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野人包囲網

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


対応が早すぎる。

ゲイリーが衛兵を動かしたのか?

包囲網を敷いていたらしい。

「よぉ、ヤジン。こんな夜中に何処に行こうってんだ」

 包囲が薄い部分を狙って移動したら、ゲイリーが待ち受けていた。どうやら誘導されたらしい。


 気配察知の範囲を最大にしていたので、精密な察知ができなかった。それに、大量の反応が出たせいで個別認識ができずゲイリーに気付けなかった。


 ゲイリーがいたことには驚いたが、強行突破するしかない。俺はナイフを握り、突破口を探し周囲に視線を飛ばす。


「落ち着けヤジン。お前を殺すために来たんじゃない」


 こんな人数を動員して、俺を追い詰めておいて殺すつもりじゃないだと? クソ、思わず足を止めちまった。


 助かるかもしれないと心に隙ができた。迷っている間に、完全に囲まれちまった。これを狙ってやったのなら、ゲイリーは俺が思っている以上に頭が良い。


「これだけ人数を集めておいて殺すつもりがないってのは無理がないか?」

「お前の装備から、斥侯職だってことは容易に想像が付く。剣鹿(ソード・ディアー)を仕留めた事から、気配系のスキルを持っていることもだ。逃げに徹されると厄介になる。だから、逃げる隙間もないほど包囲するしかなかった。後は、俺の力を理解してもらうためだ。お前にも、町の住人にもな」


 ワイルドな外見から、ゲイリーはゴンズのような脳筋タイプだと思った。


 しかし、実際は頭脳派のようだ。俺を追い詰めると同時に、自分の権力が健在なことをアピールしたということか。


 弱そうなチビの蛮族に側近を殺され、派遣した衛兵も仕事を果たせなかった。ゲイリーは二度失態を演じたことで周囲に舐められかけている。


 冒険者は舐められたら終わり。ゲイリーの立場を狙う冒険者(どうぎょうしゃ)や恨みを持っている人物、スラムなどの裏社会の住人。


 そういった連中に殺され、立場を奪われるリスクがある。


 気配系のスキルを持つ俺を逃さないため。そして、町の各勢力にアピールするための大量動員だったわけだ。


 俺にはまだまだ影響力がある。俺の権力は盤石だ。ゲイリーはそうアピールした。これだけの人数を従えたゲイリーの恐ろしさは、十分伝わっただろう。


 ひとつの行動に複数の意味を持たせる。そつがなく合理的な判断を下せる、冒険者には珍しいタイプだ。


「単刀直入に言う。ヤジン、俺の下に付け」


 スカウトだと? ゲイリーの真意が見えない。


「今なら幹部の椅子が空いている。お前が空けた椅子だ。ポールの座っていた椅子だよ。野人、最初はお前を殺そうと思った。俺の顔に泥を塗ったからな。だけど、お前は使えるヤツだと分かった。ポールたちを返り討ちにした戦闘能力、剣鹿(ソード・ディアー)を仕留める技術。そして一番気に入ったのが頭の良さだ」


 頭が良いなんて生まれて初めて言われた。コイツ、何を言ってんだ?


「今では誰も知らない、埃を被った法律を持ち出して衛兵を撃退したと聞いたときは驚いた。普通の冒険者じゃそんなこと誰も思いつかねぇ。頭が良い冒険者は貴重だ。どいつもこいつも馬鹿ばかりでよ、殺すことと奪うことしか考えてねぇ」


 ゲイリーはそう言うと、周囲に視線を飛ばす。ゲイリーに睨まれた冒険者たちは、微かな怒りと多くの恐怖がこもった目でをゲイリーを見ていた。


「冒険者稼業が嫌なら、ギルドに就職してもいいんだぜ。お前は解体所のダニエルに気に入られている。解体所に俺たちの息のかかった人間がいると、色々とやりやすい」


 なるほど。冒険者をまとめ上げ、衛兵との癒着にも成功した。後は、冒険者ギルドの職員と強い繋がりがあれば、ゲイリーの権力はさらに盤石になる。


 俺個人の価値だけじゃなく、解体所の責任者に気に入られている。そういった部分も評価したのか。


「ギルド職員の安定した生活と給料、それに俺からもらえるボーナス。衛兵と(つて)もある。カッスなんて下っ端じゃねぇ、もっと大物だ。衛兵に絡まれることも無くなる。お前が俺に逆らわない限り、安定した上に美味しい生活ができるんだぜ、悪くねぇ話だろ?」


 確かに悪くない。安定した仕事をしながらゲイリーに賄賂をもらい、衛兵にも絡まれない。安全は保証され、普通の職員より金回りも良くなる。


 衛兵に搾取されることも無くなるし、下っ端ではなく幹部待遇でゲイリーに迎えて貰える。俺が裏切るかゲイリーが俺を裏切らない限り、美味しい思いができる。


 それに、断ったら殺される。


 この状況でさらにゲイリーの顔に泥を塗るのか? 自殺行為だ。答えはすでに決まっている……。


「分かった……分かりました。ゲイリーさん手下にしてください」


 了承したフリをして、後日逃げることにしよう。


 俺は生きるためなら泥水も啜る、屈辱にも耐える。だけど、ゲイリーの手下として生きるのは無理だ。


 俺は生きて幸せになりたい。ただ生きるだけなんてごめんなんだ。安定した生活と(うそぶ)きながらゲイリーに搾取され、自分を騙しながら生きる。そんなのは生きているとは言わない。


 しばらく従順なフリをして、森で死んだと死を偽装するなりすれば追手も掛からない。別の町でイチからやり直そう。


 俺がそう考えていると、ゲイリーが俺に近付いてくる。そして、俺の顔をしばらく眺めて言った。


「お前、俺に従う気がねぇな?」


 ゲイリーはそう言うと、背中に担いでいた肉厚なバスタードソードで斬り掛かってきた。


「ッ!」


 速い! 俺は咄嗟にバックステップでかわすが、かわし切れず左胸から腹までを斬られる。


 斬られた! 一瞬パニックになるが、すぐに立て直す。気持ちを落ち着かせ、即座に反撃に移る。右目にナイフを、左足の甲に棒手裏剣を投げ付けた。


 攻撃後の隙を突かれたゲイリーは、ナイフを剣ではじくが棒手裏剣は対処できなかった。足の甲に棒手裏剣が刺さっている。


 大した怪我ではないが、機動力と集中力を削ぐことができた。対角線コンビネーションは飛び道具でも有効なようだ。



 斬られた傷は思ったよりも浅いようだ。革鎧が防いでくれたらしい。


 おかげで、内臓(なかみ)(こぼ)れ落ちたりはしていない。それでも痛みと出血がある。状況はいいとは言えない。


 気配察知が、後ろから襲ってくる冒険者の動きを捉えた。俺は後ろ向きに飛び込み、水月に肘を入れ相手の動きを止める。


 その後、即座に後ろ脚を軸に回転。動きの止まった冒険者の背後に回り込む。


 姿勢を低くし、体を冒険者に密着させながらベルトを掴む。掴んだ相手の体を軽く持ち上げると、盾にしながらゲイリーに突っ込んだ。


 盾にした冒険者をゲイリーにぶつけ、隙ができたときに攻撃を仕掛ける。そう考えていたが……。


「死ね」


 ゲイリーの袈裟斬りが、冒険者の鎖骨から腹までを切り裂く。野郎、盾にした冒険者ごと俺を斬りやがった。


 気配察知でゲイリーの動きを察知していた俺は、さらに身を屈めることで何とか攻撃をかわした。死体となった冒険者を挟んで対峙する俺とゲイリー。


 周囲の冒険者たちはジリジリと距離を詰めるが、誰も仕掛けてこない。ゲイリーの攻撃の巻き添えを食って死ぬのは御免なのだろう。


 ゲイリーが剣を振ろうとするが、死体に刃が食い込んで抜けない。


 隙ができた! 右か? 左か? 意表を突いて上か? どこから攻撃を仕掛ける? 戦いの中、加速する思考。


 俺は下から攻撃を仕掛けた。


 盾にしていた冒険者の股下をスライディングで抜け、ゲイリーの左のアキレス腱をナイフで狙う。


 ゲイリーは咄嗟に左足を上げてかわす。その瞬間、ゲイリーの右足をキャッチすると、そこを支点に下から踵で股間を蹴り上げた。


 硬い、股間に防具を付けている。頑丈な防具で、蹴った足が痛いほどだった。


 片足が浮いているゲイリーの体重を支えている右足を、股間を蹴りながら払うことでコケさせ、そのまま右足に関節技を仕掛けるつもりだった。


 しかし、股間のダメージに耐えたゲイリーはコケることは無く、ナイフをかわすために上げていた左足で、俺の顔面を踏みつけようとした。


 咄嗟に顔を捻ってかわし、素早く起き上がる。


 ゲイリーは死体に減り込んだ剣を乱暴に横なぎに振るった。剣を死体に減り込ませたままだ。意表を突かれた俺は、何とかかわすが体勢を崩す。


 剣に引っかかっていた冒険者の死体が両断され、周囲に血と臓物がまき散らされた。死体(よけいなもの)が剣からなくなったゲイリーは、体勢を崩した俺に上段から剣を振り下ろす。


 予備動作から攻撃を予測していた俺は、半身になり縦方向の攻撃をかわす。


 ゲイリーは振り下ろした剣を途中でピタっと止め、そのまま横なぎに剣を振るった。


 あの勢いの攻撃を止められるのか! 俺はゲイリーの膂力に驚愕しながらも、体は攻撃に反応していた。


 後ろに飛び、ナイフでゲイリーの斬撃を防ぐ。ギャリィンと刃物がこすれる音がし、ナイフが悲鳴を上げる。


 後ろに衝撃を逃がしながら受けたのに、なんて威力だ……。まともに受け止めたら、一発でナイフが壊れてしまう。


 強い。


 ゲイリーは5級。おそらくレベル20だと思われる。レベル的には俺と大差は無いはずだ。体格差は別に考えても、身体能力は互角。


 いや、少し負けているかもしれない。


 大きな町で冒険者をまとめているだけのことはある。頭脳だけじゃなく、戦闘能力も高い。


 ゲイリーは余裕なのか、獰猛な笑みを浮かべてこっちを見ている。見下していると言った方が正しいか。


「おらぁ!」


 後ろから別の冒険者が斬り掛かってくる。クソ、考えをまとめる暇もない。俺は後ろに振り向きながら棒手裏剣を投げる。


 グドっと重い音を立てながら眼球に棒手裏剣が刺さった。それをきっかけにワァっと、周囲で俺を囲んでいた冒険者がいっせいに俺を襲おうとする。


 俺は追い立てられるようにゲイリーに向かって走った。


「がああああ」


 ゲイリーが剣を振るう、振るう、振るう。袈裟斬りに剣を振り下ろし、そのまま地面に叩きつけ、切り返しの切り上げで地面の土を小石ごと飛ばす。


 目潰しか! 俺は目をつぶり気配察知を頼りに攻撃をかわす、かわす、かわす。周囲を囲む冒険者に体中を斬り付けられるが、気配察知を使い部位欠損と致命傷だけは避ける。


 ゲイリーの攻撃に巻き込まれることを恐れた冒険者は逃げ腰で、遠間からしか攻撃を仕掛けてこない。おかげで致命傷を避けられているが、何かのきっかけで捕まってしまえば、あっという間に殺される。


 周囲の冒険者たちが冷静になって、いっせいに何かを投げ付けても殺される。冒険者達が冷静になる前に、勝負を決めなければいけない。


 傷は浅いが数が多い、出血も馬鹿にならない。時間がない。俺はさらに覚悟を決める。


 次でゲイリーを殺す。そして混乱のさなか町を抜け出す。可能性は低いがゼロではない。方法はそれしかない。


 不思議と死への恐怖は無かった。大量に放出されているアドレナリンのおかげなのだろうか。


 俺はゲイリーに向かって走りながら、予備の左腰に刺してあるナイフを順手で抜き、右手のナイフも順手に持ち替える。


 迎え撃つゲイリーに困惑の表情が浮かぶ。ようやく、棒手裏剣に塗った毒が効いてきたか。図体がでかいので毒の回りが遅かったようだ。


 飛び込んだ俺に反応したゲイリーが袈裟斬りを仕掛けるが、攻撃にキレがない。間合いを見切り、ブレーキを掛け、攻撃をかわすと同時に両手のナイフを投げる。


 俺はナイフを投げると同時に飛び付き、頸動脈に噛み付こうとする。心臓と右の太腿を狙ったナイフをゲイリーは剣ではじくが、太腿を守るために剣が下がっている。


 その隙を突いて、頸動脈を喰い千切ろうと口を開けた俺にゲイリーの頭突きが突き刺さる。パキパキと鼻骨から嫌な音が聞こえた。


 衝撃と鼻を攻撃された生体反応で涙が滲み、視界が歪む。いい反応しやがる。だけど、本命の攻撃は別にある。


 俺は鼻にゲイリーの頭が突き刺さったまま、左手でゲイリーの首を後ろから掴みグッと引き寄せるようにして固定する。


 俺は頭の位置が固定されたゲイリーの耳の穴に棒手裏剣を突っ込んだ。


「はうっ」


 ビクンと体を硬直させたゲイリーの髪の毛と(ひげ)を掴み、ハンドルを切る様に横にグルっと頭を回転させた。バキバキと骨の折れる音が響く。


 予想外の結末、一瞬の空白。冒険者たちが混乱している今、仕掛けるしかない。


「ゲイリーは死んだ、俺は今すぐこの町を出る。ゲイリーの後釜に座る気はない。あんたたちと争う気もない。ただ、向かって来るなら死を覚悟してもらおう!」


 冒険者たちの数名が俺を睨んでいる。ゲイリーに近しい奴らか、今の台詞に腹が立ったのか。俺はそいつらに注意を払いつつ言葉を続けた。


「それに、俺のような小物を狙うよりもっと良い獲物がある」


 俺はそう言うとゲイリーを指さした。


「ゲイリーがたっぷりため込んだ財産があるはずだ、アイツの拠点に! 今なら盗み放題だ! すでに誰かが盗みに行っているかもしれない!」


 俺がそう言うと、冒険者たちは目の色を変える。ここにいる冒険者たちは、俺を殺したくて仕方がないってわけじゃない。


 ゲイリーに命令されて嫌々ここにいる奴らが大半だ。自分たちを支配していたゲイリーは死んだ。無理に俺と争う必要はない。


 後は利益を誘導してやるだけでいい。冒険者の大半はゲイリーの財産のことで頭がいっぱいだ。あと少し煽ってやれば爆発するに違いない。


「ゲイリーの側近が金の隠し場所を知ってるに違いない、逃がすな! 捕まえて金の在りかを聞き出すんだ!」


「アイツだ! 捕まえろ!!」

「てめぇ、抜け駆けする気か!」

「死ねおらぁ」

「ぐは、てめぇ……やりやがったな」


 辺りは大乱闘になった。


 ゲイリーのアジトに向かう者、邪魔をする者、側近を捕まえようとする者。もともと血の気が多く、欲望に弱い冒険者たちはあっという間に同士討ちを始めた。


 俺はその混乱に乗じて、ゲイリーにはじかれた黒鋼のナイフを二本と荷物を回収し、城壁へと向かう。


「どこに行こうってんだチビ、逃がさねぇぜ」


 ちぃ、数人の冒険者が俺を取り囲むように移動する。今更争う意味なんてねぇだろ。ゲイリーに恩でもあったのか? 予定が狂った……。


 ゲイリーとの戦いで体はボロボロだ。流石にこの人数は無理か……。弱気が顔を出し始めた、そのとき。


「うわああ、衛兵だ! 逃げろ」

「死ね、領主の犬が!」

「貴様、抵抗する気か!」


 衛兵が事態の収拾に乗り出した。周囲はさらに混乱する。その隙を突き、石壁まで走り抜けると壁に足を掛け一気に石壁の上へと昇る。


「貴様なにも――」


 昇った先に巡回中の衛兵がいたが、掌底を顎に下斜めから打ち抜き脳を揺らす。俺は覚悟を決め、石壁から飛び降りた。


 着地の瞬間、地面に転がり衝撃を逃がす。全身傷だらけなので、傷が地面に擦れて痛い。ズキズキと痛む体に鞭打ち、川を遡り森へと向かった。


 逃げながら傷薬を取り出し、とりあえず傷に塗る。


 自分の武器に毒を塗る以上、解毒剤の携帯は必須だ。何かのミスで自分に毒が入ってしまうことがあるためだ。


 毒を扱うにあたり、村娘のレシピを参考に解毒薬を作っていた。


 大丈夫だと思うが、冒険者が武器に毒を塗っているかもしれない。用心のため、解毒剤を飲むことにした。


 雑に治療をしながら歩き続ける。森の深い部分まで行き、ようやく一息吐いた。


 荷物をおろし、少し迷ったが火を熾した。さすがに、ここまでは追いかけてこないと思う。


 気配察知で周囲にモンスターがいないことは確認済みだが、俺の血の匂いに誘われて灰色狼(グレイ・ウルフ)あたりが襲ってこないとも限らない。


 血の匂いを減らし傷口を清潔にするため、川で体を洗う。改めて傷薬を塗り、清潔な布を巻き付けた。


 やりたくないが、やらなければいけないことがある。俺は焚火の近くの岩に腰を下ろし、覚悟を決める。



 まず、鼻を触りどのように折れているかを確認する。


 良かった、正面から潰れていたら治療は大変だった。鼻は横に曲がっているだけだった。脆い鼻っ柱の軟骨部分が曲がっている。


 俺は気合を入れると、鼻の軟骨を人差し指と親指でつまむ。そして、パキっと真っすぐに直す。


「~~~ッ」


 痛ぇ、クソ痛ぇ。その後、両手で挟み込むように形を整えた後、棒手裏剣を二本取り出し、とがってない方を鼻に入れると、グイっと上に持ち上げ骨を整える。


 パキッという音と同時に激痛が俺を襲う。しばらく悶えていたが、痛みのピークは過ぎた。鼻呼吸がスムーズに行くか試した後、そっと手で触れ確認して形をチェックすると、傷薬を塗り込み、布を巻く。


 傷薬の匂いのせいで嗅覚が死ぬし、少し息がし辛いが仕方がない。放置すると曲がったまま骨がつながってしまう。医者でもないので、適当に形を整えるので精一杯だ。


 血も足りないし、これからは熱もでる。場所はモンスターが生息する森の中。なのに、町の中よりずっと落ち着く。


 危険な条件ばかりそろっているのに森にいると安心する。なんとか生きていける、そんな確信がある。



 暖かいとはいえ夜に川に入ったせいで少し寒い。俺は焚火に近付く。暖かい、俺はぼーっと焚火を眺めながら考える。


 死ぬかと思った。いや普通に死んでいる状況だった。自分が助かったのが奇跡だと思った。神に感謝すら覚えている。


 ご都合主義、主人公補正、そんな言葉が頭をよぎるが多分そうじゃない。ただ、運が良かっただけだ。


 俺を取り囲んだ冒険者たちはやる気がなかった。彼らはゲイリーを嫌っていた。俺ひとりに大量の冒険者を用意したゲイリーに対する不信感も相当あったと思う。


 冒険者たちがその気になればいつでも俺を殺せたはずだ。多少の被害を覚悟して俺を囲み、引きずり倒せば、俺はなすすべなく殺されていた。


 だが、多少の犠牲はでる。ポールを一方的に殴ったのを見て、少なくとも雑魚だとは思われていなかったはずだ。


 最初に突っ込んだヤツは死ぬかもしれない。そして、だれもが『死ぬかもしれないヤツ』に自分がなるのを嫌がった。


 嫌いなゲイリーに命令されて、別に憎くもない相手を殺すために自分が犠牲になる。誰だって嫌だ、特に今回の件はゲイリーが俺に舐められた形。


 冒険者の流儀としてゲイリーが自分でカタを付ける必要がある。なのに自分たちに危険な役目をやらせようとした、だから俺に攻撃することに対して消極的だった。


 そして、俺が盾にした冒険者をゲイリーが平気で殺したことでその気持ちが余計に強くなった。俺よりゲイリーの攻撃の巻き添えを恐れていた部分の方がでかいかもしれない。


 そして、敵であるゲイリーにも助けられた。自分の権力を見せつけるために冒険者を大量導入したせいで冒険者に不信感を持たれた。


 ゲイリーもそれが分かっていた。だから見せしめに俺に盾にされた冒険者を殺し、無駄に派手に戦った。


 剣を地面に叩きつけたり、豪快な技を見せたり、ゲイリーは派手に自分の強さを誇示した。俺を殺すついでに冒険者たちに自分の力を見せ付けようとしたのだ。


 ひとつの行動の複数の意味を持たせる、ゲイリーの思考に助けられた。要は俺を舐めていた、油断していたのだ。


 本気で戦わなくても勝てる相手だと、最悪ピンチになれば周りの冒険者を嗾ければ良いと。俺に一瞬で致命傷を負わされる、そんなこと考えもしなかったと思う。


 そして気が付いたら毒が回っていた。あれだけ派手に暴れたんだ、毒の回りも早くなる。


 ゲイリーに毒の影響が出るのがもう少し早かったら、身の危険を察知したゲイリーに周りの冒険者を嗾けられて死んでいた。


 毒の影響がもう少し遅かったら、最後の攻撃で仕留めきれず、返り討ちに遭っていたかもしれない。


 ゲイリーが死んだ後もそうだ。アイツにもう少し人望があれば、敵討ちだと逃げることもできないほどの大人数に囲まれて、俺は殺されていた。


 衛兵の介入がなければ、町から逃げることもできなかった。おそらく、ゲイリーから今夜のことは衛兵に話が通っていたはずだ。


 監視はしていたが、介入はしていなかった。だがゲイリーが死んで流れが変わった。


 ゲイリーに率いられた冒険者たちは町で影響力を持っていた。ボスのゲイリーが死んだことでまとまりがなくなった冒険者を摘発して、ある程度影響力を削ぎたかったのかもしれない。


 ゲイリーの財産も狙っていたと思う。おそらく、裏ギルドなども動き出し、今のグラバースは醜い権力争いが勃発していることだろう。


 冒険者たちのやる気、ゲイリーの思考、町のパワーバランス。すべての要因が重なり合って生き残ることができた。


 主人公補正なんていう、安心できるものじゃない。もっとか細くて頼りなくて、すぐにでも切れてしまいそうな糸。


 たまたまその糸が俺の前に垂れてきて、たまたま俺が登っても重さで切れなかった、ただ運が良かっただけ。


 カチカチカチと音が聞こえる、手の震えが止まらない。まさか毒か? いや解毒剤を飲んだ、そんなはずは……。


 この音は歯がぶつかる音か。手だけじゃない体全体が震えている。そうか、俺は恐怖で震えているんだ。怖かった、死ぬかと、死んだと思った。緊張でマヒしていた感覚が今頃もどったらしい。


 俺は震える腕で自分をギュッと抱きしめる。母のぬくもりを求める幼児のように、俺は自分をキツク抱きしめ、震えながら嗚咽を漏らしていた。






 あれから、一週間経った。泣きべそかいていたら灰色狼(グレイ・ウルフ)に襲撃されたり、鼻が折れたせいで高熱が出たり、色々大変だったが、何とか生きている。


 それにしても、死ぬ覚悟なんてとっくにできていると思っていたのに、我ながら情けない。


 モンスターに食い殺されるとか、冒険者に殺されるとか、そういう恐怖ではなく、あれだけの人数の人の欲だとか悪意だとかが怖かったんだよな。得体の知れない怪物に魂ごと食い散らかされるようで。


 あんな種類の恐怖があるなんて初めて知ったよ。組織のトップだとか権力争いしてる貴族ってのは化け物だね、あんな強烈な感情の渦に晒されて生きているんだから。



 異世界傷薬のおかげで傷も治りかけてるし、鼻もかなりくっついてきた。そろそろ次の目的地へ向かうとするか。


 グラバースにも魚は入ってきたが干物しかなかった。輸送技術も冷蔵技術もない世界だから仕方がない。だけど俺は新鮮な魚が食いたかった。


 まんぷく亭の店主に聞くと、直接漁村に行くしかないと言われた。モンスターとして格の高い魚も金持ちか貴族向けの店にしか納品されないし、現地で直接食べた方が確実だと。


 グラバースの町に魚を卸している漁村は幾つか有るらしいが、そのひとつにカトーリ村という村がある。


 なんでも、その村は年に一度、領主に極上の魚を献上するのだという。かつて領主の息子が結婚した時、祝いとして市民に豪勢な料理、結婚式の残り物が下賜されたことがある。


 まんぷく亭の店主は、魚の骨に少しだけこびりついた肉片をほんの一欠けらだけ食べることができた。あまりの旨さに呆然としたそうだ。


 その味が忘れられず、料理の腕を磨いていると言っていた。その魚が漁獲されるのがカトーリ村だという。


 領主に献上されるほどの魚なので、食べられるか分からないが可能性はゼロじゃない。まんぷく亭の主人に言われ、次の目的地をその漁村に決めたのだ。


 格4のモンスターであり、領主に献上されるほどの魚、その名を『竜魚』という。竜のような外見をしているわけではなく、伝説で美味とされている竜の肉にも匹敵するであろうと、領主が命名したらしい。


 なんて中二心をくすぐる名前の魚なんだ。できれば食してみたい。竜魚が食べられなくても、新鮮な海の幸は食べられる。


 町に行けば絡まれる、金があれば命を狙われる、女にはモテない。もう俺には美食しか救いがねぇ。



 次の目的地はカトーリ村! どんな料理と出会えるかな、どんな人と出会えるかな? 辛い気持ちを森に置き去りにし、俺は次の目的地へと向かった。

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