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時計回りの悪魔

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


冒険者ギルドの歴史は古い。

数百年前には存在していたと言う。

冒険者のまとめ役様からのお呼び出しらしい。

ゲイリーとやらの顔を拝みに行くとしよう。

「まとめ役が呼んでるなら仕方ない、付いて行こう」

「わかりゃあいいんだよ」


 案内役の男が偉そうに言う。典型的な虎の威を借る狐ってやつだな、コイツ。ぶん殴りてぇ。


 スラムの空き家にでも案内されると思ったのだが、案内された場所は冒険者ギルドに併設された酒場だった。


 酒場は天井が高く開放感があった。光を取り込むために高い位置に窓が設置してある。右にカウンター、その奥に厨房。


 窓から逃亡は難しい、壁は破壊できそうだ。最悪、壁をぶち抜いて逃走する必要があるかもしれない。


「こっちだ」


 案内役の男が酒場の奥へと歩き出す。酒場は丸テーブルに椅子というオーソドックスな内装で、ざっと見た限り30人ほどの冒険者がいる。


 一番奥のテーブルには、ゴンズほどではないが、でかく、髭とぼさぼさの毛量の多い長髪の男がいる。ものすごく好意的に表せば獅子のような男だ。


 あの男がゲイリーなのか? 確かに基礎値は高そうだ。同じテーブルには、3人の男が着いている。パーティーメンバーなのかもしれない。


 案内役の男に付いて行き、店の奥へと歩き出す。すると、左側から突然殴り掛かられた。


「オラァ!」


 大振りの右ストレート。俺は右手で、相手の攻撃を外側からふわりと()なす。力の流れを変えられた男は、こちらに背を向けるようにクルリと反転する。


 前がかりになっていた男は、力の方向を変えられつんのめるように転びそうになった。男は右足を一歩前に出すことでバランスを取る。


 俺の前には『右足を一歩踏み込み、背中を見せている男』が完成する。俺は体重の乗っている右足の膝を後ろから踏みつける。


 すると、相手の男は片膝をつく。頭の位置が下がったので、シュルリと首に手を巻き付け裸絞めで首を絞め上げる。


 さすがに二回目なので、されるがままだった昨日と違い、男はなんとか裸絞を抜け出そうとする。


 しかし、がっちり決まった裸絞はまともな手段では抜け出せない。10秒。昨日と同じ時間で、男は意識を失った。


 昨日、俺に受付で絞め落とされた男がいきなり殴りかかってきたようだ。首を絞めている間、周りの冒険者が襲ってくるかと思ったが、襲われなかった。


 それどころか、俺に殴りかかった男に怒りの視線をぶつけている。


 ボスが呼び出した男をいきなり殴り付けるのは、ボスのメンツを潰す行為だったのかもしれない。


 奥のテーブルのゲイリーらしき男も、明らかに機嫌が悪そうだ。絞め落とした男を適当に放り投げると、俺は再び奥のテーブルへと歩く。


「ゲイリーさん連れてきました」

「ご苦労」


 案内役の男と、俺を逃がさないように後ろから付いてきていたもう一人の男が去る。ゲイリーは、ジロジロと不躾な視線を浴びせてきた。


「お前がヤジンか?」

「そうだ」


 俺が敬語を使わなかったせいだろうか、ゲイリーと同じテーブルの奴らが睨みつけてくる。


「さっきの馬鹿が悪かったな」

「どこにでも馬鹿はいるさ」


 意外なことにゲイリーは俺に謝ってきた。ただ、本当に悪いと思っているわけではなく、筋を通していると周りにアピールしているだけに見える。


「それで何の用かな? ゲイリーさん」

「あそこで寝てる馬鹿が、お前にいきなり殴られた、ケジメを付けてほしいって泣きついてきてな。お互い、言い分はあるだろうから俺が仲介してやろうとしたんだが……。あの野郎」


 ゲイリーは俺が絞め落とした男を睨む。ゲイリーを怒らせたあの男の未来は決して明るくはないだろう。


「あの野郎とお前にどんなトラブルがあったのかは知らねぇ。だが、グラバースにはグラバースのルールってのがある」

「ルールと言うと?」

「揉めても殺しはなし、素手で殴りあって決める。どっちが勝っても恨みっこなしだ。お前やあの野郎みたいにいきなり攻撃するんじゃなく、みんなの前で堂々と殴り合え」

「それは分かったが、あの男はもう戦えないみたいだ」

「アイツとのもめ事はもういい、カタが付いた。行っていいぞ」

「待ってくれ。あんな野郎でも、アイツは俺の下の者だった。コイツとやらせてくれ」


 突然、ゲイリーと同じテーブルにいた男が話しかけてくる。


「ポール、それだと筋が通らねぇ。下の者がやられたからって、いちいち上の者がでしゃばったら争いがなくならねぇ」

「おい、チビ。俺と戦え」

「お前と戦うことで何かメリットはあるのか?」

「ビビったのか? 臆病者の冒険者は不幸を招くという。みんな、コイツはこのギルドに不幸を呼ぶぞ!」


 ガン、ガガン。ガン、ガガン。突然、冒険者たちがジョッキをテーブルに叩き付ける。


「戦え!戦え!」


 ガン、ガガン。ガン、ガガン。冒険者たちは、野次を飛ばしながら戦いを煽る。


「逃げるのか臆病者、俺と戦え!」


 俺はゲイリーを見る。こういう暴走を止めるのが、ボスのコイツの役目だろう。


 しかし、ゲイリーは俺から目をそらした。そういうことか……。


 冒険者の煽りもやたら統率が取れている。最初からこう言う流れにするつもりだったんだ。


「ヤジン、戦わないと収まりがつかない。ここはひとつ度胸を見せたらどうだ?」

「ゲイリーさんもこう言ってるぜ、戦えチビ」


 なんだこの茶番は……。展開も強引すぎる。もう少しマシなシナリオを考えておけよ。


 しかし、これだけの人数がジョッキを叩きつけながら声をそろえると迫力がすごいな、ビビって少し萎縮してしまう。



 もはや、戦わざるを得ない。娯楽の少ない世界だからな。生意気なよそ者を公開処刑ってか、さぞかし楽しいイベントだろうよ。


 上等だよ、てめぇら全員黙らせてやる。俺の中に沸々と怒りが湧いてくる。冒険者たちの煽りに対する怯えを怒りで上書きする。


「戦ってもいい。だが、条件がある」

「条件? なんだよ、ハンデが欲しいのか? 情けねぇ野郎だな」

「勝った方が相手の所持金と装備をもらえるってのはどうだ?」

「何言ってんだてめぇ、正気か? お前の貧相な装備と俺の装備が釣り合うかよ」

「勝てば問題ないだろ? なんだ、ビビってるのか?」

「このチビ、調子に乗りやがって……。いいだろう、やってやるよ」


 俺たちのやり取りを聞いていたゲイリーが冒険者たちに話しかける。


「みんな、聞いたな。勝った方が相手の金と装備を頂く!」

「わああああああ」

「あのチビ、ビビり過ぎて狂ったか?」

「面白れぇ、町に来てすぐに文無し装備なしかよ」


 酒場の冒険者たちは口々に野次を飛ばしながら盛り上がっている。


「おい、チビに賭けるヤツがいねぇと成立しねぇ、誰かいねぇか!」


 賭けが成立しないようだ、みんな俺が負けると思っている。いいねぇ、こういうシチュエーション。燃えるねぇ。


「リングを作れ!」


 ゲイリーの号令で素早くテーブルが片付けられ、周りを囲むように冒険者が立つ。


「武器を預からせてもらう」


 俺をここまで案内した冒険者が武器を受け取ろうとするが、俺は無視し、ベルトを外すとテーブルの上に置いた。


 こいつに武器を渡すと、すり替えられたり、何か細工をされるかもしれない。よほど戦いに集中しない限り、テーブルの上なら気配察知で監視できる。


 ポールと呼ばれていた俺の対戦相手も武器を置き、リングの中央へ歩き出す。俺もリングの中央に向かい、お互い睨み合う。


 ポールの顔は整っており、長い髪を後ろで束ねている。それが様になっており、女性にモテそうだった。俺はイケメンと髪の毛が多い奴は嫌いなんだよ。そのツラ、ボコボコにしてやる。


「勝った方が相手のすべてを手に入れる、戦いの始まりだ!」

「わあああああああ」


 ゲイリーの号令と共に冒険者たちのボルテージは最高潮に達し、ギルド酒場は異様な熱気に包まれる。


「シッ」


 短く息を吐き、多少荒いが、綺麗なストレートをポールが打ってくる。


 俺は頭を傾けパンチをかわしながらステップインし、スナップの効かせたジャブをポールの右目を狙って放つ。


 パチンと言う、乾いた音がギルド酒場に響いた。


「なんだ、あのへなちょこパンチは」

「全然痛そうじゃねぇぜ」

「おいおい、どうしたチビ。ビビって腰がひけてんのか?」


 冒険者たちから野次が飛ぶ。殴られたポールもダメージの少なさからか、薄ら笑いを浮かべて殴りかかってくる。


 俺はオーソドックスに構えると、時計回りにステップを踏む。


 右目を中心に狙い、左ジャブを打つ。一定の距離を保ち、攻撃をかわして反撃、このサイクルを繰り返す。


 相手の方がはるかにリーチが長い。だが、内側に入ってしまうと、小回りが利く俺の方が有利になる。


 相手が距離を取れば同じだけ詰め、相手が近付けば同じだけ距離を離す。ペチン、パチンとジャブが顔を打つ音が響く。


 最初は馬鹿にしていた周りの冒険者やポールも少しずつ表情が変わっていく。


 パンチが当たらないポールは蹴りを出したり、掴みかかったりするが、俺は冷静に距離を保ち続けジャブを打つ。


 体感で10分も経つ頃にはポールの右目周辺はパンパンに腫れており、すでに視界は塞がれていた。俺はスナップを利かせたジャブに突き刺すような強めのジャブを混ぜる。


 相手の潰れた視界に入るように時計回りにステップを刻む。相手は俺を視界に入れようと、横を向く。


 その瞬間、サイドに回るのではなく真正面にステップインし、左足でブレーキを掛け上体が前に動く勢いを拳に乗せて左拳を突き刺す。


 今までの表面を打つ音と違い、ゴッという鈍い音がする。ダメージを受けたポールの動きが止まる。その瞬間、死角に回るようにまた時計回りにステップを刻む。


 そして右目にジャブを打つ。ポールが右目のガードを固めたら、水月、喉、鼻と攻撃する場所を散らし、防御が開けばまた右目を狙う。


 パチン、バチン、ゴッ。パチン、パチン、バチン。周りの冒険者で声を上げている人間はすでに一人もいない。


 酒場は静まり返り、ポールの顔が打たれる音だけが響く。その場にいた冒険者たちは俺の使っている技術を理解はできないだろう。


 ただ、俺の異常さだけは伝わったようだ。ポールの攻撃が一切当たらない異常さ。軽く殴っているだけなのにポールがボロボロになっている異常さ。


 そして、これだけの冒険者に囲まれながら、ボスの側近をいたぶっている異常さ。


 俺だってやりたくてやってるわけじゃない。だが数発で仕留めてしまうと、ラッキーパンチだと思われる。


 冒険者は舐められたら終わり。俺を舐め腐ったグラバースの冒険者に恐怖を刻みこまなければならない。


 ポールの顔面はパンパンに腫れあがり、右目から出血していた。最悪失明、失明を免れても視力の低下は免れないだろう。


 ポールの心は完全に折れていて、時折ゲイリーの方に視線を飛ばす。しかし、ゲイリーは首を縦に振らない。


 負けを宣言したいが、できない状態だった。度重なる衝撃で眼窩底が折れたのか、パチンという音にグチュっという湿った音が混じる。


 このままだと、眼球を収めている眼窩が崩壊して、眼球が零れ落ちるかもしれない。


 痛みで心が折れたポールはゲイリーの許可なく、敗北を認めようとした。


「まい――」

「せいやぁああ」


 ポールの敗北宣言を大声で潰しながら、左ジャブで喉を殴る。左手を戻しつつ右ストレートで顎を打ち抜く。


 ジャブの後にストレートを打つのがワンツーだと勘違いしている人がいるが、ワンツーは1.2のリズムではなく1のリズムで二度殴る技だ。


 ジャブで伸ばした手を引き戻しつつ、その腰の回転を利用してストレートを放つ。


 右ストレートで顎を打ち抜かれたポールは前のめりに倒れ、動かなくなった。


 あのまま降参されると、俺のパンチ力がないと思われる。きっちりKOしておきたかった。


 俺はさっそく、気絶したポールの身ぐるみを剥ぐ。財布を頂き、革鎧を剥ぎ、テーブルに立てかけてあった剣を取ろうとすると。


「おい」

「グラバースの冒険者は筋を通さないのか? 勝った方が相手の装備を頂くって話だろ?」


 ゲイリーは俺を睨むが、かまわず剣を回収すると、テーブルの上に置いてあった俺の武器も回収する。


「グラバースの冒険者の流儀はよく分かった。揉めたら今日みたいに殴り合いで解決するよ」


 俺にちょっかいを掛けたら、ポールみたいに痛めつけると遠回しに脅しをかけると、酒場の出口で一礼し冒険者ギルドを立ち去った。


 最悪、冒険者全員に襲われるかとビクビクしていた。無事帰路につけてほっとした。


 左拳に残る、嫌な感触。必要なこととはいえ、人を痛めつけるのは気分が悪い。他にもっとうまいやり方があったかもしれない。


 だけど、頭の悪い俺にはあの方法しか思いつかなかった。グラバースの冒険者たちを完全に敵に回してしまった。


 ギルドランクがあがったら、早急にこの町を出た方が良いかもしれない。


 宿へ帰る途中の家々から、夕食の香りと楽しそうな家族の団らんが聞こえてくる。


 とても幸せそうだ。俺もいつか幸せになる、そのためなら手段は択ばない。


 左拳に残る嫌な感触を振り払いながら、俺は宿へと急いだ。

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