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カトーリ村09

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


ウルゴとメルゴは見事に竜魚を仕留めた。

さらには格5のモンスターすらも仕留めていた。

ウルゴの妻が病気になった。

帰ってきたのはメルゴだけだった。

 頭に拳骨を落とされたアルゴは、ブツブツと文句を言っていたが、俺がナイフをちらつかせながら微笑むと、俺の聞きたかったことを素直に教えてくれた。


 情報がアルゴからの話しかないので、情報の精度は低いが俺の予想通り、叔父はレベルが高くても対人戦には不慣れだそうだ。


 殴り合いの喧嘩には慣れていても、対人戦での命のやり取りには慣れていない。人を殺す時は、銛を投げ付けて遠距離から殺している。


 剣術スキルなどは持っておらず、スキルを持った相手と正面から殺し合いをした経験がなさそうだ。レベル5差はきついが、素手での戦いに誘導できれば、技術差で対処できる。


 頭の中で組み立てていたプランをそのまま実行しても大丈夫そうだ。フィジカル差がひどくて手も足も出ない場合は、砂で目潰しでもして森に全力で逃げ込む。


 アルゴには悪いが、やばそうなら『とんずら』させてもらう。我ながら雑でリスクの高い作戦になるが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。


 高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応していこう。


 すでにかなりの時間、アルゴと会話をしている。あまり長くなると、若い衆がアルゴを探しに来てしまう。ここで一緒にいるところを見られるのはまずい。


 俺はアルゴに『やるべきこと』だけを伝えてその場を去った。


 作戦の全容をわざわざ話したりしない。ナルシストで変に芝居がかっているアルゴは、役割を与えてそれを演じさせるのがいいと判断した。


 本性はヘタレなので、穴だらけの雑な作戦だと理解すると挙動不審になるかもしれない。叔父の排除が終わった後、アルゴがスムーズに網元に就任できれば、俺の求める竜魚もスムーズに手に入るだろう。


 俺は気配隠蔽を維持し、森を駆け抜ける。鬱蒼うっそうとした森をパピーと走る。パピーの嬉しそうな感情が回路パスを通して伝わってくる。


 速度を抑えているとはいえ、俺に並走できるようになったのが嬉しいようだ。嬉しそうに森を駆けるパピーを見て、自然と笑みが浮かぶ。


 少しいたずら心が芽生えた俺は、飛び上がり、木の上に登る。そして、枝から枝へと飛び移る。国境付近の山で生活していたときに、足跡などの痕跡を残さないよう、木から木へと飛び移る技術を磨いた。


 木々を移動しているときに襲撃されても反撃できるよう、なるべく手を使わず、足だけで飛び回る技術を習得した。地球の身体能力では不可能だが、レベルアップで強化された肉体なら可能だった。


 忍者のように木々を飛び回る俺を見て、パピーは目をキラキラさせている。高速で森を移動しながら木々を飛び回る俺を見ても、転んだり木にぶつからないパピーを見て、さすがだと思った。


 俺は木から飛び降りると、パピーをフードの中にいれ、再び木々を飛び回る。


「はふはふ、わふわふ」


 いつもと違い、高い視点で移動することに興奮しているパピーは、興奮しながらフードの中で尻尾をブンブン振っていた。


 可愛すぎる、移動を止めて撫でくりまわしたい。そんな衝動に駆られるが、グッと我慢して移動を続けた。


 最初は興奮していたパピーだが、自然と落ち着き、今は回路パスを通じて、移動のコツや気を付ける事を聞いてきた。


 自分の体重や蹴る力に耐えられそうな幹を選ぶこと。ルートの選定、地上に敵がいる場合の位置取り。葉を揺らさない幹の蹴り方。


 体の構造が違うので参考にしかならないと思うが、俺の習得した技術のすべてをパピーに伝えていく。


 人に教えることによって、自分の持っている技術がキチンと言語として認識できる。改めて意識をすることで技術に厚みがでる。


 ただの移動の時間も、パピーがいることで有意義な時間になった。やはりモフモフは最高だ。これからもよろしくな相棒。


 俺が回路パスでそう伝えた。


「わん」


 パピーから『ずっと一緒』そう返事がきた。迂闊うかつにも俺は泣きそうになった。


 

 森を走り抜け、街道を突き進み、夜が明ける前にカトーリ村に到着した。パピーをフードに入れ、気配隠蔽を使用し、柵を越えて村へと侵入した。


 漁師たちは村はずれにある、船着き場の近くに共同の宿舎があり、そこで集団生活をしている。その共同宿舎の少し離れた場所に大きな建物があり、網元家族が住んでいる。


 一応、見張りの漁師はいるが、酒を飲みながら同僚と会話をしており、まじめに警戒しているとは言えないガバガバセキュリティだった。


 隙だらけの警備をかいくぐり、網元の家に侵入する。玄関に入り、注意深く罠を探ったが、鳴子なるこなどの罠は無かった。


 居住スペースに大掛かりな罠を仕掛けると、普段の生活がしづらくなる。なので、紐に引っかかると物音が鳴る、鳴子なるこなどの殺傷力の低い罠を警戒したが、設置されていないようだ。


 気配察知で建物内の気配を監視しながら、建物の奥へと進んでいく。足音を立てないように慎重に歩く。


 奥の部屋には三人分の気配が固まっている。おそらく、叔父が楽しんだ後、三人で寝ているのだろう。3Pとか、男のロマンじゃねぇか! ぐぬぬぬぬ。


 網元許すまじ! 殺意が湧き上がってくるが、殺気に敏感だと気付かれてしまう。ジェラシーに身を焦がしながら、殺気を出さないように我慢した。


 網元のいる寝室と思われる部屋の前に到着した。扉を慎重に調べる、罠は無さそうだ。もちろん、罠に対する専門技術など習得していないので、五感強化によって収集した情報を分析して判断した。


 扉には鍵すら掛かっていなかった。なんて不用心な男だ。少なくとも人を殺す指令を出しているのだから少しは反撃を警戒しろよ。


 そう思ったが、今まで一度も反撃されたことなどないのかもしれない。漁師十数人で待ち伏せして、一気に殺す。相手はろくに反撃もできなかったはずだ。


 村でも逆らう相手がいない。警備も緩み切っていたことから長い間、網元の家で危険を感じたことがないのかもしれない。


 扉を開け、そっと中に入る。でかいベッドの中央に網元と思われる男が眠っている。その両サイドに布面積の少ない女性が抱き着くようにして眠っていた。


 再び沸き起こる殺意を抑え、網元を観察する。アルゴの叔父だけあり、身長は高い。大体の目算で180センチ以上はありそうだ。


 ただ、長く自堕落な生活を送っていたのか、腹はたるんでいる。酒の飲みすぎなのか顔色も悪い。レベルや立場に胡坐あぐらをかいて、自らを磨いてはいないようだ。


 部屋は酒の匂いが充満している。人を殺せと命令しておいて、自分は酒を飲んで女性をはべらしていいご身分だな。


 俺はサイドテーブルの上に置いてある水差しに、粉をパラパラと入れ部屋を後にした。今はいい夢を見ているがいい。


 目覚めた後は、永遠に覚めない悪夢に招待してやろう。



 網元の家を出た後、再び柵を超え、村を後にする。


 下準備はできた。深酒をして眠ったんだ、寝起きは喉が渇く。確実とは言えないが、例の粉を入れた水を飲む可能性は高い。


 後は、アルゴがうまく立ち回ってくれれば何とかなるはずだ。細工は流流仕上げを御覧じろってね。



 日が昇るまで、森でパピーを撫でて癒されながら時間を潰す。今までにない緊張の仕方だな。命のやり取りだけじゃない。


 自分の行動が多くの人の人生に影響を与えるという、今までにないプレッシャーを感じている。無責任な話、やばくなったら逃げ出せばいい。


 しかし、反乱を起こして失敗したとなればアルゴと若い衆はタダじゃすまない。アルゴが自分で選択したこととはいえ、持ち掛けた俺が失敗したからとケツをまくるのは気分がよくない。


 だが、アルゴと心中するつもりはない。パピーと自分の命が最優先。それはブレないが、今後も俺が気分良く生きて行くには失敗はできない。


 レベル25の叔父の排除。難易度は高い、不確定要素も関わってくる。しかし、領軍に追われて逃げるだとか、ゲイリーを含めた冒険者数十人に囲まれるなんて事態と比べたらかわいいもんだ。


 大丈夫だ、うまくやれる。叔父を排除し、アルゴを網元にする。村人はみんなハッピーになり、俺は報酬の竜魚を食べてニッコリ。


 トラブルはあったが、カトーリ村は悪くなかった。そんな思い出を胸に、トゥロンへと旅立つ。


 俺は、成功とその後のビジョンを浮かべ、緊張をほぐした。



 薄っすらと夜が明けてきた。もうすぐレベル25の叔父と対峙する事になる。身体能力の差は歴然としている。網元が粉を仕込んだ水を飲んでいなければ、まともな状態の網元と戦わなければいけない。


 だが、俺には技術がある。自分の培ってきた技術を信じろ。空手を、様々な格闘技を。今まで命懸けの戦いを切り抜けてきた自分を。


 鼻から深く息を吸い込む。へその下、丹田と呼ばれる部分に吸い込んだ空気をためるイメージをしながらゆっくりと深く息を吸う。そして、同じ時間を掛けて、ため込んだ空気をゆっくりと吐き出す。


 パピーを撫でることで癒され、ある意味逃避をしてプレッシャーをなくすのではなく、すべてを受け止めて乗り越える。


 成功のビジョン、自らの技術への誇り。それらを認識し、楽観視するのではなく、受け止め乗り越える。


 完全に緊張感をなくすのではなく、緊張感を持ちつつも体が硬直しない、ベストな状態。いい精神状態だ。



 水平線を昇る朝日。群青色の海が太陽の緋色に照らされ、キラキラと輝いている。あぁ、世界はこんなにも美しい。


 なのに俺は、薄汚れた欲望と欲望をぶつけ合い戦う。だが、それでいい。それこそが人間。それこそが生きるということ。

 

 もうすぐ舞台の幕が切って落とされる。舞台の演目は喜劇か、それとも悲劇か。

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