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カトーリ村03

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


俺は20レベルになった。

悪ガキが、何かの動物をいじめている。

あの動物は……。

「モフモフをいじめるとタダじゃ済まさねぇぞ」

 子犬は起きて麦粥を食べ、また寝るといったサイクルを繰り返し、日が暮れ夜が明ける頃には、かなり回復していた。


「わんわん」


 子犬は、嬉しそうに吠えながら周囲を歩く。怪我がまだ治っていないので、あまり動いてほしくはないのだが、子犬は元気に動き回る。


 仕方なく、優しく抱きかかえると手をペロペロと舐めて来た。やべぇ、キュン死しそうになった。おっさんがモフモフにキュンとしている映像なんて地獄絵図だが、周りには誰もいない。


 神は見ているかもしれないが、この事で変な称号を付けられても俺に悔いはない。モフモフとの交流を馬鹿にされてもこの野人、1ミリも揺るがぬ! キリッ。


 抱きかかえた子犬を、傷に影響が出ないように優しく撫でる。柔らかい毛並みが俺の掌を蹂躙し、モフモフによる快感で脳内麻薬がドバドバ出ている。


 何という癒し効果。これはやばい、グラバースでの嫌な出来事が溶けて行くようだ。アニマルセラピー恐るべし。


「君、うちの子になるかい?」


 意味など伝わらないだろうが、子犬にそう話しかける。すると子犬は嬉しそうに尻尾を振りながら、わん! といた。


「そうか! うちの子になるか!」


 子犬の名前を付けないといけないな、そういえば、この子は男の子かな? 女の子かな? そう思い、ひょいと持ち上げてみてみる。


「君は女の子か」


 うーん、いい名前が浮かんでこない。いぬ美、わん奈、いぬ江、ジョセフィーヌ・ストラスト三世。あかん、絶望的にネーミングセンスがない。


 俺が頭を抱えていると、俺の苦悩を感じ取ったのか、子犬が慰めるように俺の手を舐めてくれた。なんて優しい子なんだ。


 子犬に癒されながらしばらく考えていたが、まともな名前が思いつかない。しばらく苦悶していたが、思いついた。


 Puppyパピーだ。英語で子犬という意味。我ながらそのままやんけ! と思うが、言葉の響きが可愛い。それに昔好きだった、格闘ゲームに出て来る忍犬がその名前だった。もっとも、忍犬は花の名前が由来らしいが。


 俺のネーミングセンスではこれが限界だ。これ以上悩んでも良い名前はでないだろう。


「君の名前はパピーだ、これからよろしくな」


 俺がそう言った瞬間。体内から何かがすごい勢いで吸い出される感覚がした。


 眩暈めまいを覚えた俺は倒れそうになるが抱いているパピーの傷に影響があるといけないと思い、なんとか堪えた。


 今の感覚はいったい……。そう思っていると、不思議な感覚が伝わって来る。何か見えない回路が俺とつながっているような感覚。


 パピー、君なのか? 俺が回路にそう問いかけると、肯定と伝わって来た。何か異変が起きた事は確かだ、こんな時はステータスを確認しよう。

 

「ステータスオープン」


レベル

20


スキル


空手 投擲 野人流小刀格闘術(笑)

気配察知 気配隠蔽 五感強化

毒耐性 麻痺耐性

裁縫 解体


称号


怪物

中二病

新種のゴブリン

Ⅿ字ハゲ進行中


魂魄こんぱく契約


パピー


 新しい項目が増えている。魂魄こんぱく契約? 魂魄こんぱくっていうのは魂の事だよな? 魂の契約? なんか重いな。


 テイムだとか従魔だとか、ラノベでよく見る奴じゃなくて、もっと重い、強力な契約に見える。


 まぁいいか、パピーとなら魂魄契約でも、お高い英会話の教材契約でも、ラッセンの絵を買う契約でもなんでもしてやるぜ!


 それより、謎の回路を通してお互いの考えている事がなんとなく理解できる。これは素晴らしい。この回路を『パス』と名付けよう。


 中二病の称号を付けられた俺に怖い物はないぜ、ふははは。



 回路パスを通して、パピーから親愛の情が伝わってくる。嬉しそうに尻尾を振りながらキラキラした目で俺を見つめるパピー。


 散々人間の汚い感情に触れて来た俺は、パピーから流れる純粋な感情に嬉しくなり、涙を流していた。


「これからよろしくな、パピー」

「わん!」


 傷に差しさわりがないように、優しくパピーを撫でながら、改めてパピーをしっかりと見る。


 うん、どう見ても犬じゃないね、前足ぶっといし。この子、完全に狼だよね。そういえばこの世界で犬って見た事ないし。


 たしか、家畜化された狼が犬になるんだったかな? 所説あるけど、人間の残飯をあさっていたらそのまま餌付けされて家畜化したって聞いた事がある。


 犬の嗅覚に目を付けて、狩のパートナーにしたのか、俺と同じようにモフモフスキーだったのか。後者なら素敵だと思う。


 この世界では、狼はモンスターで人類の敵。仲良くするどころの騒ぎじゃない。多く見かける灰色狼グレイ・ウルフは人類の生存権に縄張りが近く、行商人が襲われたり、猟師が仕留めた獲物を横からかっさらったりする。


 人里付近で見つかれば、速攻で冒険者を雇うか、領主に兵を派遣してもらいすぐさま討伐される。


 こんな世界で、危険な狼系のモンスターを、わざわざ家畜にしようなどと思う人はいなかったのだろう。



 俺はモフモフ好きなので、犬系のモンスターを殺せるかなと不安に思っていたが、初めて灰色狼グレイ・ウルフと戦ったときに殺されかけてから、そんな感情は浮かばなくなった。


 たまに、モンスターが人間になついたり、家畜化に成功したりといった事例があり、まったく人間に馴染まないわけではないと思うが、非常に珍しいケースだと言える。


 俺になついているといっても、パピーはモンスターだ。人里に入ると何らかのトラブルに見舞われるかもしれない。それに俺がいつくたばるかも分からない。


 だから今のうちにトラブルに対処できたり、一人でも生き残れるようにしたい。


 モンスターもレベルが上がると言われているので、パピーをパワーレベリングする事に決めた。まずは怪我を治すのが先決だな。


 回路パスを通じて、怪我を治すために大人しくして欲しいと伝えると、わん! と元気に返事をしてくれた。


 俺は自分とパピー用の寝床を作ったり、ラービを仕留めたりと、住環境を整え、食料を確保した。


「早く良くなるんだぞ」

「わふわふ」


 俺がそう言うと、パピーはじゃれつきながら俺の胸に鼻をうずめてクンクンしていた。回路パスを通じて臭いとか伝わらなくてホッとした。



 野生児だったパピーのたくましさと、異世界傷薬のおかげで傷はすぐに治り、今では元気に走り回っている。


 俺は回路パスの実験をした。距離が離れると使えないのか、どの程度、言葉を伝えられるのか。


 色々試した結果、回路パスは20メートル以上離れるとだんだん繋がりが弱くなり、30メートル以上離れるとやり取りが出来なくなった。


 短いような、長いような、何とも言えない微妙な距離だな。ちなみに、距離は体感+歩幅を元にした、ざっくりなヤツなので正確性は乏しい。


 パピーは高いレベルで俺の指示を理解する事が可能だった。パピーから伝わって来る感情は、まだ子供なせいか、喜怒哀楽といった、シンプルな感情が多かった。


 お互いかなりのレベルで理解し合えるので、普通の犬の躾とは比べ物にならない効率でパピーは学習してくれた。


 トイレ、お座りや待てなどの指示はもちろん、回路パスの範囲外でのハンドサインのやり取りすら理解していた。


 俺より頭が良いかもしれない。誇らしいと同時に少しへこんだ。そんな頭の良いパピーだが、まだまだ子狼らしく、甘えたがりで少しでも俺が離れると寂しいという感情が回路パスから伝わって来る。


 デレデレの俺は、パピーを猫かわいがりしている。目的地の漁村はすぐ近くだが、パピーをいじめていたクソガキがいるので、パピーをレベルアップさせて、クソガキを撃退できるように強化しないと安心して村に入れない。


 村に入るのをあきらめようと思ったのだが、パピーから、レベル上げを頑張るから好きなお魚をあきらめないで的な感情が伝ってきた。


 正直、ここまで来たら魚を食べたかったので、パピーの優しい気持ちに甘え、あきらめる方向から、トラブルに見舞われても対処できるようにする方向に進路を変えた。


 最初は、フードの中に入れて俺がモンスターを仕留めるときに、側にいるだけだったが、レベルの上昇と共に身体能力がガンガンに上がり、今では一緒にモンスターを追いかけている。


 大泥猪ビッグ・クレイボアのような大物はさすがに戦えず、俺のフードに入っているが、ラービぐらいなら、パピー単独でも仕留められるようになった。


 パピーのレベルを見れないのは残念だが、身体能力は確実に上がっている。進化したのか体のサイズは変わっていなかったが、背中側の毛が黒い艶々になった。


 お腹側は白いモフモフで、ベルベットのような背中側とモフモフのお腹側。両方の毛並みの違いがさらに俺を魅了していた。




 気が付けば一か月ほどたっており、パピーと俺の連携もかなりとれるようになって来た。


「わんわん!」


 パピーに追い立てられたクレイ・ボアが、俺の方に逃げて来る。俺は気配隠蔽を全開にし、身をひそめている。


 ドドドとクレイ・ボアの足音が聞こえる。今だ!


「ぷぎゃああああ」


 突然茂みから飛び出した俺は、クレイ・ボアの首にナイフを突き立てる。仕留めたクレイ・ボアの血抜きを素早く済ませると、内臓を抜き、川に沈める。


「ヘイ、パピー、グッガール、グッガール」

「わふわふ」


 パピーをほめながらワシャワシャと頭を撫でる。撫でられたパピーは嬉しそうに尻尾をブンブン振っていた。


 この一か月でパピーはかなり強くなった。地球サイズの猪である、クレイ・ボアなら、タイマンで良い勝負ができるくらいだ。いじめっ子のクソガキぐらいなら一瞬で頸動脈を喰い千切り殺害できるだろう。


 不思議な事に、一か月経ってもパピーの体は大きくならなかった。見た事はないが、そういう小さい種類の狼なのだろうか? それとも魂魄契約とやらが影響しているのだろうか?


 理由は分からないが、小さくて可愛い。うん、可愛いは正義だな。別に体に問題があるとかじゃなさそうだし、気にしないでいよう。


 今のパピーなら、よほど高レベルの人間相手じゃないかぎり、森へ逃げ込む事も可能だと思う。田舎の漁村に高レベルの相手がいるとは思えないし、いても敵対するとは限らない。


 最悪、俺が命懸けで時間を稼げば、パピーが逃げるぐらいの隙は作れる。漁村に魚を食いに行くだけで、なぜこんなにヘビーな覚悟を決めているのかは謎だが、心身ともに備えは出来た。


 目指すはカトーリ村。目的は竜魚を食すこと! 極上の食材をパピーと二人で食べれば、とても幸せな気持ちになれそうだ。


 俺は期待半分、不安半分でカトーリ村へと歩き出した。

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