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野人の休日

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


この毒薬は本来、虫下しの薬として使われている。

「おい! そこのお前、怪しいな、荷物を検査させろ」

また逃亡生活をするのは御免だ。

「まさに味の理想郷ユートピアやぁ!!」

 翌朝、目が覚めた俺はいつものようにルーティーンをこなす。ストレッチをして体を解し、体を洗う。


 部屋に戻り、装備を点検。異常がないことを確認して、しっかりと身に着ける。朝からボリュームたっぷりの美味しい朝食を頂き、宿を出た。


 武防具屋を見て回り、干し肉などの食料品を補充する。昼頃になり、お腹が減った。臭いにつられ、ついつい屋台で買い食いをしてしまった。


 高級仕立ての従者用の服を引っ張り出して、高級店で昼食を食べようとさっきまで思っていた。それなのに、屋台の旨そうな匂いにつられ、つい食べてしまった。


 屋台の飯は、匂いは旨そうなのに味は普通でがっかりした。ただ、舌が肥え過ぎても困るので、これはこれでありか。そう思った。


 町をぶらぶらし、地形を頭に入れながら適当に過ごす。そして、夕飯の少し前に宿へと戻った。


 宿の部屋で、革鎧に仕込んである棒手裏剣を入れるポケットを少し改造する。


 ポケットを二重にして、毒を入れても、内側のポケット部分の革を取り外すだけで綺麗になるよう改造した。


 色々苦戦したが、裁縫のスキルがあったおかげで何とか形になった。乾燥させた毒を少量水で戻し、棒手裏剣の先端に塗る。


 毒を塗った棒手裏剣を、先程改造したポケットに収納した。


 五感強化を最大にして匂いを嗅いでみるが、独特の刺激臭は感じなかった。多少引き抜きにくくはなったが、きっちり密着させることで匂いの拡散を防ぐことに成功した。


 隙間がないので、毒が空気に触れて劣化するのを遅らせる効果もあるはず。素人が思いつきでやったにしては、いい出来だと我ながら思う。


 その後、美味しい夕飯を満喫し、ストレッチをして眠りに就いた。今日はいい休日だった。明日もいい日でありますように。




 夜が明ける少し前に目覚めた俺は、井戸で水浴びをする。さすがにこの時間だと、全裸は寒い。


 どれだけ洗っても、日本にいたときのような感覚にならない。微妙に汚れが残っている気がする。


 石鹸が欲しいな。そう思いながら、全身を綺麗な布でこすりしっかり汚れと匂いを落とす。


 昨日、石鹸があることは確認した。


 しかし、メガド帝国からの輸入品。それも、貴族用に香りの付いた高級品しかなく、アホみたいな値段がしていた。


 下手に香りをつけるのもまずいし、消耗品に使える値段ではない。


 最悪、自作するしかないか? 石鹸作りには苛性ソーダってよく聞くけど、苛性ソーダって何者だ? 薬局でしか見たことがないから作り方が分からない。


 ラノベ読みの嗜みとして、一通りの技術は記憶していたはずなのだが、こっちの世界では知識を生かしてヘタな発明をすると消されてしまう。


 日々の暮らしもハードだったため、すっかり忘却の彼方だ。


 灰からアルカリを抽出する。というのは覚えているが、どの木の灰なのか分からない。


 海藻の灰がいいとおぼろげに記憶があるので、海の近くにいったら試してみるのもありかもしれない。


 そんなことを考えながら体を洗い、しっかり拭き部屋へ戻る。装備を確認しながら身につけ、食堂へと向かった。


 朝食を頂き、女将に金を払い洗濯を頼むと冒険者ギルドへと向かう。



 ギルドへ入り、美人受付嬢で目の保養をしようと目を向ける。美人受付嬢さんが、氷のように冷たい目で見てきたので、俺はすぐに目をそらした。


 キリッとした美人なだけに、冷たい目をされるとものすごく怖い。気持ちを切り替え、依頼掲示板へ向かう。


 モンスターが森の浅い地域に大量に出る今の時期は、常設依頼の枠が拡大されている。常設依頼の木札を持って、何かしらの獲物を伴えば、入市税を取られずに冒険者用の門を通れる。


 私用ではなく、ギルドの依頼で町に出入りしますと証明するために、常設依頼用の木札をもっていかないといけない。


 面倒くさいが、どこの町もおなじようなルールなので仕方がない。


 獲物が溢れている今の時期は商店に素材が溢れているため、わざわざ個別の素材依頼を出す依頼人がいない。


 畑を荒らすモンスターの討伐依頼。行商人の護衛依頼以外は、依頼票がひとつもない。


 今は、格の低いモンスターが森の浅い部分に大量に生息している状態だ。冒険者たちの書き入れ時なので、ギルドは閑散としている。


 依頼掲示板もスカスカだし、残っている依頼はろくな依頼がない。


 また剣鹿(ソード・ディアー)でも狙うことにしよう。そう思い、常設依頼の木札に手を伸ばした、そのときだった。


「ヤジン、ちょっと来てくれ」

「どうしたんですか? ダニエルさん」


 急に現れたダニエルさんが、俺を解体所へと強引に引っ張っていく。


 昨日渡した剣鹿(ソード・ディアー)に、何か問題があったのか? そう不安に思っていると、そこには処理しきれていない大量のモンスターと、青い顔をした職員たちがいた。


「職員が一人過労で倒れた。一人辞められて忙しいってのに、さらに一人ぶっ倒れたせいで解体所が完全にパンクしてやがる。頼む、ヤジン。解体を手伝ってくれ」

「今日だけ手伝ってどうにかなるんですか?」

「いや、二か月。せめて一か月は頼みたい、この通りだ」


 ダニエルさんが手を合わせて頭を下げる。なんか、日本的な頼み方だな。


 うーん、どうしよう。正直、解体所で働いてもらえる給料三ヶ月分以上を昨日一日で稼いだからな。


 剣鹿(ソード・ディアー)が浅い場所にいるのが今だけなら、解体所を手伝っている間に剣鹿(ソード・ディアー)が奥地に行ってしまい、狩りにくくなる。


「やっぱりだめか?」


 ダニエルさんがしゅんとして、眉毛がㇵの字に曲がる。なんかイカツイおっさんがこんな顔してるとすごく悪いことをしてしまった気分になる。


 まだ二日の付き合いだけど、この人には世話になった。袖振り合うも他生の縁、情けは人のためならず。仕方ない、条件付きでなら受けよう。


「条件があります」

「なんだ? 言ってくれ」


 条件のすり合わせを行い、手伝う期間は一か月、7日に1回休みをもらう。依頼を終えた後、6級に昇格。


 この条件でまとまり、後はギルドマスターの許可が下りれば大丈夫とのことだった。ギルマスの許可も確認しないまま、速攻で解体処理を手伝わされた。


 一か月もあれば、過労で倒れた人も復活するだろう。手伝っている新人も、ある程度使い物になるはずだ。


 12時間労働というなかなかブラックな職場だが、6級冒険者の地位は喉から手が出るほど欲しい。


 俺は高速解体マシーンと化し、時間が来るまでひたすら解体を続けた。




 あれから一か月が経った。毎日狂ったように解体を続ける日々は、かなりハードだった。


 週に一度の休日は、体が鈍らないよう森へ出かけ、空手や野人流小刀格闘術(笑)の鍛錬に励んだり、剣鹿(ソード・ディアー)を狙ったりした。


 あれから、剣鹿(ソード・ディアー)を一体仕留め、懐がさらに潤った。


 そして今日、依頼を達成した俺に6級のタグが渡された。辛い解体の日々だった。しかし、俺はやり遂げた。


 少し感慨深いが、これで漸く他の冒険者と同じラインに立っただけ。早くレベルを20にして、5級冒険者にならねば。




 6級冒険者に昇格した俺は、1日休んだ後、森に来ていた。


 剣鹿(ソード・ディアー)を待ち伏せしているが、最近剣鹿(ソード・ディアー)をあまり見かけなくなった。バブルが終わる前にもう一体ぐらい倒したいが、無理かもしれない。


 剣鹿(ソード・ディアー)は気配察知に優れ逃げ足も速いため、群れの行動を予測して待ち伏せする必要がある。


 待ち伏せが成功しても、風魔法でナイフの軌道をそらされてしまい逃げられる。初日の幸運が嘘のように、なかなか仕留められない。


 剣鹿(ソード・ディアー)を狩るには、かなり忍耐と運が必要になる。


 しかし、牡鹿を仕留めれば金貨確定である。金貨一枚あれば、まんぷく亭で25日も宿泊できる。


 剣鹿(ソード・ディアー)が狩りやすい今のうちに倒しておきたい。

 


 今日は成果なしだった、こんな日もある。幸い、金には余裕がある。気持ちを切り替え、周囲を警戒しながら、町へと向かう。



 次の日、今日こそ剣鹿(ソード・ディアー)を仕留めようと森へ向かう。


 久しぶりだな、この嫌な感じ。視線を感じる、気配察知でも一定の距離をあけて追跡する存在を察知している。こいつらは町から俺を尾行していた。


 最初は偶然かと思ったが、常に距離を一定の間隔を空けて追跡してきている。偶然とは思えない。


 数は4人。


 なぜ今頃? そう思ったが、ギルドの依頼を受けている俺を襲うと、ギルドの心証が悪くなる。そのため、今まで仕掛けてこなかったのかもしれない。


 森の中で撒いてもいいが、結局同じことの繰り返しになる。いきなり襲撃してもいいが、一応話をしてみるか。


 木々の生い茂る足場の悪い場所が良い。そこなら、俺の手に負えない相手でも逃げ切るぐらいはできるだろう。


 リスクはあるが、剣鹿(ソード・ディアー)と戦っている最中にでも仕掛けられたら大変だ。


 森の中に入り、薄暗く足場の悪い場所で追跡者を待ち受ける。ガサガサと音を立てながら4人組が現れた。


 そのうちの一人は、俺のよく知っている相手だった。


「俺に何か用か? ポール」


 右目に包帯をしたイケメンは、残った左目を血走らせ、狂気を孕んだ表情を浮かべていた。

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