カトーリ村06
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
KO三連発。正直、めっちゃ気持ちいい。
パピーの頭突きが水月に刺さる。
「ウマイ海の幸全部持ってこい!」
俺はテーブルに金貨を叩きつけた。
村の外から来た人間は、魚を丸ごと香草で蒸した料理など、見た目が豪華な魚料理を好んでおり、貝類や甲殻類などは好まないらしい。
貝類や甲殻類を店に常備しておらず、ストーカー親父は料理の仕込みを終えると、
スープ系の料理を火に掛けたまま買い出しに行ったのか、厨房からはいい匂いが流れて来る。
さっき食事を終えたばかりなのに、
料理が完成するにはしばらく時間が掛かりそうなので、殴り倒した男たちの手足を縛り、
漁師たちを縛り終え、ストーカー親父を待つ間、暇つぶしに給仕のおねぇさんと雑談をしていたのだが、クソガキの話になると急に口が重くなった。
話題を変えた方がいいかな? そう思っていると、おねぇさんがボソボソと声を潜めながら話した。
一度話し出すと火が付いたのか、クソガキと、その親である網元への悪口が次から次へと出てくる。
ストーカー親父が買い出しから戻り、料理を始めても悪口が止まらない。よっぽど
おねぇさんの愚痴をまとめると、先代の網元は良かった。今の網元になってから村はおかしくなった、網元は
今の網元は先代の弟。本来なら先代の息子が継ぐはずだった網元の地位を
ただ、商売がうまいらしく、商人相手にかなりの利益を上げている。その金を自分に従う一部の者に与えていて、うまく漁師たちを支配している。
この村の漁師たちは、海のモンスターを相手にしているので、皆レベルが高く、力では逆らえない。
網元とは別に村長もいるが、お飾り状態で村の実権は網元が握っているそうだ。
網元にこびへつらい、甘い汁を吸っている漁師たちは、村でかなり偉そうにしていて、気に入らないことがあると暴力を背景に脅してくる。
先代の息子を中心とした若い漁師たちのグループは、網元一派に比べると、若さゆえの経験不足やレベルの低さで対抗できず、網元の言いなり状態だそうだ。
簒奪者である網元一派が偉そうにしていて、正統な後継者である、先代の息子が肩身の狭い思いをしていることに、村人として
そう語るおねぇさんに、簒奪者の暴力に怯え、正統な後継者が不遇な状態を強いられていることに対し、何も言えない自分に対する無力さや無念さ。
そして、簒奪者の圧政から解放してくれない、不甲斐ない先代の息子への怒り。相反する二つの感情が見えた。
クソガキも親の権力を笠に着てやりたい放題らしい。
料金の踏み倒しは当たり前。村の子供にも平気で暴力を振るい、中には後遺症が残るほどの大怪我を負わされた子もいるらしい。
村の経済は漁師たちが取ってくる魚を中心に回っている。経済的にも、単純な武力的にも網元一派には逆らえず、ただ下を向いて堪えている状態だとおねぇさんは言った。
こんな漁村の中でも、様々な出来事があり、そこに生きている人間は複雑な思いを抱えている。なんていうか、『生きる』って大変だなと思った。
正直、他人事だからそこまで深く感情移入はしていない。時代劇なら水戸〇門がやってきて、網元を退治しそうな話だな。
飯を食ったら立ち去るとはいえ、この村の変な雰囲気の原因も分かった。理由が分かり、モヤモヤが晴れたのでストレスが軽くなる。
そういった視点から見れば、村の現状が分かって良かった。情報感謝です、おねぇさん。
さて、リスクを
俺は運ばれた料理を見て、一気にテンションが上がった。
殻を器に盛り付けられた、炒めた海老の身が湯気を立てている。鼻腔をくすぐるニンニクの香り。
海老とニンニクの炒め物とか絶対うまいやつですやん! 分厚く切られた海老の身を、木のフォークで刺して口に運ぶ。
口内から鼻へと抜けるニンニクの香。アミノ酸の豊富な甲殻類が持つ旨味。舌をとろけさす強力な
そして海老特有のプリプリの歯ごたえ。いや、この海老はプリプリなんてもんじゃない。モンスターだからなのか、反発力が地球の海老より強い。
プリプリと言うより、ブリンブリンだ! 肉厚なこともあり、プルンというより、ブリン! といった感じだ。
肉厚の海老の身は中が半生になっており、しっとりとした生の食感も楽しめる。
普通の地球の海老より弾力の強い、
その独特の食感を堪能した瞬間、生のしっとりとした部分が舌に絡み、旨味と
これはやばい、うますぎてアホになる。脳汁がダクダクと溢れ出し、急激に知能指数が下がるのが分かる。
ぼーっとしながらパピーに食べさせる。
「パピーも美味しいと思うか、よかったよかった」
「がふがふ、わふわふ」
パピーはニンニクの匂いを嫌がることも無く、嬉しそうに
一心不乱にご飯を食べるパピーが可愛すぎて撫でたくなったが、食事中に撫でると嫌われる。犬を飼っていた、学生時代の友人にそう聞いたことを思い出し、グッと我慢する。
その後も、
食後の白湯をもらい、パピーの口を綺麗にしたりしながらまったり過ごした。パンパンになったお腹もこなれてきたし、気絶していた漁師が目を覚ましてうるさいので、この村とお別れしよう。
給仕のおねぇさんにチップの銀貨を1枚渡し、
パピーと二人、美味しい食事の余韻を楽しみにながら森へと入る。もっと色々食べたかったがしょうがない。
次の目的地はトゥロン。アスラート王国最大の港町。メガド帝国の品物と文化が流入した、小国家群でもっとも活気があり、文化が発展した町と言われている。
素材の味を生かした漁師飯もうまかったが、帝国の調理技術を使った洗練された食事も楽しみだ。
メガド帝国の品物を求め、多くの人が小国家群中から集まってくる。人、物、金が集まり、好景気に沸いている。
冒険者向けの仕事も大量にあるそうだ、うまくやれば大金を手にできる。その分、既得権益を守る側の抵抗も激しいらしい。
チャンスと危険が入り混じる、帝国文化が融合した港町トゥロン。次はどんな料理があるだろう。次はどんな出会いがあるだろう。
俺は期待と不安が混ざった、何とも言えない高揚感に包まれながら森を歩いた。
そして、しばらく進むと、気配察知に反応があった。予想より多いな16人か。二手に分かれてこれか。
漁師の数が思ったより多い。町中で襲われたらやばかったかもしれない。少しだけ背筋が寒くなった。
すでに日は暮れ、あたりはすっかり暗くなっている。このまま闇に紛れて退散しよう。そう思っていると、強化された聴覚が言い争う声を拾った。
無視して、その場から離れればよかったのだが、野次馬根性が刺激されつい、接近してしまった。
闇に包まれた森という、俺の特性が最大に生かせるフィールドだし。同レベルの相手3人を瞬殺できた。多少のリスクはあるが、闇に紛れて森に逃げ込めば、どうにでもなる。
俺のレベルは20に到達した。レベル20といえば、小国家群では最高レベルに近い。これより上のレベルの人間は、貴族か冒険者から貴族の家臣にスカウトされた人間。後は、軍のトップ層ぐらいのものだ。
民間レベルでは最高に近いレベルであり、空手を始めとする近接攻撃のスキルも持っている。客観的に見ても、俺の戦力はそれなりだと思う。
あえて敵の集団に近付くという、リスクの高い行動を取った自分に少し違和感を覚えた。自分の戦闘能力に自信を持ったことで、思考に変化が生まれたのかもしれない。
やばそうなら闇に紛れて森に逃げ込めばいいだけだ。不必要にビビらず、待ち伏せを続けている間抜けな漁師たちのツラでも拝むとしよう。
俺がのんびり飯を食っている間に、コイツらずっと待ちぼうけだったんだよな、ざまぁ! そんな薄汚い感情と共に、ワクワクしながら言い争う声を聞いた。
「アルゴさん、俺たちはいつまでメルゴの言いなりになればいいんすか!」
「もう我慢できねぇ、なんで俺たちがこんなことしなくちゃならねぇんだ!」
「「「そうだそうだ!」」」
一人の若者が、集団に詰め寄られていた。仲間割れか、いいぞ、やっちまえ! 揉め事に巻き込まれるのは嫌だが、外から眺めてる分にはいい見世物だよな。
我ながらクズなことを考えながら息をひそめ、言い争いを観察する。
「これじゃあ、まるで盗賊だ。俺たちは誇り高き海の男ですぜ」
「待ち伏せて、たった一人を集団で殺すなんて腐った真似やりたくねぇ」
「アルゴさん、立ち上がってくれ! アンタに網元をやってもらいてぇんだ!」
「メルゴの横暴にはもう我慢できねぇ! みんな、そうだろう?」
「「「そうだそうだ!」」」
なんか、思ってたより深刻だな。簒奪者の圧政に我慢できなくなった漁師たちが、先代網元の息子に革命を起こせって詰め寄ってる感じか。
この人数の荒くれ者たちに詰め寄られると『圧』がすごいね。先代の息子、涙目になってんじゃん。
網元の息子の意思に関係なく、網元一派と息子一派の抗争が起きそうだな。これの規模を国単位にした奴、物語でよく見た気がする。
国王だろうが、漁村の網元だろうが、権力争い、後継者争いは同じなんだな。当たり前のことだけど、改めて間近でみると、ストンと入ってくるね。
百聞は一見に如かず、確かにその通りだな。変な風に感心していると、網元の息子が頭を冷やしたい、少し考えさせてくれと一人離れた。
このまま、村での仁義なき戦いを眺めるのも楽しそうだが、巻き込まれたら大変だ。このまま息をひそめ、そっとこの場を離れようとした、そのとき。
俺の灰色の脳がキュピンとひらめいた。この権力争いにうまく介入出来れば、竜魚が食べられるかもしれない。俺はそっと先代の息子の後を付けた。
先代の息子を追跡しながら、何かしっくりこないという感覚に襲われていた。魚の小骨が喉にひっかかったような、小さな違和感。
体に異常はない。きっと気のせいだ。そんなことより竜魚だ。うまく立ち回れば食べることができるかもしれない。
食欲に支配された俺は、あえて小さな違和感を無視して追跡を続けた。