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カトーリ村02

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


毒耐性のスキルを磨いている。

『安全に食える草』が俺にとっては重要な存在なのだ。

懐かしい潮の香。

「いて、いててて、いってえええええ」

 海での衝撃体験から2日たった。レベル補正と異世界傷薬パワーで魚に噛まれた傷も、かさぶたになってほとんど治っている。


 あれからゆっくりと森を歩き、魚が食べたくなったら、ひもで縛ったモンスターの肉を放り込み、魚が噛み付いたら引き上げるという原始的な釣りで魚をゲットしている。


 街道を歩いて、とっととカトーリ村に行かないのは、怪我の治りを待っているのもあるが、体の動きを把握するためにあえてゆっくりと森を移動している。


 ゲイリーを倒した後、俺は20レベルになった。たかが1レベルとは言え、このレベル帯になるとかなりの違いを感じる。


 格闘技や武術は数センチ、時には数ミリの単位で攻防を繰り広げる。自らの肉体をしっかり把握し、操作する必要がある。


 人間は思った以上に自分の肉体を操れていない。目をつぶり、その場を動かない様に気を付けながら足踏みをしても、1分もすれば多くの人は位置がずれている。


 普段は、視覚などの情報に頼って位置を修正しているだけで、自らの肉体をちゃんと操れていなかったりする。


 なので、視覚を使い位置を修正すると言う動作の分だけ、無駄にリソースを使ってしまう事になる。


 攻撃を仕掛ける、防御をするといった行動にリソースを使ってしまうと、視覚によって位置を修正するリソースが足りず、体の位置や動きなどにイメージとのズレが生じ、動作の精度が下がってしまう。


 視覚などを頼り動作を修正しなくても、イメージ通り体が動けば、無駄にリソースを使う事も無く、攻撃や防御に集中したまま望み通りの動きが出来る。


 数ミリ単位の精密動作において、感覚と動作のズレは致命的な結果を招くこともある。自らのイメージ通りに体を動かすというのはとても大切な事だ。


 この世界のレベルアップは急激な身体能力の向上をもたらす。そのせいでイメージと実際の肉体の動きにズレが生じる。


 普通の人間はそこまで肉体に精密さを求めないし、自分の感覚とズレが生じてもスキルがあるのでそこまで気にしていない。


 ただ、スキルを使わない攻撃をかなりの頻度で使用する俺には、このズレは放置できない危険性をはらんでいる。


 なので、歩きにくい森や砂浜を移動する事でズレた感覚を修正している。レベルが上がるたびにこの様な作業をしていたので、数日あれば簡単に修正できる。


 怪我を治すついでに感覚を修正するために、ゆっくり移動しているのだ。


 人里での絡まれ率は非常に高いので、怪我が治り感覚が修正された状態でカトーリ村に入りたい。


 グラバースで塩や小麦粉、大麦などの食料も買ってある。森で肉も取れるし、海で魚も取れる。食料は豊富にある、急ぐ旅でもない。


 うまい魚を食べたいという気持ちは強いが、漁村は逃げない。水揚げが急になくなるという事も無いだろう。


 そう思い、はやる気持ちを抑え移動していたが、遠くに村が見えて来た。おそらくあれがカトーリ村だと思われる。


 漁村などと聞くと寂れた村をイメージするが、かなりでかい村だ。小さな町と言っても良いかもしれない。


 領主に魚を献上するほどの村だ。商人の馬車が街道を行くのが見える。かなりうまい事やっているのかもしれない。


 排他的で辺鄙な村だったらどうしようと思ったが、あれだけの規模があり、商人の出入りが激しいのなら、よそ者を極端に嫌うだとか、物々交換が主流で貨幣が使えないなどと言う事は無さそうだ。


 移動と森でのモンスターとの戦闘で感覚は修正済み。鼻の骨折も治っているし、魚に噛まれた傷もかさぶたになっている。


 このまま、ゆっくりと海沿いを歩けば昼頃には村に着きそうだ。何処か町の飯屋で魚料理を堪能しよう。



 しばらく海沿いを歩いていると、磯でギザギザだった足場が砂浜に変わった。ここら辺だけぽっかりと砂浜になっている。


 海外セレブがヨットで立ち寄るプライベートビーチみたいだな、そんな風に思った。砂浜に足を取られない様、歩法を駆使しながら歩く俺は、優雅な海外セレブには程遠いだろうが。


 そんな事を考えているのは、目の前に見える光景に嫌な予感を覚え、軽く現実逃避していたからだ。やべぇフラグがビンビン立っている。


 砂浜にはいかにも悪ガキと言った感じの小僧が三人集まって何かの動物をいじめている。これは浦島太郎フラグか? このルートは予想していなかった。


 村へ向かうルートに悪ガキたちがいるので嫌でも接近せざるを得ない。ああいう性格のひねくれ曲がってそうなガキは苦手なので嫌だなと思いながら歩いていると悪ガキたちがいじめている動物が目に入った。


 あの動物は……。


 気が付くと俺は走り出していた。ガキどもの前で砂を巻き上げながらブレーキを掛ける。


「うわぁ」

「ぺっぺ、くちにすながはいった」

「おまえ!なにすんだよ!!」


 砂を被ったクソガキどもが非難の声を上げるがそれどころじゃない。こいつらの悪逆非道を何としてでも止めなければならない。


「お前ら、動物をいじめるな、今すぐ止めるんだ!」

「なんだおまえ! おれたちにめいれいするな!!」

「「そうだ、そうだ」」

「むやみに生き物を傷付けちゃいけない!」

「うるさい! おれはあみもとのむすこだぞ! おれにさからっていいのか!」


 クソガキはそう言うと動物を踏みつける。


「ギャン」


 このクソガキが! 反射的に手が出そうになるがグッとこらえる。ガキを殴るのはまずい。それに網元と言えば漁師たちの雇い主。


 揉めると魚が手に入らないかもしれない。俺が苦悩しているとクソガキのリーダーである網元の息子が嗜虐的な笑みを浮かべながら踏みつけた足をぐりぐりして動物をなぶる。


「ギャンギャン」


 踏みつけられた動物は、モフモフは痛そうに悲鳴を上げる。かわいそうにボロボロだ。もう我慢の限界だ。


「モフモフをいじめるとタダじゃ済まさねぇぞ、ごらああああああ」


 レベル20の冒険者である俺の殺気と怒鳴り声を叩きつけられたクソガキどもは少し震えた後、悲鳴を上げながら村へと逃げ帰って行った。


「うわああああ、キチ〇イだ、にげろー」

「「わーわー」」


 自分も子供の頃はクソガキだったから分かる。いくら正論で説得しても、ああいうガキは聞きはしない。


 しかし、近所のやべぇ暴力親父だとか、ヤンキーに怒鳴られればすぐに言う事を聞く。話しても理解できない原始的な人間には原始的な恐怖でしか言う事を聞かせられないのだ。


 地球なら知らない子供を怒鳴るなんて恐ろしくて出来ないが、ここは異世界。ましてかわいいモフモフをいじめるなど俺が許さん。


 すぐにモフモフの怪我を治療しようとするが、人間に傷付けられたモフモフは同じ人間である俺を拒絶し、噛み付いて来る。


 レベルで強化された俺はモフモフ、傷だらけの子犬に噛まれても全く痛みを感じないのだが、治療をしようと体に触れるとひどく暴れる。


 このままじゃ治療もできないし、傷が広がってしまう。俺は心を鬼にし、噛み付いていたモフモフを引きはがし、四つん這いになる。


「ぐるるるる、がああああ」

「きゃん、くーん」


 俺がうなり声をあげると子犬は怯え、耳と尻尾がへにゃっとなるが、すぐに勇気を振り絞り、尻尾をピーンと立たせると俺に飛び掛かって来る。


 俺はさっと横に避けると、首筋を甘噛みし、傷つけない様に気を付けながら左右に振りうなる。


「がるるるるる」

「きゅーん、きゅーん」


 優しく地面に押し付け、そっと口を離すと子犬はお腹をこちらに向け服従のポーズを取っていた。


 ごめんよ、傷だらけの君にこんな事をして。モフモフ好きの俺は罪悪感で胸がつぶれそうになり、目に涙を浮かべるが今はそれどころじゃない。


 服従のポーズを取った子犬は俺が触っても暴れなくなった。傷口を水で洗うと、少し痛がったが暴れたりはしなかった。


 傷には引っかかれて出来たような傷もあり、クソガキにいじめられる前から傷を負っていた形跡がある。


 犬などの群れは、最下位の存在に容赦がない。幼少期から順位付けがされ、最下位の個体はいじめられたり狩の練習台にされる。


 傷だらけの子犬も、いじめに耐えかねて群れから逃げたか、追い出されたのかもしれない。普通はそこまで至らないが、稀にそういった事も起きるらしい。


 仲間である群れの連中に傷付けられ、弱ったところを人間のクソガキにいじめられる。このモフモフの事を思うと胸が締め付けられた。


 散々人を殺しておいて犬に同情するのかと思う自分もいるが、犯罪者崩れの冒険者とモフモフ、どちらが哀れを誘うかなど論じるまでもない。


 人間の傷薬が犬に効くのか一瞬迷ったが、消毒しないと生存率が下がってしまう。傷薬を塗ると清潔な布を包帯がわりに巻き付けた。


 俺は傷の治療を終えた子犬を抱えると、振動を立てない様に歩き森へ入る。川へと向かい、石でかまどを作ると火を熾し鍋に水を入れ火にかける。


 傷を治すには肉体の原料になる栄養が必要だ。もう乳離れしているのか分からないが、とりあえず大麦をくぼみに入れ木の棒で突いて脱穀する。


 その間に干し肉をお湯で煮る。たしか犬に塩分を多くとらせるのは良くなかったはず。干し肉を煮るとゆで汁をすて簡易的に塩抜きをする。


 改めて湯を沸かし、脱穀を済ませた大麦と干し肉を入れて、どろどろになるまで煮詰めた後、少し冷ましてから木のスプーンでモフモフに食べさせようとして気付いた。


 食事は群れの上位からだ。まず一口、自分で食べてからモフモフの口元にスプーンを持って行くが、食べてくれない。


 俺はスプーンではなく自分の指先に少しだけ麦粥を載せ口元に持って行くと、チューっと指を吸いながら食べてくれた。


 胸がキューンとなった。胸の奥から湧き上がる感情、これが父性なのか。俺はこの子のためならドラゴンとだって戦えそうだ。


 しばらく食事を続けた後、安心したのか子犬は眠りに着いた。しばらくは心配で気が気じゃなかったが、容体が急変する事も無く、モフモフは安定して眠り続けていた。


 人間にいじめられたこの子をすぐに村に入れるのは良くないかもしれない。怪我が治るまでは一緒に森にいる事にしよう。


 この子が嫌じゃなければ、このまま一緒に旅をするのも悪くない。俺の腕の中で眠る子犬を見ながら、そんな事を考えていた。

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