カトーリ村10
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
夜が明ける前にカトーリ村に到着した。
俺は報酬の竜魚を食べてニッコリ。
緊張感を持ちつつも体が硬直しない、ベストな状態。
舞台の演目は喜劇か、それとも悲劇か。
日が昇り、村が目を覚ます。朝食を作る煙が家々から立ち上る。眠そうな目を
門番の男は俺の姿を見つけ、ぎょっと驚き目を見張った。
漁師たちにとっくに始末されていると思っていたのか、まるで幽霊でも見たかのようなリアクションだった。
前回と同じ金額の入村税と賄賂を渡し、村に入る。俺の姿を見かけた網元の手下らしき男が網元の家へとダッシュして行った。
俺の目的は網元を引きずり出すこと。昨日のように、手下に任せて家でのんびりなんてまねはさせない。
村の中へと進んでいくと、昨日殴り合った漁師と同じツナギを着た男がメンチを切りながら詰め寄ってくる。
昔の漁師って聞くと、ねじり鉢巻きと
この世界の魚はモンスターで、攻撃魔法を使ってくる魚もいる。
頭の中でアホなことを考えていると、漁師の男は俺の胸倉を掴み、怒鳴る。
「てめぇ! だぁっつらぁ、ごらぁおぉんごらぁ!」
田舎のヤンキーよろしく、解読不可能な謎の鳴き声をキーキーと
俺の胸倉を掴んでいる漁師の手首を掴み、親指で相手の手の甲を押しながら巻き込むように捻る。胸倉を掴む手を服ごとさらに捻る感じだ。
その状態で、胸で相手の手を押すと関節が極まる。
左手で、相手の手首の角度を調整しながら胸で押す。相手は痛みから逃げるように体勢を崩す。
斜め上から圧を掛けると、相手は痛みから逃れるために、地面に膝をついた。
まるで合気道の演武のようだ。実戦では、ここまで綺麗に決まることはない。
ここまで綺麗に決まったのは、相手に関節技という概念がないからだ。戦いにおいて『知っている』というのは、とても大きな意味を持つ。
現代に住む日本人なら、関節技を
体験したことが無くても、TV、映画、ゲーム、格闘技の試合、様々な媒体から関節技という存在を知っている。
そして、知っていると自然と体がそれを防ぐように動くのだ。個人差はあれど、数ミリポイントがズレると決まらないと言われている関節技で『知っている』からくる、本能的な防御動作が邪魔になる。
ましてや合気道の演武のように、相手の動きを誘導することは恐ろしい技術を要する。俺のような素人ができる技じゃない。
だが、この漁師は関節技を知らない。実に簡単に技に掛かってくれた。
膝をついた漁師の髪の毛を右手で掴むと、顔面に膝蹴りを入れた。グチュっと鼻が潰れる感覚が膝に伝わってくる。
二発、三発と続けていると、掴まれた髪の毛が限界を迎え、頭皮ごと引きちぎれる。あまりの激痛に漁師が悲鳴を上げる。悲痛な声が村中に響いた。
悲鳴を上げる漁師の顔面を、死なないように手加減しながら
そうやって、漁師をいたぶるようにダメージを与えていくと、別の漁師が怒鳴りながら殴りかかってきた。
俺は右手に持っていた、髪の毛にぷらーんと頭皮がぶら下がったグロい物体を捨て、殴りかかってきた漁師に対応する。
左に半歩踏み込み、体を左に傾けながら、テレフォンパンチ丸出しの右の拳をかわす。攻撃をかわしながら右のハイキックを引っかけるように顎に放つ。
冒険者は高身長の人間が多いので、パンチに上段の蹴りをカウンターで合わすのが難しかった。漁師は俺と同じぐらいの身長の人間が多い。俺の短い脚でも、上段が蹴りやすいので助かる。
カウンターの蹴りが綺麗に顔面をとらえ、スネで顎を蹴られた漁師は一撃で意識を飛ばした。カウンターで顔面を蹴る場合は無理に力をいれなくていい。
タイミングを合わせて当てる、感覚としては足を引っかける感じで十分威力がでる。キックボクシングの試合などでよく見るKOのパターンだ。
もう一人の漁師も、痛みに心が折れ戦えないようだ。鼻と歯は折れていると思うが、後遺症が残るような大怪我はさせていない。
もっとも、鼻が潰れ、前歯がなく、前髪が禿げているので、女性にはモテなくなったと思う。ある意味重い後遺症かもしれない。
朝早くだからなのか、思ったより漁師が少ない。そう思っていると、気配察知に網元の家からくる集団の反応があった。
俺は
ここからが本番だ。ものすごく雑な出たとこ勝負の内容だ。俺の書いた陳腐な脚本通り、うまく転がってくれることを祈ろう。
村のメインストリートで対峙する俺と漁師たち。彼らは手に銛を持っている。あれを一斉に投げ付けられたらヤバイな。村の中なので、問答無用で一斉投擲! なんてことにはならないと思うが。
村の住人は家に隠れているが、野次馬根性が抑えられず、隙間から顔を出して覗いている。
こんな田舎じゃ娯楽なんてないもんな。暴力には怯えるが、自分が安全なところで眺める分には刺激的なイベントだろう。
「網元、俺と一対一で勝負しろ!」
村中に聞こえるように大声を張り上げる。
「網元だよ、網元! つえぇんだろ? 俺と勝負しろや!」
「ふざけんな! わざわざ網元がでてくるわけねぇだろ!」
「俺一人相手に、お前ら全員で戦うのか? カトーリ村の漁師は勇敢だって聞いたがとんだ腰抜けどもだな!」
俺の挑発にイラついた漁師たちが殺気立つ。田舎の武力集団、ようはヤンキーの集団みたいなもんだ。
ああいった人種はプライドが高く、体面を気にする。冒険者と同じで、舐められたくないと思っている。
まぁ、冒険者の場合は『舐められる=死』なので、冒険者の方は切実だが。
腰抜けと挑発し、男らしく一対一で殴り合えと叫べば嫌とは言えない。ビビって逃げた、腰抜けだと噂が広まるからだ。
この場所には、魚を買いに来た商人たちもいる。彼らから噂が広まってしまう。
アルゴの叔父であるメルゴは、ここら辺一帯では、レベル25の猛者として一目置かれている。
その猛者が一対一の勝負を避け、卑怯な手段で俺を殺せば、卑怯者、臆病者の
名声に傷が付く、他者に舐められる。それは、今まであらゆる面で優位だった立場が失われることを意味している。
メルゴにビビって今まで避けていた盗賊が襲撃してくるかもしれない。高値で魚を買っていた商人たちが魚を買い叩くようになるかもしれない。
そこまで理論的に理解していなくても、漁師たちは本能的に自分たちの群れの頂点の評判が下がることがよくないと理解している。
おそらく、ここまで堂々と網元であるメルゴに喧嘩を売った人間がいなかったのだろう。漁師たちは憤慨しながらも、村人や商人の目がある中、集団で俺を殺すことを躊躇していた。
「おいおい! ここまで堂々と喧嘩を売られて出てこないなんて、カトーリ村の網元はとんでもねぇ臆病者だな」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ! 今、網元を呼びに行ったからな、殴り殺されてもしらねぇぞ!」
漁師たちは俺に罵声を浴びせる。お互い挑発し合いながら待っていると、だるそうにしながら網元がやってきた。
「めんどくせぇな、てめぇらでやっちまえばいいだろ? 何やってんだよ」
「そいつらじゃ無理だってよ。昨日も三人がかりで俺に襲い掛かって返り討ちに遭ったからな」
俺がそういった瞬間、網元のコメカミにビキリと青筋が走った。
「俺の息子を怪我させたのはてめぇか?」
「正確にはお前の息子がいじめてたパピーに仕返しされたんだけどな」
「こまけぇことはどうでもいい。てめぇ死んだぞ」
「てめぇ死んだぞ、キリッ。じゃねぇよ、かっこいいとでも思ってんのか? クソだせぇぞ」
俺が網元を煽ると、面白いように反応してくれる。今にも飛び掛かってきそうだ。このまま一対一の勝負になだれ込んでくれれば俺の作戦通り。
このまま挑発を繰り返せば、殴りかかってくるだろう、そう思っていると……。
「おい、お前ら、銛を一斉に投げろ!」
「え? 網元、アイツと殴り合うんじゃ?」
「やる前から勝負は決まってる。それなら手っ取り早く殺した方がいいだろ」
網元の野郎、急に冷静になりやがった。まずい、予想外だ。
銛を投げられそうになったら民家に逃げ込むしかない。一般人を巻き込むのは抵抗があるが、さすがに民家ごと俺を殺そうとはしないだろう。
そう考えていると、気配察知に反応があった。いいタイミングだ。パピーに迎えに行ってもらった、アルゴたちが村に到着したのだ。
アルゴが村に入ると、明らかに空気が変わった。見栄えが良いだけに変なカリスマ性がある。網元が集団で銛を投げて殺すと宣言し、重く淀んでいた空気が軽くなった。
「叔父さん、いったいなんの騒ぎなんですか?」
「おう、アルゴ。いいところに来たな、そこにいる蛮族を殺せ」
「おいおい、網元さんよ、俺と一対一で戦うのがそんなに怖いのか?」
「どういうことですか?」
「網元に俺と一対一で戦えって言ったらよ、全員で銛を投げて俺を殺せとよ。カトーリ村の漁師は勇敢だって聞いていたが、とんだ腰抜けだったな」
「本当ですか? 叔父さん」
アルゴがキッと睨むように目線を飛ばす。アルゴ君、普通に演技がうまいな。都会なら役者になれたかもしれない。
「なんで俺が戦わなきゃならん。みんなで銛を投げればそれで終わりだろ。カトーリ村の網元に逆らった愚か者は死にました、それで終わりだ。何の問題がある?」
「堂々と戦いを挑まれた、それなのに卑怯なマネするんですか!」
アルゴがそう非難する。身振り手振りがだんだん芝居がかってきたな。わざと臭いのに、コイツがやると変に絵になる、これがイケメン補正か。
「卑怯も糞もねぇだろ? そこの馬鹿がくたばって、それで終わりだ」
「叔父さん、前に俺に言いましたよね? 強い奴が網元をやる。だからお前は網元に出来ない」
アルゴが怒りを押し込めながら冷静に言った。網元の座を奪われ、家で飼い殺しにされていたアルゴは、どのような気持ちでその言葉を発したのだろう。
その言葉には、刃の鋭さと、
「あ、あぁ、言ったぜ」
「ならその強さを証明してください。カトーリ村の漁師の代表として、網元として、正々堂々挑まれた勝負から逃げないでください」
アルゴにそう言われた、網元が不快そうに顔を歪め、アルゴを睨みつける。
「今日はずいぶん生意気じゃねぇかアルゴ」
「俺たち漁師は網元に命を預けます。網元の指示でモンスターだらけの海に船を漕いでいく。だからこそ、俺たちの命を預ける網元は誰よりも勇敢であって欲しい。俺の父さんは正面から戦いを挑まれて逃げるような男じゃなかった! 証明してくれ! 俺たちが命を預けるに値する男だと! メルゴ! 貴方がこの村の網元にふさわしいと証明してくれ!!」
「「「そうだ、証明してくれ! 網元!!」」」
ギリリとメルゴが奥歯を食いしばる音がする。鬼の形相で周囲を見渡すメルゴ。アルゴ一派だけではなく、メルゴの手下たちも同じ気持ちのようだった。
指示するだけで自ら先頭に立とうとしないメルゴへの不信感が、アルゴの言葉をきっかけに一気に表面化した。
この空気、もはや戦わざるを得ない。第一段階は成功した。後は俺の技術が25レベルに通用するかだ。
首をコキコキならしながら、大股で不用意に距離を詰めてくるメルゴ。
隙だらけだな、そう思った瞬間、メルゴは恐ろしい速度で飛び込んできた。
かわせない! 俺は咄嗟に顎を引き、額の上、頭蓋骨の一番分厚い部分で拳を受けた。ガッとまるで岩を叩いたような音が村に響く。
ハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を受け、視界が歪む。頭部を持って行かれないように堪えた首の筋肉が悲鳴を上げる。
無傷とは行かなかったが、体勢を崩すことなく攻撃を耐えることができた。追撃を警戒していると、メルゴはニヤリと笑いながら言った。
「へぇ、結構マジで殴ったのに生きてるな、これなら思いっきりぶん殴っても大丈夫そうだ。俺が本気で殴るとよ、相手がぐちゃぐちゃになっちまう。村でそんなことをすると村人が怯えちまう。だから、戦いたくなかったんだが……。おめぇなら心置きなく殴り殺せそうだぜ」
そう言ってメルゴは薄ら笑いを浮かべた。