反撃の狼煙
今月の投稿となります。
遂に……徳洪がある結論に達します。
――西暦1750年 8月2日 オーストラリア大陸 エルメリス王国港湾都市アルフロイ
日本がオーストラリア大陸において発見し、グランドラゴ王国と共に多くの支援を行なったことによって鎌倉時代レベルの水準から文明開化水準まで一気に引き上げられたエルメリス王国の北方にある港湾都市アルフロイ。
ここには、蟻皇国の首都南京を攻撃するために集結した海上自衛隊の護衛隊群と航空護衛艦『かつらぎ』、そして砲撃護衛艦『むさし』が集結していた。
その総数は、補給艦を含めて12隻。『たざわ』型補給艦も同行して、必要ならば燃料補給や弾薬補給をする手はずになっている。
そして、今回一番の目玉はなんと言っても、砲撃護衛艦『むさし』と、合流した『やまと』であろう。
戦後日本としてどころか、日本という国が設立されてから初めてであろう、人口密集都市への無差別(に近い)艦砲射撃を行おうというのだ。
当然ながら、本来であれば無差別艦砲射撃などという非人道的行為は日本の望むところではない。
だが、相手の蟻皇国の首都である南京が、地下に存在する先史文明の遺構を利用して建設されていることから、どうしても艦砲射撃で地表を破壊した上で『ACー3』彗星などの攻撃機を送り込んで大打撃を与えなければならなかったのだ。
首都南京の人口は、驚くべきことに日本の東京都を超える2千万人近くに及び、防衛する部隊だけでも20万人近くが存在するという頭のおかしさである。
いくら技術格差があると言っても、陸自隊員を突入させての市街地戦ともなればゲリラ戦法に出られる恐れもある(相手にその概念があるかどうかはさておき、あるだろうと考えておくべきだと判断した)。
そうなれば自衛隊員の犠牲も間違いなく、そして少なくない数が発生すると考えられたことから、日本政府としてはそれだけはできる限り避けたいと考えているのだ。
相手の生命を重んじることも大事だが、それで自国民の命を危険にさらすことはもっと良くないと判断したのである。
また、グランドラゴ王国及びニュートリーヌ皇国からの情報によって、『あまり長期戦になると、蟻皇国の広大な領土と南部の不凍港を狙ってイエティスク帝国が北方から手を伸ばしてくる可能性がある』という話も影響している。
大戦間期レベルの存在に、現代の日本が保有しうる技術で敵味方問わず犠牲者を少なくしようと考えた場合、核攻撃を用いないのであれば多少蟻皇国民の犠牲に目を瞑ってでも首都の早期鎮圧が望ましいと日本政府は判断した、という話である。
そのために、彼らの水準からすれば尋常ではない攻撃を叩きこむことによって継戦意欲をへし折り、その上で交流のあるシンドヴァン共同体から『降伏せよ』という通達を送らせることにしたのだ。
作戦はこうだ。
第一段階として、航空優勢を確保するべく対空誘導弾を満載した『Fー3C』戦闘機が航空護衛艦かつらぎから発艦し、緊急発進してくるであろう敵機を叩く。
ただし、これに関しては『レーダーがないなら夜襲をかければ航空機はほぼ沈黙するのでは?』という意見が統合幕僚部で出たため、その意見を採用して真夜中に奇襲をかけることが決定された。
実際、夜間における航空機の迎撃が活発になったのは第二次世界大戦頃からである(それまでもなかったとは言わないが)。
万が一夜間であろうとも迎撃に出てきた敵機がいた場合、戦闘機で敵機を全て撃墜した後、まずは沿岸部の防衛用に設置されている砲台をその射程圏外から『やまと』、『むさし』の艦砲射撃で無力化し、さらに接近する。
首都上層部の地上施設には地中貫通爆弾『黄泉平坂』と、『やまと』型の徹甲弾を大量に叩きこみ、天井部を一気に、確実に破壊する。
敵首都である地下都市が露出した後は信管調整を施した榴弾に切り替えるものとして、2隻での砲撃に加えて、空母から爆装した上で再発艦させた『Fー3C』と、ガンシップである『ACー3』彗星によって地上に爆弾と砲弾の雨を降らせることになる。
ただし、その前段階として地下都市が露出した時点で『RQー1』ワシミミズク偵察機を送り込んで、敵の政治中枢施設を確認することが重要である。
これにより座標を特定し、敵の政治中枢『だけ』を残して、それ以外の都市部に対する無差別な、官民問わぬ攻撃を行うのだ。
もし召喚小説のように『Pー3C』や『Pー1』を爆装できるように改造できていれば、高価で貴重な『Fー3C』を使わずに済むのだが、こんな相手が存在する事態を想定していなかったこともあって、この世界では哨戒機の爆撃機改造は行われていなかった。
また、同じような理由から戦略爆撃が可能な重爆撃機(日本の直近で言うとアメリカの『Bー52』みたいな超重爆撃機)も考案していなかった。
航空機の多目的運用思想がまだまだ未成熟であることを突き付けられた防衛省と防衛装備庁、及び統合幕僚監部は、以前にも増して柔軟かつ多様な発想ができるようにと日々シミュレーションを重ねているのだった。
それでも言えることがあるとすれば、蟻皇国の技術水準が大戦間期レベルなので、某時をかける列車の仮面ラ○ダーレベルで運が悪くなければ墜落はしないだろうという判断だが、それでも慎重を期して無人機を送り込むのだ。
ちなみに、『RQー1』は艦載型も作られているのだが、元が無人機で軽量なこともあってかその構造はほとんど変わっておらず、着艦のための足回りの強化と、着艦フックの装備が行われたくらいである。
本当ならば空飛ぶ戦車破壊王と称される攻撃機である『Aー1』飛竜も投入したいところなのだが、前話でも述べたようにいかんせん元が『Aー10』サンダーボルトをモデルにしていることから航続距離の短さがネックなこともあって、今回は空母艦載機である『Fー3C』に白羽の矢が立ったのだ。
砲撃護衛艦『むさし』艦長の石塚1等海佐は、集結しつつある部隊を見て嘆息する。
「まさか、我が国が人口密集地である都市への……しかも、一国の首都への無差別艦砲射撃を行うことになろうとはな。世の中とはわからんものだ」
石塚の隣では副長の江原2等海佐が『仰る通りです』と、こちらも沈痛な表情で重々しく頷いていた。
彼ら自衛隊は本来日本を守るための存在であり、他国の無辜の市民を虐殺するようなことがあってはならない。
しかし、そもそも論で言えば守るべき目標として優先されるべきは、あくまで『日本国本土』の防衛と、『日本国民の命』である。
その中には戦うことが仕事である自衛隊員も含まれているため、統合幕僚部がその犠牲を少なくしようと苦慮したことがうかがえる。
国民の了解を得るのには少し苦労したようだが、それでも『自衛隊員も日本国民』であり、そんな『自衛隊員に犠牲が出ることと比較してしまえば』という観点から様々なメディアを中心に説得していった結果、賛同者も多くなったという事情がある。
東南アジアを領有しているワスパニート王国は、今後日本の同盟国であるエルメリス王国にとって重要な交易相手となる可能性が高いため、エルメリス王国に中継基地を持つ日本にとってはその発展は非常に重要である。
そもそも論になると、今回のワスパニート王国救援のために自衛隊を派遣することについても基本的に専守防衛の範疇を超えているのだが、その点は国民の意識が大きく変わってきたこともあり、『自国と友好国の平和を守り、今の生活を守るためなら必要なこと』という認識が広まりつつある。
日本の平和ボケが、ようやくここにきて抜けつつある証であった。
なに、遅すぎるって?……今更だ、気にするな。
「艦長。統幕より通達です。『現時刻を以て作戦を開始せよ』と」
「うむ。しかし……正直に言ってこの作戦名のセンスはどうなんだ?」
「『アマノイワト開放作戦』ですか……中に籠っているのが天照大神様ではなく、凶暴なグンタイアリというところがなんとも言い難いですね」
副長のダメ出しを受けて、『待ってました』と言わんばかりに石塚がニヤリと笑った。
「私ならばこの作戦はむしろ、『パンドラの箱開放作戦』と称したいね」
「その心は?」
「穴の中の『絶望』を全て壊して打ち崩すことで、最後の『希望』を見いだせる、という意味さ」
おとぎ話として名高いパンドラの箱は、中に入っていた『絶望』が全て『この世に』出て行った後で、最後に残されたのが『希望』だった、という話である。
「おぉ、正にパンドラの箱そのものの話じゃないですか。それも面白いですね。艦長は粋も心得てらっしゃるようで」
「はっはっは。おいおい副長。煽ててもブタしか木に登らないぞ?」
「飛べないただのブタよりはマシでしょう。我々はブタよりはマシなサルでありたいものですな」
「はっはっは。日本人はどこまで行ってもサルだからな。はっはっは」
石塚のこの笑いも、どこか虚しげに艦橋に響き渡るのだった。
或いはこの笑いも、これから起こるであろう惨劇をごまかそうという意識から出たものだったのかもしれない。
そんな『やまと』並びに『むさし』を始めとする護衛隊群はエルメリス王国の港湾都市アルフロイを出撃し、一路蟻皇国へと向かう。
彼らは破滅が実体を成して攻め込んでくることを、まだ誰も知らない。
――西暦1750年 8月4日 蟻皇国 首都南京 地下南京城
自身の居城で、蟻皇国の皇帝である蟻徳洪はうんうんと唸りながら頭を抱えていた。
なにが悩みなのかと言えば、とにもかくにも軍部の若手将校による暴走が収まらないのである。
一部の側近から聞いた話によると、まず海軍の南部主力艦隊が敵に出会うことも無く全滅したという(正確には駆逐艦は目視範囲までは行っていたのだが、詳細な情報が皇帝まで伝えられていないのだ)。
現場から上がって来た報告によると、いきなり軍艦が航空母艦、戦艦、旧式戦艦、装甲巡洋艦といった順番で、強烈な爆発と共に真っ二つになってあっという間に轟沈していったというのだ。
元々が装甲の弱い駆逐艦や装甲巡洋艦くらいならばともかく、頑強な装甲と強大な主砲を以て、たとえ撃たれても撃ち返すことによって敵を葬り去ることを役目とする戦艦までもが『一撃で』沈んでいるというのが恐ろしい話である。
そう、『一撃で』である。
しかも、轟沈までの時間が異様に短い。
硬い装甲と船体を持つ最強の戦闘兵器・戦艦を短時間かつ一撃で沈めうるということは、少なく見積もっても現在蟻皇国の戦艦に標準で装備されている30.5cm砲とは比較にならない威力を有した攻撃であることは間違いない。
蟻皇国が保有する遺跡の記述に残されている35.6cm(この戦艦は金剛型初期に酷似)か、或いは38.1cm(こちらはロイヤル・サブリン級戦艦)や40.5cm(こちらはネルソン級戦艦)もの巨砲も昔はあったという。
実際、イエティスク帝国には50口径40.5cm砲を装備した戦艦があるという噂も情報部からは入ってきている。
徳洪が掴んでいるのは、地球で俗に『H計画』と呼ばれたドイツのビスマルク級戦艦の発展型に近い能力を有する戦艦のことであった。
それほどの大艦巨砲を食らえば、現在蟻皇国に配備されている戦艦程度であれば装甲を貫通された挙句に弾薬庫に引火して誘爆、短時間で轟沈してもおかしくはない。
もっとも、それでも戦艦という兵器を轟沈させるのは難しいらしく、一説によれば日本で最も古く、脆い超弩級戦艦だった『扶桑型戦艦』ですら、廃艦にするには何発も直撃させないといけないという(弾薬庫に誘爆などでもすれば別だろうが)。
え、マイティ・フッド? あれは装甲薄い巡戦な上、ビス子さんの38cm砲弾による弾薬庫の一撃でドカンなのである意味ノーカンと言いますか……砲撃のみで撃沈された『本格的な戦艦』とは、一次大戦以降もよく見るとほぼいないのである。
だが、徳洪の疑問点にもっとおかしなこととして、『1発も外れていない』という話がその可笑しさに拍車をかけている。
細長く、反航状態で相対している際にはその細長さ故に他の艦と比較すると砲撃が当たりにくい駆逐艦でさえも一撃で命中し、沈んでいるというのだ。
もしかしたら、自分たちの理解の範疇を超えた超巨大戦艦が十数隻以上いて、多数が砲撃を行なって一部が着弾していただけなのか……しかし、戦艦の砲撃が『見えないところから』当たるほど飛翔するという記述も遺跡にはなかった。
それになにより、そんなに多数の砲弾が近くに着弾していれば否が応でも痕跡は残るだろうし、ちゃんと報告も現場から上がってくるに違いない。
徳洪は自分に理解できる範疇で今回の敵の攻撃を分析しているのだが、彼の知る最大の敵性勢力であるイエティスク帝国ですら、これほどの真似はできない。
大口径砲の砲弾を、着弾まで1分以上かかる超長距離から一撃で命中させるなどという真似はどう考えても不可能であった。
有名な話だが、第二次世界大戦時の超弩級戦艦の主砲弾は最大射程まで届くのに1分以上かかったため、実戦における基本的な有効射程は20km圏内だったと言われている。
少なくとも、長距離砲撃の際に帝国では実用化されている弾着観測のための航空機すら飛んでいなかったのだから、謎は深まるばかりである。
もっともこれは、蟻皇国側の目視圏外からレーダーで観測しながら誘導していたのでわからなくて当然だが。
「なにかがおかしい……日本国が強いかもしれないという噂は前々から聞いていたが……これではまるでイエティスク帝国ではないか……いや、イエティスク帝国ですらこれほどの真似ができるかどうか怪しいぞ。帝国の船を攻撃する手段と言えば、戦艦の艦砲以外では飛行機による急降下爆撃か、低空を飛んで接近することによる水平爆撃のはずだ……だというのに、この報告書によれば、『全く見えない攻撃を艦の中央に正確に喰らって一撃で真っ二つになって轟沈した』とあるな……わけが分からん」
この世界には恐竜(正確には魚竜や首長竜)たちの存在があったせいで、文明の黎明期(この場合は古代文明が消滅してから新たに興った文明のこと)頃から『水に潜る? 捕食者のいる所に自分からノコノコ出向くなんて冗談じゃない!』という概念があったために、水中に潜る潜水艦や、そこから発射される魚雷のイメージがそもそも浮かんでいなかったのだ。
遺跡にそのイメージ図が残されていなかった、まだ発見されていなかったというのも大きなことであった。
「攻撃が『目視できない』という時点でなにかがおかしいぞ……軍部がそれに気づいていればいいのだが……いや、今の軍部にはなにを言ったところで無駄だろう。聞く耳を持っているようには思えないからな」
ここまで分析ができる時点で非常に優秀な人物なのだが、部下が無能すぎて困る徳洪であった。
「待てよ……イエティスク帝国が実用化している対空誘導弾を大型化し、船舶を攻撃できるようにすればどうだ!? あれならば……いや、今の帝国の技術でも船から発射することがやっとだろうし、なにより、噴進式で飛翔する誘導弾の射程はそんなに長くないはずだ。艦砲弾の方が今は遥かに長射程のはずだ。うぅむ……さっぱりわからん」
誘導弾の射程が艦砲弾より延びたのは、ターボジェットエンジンを搭載したタイプが登場することによるものである。
日本が初めて作った対艦攻撃を主体とするイ号乙無線誘導弾などは、時速600km程度で20秒もロケットブースターの噴射が続かなかったと言われていることから、現代の誘導弾からすると射程は絶望的に短い。
現代は対艦誘導弾ですら日本は200km近い射程を、巡航ミサイル『武御雷』に至っては1千kmを超えるのだ。
もっとも、巡航ミサイルが実用化された頃は人工衛星によるGPS測定などが実用化に至っているため、大戦間期レベルの蟻皇国からすれば50年以上先の、『まだ理解できないレベル』の技術であった。
そもそも地球を基準にして考えると、第二次世界大戦後の冷戦期という準戦争状態を考えると、その期間はなんと驚異の40年以上になる。
いつ全面戦争になってもいいようにと各国が様々な形で鎬を削り、核開発のみならず諸兵器の開発も潤沢な予算と共に行なったことで尋常ではない進化を遂げているのだ。
そんな地球(旧世界)と、世界大戦レベルの戦争が発生したことのない地球(新世界)では、技術発展の在り方は比べようもないのだ。
すると、皇帝の世話役を命じられている軍部の若手将校が人目をはばかるように入ってきた。
「陛下、夜分遅くに失礼いたします……」
この若手将校は現在過激派の多い軍部の中ではかなりの穏健派で、軍部からは『軟弱で現場向きではない』とされて皇帝の側付きを命じられたのだが、蟻徳洪はこの青年を気に入っていた。
この青年は後漢の三国時代の猛将と同じ名前で趙子龍といい、ただの忠義者ではなく、精神論よりも合理的・論理的思考回路で行動するため、『正体不明の国家から支援を受けて急成長したワスパニートとは戦わない方がいい』という考えを持っていた。
徳洪は彼の率直な考えを支持しており、秘密裏に『自分もそう思う』と告白することで唯一と言っていい軍部内の味方を作っていたのだ。
「おぉ子龍ではないか。近う寄れ」
徳洪は子龍を呼び寄せると、顔を突き合わせて話を始めた。
「それで、海軍の艦隊が殲滅された後はどうなった?」
「はい。陸軍がワスパニート王国の国境基地を占領せんと10万もの軍勢を出しました」
「首都たるこの南京を守るためには20万の部隊を残しておかなければならないが……よく捻出したな」
「はい。北部方面部隊の一部からも兵を出したそうです。しかし……」
子龍の言葉にゴクリと生唾を呑む徳洪。
「最後に入った通信を総合するとそのほとんどが航空攻撃によって滅され、残った部隊も未確認ながら日本の地上戦力によって殲滅された……との報告が入っております」
「やはりな。ワスパニート王国……いや、それを支援する日本を敵に回してはならなかったか」
「はい。私も同意見です。軍部は今真っ二つに割れておりまして、終戦か継戦かで大揉めしております」
「で、あるか……」
徳洪は椅子に深く座り込むと、いよいよ自分が重い腰を上げる必要があるかもしれないと考え始めていた。
「普通に考えればここは停戦、或いは講和を申し出るところじゃが……軍の若手将校が聞き入れるとは思えんな」
「陛下の仰る通りでございます。軍部の中にも明瞭な者とそうでない者との差があまりに激しく……情けない限りであります」
「なにを言うか。人間という奴はな、時として論理的な言葉では退けぬような、そんな追い詰められた心境になってしまう時がある。継戦を唱えておる者は、その袋小路に追い詰められてしまった状態なのであろうな」
徳洪は穏健派で大人しい人物だが、臆病者ではない。
自分の力、発言力が必要とされるような状況が来たならば、国民の命運を背負って立つことも辞さない志を持っていた。
だが、果たしてその意志も間に合うのかどうかという不安が彼の心中に渦巻いている。
「子龍よ。今後も軍部の様子をちょくちょく教えてくれ。ワシはこれから『病気に』なる。その見舞いを理由に、細目にここに来るのじゃ。近衛兵にはワシから話を通しておく。全てはこの国の未来のためじゃ。どうか……頼んだぞ」
「はっ! 全ては陛下と、陛下の愛する皇国のために‼」
子龍は軍部に戻ると、内部の混迷ぶりを目の当たりにしながらも状況から判明する事実を収集し、皇帝にしっかりと伝え……ようとするのだった。
だが、無情にも小田原評定のまま時は過ぎていく。
この時間経過が、蟻皇国の運命を決定づけることとなるのだった……。
――西暦1750年 8月5日 午前2時 蟻皇国首都南京南部100km
日本国海上自衛隊護衛隊群は蟻皇国の首都南京(現実の香港)から峰見へ100kmのポイントまで迫っていた。
なぜこのような夜も遅い時間に、ここまで接近したかと言えば、いくつか理由がある。
○衛星の情報から、蟻皇国はレーダー技術が発達しておらず、100kmまで接近したとしても気づかれないであろうという点(大戦間期には既にレーダーの原型があったが、これまでの調査でそれらしい存在が確認されていなかったこともこの結論に至らせた理由である)。
○レーダーが存在しないということは航空機による夜間戦闘が不可能であり、迎撃はない物と考えられる上(日本も太平洋戦争時にはレーダーを搭載した夜間戦闘機『月光』など、レーダーを用いた管制がなければ戦えなかった)、迎撃しようにも効率が悪くなることで被害を受ける可能性をさらに減らせるであろうと考えられるため(第一次世界大戦の頃にも夜間爆撃は存在したが、迎撃というのはある程度のみで発達していなかったということから)。
○『やまと』型砲撃護衛艦の誘導噴進主砲弾の最大射程が200kmなので、その半分ほどまで接近できれば、かなりの精度で相手に打撃を与えることができると考えられたため。
という3つの理由からである。
周囲では『いずも』及び各艦から発艦した『SHー60K』が周囲を飛び回っており、潜水艦による哨戒をしていないかと警戒している。
が、これに関しても杞憂である。
蟻皇国は残念なことに魚雷の概念がないことから『水中からバレないように攻撃を仕掛ける』という概念がなく、潜水艦が存在しないのだ。
だが、戦場に絶対はないため、『万が一』を想定しての対潜哨戒である。
小型のボートなどで肉薄攻撃を仕掛けられてもいいように、という意味合いもある。レーダーばかりではなく、人間の目も活用しようという日本人らしい考え方であった。
万が一迎撃機が上がってきた場合は『Fー3C』で対応するが、うまくいけばその必要はないであろう。
今回の作戦における旗艦を任された『むさし』艦長の石塚は、攻撃開始の合図をCICで待っていた。
そして、運命が動く。
「艦長、旗艦『かつらぎ』より通信。『攻撃を開始せよ』とのことです」
なにも知らぬままに、何万人もの人命が奪われることになるだろう。
その引き金を引くことになったのは自分たちであること(原因自体は蟻皇国が敵地偵察していたところを見つかったのが始まりだが)を心に留め置きつつ、石塚は瞑目していた目をカッ、と見開いた。
「総員、第一種戦闘配置‼ 主砲、全砲門開け‼敵首都に対して横腹を見せ、全砲門による艦砲射撃を開始する‼」
「了解‼ 全砲門射撃準備! 繰り返す、全砲門射撃準備‼」
――ウゥ―――――ッ‼ ウゥ―――――ッ‼
艦内には某宇宙戦艦のアニメでお馴染みの警戒ブザーが流れる……なんでそんな音声にしたかって?
ロマンである……というのは冗談として、より強い戦闘への『イメージ』を持ってほしいという防衛装備庁と一般人の願望であった。
艦内では人員が走り回り、所定の配置につく。
所定の配置と言っても、現代艦では戦闘中に外へ出ることは一部を除いてほとんど存在しないため、ほとんどの人員がその場からは動かないのだが。
これから海上自衛隊は蟻皇国の首都南京に対して、攻撃を開始する。
報告と言うほどではありませんが、この日本時空異聞録、一応完結まで書くことができました。
後はストックしつつ時折チェックして修正箇所を修正することくらいですね。
どのような結末になるか、楽しみに待っていて下さると嬉しいです。
それと、もう1つの作品『転生特典に艦隊もらったけど、クセのあるやつばっかり‼』も連載中ですので、どうかよろしくお願いいたします。
次回は12月の3日に投稿しようと思います。