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覇者の一喝

今月の投稿となります。

戦後処理の描写が少なすぎるのはご勘弁ください……考えてはみたのですがうまく思いつかなかったのです。

グダグダになるくらいならば……と思いました。

――西暦1750年 8月5日 蟻皇国 首都南京

 襲撃から3日近くが経過した南京では、軍の生き残りに加えて警察・消防も合同で救助活動を行なっていた。

 だが、その人々の顔は暗い。

 真夜中にいきなり襲撃され、地下都市に猛烈な打撃を受けて2万人を超える死者を出してしまったのだから当然と言えば当然なのだが。

 警察官の宋文綬は同僚と共に瓦礫をどかしながらため息をついていた。

「一体我々はなにと戦っているんだ?イエティスク帝国かもしれないと言われているが、俺にはそうは思えない」

「確かに。あの空を飛んでいた4発の飛行機……あれは輸送機や地上への攻撃機だったとしてもかなり速かった。あの飛行機はとても高い技術で作られているな」

 警察とは言うが、有事の際には軍の指揮下に入って行動することが法律で決められているため、警察官とは言いつつ準軍人と言うべき立場にある。

 そのため、警察関係者も日本人が想像する一般的な警察関係者に比べるとはるかに軍事知識は深いのだ。

「イエティスク帝国にも大型の輸送機はあると聞くが、あれほど安定した飛行性能を発揮しながら攻撃までできる機体があるなんて聞いたことがない」

「うぅん……そうだよなぁ。あの安定飛行は暗闇でもよく分かったから」

 飛行機を安定させながら飛行させる技術『フライ・バイ・ワイヤ』というのは、割と最近に開発されたものである。

「それに、飛行機にあんな強力な火砲を搭載する技術なんて、存在すると思うか?」

「いや無理だろ」

 彼らの基準での大型飛行機と言えば、『ヴィッカーズ ヴィクトリア』や『アブロ アンドーバー』のような時速170km前後の、25mほどの幅しかない複葉機であった。

 しかし、南京を襲撃してきた飛行機は明らかに時速400kmを超える速度と、闇夜で分かりにくかったものの30mを遥かに超える幅を持っていた。

 対地用の攻撃機が、自国の最新鋭制空戦闘機より速いという時点で、相手との技術格差がどれほどのものなのかと思い知らされたようなものだ。

 まあ、彼らは上空を悠然と飛んでいた『ACー3』にばかり気を取られていたために気づいていなかったが、天井盤が大きく崩落した直後には『Fー3C』も1機、偵察のために飛び込んできていた。

 しかも、その直前には無人機による偵察も行われていた(彼らが全く気付かなかっただけである)。

 もっとも、レーダーがない彼らからすれば闇夜に溶け込むような灰色で、しかも自分たちの知る速度の3倍以上の速さで飛び回っていた飛行機に気づいた者はほとんどいなかったのだが。

「これからどうなると思う?」

「うぅん……俺たち警察や消防はそれなりに残っているけど……軍は施設も兵も車両や高射砲などの兵器も含めて軒並み壊滅したからなぁ……降伏、するしかないのかもな」

「そんな……栄えある茶蟻族が降伏だなんて……」

「だが、このままではさらに苛烈な攻撃が飛んでくるかもしれない。既に制空権はなく、制海権もないに等しい状況だという。俺の友人が港湾を見に行ったが、猛烈な艦砲射撃らしい破壊を受けて壊滅していたそうだ。動かせる軍艦はロクなものが残ってないらしい。海防用の旧式戦艦もほとんどが破壊されていたらしいからな」

 『やまと』型砲撃護衛艦の砲撃で撃沈、破壊しきれなかったものに関しては、海上自衛隊の他の護衛艦が対艦誘導弾を大量発射することで片づけていた。

「でも、今回の攻撃って本当にどうなってるんだろうな……俺たちの基準からすれば、イエティスク帝国以上の敵なんて、それこそ先史人類しか存在しないぞ」

「先史人類か……どんな理由かは知らないが、この星を捨てて空の彼方……宇宙へ飛び去ったっていうけどな。まさか戻ってきたのか?」

「いや、だったら俺たちに対して何らかの接触があるだろう。政府も皇帝陛下も、そんなことはなにも言ってなかったし」

「だよなぁ」

 蟻皇国の人々は、自分たちがなにを受けたのか、どんな技術水準を持つ相手と戦っているのかということもわからないまま、作業を進めるのだった。



――同時刻 皇族避難用シェルター

 蟻徳洪と一部の侍従、そして宮廷仕えの者たちは、徳洪を囲んで暗い顔をしていた。

「それで、判明している限りの被害は?」

 皇帝の前で跪いている趙雲子龍が、『ははっ』と応じながらメモを差し出した。

「……軍施設、及び街中に設置していた兵器のほぼ全てが壊滅、さらに町役場や公民館などの大きな建造物も軒並み壊されたか……民家も多数破壊されたというのに犠牲者が書かれておらんが、軍の推測では?」

「少なく見積もっても1万人以上、軍人を含めれば3万人を遥かに超えるというのが現在たてられている推測です……」

 軍司令本部が艦砲射撃を運悪く喰らったことによって消滅してしまい、軍の過激派も穏健派も含めてそのほとんどが吹き飛ばされてしまった。

 しかも、即応兵の巨大宿泊所も吹き飛ばされていたために稼働可能な戦力はわずか300名ほどしかいない。

「なんということだ……軍部の過激派が吹き飛んだのは思わぬ話じゃったが、穏健派や外交関係者も一部死んでしまったのは痛い」

「国外関係者のほとんどは首都ではなく、少し離れた場所に大使館を設置していたのが不幸中の幸いでしたが……なんの慰めにもなりませんね」

 現在動ける上級将校はほぼおらず、ここにいる趙雲子龍が一応中尉の肩書を持つ若手幹部であったが、はっきり言って強力な権限など持ったこともない。

「それで、残った軍部はどうする気じゃ?」

「首都に対して一方的な攻撃を受けたことから、既に残った兵の士気は最悪にまで落ちています。過激派ですら意気消沈しておりますので、ここで陛下が名乗りを上げて講和を宣言すれば、皆従うのではないかと思いますが」

「ふぅむ……そうじゃな。やろうと思えばできるか?」

「私たちが街を駆け回り、各区画の代表に呼び掛けましょう。公民館の近くにあった広場は無事でしたので、そこに各区画の代表を集め、陛下のご意思を伝えるほかありません。残念ですが、放送のための電線もほとんど潰れてしまったので……」

「そうと決まれば、善は急げじゃ」

 徳洪の指示を受けた軍人や侍従たちは、準備をするべく動き出した。幸いなことに一部の車両は無事だったため、急いで動くことにした。

 それから数時間後、公民館側の広場に数十人の蟻人族が集まった。

 彼らが街の各区画を治める代表たちである。

「皆の者、よく集まってくれた」

「「「ははーっ‼」」」

 代表たちは年に1度、年明けの宴(日本で言う正月)の際にしか顔を合わせる機会はないものの、だからこそ彼らは徳洪の顔をしっかりと覚えていた。

 徳洪の居住する帝城を収める中央街区の代表が前へ出て恭しく礼をする。

「陛下におかれましては、この度の奇禍を逃れましたること、誠にめでたいことと存じます」

「うむ。ワシはなんとか生き延びたが……多くの民が犠牲になってしまった。まずは犠牲になった同胞たちのために黙祷を捧げようぞ」

 徳洪の言葉に頷いた代表たちは皆祈りの姿勢を取る。

 黙祷は1分ほど続き、徳洪が顔を上げたことを感じた代表たちも顔を上げる。

「さて、皆の者も知っておると思うが、つい3日前、この南京はどこの誰とも知れぬ軍の攻撃を受けてこのような有様となってしまった。今回の攻撃はイエティスク帝国をはるかにしのぐもの、というのが残存軍部の分析じゃ」

 イエティスク帝国がこの世界で最強なのは常識なので、『それを上回る存在』という時点で信じられない代表たちは『ざわ……ざわ……』と騒ぎ出す。

 徳洪が手を掲げると、すぐに声は収まった。

「信じられぬ者も多いじゃろう。しかし、この地下都市は元々先史人類が築き上げた遺構で、1千年以上が経過した今もまるで劣化していない超技術じゃ。それが……破壊されるなど想像もしなかった」

 それは同じ思いだったらしく、代表たちもゴクリと唾を呑んだ。

「さらに、首都から少し離れたところにある港湾部及び港湾部航空基地も……壊滅したそうじゃ」

 南京には北京とほぼ同等の、南へいつでも侵略できる戦力を整えていたはずだが、それが壊滅したという。

 敵がどれほどの兵力を揃えてきたのかと、背筋が薄ら寒くなる代表たちだった。

「敵の技術力・国力はまるで不明だが、少なくともイエティスク帝国を超えるという時点で、我らの及ぶ存在ではないと思うべきじゃ」

 『それは……』、『確かに……』という声が、街の代表たちからも広まる。

「よって、ワシはシンドヴァンに仲介を頼み、今回の戦争の当事国であるワスパニート王国と、ワスパニート王国に加勢しているであろう何者かとの交渉を行いたいと思う」

 元々積極的な侵略戦争は軍部の一部である過激派が言い出しているだけだった(茶蟻族優秀主義は元々あったが、他者を積極的に迫害してまで推し進めるほどではなかった)ため、一般人は戦争が終わるならそれに越したことはなかった。

「すぐに外務省の生き残りを招集し、シンドヴァンとの連絡を取らせることにする。皆の者、異存はないな?」

 異存の無い証として、彼らは徳洪に深く頭を下げたのだった。

 こうして、蟻皇国は今回の戦争を終わらせることを決定したのだった。



――西暦1750年 シンドヴァン共同体 首都バレタール ラケルタの館

 シンドヴァン共同体の商業ギルドマスターの1人であるラケルタは、日本から輸入した緑茶を呑みながら、これまた日本から輸入した羊羹を頬張っていた。

「……まさか、徳洪陛下の勅命が下るとはね」

 彼女は書面を見ながら呟くが、つるりと手から滑り落ちてしまった。

 拾おうとするが、椅子に座った状態では、『大きくなったお腹』が机につっかえてしまった。

「……やれやれ。大変ね」

 椅子から降りて書類を拾い直すと、メイドが入ってきた。

「ラケルタ様!お呼びいただければそのくらいのことは我々がやりますのに!」

「あぁ、ごめんなさい。できることくらいは自分でやらないと、面倒くさがりになっちゃうから」

「ですが、ご結婚されてから既に1年以上、お腹にはお子様がいらっしゃるのですから、不用意なことはなさらないでくださいませ!」

 そう、ラケルタは年下の日本人男性と結婚し、現在妊娠7カ月であった。

 童顔だが、言うべきことはハキハキとものを言い、日本とシンドヴァン共同体の友好と発展のためにと日々働いてくれている、優秀な人物であった。

余談だが、この世界のラミアは卵生ではなく、日本の分析によって胎生であると判断されていた。

 爬虫類であるヘビの特徴を持つラミア族やトカゲの特徴を持つ蜥蜴人のみならず、昆虫のような特徴を持つ蜂人族や、鳥のような特徴を持つ有翼人族も胎生である。

 本来卵を産まなければならない種族の特徴を取り入れているにもかかわらず、なぜ胎生で済んでいるのかは現在研究中だが、一部の学者は胎生で問題のないことに関してとある推論を述べていた。



「出産の際、胎児は羊膜に包まれているが、この世界の亜人族は、一部を除いてその羊膜がかなり分厚くなっているんだ。だからこそ、毛、鱗、爪といった面倒な部分が引っ掛かりにくくなっているんだろう。例えるなら、普通の人間の羊膜をサ○ンラップ並みとするならば、元々人型に近いゴブリン族、オーク族などを除いた亜人種の多くは、レジ袋なんかをはるかに凌ぐ強度を持つ羊膜に包まれている。しかも、衝撃の吸収性は比較にならないほどこの羊膜の方が上でしょうね」



 とのことである。

 閑話休題。

 もっとも、従者たちからすればラケルタはシンドヴァン共同体に21人しかいないギルドマスターの1人であり、特に日本と繋がりが深いということから、今や実質的にギルドマスターの統括者のような扱いを受けている。

 そんなこともあり、後々にシンドヴァン共同体を別の国家体制に移す際には彼女にその象徴となってもらおうという声が強くなっているほどであった。

 現代日本の天皇家のようなものである。

「わかったわ。だからそんなに慌てないでちょうだい」

「もぅ……」

 ラケルタは再び椅子に座り込んで書面を見直す。

 それには、信じられない話が書いてあった。

「あの南京の天井盤を破壊する、ねぇ……表面の土を掘り起こすだけでも大変なのに、どんな手品を使ったのかしら」

 日本から輸入した軍事書籍を資料として読み漁るが、どこにもそんなことができそうな兵器の記述は出ていなかった。

「まぁ、あの国が自分から戦争をやめる、と言ってくれるのであれば、こちらとしてもやりやすくて助かるけどね」

 ラケルタの従者は『そんなものですか』と言いながらラケルタにお茶のお代わりを注いだ。

「で、日本からはなんと?」

「はい。日本はこの後に第1空挺団と呼ばれる降下部隊を送り込んで皇国を制圧する予定だったようですが、皇国が想定より早く降伏してきたので、むしろ拍子抜けしたようです」

「皇国の頂点が穏健派の徳洪閣下で助かったわね。日本も継戦は望まないでしょうし、皇国側もイエティスク帝国の侵略が怖いだろうからできる限り穏便に済ませようとするでしょうし……帝国の脅威から逃れようと南の沿岸部に首都を構えたのが仇になるとは、皇国自身が思わなかったでしょうね」

「致し方ありません。皇国より南に、皇国より強力な国家は存在しなかったのですから。日本の輸送力と制圧力が皇国の予想の斜め上を行っていたんです」

 実際、蟻皇国が大戦間期レベルの地球列強国並みの水準だが、現代日本からすれば『金のかかる雑魚』でしかない。

 数だけは多いので、長期戦になれば日本も辟易しただろうが、向こうから降伏してきたのならば万々歳だ。

「……今頃日本では政治家たちがお茶でもすすりながら皇国の今後について議論しているんでしょうね」

 そう言いながら自分も羊羹から大判焼きへと移るラケルタであった。

 ラミアは大柄な体故に常人より大食いなのだ。



――2032年 8月10日 日本国 東京都 首相官邸

 ラケルタの予想通り、とまではいかなかったものの、閣僚たちは明らかにホッとした表情で向かい合っていた。

 戦争が早期に終結するということで経済活動が再開することから、閣僚たちの中でも経産相がこれ以上ないほどに嬉しそうな顔であった。

「まさかここまであっさりと降参してくれるとは思いませんでしたねぇ」

「プライドの高い国と聞いていましたので、もっと粘られるかと思いましたが……現状の指導者が理性的で助かりました」

 防衛相も久しぶりに見るいい笑顔であった。

 この10年以上、3人の防衛相が任命されていたものの、皆最終的には過労でやつれていたほどだ。

 4人目となる彼は今までにないほど早期に戦争を終わらせることができたことから、『これで病院に行く暇ができる……』と言っていたのだった。

 だが、首相と外相はあまり浮かない顔だ。

「とはいえ、蟻皇国があまり弱体化すると、北のイエティスク帝国がその手を伸ばして来そうだからな」

「帝国についてはいまだにわからないことだらけです。軍事技術については海軍・陸軍が第二次大戦時のドイツ(設計思想)と日本(戦艦や空母の充実ぶり)並み、空軍については冷戦期並みと言っても過言ではない装備を整えていると防衛相からは聞いています。慢心すれば、間違いなく日本に被害を及ぼす国となるでしょう」

 2人の言葉を受けて、防衛相も緩めていた表情筋を締め直す。

「そうですね。引き続き統幕の方ではイエティスク帝国の分析を続けていますが……覇権主義のクセに鎖国政策を取っているせいでほとんど国内の情報が入りません」

「一応属国であるフィンウェデン海王国を通じて諸国にカメラやちょっとした日用品くらいは輸出していたようですが……そこから測れる技術は、やはり大戦直後並みですね」

 実際、ビスマルク級に似た戦艦は存在しているにもかかわらず、シャルンホルスト級に似た船が帝国にはないことから、『第一次大戦で敗北しなかったドイツが順当に進化したらこうなっていた』ような装備が海軍には多いのだ。

 実際、沿岸警備の海防艦らしい船として『ドイッチュラント級装甲艦』に酷似した軍艦は確認できた。

 海防艦として重武装巡洋艦を配備している時点で、かなり面倒な国であることは間違いない。

 また、最近では属国のフィンウェデン海王国にその『ドイッチュラント級』を供与したらしい、という話もある。

「巡洋艦より強く、戦艦より速い船か」

「戦艦より速い、と言っても28ノットというあくまで第一次大戦時の超弩級戦艦が基準ですからね。太平洋戦争時の世界各国の戦艦を見れば、もっと速い船はゴロゴロしていますよ」

 日本では金剛型高速戦艦4隻が30ノット近くを発揮しており、公試ではないものの、『大和』も29ノットを出したと言われている。

 他にも海外では某魔女アニメで大活躍したイタリアのヴィットリオ・ヴェネト級や、フランスのダンケルク級及びリシュリュー級、そしてなんといっても32ノット近くを発揮したアメリカのアイオワ級戦艦だろう。

 特にアイオワ級戦艦は20万馬力のタービンエンジンを搭載しており、大和型の15万馬力を大幅に上回っている。

 要するに『速度出したければ高馬力エンジン積めばヨシ!』というアメリカらしい強引な手法である。

 え、我らが帝国海軍? 球状艦首付けたり集中防御方式を採用したりするなどで重量軽くしようとしてそれでも予定より巨大化したのが大和型ですがナニか?

 さらにデカい『超大和型』なんて火力オバケも作ろうとした(作れたとは言ってない)ぶっ飛び島国ですが?

 それはさておき。

「放置しておくと勘違いして他の国に喧嘩を売る可能性もありそうだな。陸軍の武器はどうなんだ?」

「ほぼ変わらずですね。ただ、Ⅲ号戦車モドキ及びⅣ号戦車モドキは自走砲を除いてほぼフィンウェデン海王国に供与された模様です。小銃もボルトアクション式は供与して、自国では『AKー47(初期型)』に酷似したものを使っているらしいです」

「既に自動小銃を開発しているのか……接近戦では厄介だぞ」

「分隊支援火器などの情報はありませんが、『MG42』や『Mp40』のような機関銃類は実用化していますね」

「『ヒトラーの電動ノコギリ』か。これも防衛戦で使われたら面倒だな」

「他にイレギュラーな存在はないのか?」

 文科相の問いに、防衛相は首を横に振る。

「これだってなんとか衛星の画像を超拡大、ノイズ処理を施して集めた情報です。歩兵の携行兵器なんて本当に苦労したんですよ」

「そりゃそうだ」

 普通の人工衛星ではそこまで見ることは不可能であった。

 最新鋭の技術あってこその成果である。

「ただ、技術水準及び現有兵器から推測される歩兵の兵器想定をしているわけですが、それ以上に重要なことがあります」

「と、言いますと?」

「あくまで今の想像ですが、イエティスク帝国には大陸間弾道弾のような超長距離打撃兵器が配備されていない、と考えられます」

「ニュートリーヌ皇国からの報告では、サイドワインダー染みた対空誘導弾は存在するそうですが?」

「短射程の対空誘導弾と大陸間弾道弾ではケタが違いすぎます。成層圏まで打ち上げられるだけの強力なロケットエンジンを作り出せるかどうかというところも問題ですし、そもそも狙った都市に落とせるようにするには1970年代のような技術が必要です。つまり、宇宙開発に乗り出せるだけの技術が必要なのです」

 少なくとも、数十秒噴射するのがやっとのロケットエンジンでは到底成層圏までの到達は不可能である。

 大陸間弾道弾とは言うが、その実態は『宇宙までロケット打ち上げてその先端の弾頭をミサイル内部の誘導装置で狙った敵国家へ叩きこむ』というものである。

 要は発射母体をロケットにしただけの巨大な大砲だ。

「ですが、大型ロケットの発射台や、装備品から推定される電子機器のことを考えると、まだ宇宙開発まで乗り出しているとは思えません」

「なるほど。宇宙開発まではまだ、ですか」

「ですが、第二次大戦時のナチス・ドイツにはイギリスを本土攻撃する兵器があったそうじゃないですか。確か、えぇと……」

「V2ロケットですか?」

「そう、それですよ。もしそれを使われたら、日本本土にも被害が及ぶのではないでしょうか?」

 V2ロケットとは、ドイツが大戦中に開発した軍事用ミサイルで、弾道ミサイルの大本になったともいえる兵器である。

 だが、防衛相は苦笑していた。

「確かに、弾道弾の卵と言えば恐ろしく聞こえるでしょうが、最大射程は1t弾頭のもので300kmほどと、我が国最大の射程を誇る巡航ミサイルである『武御雷』と比較してしまうと、雀の涙ほどしかありません」

「そ、そうなのですか?」

「えぇ。我が国の対艦誘導弾である『17式艦対艦誘導弾』が射程200kmであることを考えれば、それに毛が生えたようなものと思っていただけるはずです。しかも、誘導方式はジャイロスコープを用いた姿勢制御と、真空管を用いた原始的コンピューターですから、現代のそれとは比較にならないほど精度が悪いのです」

「そ、そうなのですか?」

 同じ疑問符を浮かべてしまったことに気づかないほど驚いているようだ。

「えぇ。我が国のGPSで誘導する巡航ミサイルとは比較にならないほどに原始的です。速度も遅い(と言っても音速は遥かに超えるのだが)ですから、海上自衛隊のスサノオ艦があれば十分に捕捉も撃墜も可能です」

 当面保有している戦力で十分撃墜可能という話を聞き、ホッとする閣僚たちだった。

「だが、彼の国のことはまだまだ分からないことだらけだ。おまけに厄介なことだが、地球史を基準にすると50年後、60年後も同じように日本を守り切れるかというとそうは言えない。外務省からもなんとかかの帝国に接触できないかどうかを探ってほしい」

「はい。属国のあるフィンウェデン海王国から当たろうかと考えております」

「頼んだぞ」

次回は2月の4日に投稿しようと思います。

『転生特典に艦隊もらったけど、クセのあるやつばっかり!』も、引き続きよろしくお願いします。

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