カトーリ村05
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
カトーリ村の門番はそこまで高圧的ではなかった。
飯屋ヤコポという名の店に向かった。
「わん!」
「まぁ、かわいい」
殴りかかって来た男の攻撃に対し、左足を一歩踏み込み、距離を詰めながら体を左に傾けてかわす。体を左に傾ける勢いを利用し、体重移動を意識しながら右の掌底をフック気味に打ち出した。
右と右のカウンター。しかも、脳が揺れやすい下斜めからの攻撃を顎に食らった男は、糸が切れた操り人形のように前のめりにバタンと倒れた。
想像より動きが速い。レベル15の壁を越えている。おそらく漁師だと思われる男は、冒険者の多くが越えられないレベル15の壁を超えているようだ。
基礎値の違いか、俺の方が身体能力が高い。素手での技術力は比べるまでもない。油断するつもりはないが、残りの男たちも脅威にはなり得ない。
「てめぇ! やりやがったな!!」
「この野郎!」
残った男たちは顔を真っ赤にして殴りかかってくる。一撃で仲間がやられたのだから、もう少し警戒しろよ、敵ながらそう思った。
漁師の男たちは喧嘩慣れしているのか、拳を振り切ると一番威力がでる位置を知っている。
利き手の右で威力が出るように振りかぶり、力の伝わりやすい位置でパンチを打つ。中途半端に素手の殴り合いに慣れているため、非常に読みやすい。
右腕を左手でパンと手首を使いながら内側に弾く。右手の攻撃を防がれた漁師が、残った左手で攻撃しようとするが、内側に流された右手が邪魔でワンテンポ攻撃が遅れる。
その隙を突き、距離を詰めると、下から真上に打ち上げるように掌底を放ち、顎先を打ち抜いた。
顎を打ち抜かれた漁師が崩れ落ちると同時に、もう一人の漁師が掴みかかってくる。
軽くサイドに避け、相手の太腿に右のローキックを叩きつける。衝撃を逃がさないように、相手の太腿に押し付けるようにスネを押し込む。
体勢の維持や連打を意識せず、一発で太腿にダメージを与えるように押し込む。太腿に重いローキックをくらった漁師はガクンと体勢を崩す。
蹴り込んだ右足をそのまま着地させ、サウスポーにスイッチし、体勢を崩した相手の顎を左の掌底で打ち抜く。顎を打ち抜かれた漁師は前のめりに崩れ落ちた。
KO三連発。正直、めっちゃ気持ちいい。力に酔ってはいけないと思うが、ここまで綺麗に相手を倒せると、嬉しい気持ちが湧き上がってくる。
漁師たちのレベルを、冒険者のボリュームゾーンであるレベル15に想定していたため、少し驚いた。
しかし、俺の土俵である素手での攻防なので、技術力の差で圧倒できた。大怪我をさせないように気を付けながら倒す余裕すらあった。
彼らは素手で襲ってきた。それに冒険者と違い、この村の住人だ。容赦なく大怪我を負わせたり、命を奪うのはまずいと思った。
もちろん、戦いに余裕が無ければ、そんな選択肢は取れなかったが。
時間にすれば、わずか数秒。俺を痛めつけるはずだった漁師が、あっという間に倒され、クソガキは驚きのあまり固まっていた。
モンスター相手に命のやり取りを学んだパピーが、その隙を逃すはずがない。俺のフードから飛び降りると、小さな体では考えられない速度で加速する。
クソガキがパピーに気付いた時には、手遅れだった。防御姿勢を取る暇もなく、パピーの頭突きが水月に刺さる。
クソガキの少ない人生経験において、最大であろうダメージ。クソガキは、口からゲロをまき散らしながら腹を押さえて転げまわる。
パピーには人体の急所を教えてある。あの加速で水月に体ごと飛び込む頭突きをされたら、クソガキなどひとたまりもない。
クソガキはのたうち回った後、腹に手を当てたまま動かなくなる。パピーは痛みで動けないクソガキの頭を踏みつけると、高らかに勝ち名乗りを上げた。
「あおーん!」
気持ちよさそうに遠吠えをした後、パピーは嬉しそうに俺へと駆けてくる。俺は油断なく周囲を警戒しながらクソガキのゲロを確認する。
ゲロに血は混じっていない、内臓は破裂していないようだ。殺すつもりならしっかり止めを刺さないといけない。
俺は
生かしていると報復の恐れがある。なんて汚い話は、もう少しパピーが大人になってから覚えればいい。それまでは俺が守る。今は汚い人間の感情など気にせず、健やかに育って欲しい。
「グッガール、グッガール」
「わふわふ、くんくん」
パピーを胸に抱き、優しく撫でるとパピーは嬉しそうに目を細めた後、俺の匂いをクンクンした。
自分を痛めつけた相手に立ち向かうことに、恐怖を感じていたのかもしれない。
俺の温もりを感じ、匂いを嗅いで安心したようだ。しっかりしているが、まだ子狼だ。
パピーに対して優しい気持ちが溢れたが、気持ちを切り替え、脱出プランを練る。門番の人数、柵の風化した場所、村を出た後の逃走方向。得意のフィールドである、森への最短コースと迂回コースを頭に描く。
森にさえたどり着けば、漁師たちの追跡をかわすことができる。彼らは海の専門家でも、森は専門外のはずだ。
領軍の追跡すらかわした俺なら、山や森で漁師に補足されることはない。森に逃げ込みさえすればどうとでもなる。
網元がこの村で、どの程度の権力を有しているのか分からない。可能性は低いが、クソガキの
そんな風に考えていたが、村人の表情に浮かぶのは嘲笑と愉悦だった。クソガキめっちゃ嫌われてるね。
権力者の息子だからなのか、表立って喜んではいないが、村人たちの表情はとても嬉しそうだった。
「お客さん、見かけによらず強いんだな」
村人が襲い掛かってくる心配はなさそうだな、そんな風に思っていると、料理屋のストーカーっぽい親父が話しかけてきた。
「見かけによらずってのは引っかかるが……、あの程度の相手ならな」
「竜魚を仕留めて壁を超える漁師が結構いるからな、漁師には15レベルの壁を超えてる奴が多いんだ」
なるほど、さっきの奴らのレベルが高かったのはそれでか。漁業なんて大人数で船に乗るイメージだったから、魔素が分散されて、壁を超えられないと思ったが、少人数で漁をすることもあるみたいだな。
「そんな、漁師3人をあっさり倒しちまったんだ、お客さんが強さに自信があるのは分かる。だけどすぐに逃げた方がいい」
「網元の息子をゲロ
気配察知に大量の反応があった瞬間逃げ出せば、余裕で逃げ切れるはずだ。警戒は必要だが、ビビり過ぎるのもよくない。
「そうじゃねぇんだ!」
俺の返事に親父が声を荒げる。
「大きな声を出しちまってすまねぇ、だけど、そうじゃねぇんだ。今頃、網元の腰巾着が報告に走ってる、話が伝わったら、網元はこの村じゃなく、この村に続く街道で待ち伏せをするんだ」
「街道で待ち伏せ?」
怒り狂った漁師が大量に襲ってきて、村を追い掛け回されると思っていたが、想像と違うな。
「そうだ、今までも漁師が冒険者に喧嘩でのされたことはある。その報復に……と村で冒険者を殺すと村人が怯える。だから街道で待ち伏せをするんだ。街道の道幅が狭くなった場所で待ち伏せをして網を投げる、それで身動きの取れなくなった相手に
うへぇ、思っていたよりはるかに殺意が高い。田舎こえぇ。
「おそらく、漁師が二手に分かれて、グラバースとトゥロン、両方の街道で待ち伏せされるはずだ」
トゥロンはメガド帝国に近い港町であり、アスラート王国最大の町だ。この村の街道はグラバースへ続く街道とトゥロンへ続く街道の二つがある。
「街道で待ち伏せが終わる前に、早く逃げた方がいい」
店主はそう言うと、チラリとパピーを見た。なるほどね、俺じゃなくてパピーの心配をしてる訳ね。初めてきた客にやたら親切だと思ったよ。
俺のことは心配してないんだな。親父を見る目線にその感情が乗っていたらしく、ストーカー親父があわててフォローを入れる。
「その子が心配なのもある、だけどお客さんは強いからな。反撃されて漁師に被害が出るのも嫌なんだ。荒くれ者が多くて嫌な思いをすることもある、だけどこの村は漁師の取ってきた魚なしじゃやっていけない。俺の店の魚だって漁師が命懸けで取ってきてくれたものだからよ」
うん、気持ちはわかるよ、だけど結局、俺の心配してないよね、それ。俺がそう思っていると、聞き逃せないワードが飛び込んできた。
「それに、もうすぐお祭りなんだ。年に一度の竜魚が食べられる日だからな、漁師に死人が出て中止なんてことになるとなぁ……」
「竜魚は食べられないんじゃなかったのか!」
祭りで食べられるなんて聞いてない! 俺は思わず大声を出しながら、ストーカー親父に接近する。
「うわ、落ち着いてくれ、お客さん。祭りは村の人しか参加できないんだ。竜魚は貴重なんだ、村人だってほんの一欠けらしか食べられない。だけどそれを楽しみにしているんだ。いっちゃ悪いがよそ者に食わせる分はないんだよ」
「ぐぬぬぬぬぬ」
漁師の待ち伏せについては、まったく心配していない。どうせ俺は街道など使わないからだ。さすがに森の中まで警戒網を張り巡らせることは不可能だ。
むしろ、村で襲われた方が厄介だった。たしかに、いつまで経っても、気配察知でこちらに接近してくる集団の気配も感じられない。むしろ、村にいる間は安全だと分かってラッキーなぐらいだ。
竜魚は残念だ、こうなったら今日一日、魚介類を満喫してやる! 俺はストーカー親父に料理の代金を払うと、改めて椅子に座った。
「こうなりゃ
俺はテーブルに金貨を叩きつけた。
「お客さん、俺の話聞いてなかったのかよ!」
「村にいる間は安全なんだろ? それなら今日一日、この村の海の幸を満喫してくれるわ!」
ストーカー親父は、まだ何か言いたそうだったが、金貨に目が眩んだ給仕のおねぇさんに、無理やり厨房に押し込まれていた。
気配察知の効果範囲を最大にして、いつでも逃走できるようにしておく、警戒は怠らない。ただ、漁師たちが待ち伏せしているのなら、村の戦力はそこまで残っていないはずだ。
このまま、夜まで暴食の限りを尽くしてやる。夜になれば、闇に乗じて森を抜け、漁師の待ち伏せを回避するのは
夜まで時間を潰しながら、魚介を楽しむことにしよう。
厨房から流れてくるいい匂いに、鼻をヒクヒクさせているパピーを撫でながら、俺は料理を待った。