カトーリ村01
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
「単刀直入に言う、ヤジン、俺の下に付け」
了承したフリをして、後日逃げる事にしよう。
ゲイリーの耳の穴に棒手裏剣を突っ込んだ。
震えながら嗚咽を漏らしていた。
治りかけの鼻に負担を掛けないように、ゆっくりと街道を歩く。日が暮れてきたら森に入り野営をする。
道中の村へは物資の補給には行くが宿泊はしない。この世界の田舎で宿を取るのは命がけだと身に染みたので、森で寝泊まりすることにしている。
森での浅い睡眠にも慣れた。贅沢を言うなら、熟睡するために交代できるパートナーが欲しいところだ。できればムチムチの美女が良い。
そんな美女が側にいたら興奮して眠れないか。そんなアホなことを考えながら今日も街道を歩く。
薬草などを探しながら歩いているので、植生の変化に気付いた。そろそろ海が近いかもしれない。
海の近くは塩気を含んだ風が吹くため、植物が枯れたり、塩に強い品種が育つため、植生が変化することが多い。
見たことのない草花は一応回収しておき、少し食べたりしている。少量で重篤な症状が出る物はキノコ以外はモンスター
植物で毒を多く含むのは根が多いし、葉を一欠けら食べたぐらいで危険はないだろう。
余裕のある旅の時に、安全な植物とそうでない植物を見分けつつ、適度に負荷をかけ、毒耐性のスキルを磨いている。
何がきっかけで逃亡生活になるか分からないし、何か役に立つ植物を発見できるかもしれない。稀に体調を崩すが、のんびり旅なので少し休めば大丈夫だ。
植物事典なんかがあれば良いのだが、薬師がそこら辺の情報を秘匿している。
薬師に弟子入りでもしない限り、民間レベルに知られている薬草、ナール草やミーン草みたいなメジャーな物しか分からない。
安全な草を判断するため、毒耐性を鍛えつつ自分の身を以って効果を確かめるしかない。
基本的に野菜が薬扱いで高級品とされているこの世界では、安全に食べられる草の情報は地味に貴重な情報なのだ。
どれだけレベルを上げても、人間の持つ生体反応から逃れられないこの世界では、食べ物も重要になってくる。
聖域の森をさまよっている時は豊かな植生に支えられ、バランスの良い食事ができた。塩分の確保だけが厳しかったが。
山にこもった時は、肉と塩には困らなかったが野菜、果実不足だった。肉ばかり食べていたので便秘になり、腹の異物感やニキビなどの吹き出物に苦しんだ。
栄養が偏ると様々な病気になりやすい、福祉もない世界なので、病気で働けないとそのままくたばる未来しか浮かばない。
ダンジョン産ポーションや高位司祭の魔法なら病気にも効果があるらしいが、俺には手が届かない。病気にならないように気を付ける、それしか対処法がないのだ。
レベルが上がると病気になりにくいとは言われているが、それでも便秘になったということは、肉ばかり食べるのは体に良くないということの表れだと思う。
なので、ただの『安全に食える草』がこの世界の俺にとってはかなり重要な存在なのだ。
便秘対策として、嘔吐と下痢で死に掛けた時の下痢草を乾燥させた物を持っているので、最悪これで便秘を解消できるが、体に悪そうなのでできれば使いたくない。
せっかくのファンタジー世界なのに、地球以上に食べ物に気を使ってただの草を食っている。癖のある野菜苦手なんだよな、とか贅沢を言っていた昔の自分をぶん殴ってやりたい。
道中の草花を愛でながらのんびり旅をする、なんて思っていたのに、結局、食料、薬目線に落ち着くんだよな。
それだけ生活に余裕がないという表れなのかもしれない。だが、今回ばかりはバランスの良い食事など気にしないことにしよう。
病気を気にするのも大事だが、ストレスをためないこともまた病気を遠ざける方法だ。大量の海の幸が俺を待っている。
強化された嗅覚に感じられる懐かしい潮の香。気が付けば俺は足早に駆け出していた。
街道横の森を突き切り、走る。徐々に木々の背が低くなり、枯れた立木の隙間から海が見える。森を抜け、眼前に広がる海を眺めながらゆっくりと歩く。
寄せては返す波の音、鼻腔をくすぐる潮の香。水平線はどこまでも広がり、陽の光を反射しキラキラと輝いている。
香りに記憶が刺激されたのか、脳裏をよぎる様々な記憶。
初めて行った海。離岸流に流されて遭難しかけた。何とか陸に戻り家族のもとに帰ったら、酔っぱらった親父が同僚と殴り合いの喧嘩をしていて、俺がいなくなったことに誰も気付いてなかった。
下心満載で行った学生時代の海。急に雨が降り、水着の女性は誰一人いなくなっていた。リビドーを持て余し、みんなで海に叫んだっけ。
社会人になって初めての海。友人たちと烏賊を釣りに行くと、エチゼンクラゲの大量発生で海面がクラゲで埋まっていて、釣りどころじゃなかったなぁ。
様々な出来事や人々の表情が脳裏に浮かぶ。すでに交流のない人がほとんどだったが、不意に懐かしくなり会いたくなった。
頬を一筋の涙が流れる。溢れ出たのは帰れない後悔か望郷の念か。
湿っぽくなってしまった。俺はストレスを解消するために海を目指した、気持ちを切り替えよう。
俺はこの世界で生きている、本来ならトラックに轢かれてそこで終わりだった。幸運で拾った二度目の人生だ。
思い出に浸るのは、ジジイになってスローライフを満喫しながらで良い。今は今を楽しもう。
俺は気配察知にモンスターの反応がないことを改めて確認した後、服を脱ぎ、海へ飛び込んだ。
「ひゃっほーい」
俺は海に飛び込むと少しだけ海水を口に含む。うん、しょっぱい、たしかに海だね。
この世界はあまり漁業が発達していないので、魚影が濃い。気配察知に多くの反応が出ている。
自力で魚を釣るのもありか? そんなことを考えていると俺に向かって多くの魚影が集まってきた。
ダイバーの周りに好奇心旺盛な魚が集まってくるって言う、スキューバダイビングの紹介映像に出てきそうなアレかね?
そんなことを考えていると、痛みが走った。
「いて、いててて、いってえええええ」
俺は慌てて陸に上がる。すると全身に魚が噛み付いていて、何か所か出血していた。ピラニアかよ! 俺は痛みに耐えながらナイフで一匹ずつ仕留めていく。
魚を殺し、体から外して傷薬を塗る。こりゃ海水浴は無理だな、モンスターだらけだわ。自分を餌にすれば今回みたいに簡単に魚をゲットできそうだが、二度とごめんだ。
濡れた状態だが、仕方なく服を着て森へ向かうことにする。この場で魚を解体したいが、血の匂いで大物が来ると怖いので森へ帰る。
魚のエラに紐を通して、森の中の川を目指す。森をしばらく歩くと目的地の川へとたどり着いた。
さっそく川で魚をさばく。両刃のナイフで魚を解体するのに慣れていないが、内臓を抜くぐらいならできる。
海の魚を川で解体していることに変な気分になるが仕方ない。火を熾し雑に内臓を抜いて洗ったら、ぱらぱらと塩を振り、魚を串焼きにしていく。
魚を焼いてる間に、体を川で洗い、傷薬を塗り、服を洗う。魚の角度をちまちま変えながら雑事を終えると、魚が良い感じに焼けていた。遠火でしっかり火を通した魚を齧り付く。
うめぇ! 皮はパリッと香ばしく、身は脂が乗っていてジューシーだ。干物も旨味が凝縮されて悪くなかったが、このほくほくとした汁気たっぷりの身は干物では味わえない。
川魚も悪くないが、やはり海の魚の方が俺は好きだ。うまい物を食べると脳内麻薬がジャバジャバ出てストレスが洗い流される。
噛まれた傷がチクリと痛んだが、このうまさを味わう代償だと思えば平気だ。いや、平気じゃねぇな、自分に嘘は吐けねぇ。
なんなんだよ! 海の魚! 川魚と全然違うじゃねぇか! アグレッシブ過ぎんだろ!!
尻穴とかナッツ&リトルキッドとか噛まれなくて良かったよ。魚はうまいけど全然割に合わねぇよ。
聞いてないんですけど、こんなの全然聞いてない。まんぷく亭のおっちゃんもアルもこんな話全然してなかったぞ。
沖には巨大なモンスターがうようよしているので外洋に出れないという話は聞いていた。海は危険だという話も聞いた。だけど、浅瀬の魚ですら狂暴だなんて聞いてない。
ふと気付いた。転生前の地球の海は安全だった。海水浴やレジャーなんかも盛んに行われていた。だけど、この世界の住人は危険な海しかしらない。
海は危険だ! という言葉の意味を、沖に巨大なモンスターがいて危険だと認識した俺と、海全体が危険地域だと認識しているこの世界の住人。お互いの認識にズレがあったのだ。
危ないところだった。20~30センチぐらいの小さい魚だったから大した怪我はしていないが、デカい魚なら大怪我していたかもしれない。
この世界では魚を捕るのも命がけなんだな、そりゃ魚も高くなるってもんよ。自力で魚を取るのは諦めた。
幸い俺は小金持ち、虎の子の宝石もある。ここは無理せず、
カトーリ村で飽食の限りを尽くしてくれるわ! 焼き魚を頬張りながら俺は改めて美食への情熱を燃え上がらせた。