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トゥロン01

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


「アルゴ……お前じゃ無理だ」

「お前に俺は殺せない」

明らかに中毒症状だ。

俺は、唯一残された楽しみが消えたことを知った。

 竜魚を食べてから一週間が経った。足の怪我も順調に回復。俺はカトーリ村を後にすることにした。


 滞在中は、アルゴと友情ごっこをしながら、海の幸に舌鼓を打った。五感強化で味覚をMAXにしたい誘惑がすごかった。


 俺が誘惑に負けそうになるたび、パピーが回路パスで注意してくれたおかげで、なんとか我慢することができた。


 魔物由来の食品を口に入れる機会はどうしても多くなる。魔素味まなみを完全に摂取しない、なんてのは不可能だ。


 なんとか五感強化の誘惑に打ち勝ちつつ、少しずつこの中毒症状が落ち着くのを待つしかない。


 通常レベルの魔素味まなみで満足できるように体を慣らさないといけない。



 アルゴは、俺との別れを悲しんだが、次会うときはお互い成長した姿を見せよう。なんて臭い台詞を吐いて別れた。


 別れ際に餞別せんべつだと言われ、革袋を渡された。感触から硬貨だとわかった。アルゴの個人財産ならいい。


 だけど、メルゴの家から回収した金だとしたらまずい気がする。元は村人から搾取された金だ。


 大丈夫か? そう思って村長に目を向けた。村長は少しだけうなずいた。大丈夫ってことか。そう思った俺は一度は遠慮するフリをしてありがたく頂いた。


 報酬を渡していないと逆に不安になることもある。金はあって困る物じゃない。アルゴたちに別れを告げ、街道を歩く。


 しばらく街道を歩くと、森に入った。革袋の中身をウキウキしながら確認すると、金貨が10枚も入っていた。


 持つべき物は金持ちの『お友達』だな。俺は目を銭マークに変えながら、そんな腹黒いことを考えていた。


 アルゴが俺の命さえ狙わなければ、いい友人になれたかもしれない。だけど、一度裏切ろうとした奴は何度でも裏切る。


 もう会うことはないかもしれない。アルゴの頭の中に住んでいる『理想的な友人である野人』を心の支えに強く生きてくれ。


 この金貨10枚は、友人からの餞別せんべつとしてではなく、メルゴを網元の座から引きずり下ろした報酬として受け取ることにしよう。


 俺の気持ちの問題だが、こういう区別はしっかりと付けた方がいい。



 村を出た俺は、トゥロン方面へと続く街道をしばらく歩いた。街道をある程度進むと、街道のすぐ横に森が見えてきた。


 モンスターの領域を開拓するのは、コストとリスクの両面から割に合わないことが多い。場所によっては、街道のすぐ側に森が広がっていたりする。


 俺は森へと歩いて行く。鼻腔びこうくすぐる森の香り。生い茂った木々の隙間から木漏れ日が降り注いでいる。とても美しい景色だ。


 だが、この森には人間を食い殺すモンスターたちの生息地域。美しさの中に残酷さがある。


 人工的に作られた規則的な石畳の街道から、美しくも残酷な森を見る。


「まるで世界の境界線だな」


 俺は一人、そうつぶやいた。



 ここからはモンスターの領域。人の生活圏とは違った警戒をしなくてはいけない。俺は気持ちを切り替え、集中する。


 パピーが地面をクンクンと嗅ぎながら、モンスターの痕跡を探している。俺も五感強化を使い、痕跡を探す。


 魚介類も美味しかったが、そろそろ肉が食べたい。パピーも同じ気持ちらしく、ボア系の魔物の痕跡をさがしている。

 

 森の奥へと進む。この周囲で、高ランクモンスターの目撃情報はない。ただ、森などのモンスターの住処は、ときに大物が潜んでいたりする。


 土地を求め森を開拓したところ、森の中心部にいた高ランクモンスターを刺激してしまい、開拓作業に従事していた人間が全滅した。事前調査では、その森に高ランクのモンスターは確認できなかった。


 そういった出来事もある。モンスターの領域では、何が起こるかわからない。俺とパピーは緊張しすぎない程度に、緊張感を持ちながら獲物を探した。


 ボア系の痕跡を見つけたパピーが、嬉しそうに「わん」と吠えた。獲物を追跡中だ、回路パスが繋がる距離で声を出してはいけない。


 パピーにそう注意したが、獲物の痕跡を見つけて思わず吠えてしまったパピーはとても可愛い。


 厳しく注意したつもりだが、パピーの可愛さにやられていることも回路パスでモロバレだ。我ながら威厳もクソもない。


パピーは少しシュンとしたが、注意されたことを必死に覚えようとしていた。その姿がいじらしくてり回したくなったが、必死で我慢した。


 魔素味まなみ中毒より、パピー中毒の方が深刻かもしれない。


 パピーの発見した痕跡は足跡だった。足跡の形が、灰色狼グレイ・ウルフ剣鹿ソード・ディアー などの、周辺地域一帯に生息する、ボア系以外の四つ足とは違っていた。


 足跡の大きさ、足跡の深さから大体のサイズを想定する。足跡がかなり大きい、間違いなく大泥猪ビッグ・クレイボアだ。


 足跡の深さもかなり深い、相当体重がある。今まで俺が足を踏み入れた山、森と比べて、この森が極端に土が柔らかいといったこともない。


 五感強化で強化された触感が足裏を通して、土の硬さを俺に伝えてくれる。土の質に変わりはなく、足跡が深い。つまり体重が重いということだ。


 今まで出会った大泥猪ビッグ・クレイボアで一番大きいかもしれない。大泥猪ビッグ・クレイボアの上位種といわれている、大岩猪ビッグ・ロックボアはトラックサイズらしいので、上位種ではない。


 そんなサイズだと、森で活動などできない。大泥猪ビッグ・クレイボアの中でかなりのサイズに成長した大物ということだろう。モン〇ンだと金冠サイズって感じだな。


 大物だと味はどうなんだろう? 大味になってまずいかな? うま味と魔素味まなみがたっぷり蓄えられていてうまい? どっちにしても久しぶりの肉だ、確実に仕留める。


 水場の心配はいらない。この森は地下水が豊富で、綺麗な湧き水、川、泉などが豊富にある。肉を冷やす水場には困らない。


 痕跡をたどり、追跡を進めていると、木で牙を研いだのか、大きな傷跡が残っていた。体も擦りつけたようで、樹皮に体毛が引っかかっていた。


 傷の大きさや体毛が引っかかっていた位置を見ても、かなりの大物だ。俺とパピーだけだと肉が処理できないかもしれない。


 燻製でも作るか? 幸い、塩はたっぷり用意している。口の中に涎が溢れてきた。おっと、取らぬ狸の皮算用にならないように気を引き締めなければ。


 俺も注意力散漫になっている。パピーに偉そうに注意などできないな。へっぽこな相棒で悪いな、パピーにそう謝りながら追跡を続けた。


 気配察知に大泥猪ビッグ・クレイボアを捉えた。慎重に距離を縮める。川のせせらぎが聞こえる。ついてる、仕留めてすぐ解体作業に入れそうだ。


 だが、川なので周囲は開けている。こっそり近付いて後ろからグサッという方法は無理だな。


 俺は荷物を下ろすと、匍匐ほふく前進で慎重に近付き、茂みをかき分け大泥猪ビッグ・クレイボアを見た。


 大泥猪ビッグ・クレイボアは夢中でお食事中だ。ゴブリンの死体をフゴフゴいいながら食べている。


 気配察知で状況はわかっていたが、実際に見るとグロい。それにしてもよくあんな不味い肉ゴブリンにくが食べられるな。


 ゴブリン食べて育った肉。そう考えると食欲が薄れていく。いやいや、食わず嫌いはいけない。とりあえず食べてみないとわからないよな。


 今現在食べているゴブ肉が消化される前に仕留めよう。なんとなくだが気分の問題だ。


 体の小さなパピーに大泥猪ビッグ・クレイボアの背後に回ってもらう。俺が正面から飛び出し、気を引く。


 俺に気をとられた大泥猪ビッグ・クレイボアの足をパピーが攻撃。機動力を奪い、逃走されないようにする。


 あとは、俺が大泥猪ビッグ・クレイボアを仕留める。雑な計画だが、モンスター相手に綿密な計画を立てても無駄だ。


 大量の人員、時間、予算を投入すれば、モンスター相手にも綿密な計画を実行できるだろうが、ご飯のお肉をゲットするためにそんなに手間をかけていられない。


 パピーが大泥猪ビッグ・クレイボアの背後に回り、位置についたのが気配察知でわかった。俺は計画通り、正面から飛び出していく。





 大泥猪ビッグ・クレイボア肝臓レバーを薄くスライスする。寄生虫がいないことをしっかりと確認してから口に入れた。


 舌に吸い付くような独特の食感とグリコーゲンの甘み。やはり生肝臓レバーはいい。


 異世界にきて、良かったことのひとつが生肝臓レバーを食べられる、ということだ。日本だと禁止になってしまった。


 好物が突然、理不尽に食べられなくなったことにひどく落胆したことを覚えている。事故を起こした焼き肉屋のメガ〇テの巻き添えを食らって禁止になってしまった。


 あの焼き肉屋の社長の罪は、死者を出すという最悪の事態を起こしたことだけじゃない。日本の食文化を一部破壊したという罪もある。


 俺は絶対に許さない! 絶対にだ!!


 俺がそんなことを考えていると、パピーから「お肉はまだ?」という回路パスが届いた。肉を目の前に待たされたパピーが、うるうるしながらこっちを見ている。ごめんよパピー。


 俺は薄くスライスした生肝臓レバーをパピーにあげる。パピーから美味しいと反応が返ってくる。俺はニコニコとパピーを眺めながら生肝臓レバーを食べた。


 本当はパピーに最初に食べさせてあげたいのだが、群れの上位者から食事をとるのが狼のルールだ。


 飼い犬かわいさに、自分より先にご飯をあげて、ペットに舐められている飼い主を見ることがある。ああなると、飼われている犬も周囲の人間も不幸になる。


 心を鬼にして、自分の方が群れの上位者であるとアピールする必要があるのだ。


 パピーがフードから顔を出すときに、俺の肩に前足を乗せている。


 アレも、地球だと飼い主を舐めている証拠なんだが、パピーとは回路パスを通して意思の疎通ができる。


 なので、あの行為は特例として認めていると、パピーはしっかり理解している。


 俺の中では相棒なので、上下関係は決めたくないのだが、パピーは人間じゃない。パピーにはパピーのルールがある。


 その部分を尊重して、お互いよりよい関係を築く必要がある。だから、俺は心を鬼にしてパピーより先に美味しい物を食べるのだ。


 俺が我慢できないからじゃない。そこまで食いしん坊じゃないはずだ……。

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