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進める調整、控える大攻勢

今月の投稿になります。

今月は蟻皇国側がようやく日本の実力の一端に気付く……かも。

――西暦1750年 6月8日 蟻皇国 北京 軍統括部

 この日、蟻皇国における軍統括部は大混乱を起こしていた。

 ワスパニート王国攻略のために派遣した最新鋭の機甲師団を含めた10万もの軍勢が連絡もほとんどなく、そして呆気なく全滅した、と報告が入ったのである。

 全滅したのに報告が入ったのは、まだ攻撃をされていない南部方面基地が無事だったためであった。

 基地司令官が前線部隊からの連絡が途絶えたのはおかしいと感じたため、偵察部隊を出したのだ。

 その結果判明したのが、派遣部隊10万の『全滅』という、蟻皇国の常識からすればあり得ない情報であった。

 壊滅的被害、というような撤退すればある程度はどうにかなるものではなく、誰1人残っていないという『全滅』である。

 詳細な調査の結果、攻撃を免れたらしいものたちも補給が途絶えたことによる餓死、さらに地域の猛獣や毒虫などに襲われたことによって死亡したものと考えられたのである。

 相手の戦力や展開規模、さらには兵器の総合能力に関する情報もまるで入っていないため、どのような攻撃をされたのかも不明なままであった。

 これでは相手の技術力や工業力、さらに国力を測ることができない。

 蟻皇国軍統括部技術将校、洪鵬筅は現場から上がっていた報告を分析しているところだったが、とにもかくにも訳の分からないことばかりであった。

 まず、途中まで生存していたという鴻大将の報告による、『空中から投下されたらしい、大量の爆弾』についてだが、少なくとも、現在の皇国はもちろんのことだが、イエティスク帝国でも実現可能かどうか怪しい。

 現在皇国が採用している最大の爆撃機は『ユンカース G.38』に見た目が酷似した四発爆撃機だ。

 最大で1tという単発機には不可能な爆弾を搭載可能だが、最後に入ってきた情報によれば、敵の飛行機は姿が見えず、しかも明らかに1t以上の爆弾を落としたものと考えられる被害が出ているのである。

 だとすれば、敵の航空機に関する能力は想像以上に高いのかもしれない。

 そもそも、そんな大量の爆弾を空中からばらまいた場合、風や空気の抵抗を受けてもっと散らばった状態で地面にぶつかるはずだ。

 そして、そんな状態では密集状態にあったとしても歩兵を一気に吹き飛ばすには至らないはずである。

 今回の爆撃に使用された爆弾は、まるで途中までは1個の爆弾として投下されて、途中から敵に向けてばらまくように小型爆弾がバラバラになったとしか思えなかった。

「まるで信管調整した榴弾みたいな仕組みだが……それよりも遥かに効果範囲が広いというのか? そんな兵器……待てよ……かつての我が国にも似た兵器があったぞ? 母子砲、だったか?」

 古い時代の兵器に関する資料をめくると、そこには確かに『母子砲』という大砲に関する記載があった。

 この兵器は砲弾を発射した後、敵の上空で砲弾を破裂させるもので、現在の榴弾・榴散弾の走りと言える。

 なので、着眼点としては近いのだが、残念なことに正しくはない。

「いや、砲撃ならばどこかからの兆候があるはずだ。日本が建設したという基地までは30km以上……我が国はもちろん、イエティスク帝国ですら艦砲や要塞砲を除けばそんな砲撃は不可能だ」

 イエティスク帝国に配備されている『超ビスマルク級戦艦』とでも言うべき、大型戦艦のことである。

 その主砲は50口径40.6cmとアイオワ級に匹敵しており、ビスマルク級を拡大発展させたような姿はどちらかと言うとシャープな巡洋戦艦に見える。

 そんな、世界最強の戦艦の艦砲であれば、最大射程という意味合いでは30km以上飛翔する。

 しかし残念だが、この分析も正しくない。

 日本の陸上自衛隊に配備されている『99式自走155mm榴弾砲』や『19式155mm自走榴弾砲』は通常弾ですら30km、ガス噴射で射程が延長されたベースブリート弾であれば、最大で40kmは飛ぶのだ。

 『イエティスク帝国こそが世界最強』という強い固定観念が根まで刷り込まれているせいか、この世界の人類は『帝国に不可能なことは他の国には不可能』という認識を抱きがちである。

 もっとも、今やそんなことを考えているのは当の帝国と蟻皇国、そしてイエティスク帝国の属国であるフィンウェデン海王国くらいだろうが。

「待てよ。超大型の噴式弾を使えば……いや、そんな噴式弾を一点のみに着弾させるなんていう芸当もあり得ない。帝国が射程300kmを超える噴式弾を配備しようとしているという話は聞いているが……どちらかと言えば都市への無差別爆撃を目的としているものだというし……あぁくそっ‼ さっぱりわからないッ‼」

 洪はあまりの意味不明さに頭を掻きむしるが、それで解決するわけもない。

 あり得ない情報ばかりの分析に疲れたあまりソファーに身を投げ出してぐったりとしていた。

「日本という国はどうなっているんだ……100隻を超える大艦隊は1隻残らず殲滅され、10万の陸軍も……しかも前線の報告を加味すると、日本軍と出くわした、というのは陸軍が見たという超高速で上空を通り過ぎていった航空機のみ……超高速ならば、イエティスク帝国が『軸流噴式戦闘機』なる飛行機を配備しているという話は聞いているが、帝国より強い国家がいるわけないし」

 繰り返すがこの世界の住人はイエティスク帝国こそ最強という感覚を持っているため、『帝国より強い存在』という観念に至りにくいのだ。

 だが、この洪はここである閃きを得た。

「待てよ。日本って確か西の巨大大陸を開拓しているんだよな……そこにもし、超古代高度文明の遺跡があって、それを解析できていた、解析できるだけの能力と生産できるだけの国力があったとしたら……ま、マズいぞ‼」

 方向性はさておき、日本が大陸を開拓しているという話から先史文明の遺跡を見つけたのではないか、というのはこの世界の住人としてみれば十分に柔軟な考えであり、あり得る話であった。

「こ、これはすぐに報告書を作成しなければ‼」

 先史文明の技術力は未だに大半が解析途中だが、夢物語としか思えないような話がたくさん描かれている。

 曰く、空の彼方にあるという宇宙に観測機器を打ち上げ、星のどこにいても場所が分かるとか。

 曰く、その観測機器の情報を参考に『巡行誘導弾』と呼ばれる、射程が1千kmを超える超兵器を撃ち込むことができたとか。

 曰く、最盛期には月さえも支配しており、月には未だに先史文明人の生き残りがいるのではないかとか。

 そんな夢物語のような存在を実現させていた先史文明に比べてしまえば、今の自分たちなど足元にも及ばないどころか、足元の塵と言えるかどうかという域なのは分かっていた。

 しかし、もしも日本国の分析度合いが蟻皇国を上回っているのだとすれば、自分たちより文明が発達していてもおかしくはない。

「信じてもらえるかどうか……いや、信じさせなければいけないぞ‼」

 国を救おうとする洪技術将校の報告書は、軍部に驚愕を持って迎えられることとなる。

 しかし、それならば連敗の原因もわかるということから、皇国軍部は『イエティスク帝国並みか、それより強い可能性がある』という仮定の下に、日本にどのように対応するかの議論を重ねることとなる。



――2032年 6月11日 日本国 東京都 防衛装備庁

 そこでは、2人の男が図面と睨めっこしながら話し合っていた。

「……マジでこんなもん造る気ですか?」

「というか、巡航ミサイルだけがあっても発射母機が『Fー15』の改良型と『Fー6』だけじゃ全く足りないからな。本来この案は転移直後くらいに出ていてもおかしくはなかったんだが……近代国家とぶつかるのが遅すぎたからな。ついつい後回しにされていたらしい」

 机の上に広げられていたのは、川崎重工業から提出・提案されている『超重爆撃機構想』と描かれた図面であった。

 防衛装備庁では、将来的に近代国家とぶつかった際には戦略爆撃が必要になる可能性が高い、と転移直後から川崎重工業の提案を受けていたものの、本土防衛用の装備に加えて航空母艦や戦艦の整備などで手いっぱいだったため、10年以上が経ってから採用されるアイデアとなったのだった。

 形状及び搭載量のモデル候補としては、旧ソ連のターボプロップ戦略爆撃機の『Tuー95』ベア(15t搭載可能)や、アメリカの『Bー52』(14.5t搭載可能)、はたまた旧日本軍の超重爆撃機『富嶽』(想定していた最大搭載量20t)などが挙げられていた。

「っていうか、『Bー52』はまだわかりますけど、『富嶽』はどうかと思いますよ? 第二次大戦時はおろか、現在でも実現可能かどうか怪しいネタの塊じゃないですか」

「まぁな。だが、航空部門が研究していた最新鋭の超巨大輸送機『Cー4』の話、お前も知っているだろう?」

「ウクライナのムリヤを参考にするっていう、アホみたいな超巨大輸送機でしょ? ロシアですら1機しか作らなかったモノを、日本で造るっていう時点でどうかと俺は思いますけどね」

 ロシア(現在はウクライナの管轄、ただし現実では破壊されてしまった)のムリヤと呼ばれる超巨大輸送機は、6発のジェットエンジンにより強力な推力と離陸重量を得ることが可能となっており、その搭載量は300tとも言われている。

 これは、アメリカの『Cー5』ギャラクシーはもちろんのこと、当のロシアが作った大型輸送機すらも上回る搭載量で、まごうこと無き世界一の輸送機である。

 なんでも、防衛装備庁から提案され、川崎重工業で研究が進められている機体だとのことだが、川崎ではなにをトチ狂ったのか、これを参考に『旅客機型を作る』と言いだしているらしい。

 要するに、パーツを共用できればその分開発・量産にかかる費用が浮くので、そのための研究であろう。

 そこにこの爆撃機構想である。ここまでくれば、企業の思惑は見えてくる。

「さらに受注を得ることで儲けを得ようということと、それでいて個々の費用をなんとか下げたい、ということなんでしょうね」

「大したもんだよなぁ……でもこの性能、正気か? 防御用に装甲を施すと同時に海上自衛隊で採用されているSea RAMシステムを防御火器として導入し、さらに対レーダー探知システムや『Pー1』でも採用されているフェイズド・アレイ・レーダーに加えて人工衛星とのリンクシステムによる『JDAM』の効率的運用能力、さらに胴体下からレーザーを照射することによる『LJDAM』の運用能力……バカじゃねぇの?」

 要するに、そんな電子機器を防衛装備庁で開発するか、民間から見つけてほしいということだ。

 確かにこれまでも防衛装備庁は日本版トマホークやバランスの取れた単装速射砲など、無茶を通してきた組織であった。

 だが、こんなバカでかい、その上重量のある飛行機を作れ、というのは経験がないため、川崎の技術陣もかなり苦戦していると聞く。

 元々日本は船を除けば巨大で重量のあるモノを作ることがあまり得意ではないというお国柄である。

 なぜならば当時は、車両であろうと飛行機であろうとも、設計する段階の全てにおいて『島国だから資源も少なく、おまけに道路事情も悪いので軽くしないといけない上、技術も追いついていない』という制約が付いて回ったからであった。

 戦車を作れば、『九七式中戦車』も『九五式軽戦車』も当時の他国の戦車より軽量で装甲が薄めで、飛行機も『零式艦上戦闘機』は小型化に加えて格闘戦に強くするために座席に穴を空けてまで軽量化をするという執念である。

 船でさえ、戦艦は大和型のように大型化(もっとも、これでも設計としてはかなりコンパクトなのだが……)しつつ、駆逐艦並みの火力を持つ水雷艇、軽巡洋艦並みの火力を持つ駆逐艦、重巡洋艦並みの火力を持つ軽巡洋艦など、とにもかくにも色々なことを詰め込んできた。

 全ては『島国だから』、『日本だから』というところに根源がある。

「ですが、だからこそ機体を大型化する必要がある、ということなんでしょうね……アメリカ大陸に配備すればちょうどいいんじゃ?」

 現在の敵である蟻皇国と、仮想敵国としているイエティスク帝国を相手取ることを考えれば、広大なアメリカ大陸を基地として使用し、こんな大型機を配備することも問題ではないのかもしれない。

「というか、こんな予算政府が通すか?」

「パイロットの育成も考えると、莫大な費用が掛かりますからね……いっそ召喚小説みたいに、『Pー3C』を改良した『Bー29』モドキの方が安上がりなんじゃ?」

「あっちじゃ巡航ミサイルは運用できないし、誘導爆弾も運用できない。そうなると、自然と新型機を作る、って話になる。そんで日本がアメリカみたいに量を揃えるのはやっぱ難しいから、1機の能力を最大限まで高めるっていう結論になったんじゃないか?」

「それ、大戦時の大和型戦艦と変わらない構想じゃないですか……」

「そこなんだよなぁ……ま、人の考えることの根っこっていうのは、そうそう変わらないってことなのかもしれないな」

 だからと言って『Bー2』スピリットのような超・金食い虫を作ろうとしない辺りはまだ冷静なのかもしれないとすら思える。

「ま、Bー2みたいに、維持そのものにやたら金のかかる機体を作って万が一墜とされるよりは、戦艦よろしく落とされにくい生存性の高さを求めた方がいいってことだろうな」

 実際、アメリカが旧世界で運用していた攻撃機『Fー117』ナイトホークと呼ばれる飛行機は、当時どころか現代でも通じるレベルの高いステルス性を持っていたが、コソボ紛争に投入された際に地対空誘導弾によって1機が撃墜されるという事態に陥っている。

 そのせいでステルスに関する技術の一端が当時のロシアや中国に渡ってしまったという話もあるのだ。

「でもそうだとするとこの爆撃機って……さしずめ、空中戦艦とでもいうところですかね?」

「そういえば、昔に富嶽が活躍したテレビ番組があったらしいけど、その中でも空中戦艦扱いされていたな」

「へぇ~。それは見てみたいですね~」

 雑談を交えつつ、川崎と連携を密にして構想は進んでいく。



 その頃、首相官邸でも会議が行われていた。

「で、ここからはどうするつもりなんだ?」

 首相の問いに、防衛相と防衛省の幹部が起立する。

「はい。すでに派遣部隊10万を殲滅しておりますので、まずは橋頭保として南部の陸軍基地を占領できればと思っております。なお、この基地は後に蟻皇国側に返還する予定ですので、占領の際に発生した損傷を補修するにとどめるつもりです」

「シンドヴァンからはなにか報告があったか?」

 シンドヴァン共同体は蟻皇国と交流があるため、もし蟻皇国が日本になにかしらの連絡を取ろうとするならば間違いなくシンドヴァンを通じてくると考えていたからである。

 しかし、外務相は首を横に振る。

「それが、蟻皇国大使館からは全く音沙汰なしだそうです。我々の力は知ったはずですが……まだ降伏する気がないのかもしれませんね」

 このままでは、首都のある南京まで攻め込まなければならなくなってしまう。

 ニュートリーヌ皇国との戦争では邦人に被害が出たことから軍事施設に限定して攻撃を加えたが、憲法を改正したとはいえ、まだまだ海外派遣そのものに難色を示す輩も少なくない。

 強引に通してしまってもいいのだが、そこは伝統と根回しの重要性が強い日本という国の特徴である。

 未だに改善されていない『弊害』とすら言っていいかもしれないが。

「やれやれ……安全が確保できてるかどうか怪しいからこちらから出向くようなことはあまりしたくはないんだが……外務相、すまないがシンドヴァンを仲介に蟻皇国側にこちらからの接触を試みてほしい」

「承知しました」

「防衛相は引き続き皇国の戦力を削る方向で頼む」

「はっ。各自衛隊の連携を一層密にさせます」

 閣僚たちが各方面への根回しを始める中、首相は椅子に寄り掛かりながら『ハァ……』とため息をついた。

「まだまだ平和への道は遠いな……」

 



――2032年 6月20日 日本国アメリカ大陸 ベイナガト地区

 ここは、アメリカ大陸の西海岸、旧世界で言うところのカリフォルニア州・ロサンジェルスに位置する場所であった。

東部方面から工事を続けて、ようやく西海岸まで鉄道路線を敷設することができたのだが、なにせ東から始めて西南北の3方向に線路と道路を一気に伸ばしていかなければならなかったため、3方向全てが完了するまではまだまだ時間がかかる。

 そんな日本の大手鉄道会社系列の施工業者として勤務している太村雄二は、その日の仕事を終えて社員食堂でビールとスモークサーモンで一杯やっていた。

「ふいぃ~……ようやくいち段落かと思うとなんとも言えないぜぇ~」

 赤ら顔になりながら、楽しそうにビールとつまみを次々と食べる。

「日本が俺たちを拾ってくれてから全てが変わった……14年前のガキの頃には考えられなかったよな、こんな生活」

 彼はアメリカ大陸の原住民だったオーク族であった。

 膂力と持久力に優れているため、重い荷物や道具を素早く必要な場所へと運び込んでいた。

 彼は6人兄妹の長男で、いずれは両親が大陸東部で日本の指導の下に始めた小麦・大豆農家を継ぐことになる。

 しかし、それまでに社会勉強をする必要もあったため、20歳で成人してからは工事現場のアルバイトを始めた。

 力強く、それでいて丁寧な仕事をするオーク族は農業と土建業、そしてなにより自衛隊からの評判がよく、引く手あまたであった。

 そんな農業も、かつては重労働の割に雇われる場合の賃金がそれほど高くない職業だった。だが、国土が転移してからは自国で食料を賄うために、政府の指示で大陸の土地を利用して国産作物を大量生産する必要性にかられた。

 結果、農林水産省と総務省の発した令により農家が待遇を向上させたことによって賃金も大きく上昇した。

 これは漁業も同じで、人魚族や両棲族(カエルのような水かきと粘液によるヌルヌルの肌を持つ種族)の協力を得るために賃金の改正に乗り出していた。

 海では人魚族と鳥瞰偵察ができる有翼族、そして川や湖に関する仕事では両棲族が大きな力となっていた。

 北海道の阿寒湖では、外来種のウチダザリガニを資源として利用する考えが出ていたが、両棲族がザリガニなどの甲殻類を好んで食べるため、阿寒湖周辺はすっかり両棲族の居住地となっていた。

 このように、今や日本は本土も大陸も問わずに各地で亜人類が生活するようになっている。

「父さんたち、元気にしてるかな? 今度休みがもらえたら帰ろうかな?」

 彼の両親も北海道の小麦農家から栽培方法を教わり、息子が勉強した日本語から大豆の栽培方法も知った。

 その結果、国が自衛隊と土木業者が開墾した土地を格安で借り、今や一大小麦農家となっている。

 大豆も日本ではかなり求められるようで、こちらも売れ行きがいい。

 しかも大豆は土に力を取り戻させてくれるため、小麦などを育てた後に栽培すると翌年の出来がさらに良くなるのだ。

 そんな両親と弟妹の姿に思いを馳せながら、雄二はまたビールを口に含む。

 すると、社員食堂の扉が開いて女性が1人入ってきた。

「あれ、寅野さんじゃないですか? どうしたんですか、こんな時間に」

 彼女の名前は寅野美緒。

 雄二と同じく、元はアメリカ大陸にすむ原住民であった。

 猫……というよりは虎の耳と尻尾を持つ猫系亜人で、雄二とは1歳違いの年上で、日本の教育を受けている頃からの幼馴染である。

 もっとも、雄二は学友から同僚になったくらいにしか『表面上は』考えていなかったため、未だに苗字呼びなのだが。

「いえ、私の部署もようやく一段落したもので、たまには一杯やろうかと思いまして」

 彼女の手には焼酎の瓶と炭酸水が握られていた。

「あぁ、そちらもですか……」

 日本の職業が『基本的に』ブラック(偏見)なのは、新世界の間でも既に有名であった。

 美緒の部署……経理部門も大陸全土に関わる工事の予算案の申請や修正などで毎日地獄の如き忙しさであった。

「『も』ってことは、雄二君もよね? そっちも毎日体を酷使して辛くない?」

「ハハハ。俺たちオーク族は熊耳族と並んで体が頑丈なのが取り柄だから大丈夫ですよ。それより、そっちこそいつもパソコンばかりで目が疲れるでしょう」

「パソコンもだけど、上司のセクハラがうっとおしくて……」

「寅野さんは美人だから、ついついモーションかけたくなるんですよ」

 美緒は幼い頃から美形で、第二次性徴を迎えてからはボン・キュッ・ボンだったこともあって、とてもモテていた。

 それは就職してからも変わらず、職場のマドンナ(死語)として、上司・同僚・後輩問わずに人気なのだった。

「そういえば、雄二君の妹さん、もうすぐ結婚ですって?」

「えぇ。短大卒業してすぐに家庭に入ることを決めたみたいです」

 今の日本では子供が多ければ多いほど政府及び都道府県の支援が受けやすくなっており、以前も記したが10人を超える子供がいる家庭もすっかり珍しくなくなった。

「早いわねぇ……そういう意味じゃ、私なんて仕事一筋で過ごしていたせいか、もうアラサーよ」

 女性が働くことも大変重要だが、今やその感覚は懐古しており、いかに多くの子供を産めるかというところに価値基準が移りつつあった。

 なにせ、だだっ広い南北中央全てのアメリカ大陸を有しようと思うと、旧世界の中国並みの10億以上の人口が必要になるだろう。

 もっとも、それに伴って食料などもさらに必要になるだろうと推測されるので、政府は早い段階からカナダや南米で農地に使えそうな場所をピックアップし、少しずつ開墾させていた。

 政府は開拓直後から『国民の胃袋を支える農家・漁師・養殖業は非常に重要』と断言しており、農林水産に関わる業種には惜しみない支援が贈られている。

 船を始めとする資材の調達に関する無担保融資や、土地の格安での借り入れなどはまさにそのいい例だ。

 それはさておき、雄二はそんな風に自分を卑下する美緒を見ると、チクリとしたなにかが胸に広がった。

「……俺は寅野さんのこと……素敵な女性だと思いますけど……」

「あら、じゃあ私が『お付き合いしてくれる?』って聞いたら、ちゃんと返事してくれるのかしら?」

「逆に聞きますけど、俺みたいなガテン系のオークが『お付き合いしてください』って言ったら、寅野さんは受けてくれますか?」

 自分(美緒)の直球な言葉に直球で返してきた雄二を見て、美緒はクスリと笑う。

「そういうところよ……」

「え?」

 美緒は持ち物をテーブルに置くと、雄二に近づいてそのまま唇を重ねた。

「君のそういうところ、私は好きよ」

「えっ……それって……」

「もう。これ以上は私の口から言わせないでよ♪」

 そう言うと、なにかを期待するように雄二の目を見つめた。

 『据え膳食わぬは男の恥』と言うが、少なくとも雄二はここまでお膳立てされてなにもわからないようなラブコメ主人公ではない。

「俺、ずっと寅野さんの……美緒さんのことが好きでした。お付き合いしてください」

 きっぱりとした告白を受けた美緒もまた、雄二のことを見つめながら笑った。

「はい。喜んで」

 今度は、雄二の方からちゃんとキスしたのだった。

 余談だが、この光景はたまたま残業で残っていた別の経理部門の社員に見られており、翌日には瞬く間に2人の交際が広まったのだった。

 『なんでよりによってあのオークと』と言う口さがない声もなくはなかったが、2人が幼馴染ということもあってか、その多くは彼らを祝福するものだったという。

 また1組、日本の未来を担う者たちが結ばれた瞬間となった。

今月はこのようになりました。

本当はもうちょっとスパッと簡潔に終わらせられればいいんですが……私の能力がまだまだ足りていないこともあって、もうちょっと続きます。

次回は10月の8日か9日に投稿しようと思います。

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