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クソ衛兵、名前は覚えたぞ

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


感覚が鈍りそうだったので森に来ることにした。

狙っているのは剣鹿ソード・ディアーと呼ばれている、モンスターだ。

「イーッヒッヒッヒ」

ぐつぐつと煮える、毒草汁を眺めていた。

 煮詰まってきた毒草に、ハーブを投入。そのまま少し煮込むと、ペースト状になった。


 このペーストを乾燥させると出来上がり。乾燥させると薬効が長持ちする。使うときは水を少量混ぜればいい。


 この毒薬は本来、虫下しの薬として使われている。濃度を上げて、人に対しても毒性があるようにしてあるが、本来は医療用だ。


 匂いはほぼないが、鼻に近付けて嗅ぐとツンとした微かな刺激臭がする。人間にはばれないだろうが、嗅覚の鋭いモンスターを誤魔化すためにハーブを混ぜた。


 完璧とはいかないが、かなり匂いを誤魔化せるはずだ。


 毒薬を木の容器に入れ、冷えた肉の解体に入る。皮、角、肉に解体し、リュックに入れる。


 角を二組手に持ち町へと向かう。角がじゃまだなぁ……。移動しにくい。


 剣鹿(ソード・ディアー)はよくこんな物、頭につけたまま森を移動できるな。通りやすいよう、なるべく開けた場所を探しながらモンスターを避け移動した。


 移動に多少手間取ったが、なんとか町に帰ってこれた。


 剣鹿(ソード・ディアー)の角が珍しいのか、すれ違う通行人がジロジロと見てくる。鬱陶しいな、そう思いながら冒険者用の門へ向かう。


 素材を新鮮なまま届けられるように、依頼を受けた冒険者は冒険者用の門を通って素早く出入りすることができる。


 この町で登録しなおしたギルドタグを見せると、税を取られることなく出入りできる。


 町に所属し、町で依頼を受ける限りは町の経済活動に寄与している。そのため、出入りのたびに入市税を取られるといったことはない。


 ギルドの依頼は、ギルドの手数料1割と領地への税金3~4割を抜いた金額で表示されているので、どっちにしろ金は徴収されているのだが。


 だが、入市の手続きが簡略化されることに目を付け、違法な薬物などを町へ入れようとする冒険者が多い。


 冒険者用の門は怪しいと思ったヤツは徹底的に調査される。それを逆手にとって、難癖を付け冒険者から獲物を奪うやつらもいる。


 目立つ剣鹿(ソード・ディアー)の角を持った俺を、衛兵たちが濁った眼で見つめている。嫌な予感しかしない。


「おい! そこのお前! 怪しいな、荷物を検査させろ」


 荷物の中に違法薬物などはないし、毒も虫下しの薬だと言えば何とかなる。だけど、こいつらの狙いは難癖を付けて角を奪うことだろう。


 入市のとき、衛兵に殴られ金貨を奪われた怒りが残っていた俺は、角を置くと腰の後ろに手を回しナイフを握った。


 無理してこの町に居続ける必要はない、大事な物は全部装備している。生き仏、リアルブッダと呼ばれた温厚な俺でも、さすがにそろそろ我慢の限界だ。


 腹の底からドロドロとした物が溢れ出し、殺気があたりに充満する。俺の殺気に当てられた衛兵が汗を流しながら、武器を強く握る。


 一触即発。いつ弾けてもおかしくない、パンパンに膨らんだ風船のように、俺と衛兵たちの緊張感はピークに達する。


 戦いは不回避だと思われた、そのとき。


「貴様ら、何をやっている!!」


 衛兵の詰め所から出てきた隊長らしき男の一喝で、はじける寸前だった緊張は薄くなった。


「そこの君、悪いが荷物を検査させてくれるかな?」


 予想外の丁寧な言葉遣いに毒気を抜かれた俺は、荷物を差し出す。隊長らしき男は荷物を検査すると「問題ない、通って良し」そう言った。


「ご協力感謝します」

「お仕事、お疲れ様です」


 なんとなく日本的なやり取りをし、門から離れる。やけに素直に通してくれたなと疑問に思い、五感強化を最大にして話を盗み聞きした。


「隊長! なんでアイツを通したんですか。あの角を頂けばかなりの儲けになったってのに」

「あの蛮族な、入市の時にカッスに有り金全部取られてんだよ。あの目を見たか? アイツ本気だったぜ。全財産取られて苦労したんだろうよ。さらに、死ぬ気で仕留めた獲物をまた衛兵に横取りされそうになる。怒り狂っただろうな。チビの蛮族とは言え、剣鹿(ソード・ディアー)を仕留めているんだ。雑魚とは限らねぇだろ。あのまま暴れられたら、こっちに被害が出た可能性もある。いいか、追い詰めすぎちゃいけねぇ。活かさず殺さずで少しづつ搾り取るのがコツなのよ。アイツが命を捨てて俺たちにかかってきてみろ、小遣い稼ぎにゃ割に合わねぇことになる」


 隊長に食って掛かった若い衛兵は、隊長の話を聞いて黙り込んだ。


 なるほど、そういうことか。かなり冷静な判断を下しているんだな。おかげで助かった。頭が冷えて冷静になってくると、危険なことをしたと後悔した。


 流民扱いの冒険者を殺すのとは違う。衛兵を殺せばお尋ね者待ったなしだった。また逃亡生活をするのは御免だ。


 最悪、こちらから衛兵に賄賂を渡さないといけないかもしれない。世知辛いぜ全く。しかし、良いこともあった。


 俺を殴った衛兵の名前が分かった。カッスというらしい。ツラは覚えている、名前も覚えた。町を出るとき、たっぷりとお返ししてやるぜ。


 野崎家家訓。恩は倍返し、恨みは十倍返しだ。


 なぜ町に入るだけで、こんなにピリ付くイベントをこなさなければいけないのか。モンスター蔓延る森の中の方が、よっぽど心が安らぐよ。


 憂鬱な気分になりながら、夕暮れ時の町をトボトボ歩く。大きな角を両手に持ち、通行人の邪魔にならないように上に掲げて歩いている俺はえらく目立つ。


 子供たちが角を指さして、キャッキャと楽しそうな声を上げる。そして親が見てはいけませんとばかりに子供たちを俺から離す。


 近所のやべぇ名物おじさんかよ。町の文明は素晴らしいが、人との接触は疲れるなぁ。いかんな、ポジティブに考えねば。


 いつか有名冒険者になって、子供たちに「僕、大人になったら野人さんみたいな冒険者になるんだ!」みたいなことをキラキラした目で言われる。


 そんな、ビッグな男になってやるぜ。


 想像すると、ちょっと元気になってきた。妄想は人類が生み出した最高の発明だぜ!


 俺は、変なテンションになりながら足早にギルドの解体所へと向かった。



 解体所の取引カウンターで剣鹿(ソード・ディアー)を出すと、担当の人が少し待てと言い、奥に走っていった。奥からダニエルさんがやってくる。


剣鹿(ソード・ディアー)の角が運ばれてきたって聞いたから来てみりゃ……。ヤジン、お前が仕留めたのかよ」

「昨日、ダニエルさんが高く売れるって言っていたので」

「マジかよ。剣鹿(ソード・ディアー)は逃げ足が速い上に、飛び道具も魔法で防いじまう。いったいどうやって……っと、冒険者に手口を聞くのはまずかったな」


 別に手口を隠すも何もない。普通に気配を消して待ち伏せして、ナイフを投げただけだ。御大層な秘密や、とっておきの狩猟方法なんてものは存在しない。


 まぁ、本当のことを言っても信じてもらえないだろうな。


「しかも、二体分かよ。お前、腕が良かったんだな。そりゃ冒険者続けるよな」


 しゃべりながらも、ダニエルさんはしっかり角のチェックを行っている。角の大きさ、形、傷の有無などを丁寧に調べている。


 角の査定が終わると、慎重に奥へと運んでいった。


 剣鹿(ソード・ディアー)の角は、薬の材料、民芸品の素材、錬金素材など用途が多く、需要に比べて圧倒的に供給が少ない。


 そのため、高額で取引される。


 ダニエルさんと休憩中に雑談をしていたとき、ここら辺で儲かる獲物の話を聞いた。そのとき名前が上がったのが剣鹿(ソード・ディアー)だった。


 名前を聞いただけなので、具体的にいくらぐらいになるのか分からない。ただ、ダニエルさんの扱いを見るとかなりの金額が期待できそうだ。


 思わず、顔がにやにやしてしまう。


 俺が一人、ニタニタと小汚い笑顔を浮かべていると、奥からダニエルさんが革の袋を持ってきた。


「面倒くさい値段交渉を省くために、出せる最高額を用意した。これで売るか決めてくれ、ヤジン」


 そう言いながら、袋を渡してくる。渡された袋を確認すると、金貨3枚と銀貨4枚が入っていた。うほおおお、値段やべぇえええ。


「売ります!」

「そうか、品薄だったから助かるぜ。また手に入れられそうなら頼む」

剣鹿(ソード・ディアー)の角って高く売れるんですね」

「需要に供給が追い付いていないからな。どうしても値段は高くなる。ただ、今回これだけの値段が付いたのは在庫がなかったからだ。極端に値下がりすることはないが、次回はもう少し安くなるかもしれん」


 ダニエルさんはそういいながらも、嬉しそうに笑顔で話していた。手数料と税金を引いた金額でこれだけ貰えるのだ、末端価格はやべぇことになりそうだな。


 直接誰かと取引した方が儲かりそうだが、俺には個人で取引するコネもない。


 国の組織であるギルドに逆らってまで、商人と個人的な取引をするつもりもないけどな。特に今はランクを上げたい。少しでもギルドの心象は良くしておいたほうがいい。


「また、頼むぜヤジン」

「はい。あっ、待ってくださいダニエルさん。まだ買い取って欲しい物があります。剣鹿(ソード・ディアー)の皮と肉です」

「おっとわりぃ、うっかりしてたぜ」


 角のインパクトがすごかったからなのか、そのまま奥に引っ込もうとしたダニエルさん。照れながら頬を掻いているが、全くかわいくない。


 剛毛親父のテヘペロなど、ただの拷問である。


「皮の処理も完璧だな、肉は……。どうやったのか分からんが極上だな、処理がすげぇ。ヤジン、肉の処理に手間が掛かってるのは分かる。だけど、買取価格は少しだけ色を付けるぐらいしかできねぇ。悪いな」

「分かっています、もともと単価の安い肉ですし」

「すまねぇな。それじゃ、皮と肉で銀貨3枚ってとこだな」

「ありがとうございます」

「気が向いたら、また解体所手伝ってくれよ。もっとも、それだけ稼げるんだから無理か」

「機会があれば、よろしくお願いします」


 挨拶を済ますと、俺は宿へと歩く。予想以上の金額になった。小金持ちひゃっほい! 明日は休日にしよう。


 ご機嫌で宿に戻ると、女将さんに剣鹿(ソード・ディアー)の肉を渡す。自分で食べる用に少し売らずに取っておいた。


 ステーキ用のロース、赤みが多く柔らかい背ロース。バラは骨ごと切り分け、リブにしてある。調理方法をお任せで、余った分はご自由にどうぞと言うと、大喜びで厨房に運んでいった。


 夕食にさっそく、剣鹿(ソード・ディアー)のロースが香草焼きとして出された。鹿肉は元々淡白なうえに、熟成をしていない。


 少し物足りないかもと思ったが、魔素味(マナミ)がうまさを補っている。肉から微かに香る、(グラス)の独特な風味と香草がマッチし、ジビエならではの癖を残しつつも、それが全く嫌味になっていない。実に素晴らしい味だった。


 食事に満足した俺は装備の整備をした後、井戸水で体を綺麗に洗う。軽いストレッチで体を解し、ベッドに横になった。


 仕事の成果は悪くない。予想以上の大金を稼いでしまった。しかし、冒険者や衛兵と揉めたりと、環境は最悪だ。


 この町には長く滞在しない方がいい。


 稼いでギルドランクを上げたら、もっと海に近い場所に行こう。干物ではなく、新鮮な海の幸が食べたい。


 なるべく明るい未来を想像して、俺は眠りに就いた。

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