奇妙なエゴイスト
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
怪我をしてから二週間、怪我は完治していた。
一瞬でもためらえば容易たやすく死が俺の命を刈り取るだろう。
「野崎家、家訓、恩は倍返し、恨みは十倍返し」
待っていろ村娘、待っていろ村長。
にやりと邪悪な笑みを浮かべて俺は村へ行く準備を整えた。
十倍返しと言ってもいきなり問答無用で皆殺しにするわけにもいかない。奪われた物を取り返し、お話してたっぷり誠意を見せてもらうだけだ。
文明人同士、しっかりOHANASHIしようじゃないか。それでも向こうが暴力に訴えるなら、遠慮はいらない。SATSUGAIする覚悟は完了している。
いつものように泥を塗り、枝や葉っぱを体に貼り付けていく。ギリースーツをイメージしてカモフラージュを施していく。
まだ暗いうちから、わずかな月明かりを元に村へと向かう。村から少し離れた場所で待機して、夜明けを待つ。
しばらくすると、夜が明けてきた。まだ薄暗い中、慎重に村へと接近した。
少しはなれた場所の木の上から、村の様子を窺う。普通に生活しているようだ。俺が逃げたことに対する警戒などはしていない。
農作業をしている村人もいるが、少数だ。まだ時間が早いので、家で朝食を食べているのかもしれない。家から炊事の煙があがっている。
粗末な作りの家が多く、体当たり一発で崩壊しそうだ。生活様式は中世の村といったイメージだが、衛生観念があるらしい。道が糞塗れということはない。
柵の内側に畑があるタイプの村だ。家のすぐ横が畑になっていて、家と家の間はかなり離れている。
村人はみなアングロサクソン系で、日本人がイメージする典型的な西洋人の容姿をしている。俺と同じような顔立ちの人間はいなかった。
栄養不足なのか、細く身長も俺と変わらない人が多い。しかし足が長い。俺と腰の位置がぜんぜん違う、ぐぬぬぬ。
村人の唇を読もうとしたが無理だった。距離が遠いというのもあるが、発音が日本語とは違うようだ。
異世界人は、日本語をしゃべってるから言葉が通じる。という仮説は、違うと立証された。
マジで? などの言葉が通じたことから、俺が伝えたいと思ったことが相手側の言語に変換されているのかもしれない。
微妙なニュアンスも伝えられているようで、逆もまた然りである。
言語自体を理解しているのではなく、感覚でわかるようになっているみたいだ。
中途半端な言語チート、さすがあの神のくれたチート能力である。文字が読めない可能性が出てきた。
そんなことを考えながら村の様子を観察していたが、特におかしなところはない。しばらくすると、俺が寝かされていた診療所的な場所から、村娘が出てきた。
井戸に水を汲みに行ったようだ。周りの村人がよそよそしい。村娘に対する態度が微妙だ。俺を逃がしたせいで村八分になっているのだろうか。
俺は胸がキュっと締め付けられるような感覚に襲われた。危険だがもう少し接近して様子を見る必要がある。
体に貼り付けてある、カモフラージュを取り除く。気配を消しながら村へと接近し、モンスター避けの粗末な木の柵を越え侵入する。
すると、建物のひとつから騒音が聞こえてきた。朝なのに大騒ぎしているパーリーピーポーがいるようで、馬鹿騒ぎしている声が建物から漏れている。
慎重に近付き、周囲に気を配りながら壁に耳を当てて会話を盗み聞きした。ちゃんと言語チートが働いていて、言葉は理解できるようだ。
「やっと薬師の婆がくたばりやがった」
「これで随分やりやすくなるな」
「しかし、弟子の娘で大丈夫なのか?」
「しっかり仕事は仕込まれたみたいだぞ」
「そうか、それなら俺たちも夜の仕事を仕込んでやらないとな」
「ぎゃははははは」
「婆と違って弱いからな、俺たちの好きにできるぜ」
「でも地味だよな、もっと美人でムチムチな女がよかったぜ」
「贅沢言うんじゃねぇよ、若い女ってだけでも村では貴重だぜ」
「んだんだ」
不穏な会話をしている。気分が悪いがしばらく話を聞き続けることにした。こいつらは昨日から酒を飲み続けているらしく、酔っ払って何度も同じ会話をしていた。
話が飛んだりループしたりする酔っ払いの会話を辛抱強く聞き、内容をまとめる。聞いていて、胸糞が悪い話だった。
婆さんは王都で有名な薬師として活躍していた。婆さんの作る高品質な薬を求めて、貴族や大商人たちがひっきりなしに訪れて大騒ぎをする。それが嫌になり、生まれ故郷の田舎の村に帰ってきたらしい。
田舎の村だと、風邪を引いただけでも命にかかわる。なので、薬師の存在は貴重である。王都で有名だった腕の良い薬師。田舎の村でその価値は計り知れない。
当然、村での立場は上がる。影響力が低下し、危機感を抱いた村長が暴力で薬師の婆さんを支配しようとした。
しかし、薬師の婆さんはレベルが高かった。さらに危険な毒物なども所持していて、村長たちは逆に撃退されたらしい。
襲撃されたことに怒った婆さんは、事あるごとに村長に高額な治療費などを請求した。そうやって、かなり追い詰めたらしい。
酒を飲んで馬鹿騒ぎしているこいつらは、村長の馬鹿息子とその取り巻きらしい。薬師の婆さんが死に、権力者が村長だけになった。
それで、相当調子に乗っている。
俺を治療してくれた村娘は善人だ。それこそ日本ならすばらしい人物として尊敬を集めたと思う。でも、この世界ではマイナスでしかない。
妬み、嫉み、閉鎖された村はそのような負の感情が渦巻いている。
平和な現代の日本ですら、新築の家を建てたら、周りの住人に嫉妬されて嫌がらせを受けた。なんて田舎あるあるをよく聞く。
生活のきつい田舎の村で、優しさを振りまく薬師という貴重な存在。どれだけ嫉妬による
村娘はその辺を理解していない。理解していたとしても、生き方を変えられない。信念を曲げられないのかもしれない。
婆さんと違い、戦闘能力のない村娘を暴力で支配しようとしている。村の女衆も黙認するようだ。
嫉妬とは恐ろしいものだ。
俺は、ずっと孤独に野人生活を続けてきた。久しぶりに触れた人間の感情が、嫉妬と醜い欲望だったことに吐き気を覚え、ひどく気分が悪くなった。
現代社会ではうまく隠されていた人の醜さや汚さ、それを高密度で叩き付けられた俺は、胸の中がどす黒く染まっていく感覚を感じた。
このまま飛び込んで、こいつらを皆殺しにしてやろうか? いっそ村に火を付けて村ごと滅ぼしてやろうか? ほの暗いそれでいてどこか甘い破壊衝動に身をゆだねそうになった。
そんな俺に、村娘のおどおどした頼りなさげな顔が浮かぶ。
こんなクズ共でも、殺したら村娘は悲しむだろうな。そう思ったらスッと心が落ち着いた。
情報は手に入った。村娘と話をしよう。有名な薬師の弟子なのだ。この村にこだわる必要はない。大きな町でも生きていけるはずだ。
こんな村に自分を縛り付けておく必要はない。薬師の婆さんの伝で、王都や別の町なんかで薬師をすればいい。
慎重に気配を探り、人を避けながら村娘の診療所に向かう。建物内の気配を探ってみたが、一人の気配しか感じない。村娘は一人のようだ。
今がチャンスだ。人に見られないようにすばやく診療所に入った。診療所に入ると村娘は乳鉢のような物で乾燥した草をゴリゴリと砕いていた。
そっと後ろから近付き、声をかける。
「おい、村娘」
「え? きゃああ」
悲鳴を上げた村娘の口をすばやく塞ぐ。
「落ち着け。俺だ、わかるか?」
口を塞ぎながら村娘を尋ねるとコクコクと首を縦に振った。俺はそっと塞いだ口を解放する。
「ゴブリンさんですよね、元気そうで何よりです」
「ゴブリンじゃねぇよ! って今はそれどころじゃない。話がある、いいか?」
「はい、大丈夫です」
「この前、俺を治療してくれたのは村娘か?」
「はい、どこか処置がまずかったでしょうか?」
「いや、完璧だった。おかげで助かった、ありがとう」
「そうですか、良かったです」
治療をしてもらった感謝を告げ、本題に入った。村長の馬鹿息子と取り巻きのこと。村全体が黙認していることなどを話した。
村娘は黙って全部聞いていた。泣くこともせず、じっと聞いていた。
「この村を出たほうが良い。どこか別の場所に知り合いはいないのか?」
「ミーガン伯爵領で一番大きな町、ロック・クリフに姉弟子がいます」
「そこに行こう。道中の安全は俺が保障する。多少のモンスターや盗賊ぐらいなら俺が対処する」
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「命の恩人だからな。家訓で恩は倍返しって決まっているんだよ」
「お気持ちはうれしいです。でも、私は村に残ります」
「何を言っているんだ? 突然現れた俺の話を信じられないのも分かるがこの村にいると危険だ」
「ゴブリンさんは嘘を吐いてないって分かります。村長さんの息子さんもそういう方だと知っています」
「それなら、なぜ村に残るなんて言うんだ!」
恩返し、厄介な行為である。その人が望むことを手伝うのが一番だと分かる。でもその望みが間違っていたとしたらどうだろう。
自分の価値観を押し付けることは恩返しにならない。しかし自ら奴隷の様な扱いを受けようとしている恩人を、そのままにできるだろうか。
本人がそれを望んでいたとしてもである。俺には理解ができなかった。恩人に対して思わず声を荒らげてしまった。
「幼い頃、両親が流行り病で死んで、薬師のおばば様が私を育ててくれました。私はこの村に生まれてずっとこの村で生きています。私が村のみんなに嫌われてるのは知ってます。それでもずっと私と一緒に生きてきたんです。今は分かってくれないかもしれません、でもいつか分かってくれると信じています」
この娘は性善説を地で行くような、どうしようもないお人よしだと思う。
全部を分かったうえで、それでも人を信じて、信念を持って生きていこうと決めたのだ。
信じて、酷使され、磨り減って、人間性が死ぬまでこの村のクズ共を信じる。あぁだめだ、恩返しはできそうもない、許してくれ村娘。
「村娘、町に出かけられるように貴重な物をまとめて旅の準備をしろ」
「私は村に残ります」
静かにそして力強く、村娘は言った。なんて眩しくて、なんて尊いのだろう。これは恩返しではない、俺のエゴで
村が村娘を縛るというのなら、こんな村、俺が滅ぼしてやる。
一人を救うために、救われることを望んでいない一人のために、俺は多くの人を殺す。正気の沙汰じゃない、だがそれでいい。俺は野人、文明を持たない蛮族。気に入らないから殺す、それでいい。
俺はスッと目を細め、本気で殺意をこめながら言った。
「村娘、俺は奪われた物を取り返すつもりだ。荷物やホブゴブリンのことだ」
「それは……」
「強欲な村長がおとなしく返すとは思わない。俺も殺されそうになった。揉めたら手加減はしない。最悪この村は、村として立ち行かなくなるぐらい死人がでるかもしれない」
村娘はやめてくださいとは言わなかった。村娘がやめてくれと言えば、恩義を感じている俺を止められる。それは理解しているはずだ。
それでもやめてくれとは言わなかった。あきらかに村長の方が悪いからだ。物を盗んで殺そうとした、その被害者が盗まれた物を取り返す。それだけの話。
どちらが悪いか分かっている村娘は、やめてほしくても、やめてくださいとは言えないのだ。
俺はそれを理解して言っている。恩人の望まない行動をとろうとしている。それでも俺は止めない、この村は潰す。そう心に決めた。
「それでも私は村に」
「村に残るなんて馬鹿なこと、言うんじゃないだろうな」
「あの……」
「村を維持できなくなったら、人は他の村や町に散るだけだ。村は残らない。それに村娘、お前には責任がある」
「責任ですか?」
「そうだ。薬師の技術を使い、多くの人を助け、その知識を後世に伝えるという責任がある。優れた技術を学んだのなら、それを伝える。そういう役目があるはずだ。お前を育ててくれた婆さんのようにな」
村娘は苦悩に顔を歪ませた。初めて見る表情だった。この優しい娘にこんな顔は似合わない。自分でそうさせておいて、俺はそう思った。
「話し合いで済むならそれで良い。俺から手を出すことはない。それでも一応、準備しておいてくれ。俺が村人と揉めたら、俺の怪我を治療したお前を逆恨みして、危害を加える奴が出てくると思う。俺のせいで申し訳ないと思うが、田舎の村で無駄に命を散らすより、町に行った方が良い。薬師の婆さんの優れた技術を後世に残すためにもな」
話し合いで穏便に済めば、村娘の希望どおりになる。今まで通り村で暮らして、みんなの心が変わるまで頑張れば良い。俺はそう
だが、最悪の事態を想定して準備だけはするべきだ。俺はそう言った。村娘は分かりましたと小さい声で答え準備を始めた。
全く納得はしていないと思う。欲深い村長が話し合いに応じるとは思えない。それでも村娘は、誰も傷付かないようにと祈るのだろう。
ごめんな、村娘。村長が話し合いに応じようとしても、俺は無理難題を吹っかけて村長を殺すつもりでいる。
普通なら、こんな狂った話を受け入れない。しかし薬師の婆さんが死に、村人たちは自分を虐げようとしている。そんな状況で、冷静な判断などできるはずがない。
自分の村の人間を大量に殺した人物を護衛に町まで行く。普通に考えてもありえない。混乱している今のうちに押し通す。
村人が死に村が崩壊すれば選択肢はなくなるのだ。俺が憎くても、町へ行く道中の安全を守ってくれるのは俺しかいない状況になる。
そんなことを考えていると、診療所に向かう気配を感じた。数は五人。馬鹿息子とその取り巻きか……。酔った勢いで、村娘に手を出す気か……。
丁度いい。村娘が混乱から回復する前に事を起こしたかった。ナイスタイミングだ馬鹿息子。褒美に血祭りにあげてやろう。