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安定した生活

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


冒険者ギルドの特徴的な看板が見えて来た。

受付に美人の女性がいる。

「エルマちゃん、この依頼お願い」

冒険者ギルド規約を読むために図書館に来た。

 日本の六法全書は分厚くて見るだけで読む気が失せるが、この町の法律はそこまで大量になかったので安心した。


 教育を受けていない平民でも理解できるよう単純にしてある。


 それと、曖昧な部分を多く残すことで、貴族たちが都合の良い判決を下せるようにしているのだろう。


 完璧とはいかないが、何とか頭に叩き込むことができた。次に冒険者ギルド規約を読む。



 冒険者ギルドはラノベテンプレのような国から独立した組織ではなく、国に所属する組織だ。各国のギルドは国によって運営されている。


 国が管理していない、大規模武力集団が国内にいることを許容する国など存在しないだろう。ましてや、国をまたいで影響力を持つなどありえない。各国が協力して、全力で潰しに来るはずだ。



 冒険者ギルドの歴史は古く、正確な文献は残っていないが数百年前には存在していたという。


 人族の国家が乱立していた時代。とある小国がモンスター被害に苦しんでいた。予算の問題からこれ以上軍人を増やすことはできない。


 モンスター対策に力を入れると国境の警備が薄くなり、他国に侵略される恐れがある。


 そこで、一般市民にモンスターを退治させればいいと考えたその国は、冒険者ギルドの原型となるシステムを作った。


 農家の三男など、農地も継げず予備にもならない、厳しい立場の人間が盗賊化し治安が悪化する問題も起きていた。


 彼らのような立場の人間でも自力で稼ぐことができるようになり、治安も良くなった。


 成果に応じて金を支払えば良いだけなので、軍のように維持費もかからず、モンスターに殺されても困らない。


 金を節約でき、治安も良くなる。各国がこの制度を真似(まね)するのに時間はかからなかった。


 冒険者ギルドが一般化した後、冒険者の拠点移動の問題が出てきた。


 レベルの壁を越え、自分のレベルに見合ったモンスターの生息地に拠点を移動したいが、国を変えると10級から始めなければいけない。


 実力に見合ったモンスターを狩るのに、またいちから下積みから始め、ランクを上げなければいけない。


 各地でそのような事が起きると、貴重な戦力を無駄にしてしまう。そこで、ギルドのランクは国をまたいでもそのまま適用される。という提案がなされた。


 多くの国が反対した。


 なぜなら、レベルの高い冒険者が格の高いモンスターの生息地域に集中してしまい、そのまま国に取り込まれ戦力となることを恐れたからだ。


 提案は否決され、現状維持のまま時は流れた。


 しかし、事件が起こる。モンスター天国(ヘヴン)から大量のモンスターがあふれ出し、多くの国を蹂躙した。


 モンスターの恐怖を改めて思い知った各国は、モンスター退治の専門家である冒険者が移動をしても、すぐ実力に見合う働きができるよう、国家をまたいでも級はそのまま適用されるという条約を締結した。


 現在でも、ギルドランクは国をまたいでもそのまま適用される。


 ただ、組織の名前は同じでも管理が国別、領地別なので、細かい規約が変わる。その部分をしっかり確認しないといけない。


 しっかり読み込んだところで、司書に閉館だと追い出された。宿に戻り、夕食に舌鼓を打ち、寝る前に今日覚えたことを復習して眠りに就いた。


 朝、目を覚ますと、時間を掛けしっかりストレッチをする。体が解れたところで食堂に行き、朝食を食べる。


 うん、朝食もうまい。朝からボリュームたっぷりの朝食を食べ、冒険者ギルドへ向かった。


 ギルド内へ入ると、美人受付嬢が話しかけてきた。


「ヤジンさん、指名依頼が入っております」

「解体所の手伝いですよね?」

「はい。拘束時間、料金などはこちらに書いてあります。ご確認ください」


 どれどれ。俺は条件の書いてる木の板。通称、依頼票をのぞき込む。拘束12時間で銀貨1枚。値段的には悪くないが、拘束時間が長いな。


「拘束時間が長いですね」

「今の時期は大量のモンスターが発生します。ギルドが閉まっても解体所は稼働している状態です」


 正直、依頼は受けたくない。だけど、ランク上げのためにギルドに貢献しないと……。


「わかりました、依頼を受けます。食事などはどうしたら良いでしょうか?」

「詳しくは解体所の責任者、ダニエルにお聞きください」


 ロック・クリフでは考えられないほど丁寧な対応ではあるが、笑顔はなし。素晴らしいほど事務的な対応だ。


 あれ、なんか悪くない。美人に冷たくされるのもありなのか? いかん! いつの間にか調教されている。


 ギルドの美人受付嬢恐るべし、このままでは歪んだ性癖に目覚めてしまう。俺は慌てて解体所へと向かった。


「おう、にいちゃん。さっそくコイツの解体を手伝ってくれ」


 忙しいのか、ろくな説明もないまま灰色狼(グレイ・ウルフ)の解体をやらされる。獲物が次から次へと運ばれてくる。


 俺は一心不乱に解体を続けた。しばらくして、食事が配られる。昼食はタダで配給されるようだ。


 本来ならギルド併設の酒場で食事を取るそうだが、今は忙しいので解体所で素早く食べるのだという。


 血と臓物の匂いが溢れていて、とても食事を食べる環境じゃない。俺以外の職員は慣れているのか、あっという間に食事を終えていた。


 ダニエルのおっちゃんはイカツイ外見に似合わず、質問すると丁寧に仕事を教えてくれたので、初めて解体するモンスターもあまり苦労しなかった。


 ゴンズほとではないが、背が高く、腕毛と胸毛がボーボーで、ワイルドな外見をしている。名前と外見が合ってない気がする。


 急いで昼食を食べると、解体作業を続けた。レベルで強化された肉体でもさすがに疲れたと思った頃、ようやく時間が来たようだ。


「にいちゃん、お疲れ」

「お疲れ様です、ダニエルさん」

「助かったぜ。真面目だし、仕事は丁寧で早い。本気で職員にならねぇか? 冒険者は一発あてりゃ確かに儲かるが、いつ死んでもおかしくねぇ。ギルドの給料だと遊んで暮らせるほど稼げはしないが、そこら辺の仕事より高給取りだ。安定した生活ってのも悪くないぜ」


 昨日は冗談半分だったが、今回はマジで勧誘しているみたいだ。安定した生活か……。


 たしかに、国所属の組織である冒険者ギルドに就職するってことは、日本だと公務員になるみたいなものだ。


 潰れる心配もないし、給料が支払われないなんてこともない。毎日解体を繰り返す退屈な日常だが、命を懸けてモンスターと戦う必要もない。


 この外見で結婚できるのか分からないが、安定の公務員様だ。高望みさえしなければ結婚できるかもしれない。


 都会で安定した生活を送りながら、妻を愛し子供の成長を見守る。そんな未来があってもいいかもしれない。


 命を狙われ、人を殺し、また命を狙われる。殺し合いの連鎖、悪しき輪廻。この地獄から抜け出せるチャンスなのかもしれない。


 でも、良いのか? 今まで散々人を殺してきた俺が、穏やかな生活など送っていいのか? いや、そうじゃないな。


 腹の底から湧き上がってくるこの感情は、そんな感情じゃない。


「ダニエルさん。俺はこんな外見だから、差別されたり、弱そうだと装備を奪うために殺されそうになったことが何度もある。受付嬢にも蔑んだ目で見られる。だからね、見返してやりたいんだ。俺を馬鹿にした奴らを。強くなって、偉くなって、大金持ちになって、俺を馬鹿にした奴らを馬鹿にしてやりたいんだ。安定した生活? 人に馬鹿にされたままの状態で安定してどうするんですか。そんなの我慢できない、絶対に許せない」

「お、おう、そうだよな。冒険者だから上を目指さねぇとな」


 おっと、ダニエルさんが引いている。思わず黒野人が殺気と共に顔を出していた。気を付けないといけない。


「今日は助かったぜ。正直、処理が追い付かなくてヤバかった。にいちゃんのおかげで溜まってた仕事も片付いた。また頼む」

「予定が合えばまた、よろしくお願いします」


 一日中解体をしていたから体が臭い。


 風呂に入りたいけど、公衆浴場はないみたいだしなぁ。現状の稼ぎだと浮雲亭みたいな高級宿屋は無理だし、水浴びで我慢するか。


 解体所から出て宿へ歩き出そうとしたら、冒険者二人に話しかけられた。


「おい、そこのお前。ついてこい」

「断る」

「てめぇ、調子に乗ってんじゃねぇぞ」

「おい、止めろ! ゲイリーさんは連れてこいって言ったんだ。勝手に手を出すとやべぇことになる」

「チッ。おい、冒険者を仕切ってるゲイリーさんがお前を呼んでいる、付いてこい」


 昨日のトラブルの落とし前でも付けさせる気なのか、冒険者のまとめ役様からのお呼び出しらしい。


 ついていくのは危険だが、このまま逃げても時間稼ぎにしかならない。町を出るという手もあるが、何処に行っても同じ事になるだろう。


 いい宿に泊まれたし、受付嬢は美人。解体所のお偉いさんとも仲良くなれた。別の町に移動しても、この町ほどいい環境になるか分からない。


 揉め事は元より覚悟していた。仕方がない、この町の冒険者を取り仕切ってるゲイリーとやらの顔を拝みに行くとしよう。

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