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やべぇ鍛冶師

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


寝具が心地よすぎてナチュラルに二度寝しそうになった。

「あ゛あ゛あ゛ぎもぢいぃ」

普通に美味い。地球で食べた干物に近いレベルの味だ。

懐かしすぎて少し涙が出た。

 美味しい食事を終え、部屋へと戻る。扉に挟んでおいた髪の毛は落ちていない。部屋に入り中を窺う。物が動いているなど、侵入があった形跡もない。


 クローゼットに隠してあった金目の物を確認するが、何も盗まれていなかった。


 朝に寝てしまったので、昼夜逆転してしまいそうだ。そう思いながらベッドの横になる。


 さっき起きたばかりだからなかなか寝付けないだろうな。柔らかい寝具に包まれながら、そう思っていると……。


「んがぁ」


 俺はがばっと体を起こす。ぼーっとして考えがまとまらない頭を働かすために、パンと顔を手のひらで叩いた。どうやら眠っていたらしい。


 柔らか寝具恐るべし。昼夜逆転どころか、速攻で寝てしまった。ダメになる、この寝具は人をダメにする寝具だ。


 名残惜しく感じながらベッドから起きると、いつもの様にストレッチをする。たっぷり時間を掛けて全身の筋肉と関節をほぐしていく。


 朝食後にすぐチェックアウト出来るよう、荷物をまとめておく。準備が終わった俺は食堂へと向かった。


「おはようございます」

「おはよう」


 食堂に行くと、昨日とは別の女性が朝食の準備をしていた。昨日の少女の母親だろうか? 長くこの宿に泊まるわけじゃないし、別にいいか。


 浮かんだ疑問を無視し、案内されたテーブルへ座る。


 朝食は、サラダ、スープ、具の入ったパンだけのシンプルな朝食だっが、パンが焼きたてでものすごく美味しかった。


 朝食を終えると、店員の女性が話しかけて来た。


「チェックアウトなさいますか? もう一泊お泊りになりますか?」


 俺は迷わず答えた。


「もう一泊お願いします」

「一週間お泊りになりますと、料金が割引されますが」

「それでお願いします」


 気が付くと俺は、金を入れた袋から金貨を出していた。


 昨日、贅沢に慣れると辛いから、別の宿に移るって決めたばかりじゃないか。俺はなんて意思が弱いんだ。


 人間、苦痛より快楽に弱いと聞くがどうやら本当だったらしい。


 美味しい食事、柔らかな寝具、暖かいお風呂、自然で丁寧な接客。俺はすっかり浮雲亭の魅力にやられていた。


 町で購入する物資も、すぐにそろう訳じゃない。どうせしばらくはこの町に滞在することになる。


 ならば、客層の良いこの宿に泊まった方が安全だ。無駄遣いではない、無用なトラブルを避けるための投資なのだ。


 俺は自分に言い訳を並び立てると、現実から目を逸らすように浮雲亭を出る。その後、物資を買うため、商業区画へと向かった。


 

 理髪店へ行き、髪を整えて貰う。次に服屋に行き、なるべく上等な服を買った。その後、高級区画へと向かう。


 高級区画でテーラーに入り、オーダーメイドの服を購入する。仕立てに一か月掛かると言われたが、金貨を追加で数枚支払い特急仕立てにしてもらった。


 以前、アルに教えられた方法を使って高級店で買い物をするためだ。


 俺の外見だと入店拒否されたり、粗悪品を掴まされる可能性が高い。アルがそう教えてくれた。


 理由は簡単で人種差別だ。


 単一民族の島国、日本で育った俺には人種差別は縁遠い。なので、すぐその答えに行き着かなかった。しかし、言われてなるほどと思った。


 この世界より文明が進んでいる地球でも、数十年前までは平気で人種差別が行われていた。現代でも時たま問題になる。


 以前も、ホテルで人種差別を理由に、宿泊拒否をされたアジア系の女性が泣きながらSNSに動画を上げたことが社会問題になり、ニュースになっていた。


 俺がその事を覚えているのは、差別問題に興味があった訳ではなく、差別された女性の発言が印象的だったからだ。


 私の様な中流家庭に育った、白人の彼氏を持っている人間でも差別される。私より立場の弱い人はどれだけの差別に晒されているのだろうか。


 被害者女性はそう発言していた。


 経済的に困窮していない状態で、白人社会で白人の彼氏を持っている。そんな勝ち組の私ですら差別されてしまう。


 貧乏人や白人の彼氏というステータスを持っていない人は、ひどい差別に晒されているに違いない。


 オブラートを取り除き直接的な表現をすれば、そう言っているのだ。言っていることは正しいのだが、日本だと被害者女性が叩かれそうな発言だと思った。


 やはり海外と日本では感覚が全然違うのだな。そう思い印象に残っている。


 文明が発達し、差別は良くないとされている社会でも差別はあるのだ。このやべぇ文明レベルで、人種差別が存在しない訳がない。


 ラノベなどでアジア系の主人公が受け入れられているのは、イケメンだったり、獣人やエルフなど人と特徴が大きく離れている種族と共存しているので、多少の外見の違いに寛容だったりするためだ。


 だが、この世界は他種族と殺し合いをしていた歴史がある。自分たちと違うということに、攻撃的になる下地が出来ているのだ。


 そんな状態で差別される対象の俺が、高級店で買い物をする。当然、周りの人間は面白くはないだろう。


 同じ外見の人間に対する何倍もの嫉妬と憎悪に晒されることになる。アルは言いにくそうに俺に伝えてくれた。


 ならばどうすればいいのか? 自分の買い物だと思われなければいい。貴族や大商人の従者だと思わせ、主人の買い物をしにやって来た。そう装うのだ。


 テーラーで注文したのは従者が着る服だった。


 高級な従者用の服を着ていれば、高位貴族、もしくは大商人の従者だと相手が勘違いをして、そこまでひどい扱いは受けないだろうと予測できる。


 それでも、嫌がらせの類は受けるかもしれないが。


 体面を気にする貴族が、俺のような外見の物を従者として雇う。さらに、高級店で買い物を任されるようなポジションに居るのは不自然ではないか? アルにそう聞くと、彼は言いにくそうに答えてくれた。


 貴族の中には珍しい物を自慢したがる、趣味の悪い貴族もいる。俺のような外見の人間を全く見かけないので、ある意味レア物なのだそうだ。


 お貴族様自慢のコレクション。そう思われる、むしろそう思わせるように誘導すべきだとアルは言った。


 何なら貴族が珍しい奴隷に手を出して出来た子供だとか、そういうカヴァーストーリーがあった方が良い。


 奴隷に産ませた子供なので庶子ですらない。普通は殺すか、わずかばかりの手切れ金を渡され放逐される。だが稀に、従者に収まるパターンがあるそうだ。


 俺の様にレア物だったり、優秀だったりする場合は手元に置いて飼い殺しにする。頻繁にある事ではないが貴族社会ではよく耳にする話だと言われた。


 アル、貴族社会に詳しすぎるぜ。


 俺はアルのアドバイスに従い、従者のフリをして、かさばる金貨を運びやすい宝石に変えるつもりなのだ。


 服が仕上がるまで1週間ほどかかるらしい。宝石を購入するのは服が仕上がってからになる。


 服の注文が終了したので、次は武器だ。武器を研ぎに出すため、宿に戻って武器を回収しようと思った。しかし、腹が減った。


 宿で昼食は出ないため、何処かで済ませる必要がある。せっかく小綺麗な服を着ているのだ、お高めなお店で食事をしよう。


 そう思い、高級地区のレストランを廻る。


 しかし、完全予約制だったり、客や店員がいけ好かない奴らで入店した俺を明らかに見下していたりする。


 気分良く飯を食べたかったので、俺は高級地区での食事をあきらめ、一般地区へと戻って来た。やはり上流階級ほど差別意識が強いようだ。


 どの店にしようか迷っていると、ジュウジュウと肉の焼ける音と良い香りが漂って来た。肉を串に刺し、炭火で焼いている店から漂っているようだった。


 俺はその店に入る事に決めた。


 串焼きとエールの相性が抜群なのか、昼間から酒を飲んでいる客が大勢いる。酔っ払いの話し声がうるさかったが、串焼きは美味かった。


 ついでに、近くの酔っ払いにエールをおごり、町の事を色々と聞いた。


 バースの町はここら辺で一番でかい町だった。だけど、土地の関係上、人が住める人数が限界に達した。


 そこで、ここから離れた場所に新しい町を作る事になった。その町がグラバースらしい。ここら辺の方言で『グラ』は副とか第二のとかいう意味があるそうだ。


 世代を重ねると、グラバースの方が発展してしまい立場が逆転。


 バースの住民も、多くが大都市となったグラバースに移住した。そのため過疎化が進み、バースは崩壊寸前だったらしい。


 ところが、隣国の都市ロック・クリフの領主が、交易路を作った。陸路での交易が始まったことで、バースの町に価値が生まれた。


 国境付近で一番でかい町という立地。さらには、過疎化が進み土地が余っていたため、大規模な倉庫街を作る事が可能だったからだ。


 バースの町は交易の集積所として栄え、かつての隆盛を取り戻したらしい。やたらと衛兵の配備が偏っていると思ったら、倉庫街を重点的に警備していたようだ。


 貴重な商品が大量に保管されている倉庫街。その警備を手厚くしているために、他が手薄になったのだろう。


 そのせいで、俺のような不審人物に不法侵入されてしまった。偏った警備体制は良いのか悪いのか……。



 食事を終え、ただ酒で気分の良くなっている酔っ払いのおっさんと別れた。宿に戻り武器を回収して、工房地区と呼ばれる場所へと向かった。


 工房地区の近くで聞き込みをし、一番名前があがった工房を訪ねた。紹介状などはないので、門前払いされる恐れがある。それでも、ダメ元で行ってみた。


「こんにち」

「何の用だ!」


 おおぅ、いきなり言葉をかぶせて来やがった。この世界はテンプレをことごとく外すが、職人=頑固親父のテンプレだけは外さねぇな。


「武器を研いで頂きたいのですが」

「見せてみな」


 俺は冒険者たちの武器と、愛用のハンティングナイフ計5本を渡す。


「……」


 店主は無言で武器を眺めた後、言った。


「武器が泣いてらぁ。帰れ! 整備もろくに出来ないヤツにこの武器を使う資格はねぇ」

「整備できないから、アンタに頼んでるんでしょうが!」

「うぐぅ」


 正論に何も言えなくなった店主が口ごもる。なんだコイツ、やべぇな。


「いや、そうなんだけど……。この研ぎはひどい、特にこのナイフがダメだ」

「何がダメなんだ?」

「バッキャロウ、職人の技術をおいそれと教えれるかってんだ!」

「教えてくれなきゃわからねぇだろ!」

「うぐぅ」


 急にスイッチ入るなコイツ。失敗した、やべぇのに当たっちまった。


「で、でもよぉ、おれっちの師匠が技術は他人に簡単に教えるほど安くねぇてよぉ」


 なんかいじけながらブツブツ言いだした。怖ぇえよコイツ。


「別の店に行くので、武器を返してもらっていいですか?」

「俺っちの腕が信用できねぇってのか!」




 このヤバい店主と何とかやり取りをして、武器を研いでもらった。さらに武器の研ぎ方を習い、黒鋼用の砥石と、砥石を平らにする砥石を譲ってもらった。


 すぐにキレる割には、豆腐メンタルで情緒不安定な職人だった。しかし、腕は確かで、俺愛用のハンティングナイフは恐ろしい切れ味になった。


 鉱山物質が取れないこの国では、黒鋼用の砥石は貴重だ。


 その貴重な砥石を譲ってもらったし、砥石削り用の砥石という、聞いたことのない物まで譲ってもらった。


 なんでも、砥石を使っていると凹が出来る。その状態だとちゃんと研げないので、砥石を平らにする必要があるらしい。


 貴重な砥石が手に入った。ラッキーだ。


 それなりの金は支払ったが、腕良い職人に武器の研ぎ方を始めとしたメンテナンス方法を学べた。とても有意義な時間だった。


 ただ、精神的にはものすごく疲れた……。


 店主と仲良くなった俺は、棒手裏剣の製作依頼や黒鋼武器を売る武器屋への仲介、ナイフの鞘やベルト、革鎧を扱う革職人へ紹介と散々世話になった。


 俺の体に合わせた、音の出にくい特殊加工をした革鎧。激しく動いても抜けず、一定の角度で引き抜くと抵抗もなく抜けるナイフの鞘。


 この町で揃えられる最高の装備を手に入れた。


 トラブルを避けるため、一目で高級品と見破られないよごし加工までしてある特注品だ。当然お値段はかなりの物だったが。


 しかし、今の俺は小金持ち。装備への投資はケチらない。特急料金を支払ったので、従者服が出来るまでには、全ての装備がそろっていた。


 装備がそろうまでの間は、宿で最低限のトレーニングをしていた。


 もっとも体を動かすスペースがなかったので、イメージトレーニングが中心だったが。俺のナイフを扱う技術にはまだまだ改善の余地がある。


 頭を使うのは苦手なので、すぐに脳に疲労を感じる。少しだけ横になって休憩しよう。10分ぐらい休めばきっとよくな……すやぁ。


 そんな感じで日々を過ごし、ついに従者服が完成した。


 鉱山物質が取れないアスラート王国で、黒鋼武器はかなり高く売れた。その金と、残りの金のほとんどをつぎ込み宝石を購入した。


 この世界でも、希少で透明で硬度の高い宝石が高値で取引されている。ダイヤ、ルビー、サファイアなどが宝石の上位として扱われていた。


 アルから最低限の従者としての振る舞いは習ったが、しょせん付け焼刃。


 ボロが出ない内にとっとと取引を済ませたい俺と、したたかな店主とのひりつくやり取りの後、なんとかダイヤを購入できた。


 これが偽物だったら、目も当てられない。まぁ、その時は店主を殺して店の商品で補填するとしよう。


 浮雲亭の宿泊期限が切れ、購入予定の物はすべて買った。


 名残惜しいが……。死ぬほど後ろ髪をひかれるが……。この町と、浮雲亭と別れることにしよう。


 次の目的地はグラバース。どんな出会いがあるのだろう? この町の出会いは悪くなかった。次も素敵な出会いがあるといいなぁ。


 俺は浮雲亭への未練を断ち切るように、小走りで街道を移動した。

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