点のみで論ずれば、その力を大いに見誤ることとなる。事実を曇りなき眼で見つめ、冷静に、そして徹底的に分析するのだ」
ここ十数年における日本の世界での大暴れぶりは、かなり閉鎖的な帝国でもある程度の情報が集まるまでになっており、帝国軍・情報部でも少なくない『脅威』の認識を持つ者が増えていた。
「それでアナスタシアよ、古代文明を解析するお前の目から見て、日本国の総合技術力はどうだ?」
アナスタシアは部下がまとめたレポートを受け取ると、ミノタウロス族らしい豊満な胸を揺らしながら立ち上がり、全員の中心に立った(会議室はいわゆる円卓の様相を呈している)。
「まず、地上戦力についてですが、日本国は我が国の『パンテーラ』型戦車に匹敵する戦車を有していると思われます。わずかに入ってきた写真、そして寸法や移動速度から、主機関は我が国のそれを上回り、機動力の高い戦車であるとも考えられます」
『パンテーラ』はナチス・ドイツの『Ⅴ号パンターG型』に近い性能を持つ戦車で、70口径75mmの長砲身砲から繰り出される徹甲弾の一撃は、帝国防衛の要と言われる『チーグルⅠ(史実のティーガーⅠに酷似)』より速く、軽く、強力な砲撃を見舞うことができる戦車として、帝国機甲師団の主力扱いとされていた。
史実の『パンター』と違う点があるとすれば、史実のパンターがガソリンエンジンを使用していたのに対して、こちらは700馬力のディーゼルエンジンを使用していること、さらに千鳥型の転輪配置を改めて『Tー34』のようなシンプルな配置に変更されていることによる足回りの簡便性である。
これは同じ主力戦車の『ローシャチ』型戦車(史実のⅣ号戦車H型に酷似)より火力・防御力・さらに機動力においても優れており、鋳造技術の採用による量産性・整備性の簡便さや、ディーゼルエンジンによる航続距離の延伸・燃費向上など、『ぼくがかんがえたさいきょうのパンター』とでも言うべきか、『Tー34』と『パンター』のいいとこどり、とでも言うべき強力な戦車に仕上がっている。
砲塔もパンターの溶接構造ではなく鋳造構造となっているおかげで被弾経始もかなり活かされている、強力な戦車だった。
唯一の難点があるとすれば、長すぎる砲身のために砲身命数が少なく、訓練し続けただけの1年足らずで砲身を交換する、などという事態にもなっているが、それを込みにしても走・攻・守の全てにおいて優れているこの車両が主力であるという事実に変わりはないのだった。
「ふむ。我が国はローシャチとパンテーラを他国侵攻向け、足回りに難の多いチーグルやカローリチーグル(史実のティーガーⅡ・キングタイガーに酷似)は首都や重要施設の防衛に充てているが……それに匹敵する戦車を備えているというのは厄介だな」
この時分析されていたのは10式戦車なのだが、見た目と寸法の重量、そして砲身の長さからある程度の推測をしているだけにすぎず、その性能予測は大外れと言わざるを得ない。
まず10式戦車の主砲は44口径120mm滑腔砲で、そこから放たれる装弾筒翼安定徹甲弾はパンターやティーガーはもちろんだが、ナチス・ドイツが開発した史上最大の超重戦車であるマウスの装甲すらも余裕でぶち抜く破壊力を有している。
防御力もそんな徹甲弾に数発以上は耐えられる複合装甲と言われているため、長砲身とはいえ75mm砲や、アハトアハト程度では側面や後方から奇襲しない限りは勝ち目がない。
「では、航空機についてはどうだ?」
「それが、日本国が大規模な航空機による作戦を行なったのは、ニュートリーヌ皇国に対する港湾攻撃のみでして……他は戦闘機を用いてはいるらしいのですが、『噴式戦闘機らしい』ということしかわかっておりません。ただ、ニュートリーヌ皇国に2つ存在した港湾を襲撃したと言われている大型航空機は、誘導弾らしき兵器を使用していたらしいという報告が上がっています。なのでそれを考慮すれば、信頼性の高い、航空機搭載型の誘導弾を採用している可能性すらあります」
航空機に搭載して発射する誘導弾については、イエティスク帝国でも爆撃機に搭載して発射するタイプの、20km近い射程を持つ誘導爆弾が存在する。
もしそれをナチスマニアが見れば、『フリッツX』に似た存在だと認識するだろう。
フリッツXと言えば、降伏して連合国側に寝返ったイタリアの戦艦『リットリオ』などに大打撃を与えた、ナチス・ドイツの開発した先進的な兵器の1つとして数えられることもある強力な兵器である。
我が国もイ号乙無線誘導弾と呼ばれる誘導弾の元祖のような兵器を作ったそうだが、実験中になぜか温泉旅館の女湯に飛び込んで『エロ爆弾』なるあだ名をもらってしまうようなできの悪さだったらしい。
そこから比較すると、やはりドイツの技術力の高さはとても恐ろしい。
さらにソ連並の国力と人的資源の投入ができるようなことになれば、国力・技術力的には旧世界の冷戦期アメリカを相手にするようなものであろう。
日本としても、そんな国を相手にするとなると現状で投入できる戦力は心許ないと言える。
「ふむ……戦車もそうだが、航空戦力に関しては油断してはならないな。我が国と同じか、それ以上と考えるべきだろう。海軍に関してはどうだ?」
「はい。これまで集まっている情報からすると、海軍には戦艦と思しき船が2隻、大型巡洋艦と思しき船、中型巡洋艦と思しき船を中心とした100隻以上の艦隊に、250mを超える大型航空母艦を保有していると言われております」
これはどちらかというとニュートリーヌ皇国攻撃の際に確認されていた『いずも型護衛艦』のことであり、彼らの基準では空母として見られていた。
300mを超える超大型航空母艦・『あまぎ型航空護衛艦』と『しょうかく型航空護衛艦』は日本人以外にはあまり見られたことがないこともあって、その情報はかなり少ない。
元々空母は相手の勢力圏外からアウトレンジで攻撃するための兵器なので、見ようと思うなら観艦式のような場でもなければ、戦場で空母を発見して辿り着くしかない。
「ただ、不可解なことに日本国の巡洋艦には130mm前後と思しき単装砲が1基搭載されている以外は回転式機関砲、それと対艦用の誘導弾発射筒と思しき兵器が確認されている以外は目立つモノが見えないように思えます」
「ふむ……対空装備はそれほど高くないのか? 電探はどうなのだ?」
「はい。見た限りでは捜索用の電波投射機と受信機らしきものが見えないため、これらの装備は貧弱なのではないかと思われます。もしかしたら、空母の艦載機の性能が高いために艦艇の対空性能の向上の必要性を感じていなかったのかもしれません」
「『必要性による進化』という奴か。では、日本軍の艦載機の性能は想定以上と考え、しかし艦艇まで迫ることができれば攻撃することは割と容易である、と考えるべきか?」
「あくまで現段階で入っている情報を精査した限り、ですが……個人的には、艦橋と思しき構造物に取り付けられているこの『板』が気になります」
ニュートリーヌ皇国で撮影された写真を見せると、なんとものっぺりとした船が写っているのが見える。
「ふむ……確かに単装砲が1基、それに回転式機関砲か……確かに歪な装備だな。我が国であれば、対空用の誘導弾を箱型投射機に搭載するが、それもないのか?」
「そうですね……それらしいものは見えません」
実は彼らは垂直発射装置(VLS)が遺跡でまだ確認されていないこともあって、その存在を知らなかった。
日本の護衛艦がむしろ対空性能・捜索性能に関しては旧世界でもかなりの高水準にあったことを、彼らは知らない。
このため、日本の兵力・軍事力に関して帝国は一部どころかかなり誤った情報を持っていると言わざるを得ない。
しかし、そこで軍務大臣のイワンが反論する。
「ですが、対艦誘導弾を発射しようというのであれば、どのような距離であるにせよ電探で照準をつける必要があります。であれば、対水上捜索についてはむしろかなりの高水準を持っていると見るべきなのではないでしょうか?」
事実、誘導弾の照準をつけるには高度なレーダー技術が求められる。
仮に赤外線探知型であるとすればそうでもない(第二次世界大戦中に開発された誘導弾の一部は実際にそれだった)が、遺跡から発掘された対艦用の誘導弾の最大射程は150kmとも言われているため、最低でもその距離を測定して敵の識別ができるレーダー技術があるということになる。
しかし、古代技術解析大臣に並ぶ省庁である技術改良省(発掘された技術を応用・活用してより高い能力を得られないかと考案する部署)の大臣であるクレースト・ヤコブレフが反論した。
「しかし、いくら大陸を制しているとは言ってもたかが島国がそれほどの力を持つでしょうか? グランドラゴ王国や蟻皇国ですら、技術水準からして我が国とは数十年以上の差があるというのですよ? ぽっと出の新興国がそれほどの力を持つとは考えにくいです」
「だが、実際航空機からも誘導弾らしき兵器が発射されていることを考慮すると、少なくともそれができるだけの電子技術があると見るべきだろう」
「いや、だからと言って敵を過大に評価して恐れるようなことがあっては……」
再びアレクサンドルが手を挙げると、場が『スッ』と静まった。
「皆の気持ちもよく分かる。だが、今は我が属国たるフィンウェデン海王国が日本と揉めている最中とのこと。ならば、フィンウェデンに対する日本の攻撃を見て判断しても悪くはあるまい」
「我が国が先史文明以外に負けるとは思えませんが……確かに、安全策を取るに越したことはないですな」
それぞれに混乱しつつも『日本と海王国の様子を見てから動きを決める』という結論に至ったイエティスク帝国。
果たしてこの結論が吉と出るか、凶と出るか……。
――同日 イエティスク帝国港湾都市 アルハンゲーリング
ここはイエティスク帝国の海軍の一部が存在している軍港で、二次大戦水準と言える戦艦や巡洋艦、航空母艦が威圧感を放っている。
この日、帝国で新たな船が就役しようとしていた。
その船は『プラネート級重巡洋艦』と言い、旧世界の『スヴェルドロフ級巡洋艦』に酷似した雰囲気を放っている。
ただし、細部はもちろん異なっている。
『スヴェルドロフ』が15.2cm連装砲だったのに対して、主砲が60口径15.5cm三連装砲……つまり日本の最上型巡洋艦に搭載されていた主砲と同じような能力を有するモノになっており、砲塔1基あたりの投射力が大幅に上昇している。
対空用の高角砲は10cm砲、魚雷発射管も53.3cm5連装のままだが、機雷を全く搭載していないことが大きな違いとなっている。
砲弾には近接信管を搭載しているため、対空用電探による照準射撃と合わせて高い空中目標撃墜精度を誇る上、中口径主砲とはいえ連続した砲撃による対地支援も可能となっていることから、『砲撃を中心とした戦艦から扱いやすい船と誘導弾』に移行するという海軍の目標に繋がっている。
そしてなにより大きな特徴として、後部甲板の一部に大きな発射筒が備えられているところが見た目上のもっとも異なる点だろう。
これはイエティスク帝国が最近開発に成功した対艦誘導弾『グロームⅠ型』と呼ばれる兵器で、性能的には初期のPー15に近いものとなっている。
最大射程はPー15より若干長い100km、誘導方式は慣性航法+電波誘導となっており、帝国最新鋭の技術がこれでもかと詰め込まれている。
ただ、最新鋭の精密機器を多数使用しているだけに値段が高く、航空機用の対艦誘導弾まで手が回らないと言われている代物であった。
艦長を拝命したミノタウロス族のアレクサンドラ・V・イリューシンは、就役したネームシップ『プラネート』を見ながら満足げに頷いていた。
「素晴らしいわね。これで戦艦の時代は終わりを告げ、誘導弾による射程圏外からの攻撃が中心となるのね」
「空母に艦載する機体についても改良を進めており、いずれ航空機仕様の対艦誘導弾を搭載できるようにするとのことですからね。もはや大砲は敵地への上陸支援くらいしか使い道がなくなるでしょう」
実際に第二次世界大戦において戦艦の砲撃が最も活躍したのは上陸支援及び地上構造物への破壊のためだ。
一説によると『戦艦の艦砲射撃は四個師団級に匹敵する』とも言われ、金剛・榛名によるかの有名なヘンダーソン飛行場砲撃の際には普段仲の悪かった陸軍から『野砲千門に値する』と称賛されたと言われる辺りからもどれほどすごかったのか想像がつく。
連合軍によるノルマンディー上陸の際にはイギリスとアメリカの戦艦が大量の砲弾を撃ち込んだことにより、ドイツ軍に大きな被害を与え、混乱させることに成功しているのだ。
戦艦の大砲は基本的に遠距離になると散布界が粗くなり、命中精度が大幅に落ちるようになるのだが、対地攻撃であれば一定の範囲内に砲撃を撃ち込めればいいため、むしろ有利に働く一面もある。
このことから、日本のヘンダーソン飛行場砲撃に関しては砲門数の多い扶桑型か、46cm砲9門を搭載した大和型でするべきだったのではないか、という考え方もある(実際には速力や燃費の問題などから実行されなかっただろうが)。
それに対して、一番求められていたはずの敵戦艦との撃ち合いはわずかしか発生していないのは、一定以上の距離を超えると命中率がガクッと下がる艦砲の限界でもあった(え、霧島姐さん?あれは色々な不慮と偶然が重なった結果ですので……)。
だからこそ、艦砲射撃はある程度の大きさの中口径砲に任せ、あとは小口径高角砲や機関砲、そして誘導弾で空の守りを固めることこそが重要と考えられたのだ。
「我が国はまだまだ強くなる。そして……いずれ先史人類が帰ってきた時、唯一互角に対峙できるような存在になるのね」
「はい、サーニャ(アレクサンドラの通称)艦長。私もそう願っております」
帝国の明日はいずこへ……
このまま投稿を続ければあと2年足らずで完結する予定です。
加筆もないと思いますので、このままお付き合いいただければ幸いです。
次回は12月2日に投稿しようと思います。