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カトーリ村08

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


アルゴはワイルド系のイケメンだった。

コイツ自体はヘタレだが善良そうだ。

叔父さんはレベル25に到達してます。

「大丈夫だ、問題ない」

「改めて聞く。叔父を排除し、網元の座に就きたいか?」

「本当に叔父さんを倒せるんですか?」

「くどい、大丈夫だ、問題ない」


 アルゴは、しばらく考えた後、決意して言った。


「よろしくお願いします。叔父さんの横暴には、もう耐えられません。若い衆も爆発寸前です。このままだと大規模な争いに発展して、多くの村人が傷付きます。俺は……、正統後継者として、網元の座に就きます」


 『俺は』の後、ためを作ったり、芝居がかっていてアレな感じがするな。コイツも中二病の称号もってんじゃねぇか?


 大変なのは網元に就任してからだと思うけどな。まぁ俺は竜魚が食べられればそれでいい。その後の村の統治など知ったことじゃない。


 問題は別にある。叔父を排除するだけなら簡単だ。俺のスキルをフル活用して暗殺でもすればいい。寝ている間にナイフをスッと心臓や延髄に差し込めばそれで終わりだ。


 だが、暗殺などの汚い方法で叔父を排除すると、村が荒れてしまう。


 先代網元を暗殺しての就任など外聞が悪すぎるし、叔父に忠誠を誓っている奴らが黙っていない。


 結局、村で抗争が起きて竜魚を食べるどころじゃなくなる。暗殺などの手段を用いず叔父を排除する必要がある。


 そうなるとハードルは一気に上がる。相手はレベル25。叔父の基礎値はわからないがレベル5差はデカい。勝算はあるが、叔父の話を聞いてみないとわからない。


 大丈夫だと大見得おおみえを切ったが、叔父の姿すら見ていない。アルゴから情報収集をする必要がある。


「契約成立だ。拘束を解く、おかしな真似はするなよ?」

「わかりました」


 俺はアルゴの拘束を解くと、素早く立ち上がった。気配察知とパピーに反応なし。アルゴに詰め寄っていた若い衆は、おとなしく待っているようだ。


「それで……報酬はいくらぐらい支払えばいいのですか?」

「竜魚だ」

「え?」

「魚だよ、魚の竜魚。うまいんだろ? 食いたいんだが村人と領主しか食えないと聞いてな」

「本当に魚なんかでいいんですか? 叔父さんをレベル25ですよ! それを排除する報酬が魚って……」


 アルゴは信じられないといった感じで俺を見ている。典型的な価値観の違いだな。そりゃ毎日魚を食べてる漁師にしたら、少し豪華で珍しいぐらいの魚かもしれない。


 だが、滅多に海に来れない俺からしたら、魚はごちそうだ。それが村人と領主しか食べれないともなれば価値は跳ね上がる。


「お前は食べ飽きているかもしれないが俺には価値がある」

「そうですか、入手が不定期なので新鮮な竜魚は無理です。ですが、村のお祭りのために保存してある竜魚の燻製があります。見かけは少々悪いですが、味は保証します」


 竜魚の燻製だと! めっちゃうまそうですやん! 魚の燻製、これは予想外だ。干物はあったが燻製は見たことがなかった。


 保存食として村で備蓄しているのか、金持ち相手の高級レストランにでも売られているのか。


 どちらにしろお目にかかったことはなかった。こいつは嬉しい誤算だ。かなりテンションがあがったが、今は冷静に話を進めよう。


「報酬はそれでいい。叔父の排除は任せろ」

「本当に竜魚の燻製だけでいいんですか?」


 アルゴが疑わし気に俺を見てくる。コイツの疑念が晴れるまで、懇切丁寧に説明している余裕などない。少し強引に話を進めさせてもらう。


「時間がない。お前の様子を見に来た奴らに一緒にいるところを見られたくない。簡単な経緯と叔父の経歴を話せ、手短にだ」

「えっと、はい、わかりました」


 急に語気を強めた俺に少し怯え、おどおどしながらだったが、会話の内容自体は理路整然としていた。地頭じあたまは悪くないのかもしれない。



 漁師たちは大型の船で網を引き漁をしている。危険を避けるため沖には出ない。だが、ごく稀に沖の方に生息しているランクの高い魚が掛かるそうだ。


 竜魚も狙って網に掛けるわけではなく、偶然かかった物を領主に献上している。しかし、今から10年ほど前に領主から竜魚を用意しろと命令が下った。


 嫡男の結婚式に出すために竜魚を欲したらしい。漁師たちは困った。狙って仕留めたのではなく、偶然網にかかった竜魚を仕留めていたからだ。


 狙った時期に竜魚を手に入れるのは困難だ。しかも、竜魚は沖の方に生息している。船を沖に出すのは自殺行為だ。


 いつも漁で使っている船を沖に出すと、沖に生息している大型のモンスターが船を餌と勘違いしてやってくる危険があるそうだ。


 そうなると、生存は不可能に近い。下手に村へ逃げると、船を追いかけて村の近くまで大型モンスターがやってきてしまう。


 海のモンスターはランクが高くなると、水系の魔法を使ってくる個体が多い。大型のモンスターともなれば、村など壊滅するほどの大規模魔法を行使できる。


 村に古くから伝わる言い伝えで、船を沖に出してはいけない。かつてそれで滅んだ国がある。そう言い伝えられているそうだ。 


 困った漁師たちは小さな船を造り、少数で沖に向かうことにした。


 いつも使っている大きな船だと、大型のモンスターに狙われる危険性が高い。しかし、小舟なら大型モンスターの獲物として小さいので、スルーされる確率が高いと踏んだみたいだ。


 そうやって、村で最強の漁師であるアルゴの父であるウルゴ、叔父であるメルゴ。二人のお供を連れて小型船で沖へと出た。


 誰もが生きて帰って来ないと思っていた。網元が竜魚を狙って死んだとなれば、領主も許してくれるかもしれない。


 村が領主にとがめを受けないための生贄。村ではそう見られていた。ところが、ウルゴとメルゴが帰ってきた。


 お供の二人は死んでしまったが、ウルゴとメルゴは見事に竜魚を仕留め、さらには格5のモンスターすらも仕留めていた。二人はレベル20の壁を超えていた。そして、二人は村で英雄としてもてはやされた。


 村人からの絶大な支持と圧倒的な実力。指導者としての公平性を兼ね備えたウルゴは歴代最高の網元と呼ばれ、その名声は周囲の村にも伝わるほどだった。


 しかし、メルゴは己の力に溺れ、なんでも暴力で解決しようとするようになった。兄のウルゴがどれだけいさめても、メルゴは改心しなかった。


 そして、次第にウルゴのことをうとましく思うようになった。仲の良かった兄弟の歯車は少しずつ狂っていく。


 そんな中、ウルゴの妻が病気になった。治療には希少な薬草が必要であり、大金が必要になる。


 ウルゴは一生懸命働いたが、貧しい漁村の暮らしではそんな大金を稼げない。そんなときだった、メルゴが儲け話を持ってきたのは。


 格の高い魚を取ってくれば、高額で買い取ってくれる商人がいるという。メルゴは素行が悪くなってから、素性の怪しい商人たちとも繋がりがあった。


 ウルゴは迷った。沖に出るのはリスクが高い。無理をすれば幼い息子と、病気の妻を残して死ぬことになるかもしれない。しかし、日に日に病によって弱っていく妻の姿を見るのは耐えられなかった。


 かつてと同じように、ウルゴとメルゴは二人の供を連れ沖へと向かった。かつてと違い、ウルゴたちの生存を疑う者はいない。村人たちは英雄の帰還を疑ってはいなかった。


 しかし、村に帰ってきたのはメルゴだけだった。


 病気だったウルゴの妻は、夫の死に心を痛め、病状を悪化させ間もなく亡くなった。跡継ぎであるアルゴはまだ幼い。


 メルゴは両親を失ったアルゴを強引に引き取ると、アルゴが成人するまでは自分が網元をやると宣言した。


 反対の声もあったが、村でただ一人のレベル25到達者であるメルゴに強く逆らえるものはいなかった。


 メルゴは繋がった商人たちとうまく取引をし、村に富を運んだ。村人は新しい網元であるメルゴに感謝した。


 だが、メルゴはどんどん横暴になっていき、村を暴力で支配した。逆らうものは取り巻きを使い、追い込んだ。


 おいのアルゴが成人しても網元の座を譲らず、家で飼い殺しにした。


 メルゴの運んでくる富を喜んでいた村人たちも、メルゴの横暴に嫌気がさしている。


 メルゴの側近になれず、虐げられている漁師たちの不満は頂点に達し、もはや爆発寸前だ。


 それが今の村の現状だとアルゴは言った。



 うん、事情はわかった。だけど、俺はメルゴの戦闘力だとか、戦いの歴史を知りたいんだよ。


 時間がないっていうのに、長々と……。


 しかもコイツ、語っているうちに乗ってきたのか、大げさな身振りや手ぶりを加えて、抒情的に語りやがって。


 悲劇のヒロインポジションである自分に酔ってやがる。


 ムカついたので、気配隠蔽を使い、語りに夢中になっているアルゴの背後に回ると、頭に拳骨を落とした。


「痛っ! 何するんですか!」

「話が長い! 俺は叔父の戦闘能力が知りてぇんだよ! 剣術スキルがあるとか、喧嘩慣れしてるとか。そういう具体的な話が聞きたいんだよ。お前の一族の歴史ヒストリーを長々としゃべるんじゃねぇ!」

「それならそうと言ってくださいよ、何も殴らなくても」


 ブツブツと文句を言うアルゴ。さっきまでナイフを突きつけられてブルブル震えてた癖に……。切り替えが早い、ある意味大物だなコイツ。


 なんだろう、ものすごくやりづらい。叔父よりコイツの方が厄介なんじゃね? 俺はそう思い、深いため息をついた。

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