アヘ顔
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
夜にこっそり忍び込もう。
モンスターを狩りまくって
火をつけて貴様らごと焼いてやろうか。
今日は久しぶりに良い夢が見られそうだ。
目を覚ますと、暖かく柔らかい感触に包まれていた。心地良い。俺は目を閉じ、意識を手放そうとした。
「あぶねぇ!」
俺は慌てて目を覚ます。寝具が心地よすぎてナチュラルに二度寝しそうになった。高い金を払ったのに、二度寝をして風呂に入る機会を逃すところだった。
ぼーっとする頭を左右に振り、時間を確認するために窓を開けることにした。ガラス窓ではなく、木製の窓で横にスライドさせる形になっている。
俺から見て右側の扉は固定されており、左側の扉に金属のつっかえ棒がはまっている。この棒がカギ代わりなんだと思う。
シンプルな仕組みだが頑丈そうだ。窓を破壊しない限り侵入は不可能だろう。俺はつっかえ棒を外すと、ガラガラと窓をスライドさせ開けた。
空は茜色に染まっており、夕暮れ時と呼ばれる時間帯だと分かった。茜色に染まる空を見ると、少し物悲しくなるのはなぜだろう。
ふと、小学生時代の帰り道を思い出した。
もう地球には帰れないのだと思い、少し切なくなった。久しぶりに深く眠りについたことで気が緩み、弱気が顔を出したのかもしれない。
気を引き締めようかと思ったが、弱気になれるほど余裕があるのは良いことだと思い直す。テーブルの上に置いてある、パンに具材の挟まったサンドイッチをいただいた。食パンの耳を切ったヤツではなく、普通のパンに切れ目を入れて具材を挟んだ形のサンドイッチだった。
ド〇ールのミ〇ノサンドっぽいなと思いながら口に入れた。
当然、地球のミ○ノサンドとは比べるべくもないが、この世界に来てから食べたパンの中で一番おいしかった。
作られてから時間が経っているはずなのに、パンはそれなりに柔らかい。しっかりと麦のおいしさも感じられた。高級宿はパンひとつとっても違うな。
夕陽を眺めながらもぐもぐとパンを頂いた。
食事を取ると不思議なもので、ホームシックはどこかへ消え去り、元気が出てきた。食後なのでストレッチを軽めに済ます。
窓のカギを閉め、風呂に入れるかを聞くために受付へと向かった。
受付には誰もおらず、俺の接客をしてくれた少女は食堂で忙しそうに準備をしていた。夕飯の準備で忙しいのだろう。
忙しそうにしているので声を掛けるのは悪いなと思いつつ、風呂に入れるかと少女に尋ねた。
「夕方の鐘が鳴ったら入浴できます。あと少しのはずです」
「そうか、ありがとう」
せわしなく動き続ける少女と別れ部屋へと戻る。タオル代わりの清潔な布、
地球と違い、外から部屋にカギが掛けられない。セキュリティに不安はあるが仕方ない。
ここの宿は作りがいいので、扉がぴったりと閉まる。扉を閉めるときに髪の毛を一本、扉に挟んでおく。俺以外が扉を開ければ髪の毛が地面に落ちているはずだ。
侵入を防ぐことはできないが、侵入したことを察知することはできる。
貴重品は宿側で預かってくれるのだが、俺の財産は表に出せない。預けることはできないので、部屋に置いてある。
風呂から部屋までは気配察知の範囲内なので、侵入者にも気付けるだろう。俺が風呂に行く準備を整えると、微かに鐘の音が聞こえた。ナイスタイミングだ。
俺は笑顔で風呂へと向かった。
風呂は宿の隅にあり、気配察知に反応はない。どうやら俺の貸し切りのようだ。やったぜひゃっほい!
扉を開けると、棚と籠だけのシンプルな脱衣所があった。風呂独特の湿気を感じる。俺は素早く服を脱ぐと、浴槽へとつながる戸を開けた。
ぶわっと湯気が立ち込める。俺は慌てて中へ入ると、戸を閉めた。風呂の中はもくもくの湯気で真っ白になっており視界が悪かった。
あれ? 風呂って蒸し風呂のことか? 日本でも湯に体をつける風呂は江戸時代までなかった。それまで風呂と言えば蒸し風呂、つまりサウナのことだった。
サウナも悪くない。地球にいる頃は、疲労がたまると、サウナに行っていた。疲れを取るにはサウナも悪くない。
ただ、湯につかる風呂を想像していた俺は少しがっかりしていた。
しかし、湯気になれた俺の気配察知が浴槽らしき物体の反応を捕らえる。あれ? 湯舟があるのか? 俺は浴室の奥へと歩いていった。
すると、石造りの五人ほど入れそうな規模の浴槽があり、浴槽の左側には仕切りがしてあった。そこには石が入っている。
浴槽を焚火であっためたり、ボイラーの熱を使ってあっためる方式ではなく、焼けた石を投入する方式なのだと気付いた。
浴室をよく見ると、天井付近にある長細い窓はしっかりと閉まっており、湯気を逃がさないように作られていた。
石を投入するときの蒸気で疑似的なサウナを作り出しているのだ。しばらくたてば蒸気は消えるが、10分ぐらいはサウナとして楽しめる。
おそらく、湯が冷めた頃にまた石を投入して、しばらくサウナ状態にするのだろう。手間がかかっている。
風呂と時間限定のサウナも楽しめるようになっているのか。
石の近くは温度が高く、石から離れると温くなっている。温度の好みに合わせてつかる場所を変えることができるみたいだ。
もちろん混んでいたら選ぶ余裕などないだろうが、かなり使用者のことを考えた作りになっている。
高い金を取るだけのことはある。
素晴らしい、この風呂は良い風呂だ! 浴槽の前は洗い場になっており、鏡がわりの磨かれた銅板と小さな椅子が数組用意されていた。
俺は椅子に座り、サウナでじっくりと汗を流す。毛穴が開き、体の芯から汗が噴き出てくる。あーデトックスされてるわぁ。
蒸気が薄くなってきた、サウナタイムも終わりか。俺は桶で浴槽から湯を汲み体に掛ける。その後、清潔な布で体をゴシゴシと拭いていく。
あー、サウナでたっぷり汗を掻いた後だから汚れがよく取れる。なんだか体が脱皮したような気分になる。
しっかり全身を洗い、湯で体を流す。
体を清めた後は湯舟に浸かるだけだ。俺はドキドキしながら異世界初の風呂に身を沈めた。
「あ゛あ゛あ゛ぎもぢいぃ」
完全にアヘ顔である。あまりの気持ち良さに意識が緩み切った。今襲撃されれば、容易く仕留められるだろう。
やばい、久しぶりの風呂やばい! 日本にいた頃は風呂めんどくさい、シャワーでいいやなんて思っていた。
なんと愚かな。昔の自分をぶん殴ってやりたい。
やはり俺も日本人だということだろうか。これは良い、これは良いものだ! 疲れやストレスが湯舟に溶けていくようだ。
湯舟を堪能した俺は洗い場に座り、湯気で曇った鏡代わりの銅板を布で磨く。久しぶりに髭を剃ることにした。
大きな町に行くと必ず理髪店があり、髭も剃ってくれる。だが俺は、自分の首元に他人が刃物を当てている状態で平然としてられるほど肝が太くない。
ロック・クリフにいた時は、自分で髭を剃っていた。ナイフで髭を剃るのはコツがいり、最初の頃は顔面を血まみれにしていた。
ナール草の傷薬があったため、大変だが多少はマシだった。
冒険者たちは身なりに気を遣うやつが少なかった。大抵は髭をもっさり生やしたワイルドな山男状態か、たまに気が向いたとき剃るといった感じの無精ひげ野郎が多かった。
ゴンズは、こまめに頭と髭を剃ってつるつるにしていた。アルは行きつけの理髪店で形を整えたオシャレ髭をしていた。キモンは無精ひげ派だった。
俺は髭を完全に剃ると、なぜか少し童顔になる。ただでさえ舐められやすいのに、童顔になると大変なので、髭は地球にいるときと同じ形に毎回整えていた。
上をハの字に、下を⚓型にした、いわゆるジョニー〇ップ気取りの形だ。ナイフで髭を剃るのも慣れ、手元の感覚だけでも何となくできる。
みんなが俺の顔を凝視するわけでもない。不細工なアジア系ゴリラの髭が多少乱れていても、誰も気にしない。最低限見苦しくない程度に整えていた。
髪の毛は長いと掴まれ大変なことになる。髪の毛を掴む、子供の喧嘩のように見えるが実は恐ろしく有効な攻撃手段だ。
髪の毛を掴まれると、相手に動きをコントロールされてしまう。髪の毛を引っ張られた方向に移動せざるを得ないからだ。
髪の毛を引っ張られ、それに逆らうと、髪の毛が数百本ひどいと頭皮ごと引きちぎられる。恐ろしい痛みだ。とても戦いを続けられるものではない。
なので、戦う機会がある職業の人は短髪が多い。
俺も髪の毛を掴まれないようにナイフで適当にザクザクと長さだけを整えていた。当然、適当にやったので見た目は整っておらず、多少見苦しい。
だが、不細工なアジア系ゴリラの髪が多少乱れていても、誰も気にしない。
山にいたときは破傷風が怖くて、髭の長さを整えるだけにしていた。ナール草に殺菌効果があるので、一応大丈夫だと思う。
ただ、万が一ということもある。低い確率とはいえリスクは回避したかった。
町と違い、薬師のいる病院や回復魔法を使える教会がない状態だった。なるべくリスクを減らすために、髭を剃っていなかったのだ。
改めて銅板の鏡を見ると、長さがバラバラな髪に山男状態の髭。ついでに身なりも汚いとくれば、宿泊拒否も当然だろう。
あのときはイライラしたが、追い出されて当然だったかもしれない。俺が非常識だった、反省しよう。
解体用に使っていた鉄のナイフで髭を剃る。黒鋼の武器は頑丈すぎて、専用の砥石じゃないと最高の切れ味が維持できない。
川で石英モドキ、砂、泥を使って刃物を研いでいたが、黒鋼は頑丈すぎて一定レベルまでしか研げなかった。
今、俺の手元にある刃物で一番切れ味が良いのが、解体用の鉄のナイフだった。後で黒鋼武器を研ぎに出さないとな。
銅板を見ながら髭を整える。髪は理髪店でしっかり整えてもらおう。俺はもう一度体を綺麗に洗うと、湯舟に浸かりアヘ顔を晒した。
俺の入浴中に他の宿泊客は現れず、広い風呂を独り占めできた。俺は最高の気分で風呂を出て、食堂へと向かった。
パンはうまかった、食事にも期待ができる。店員の少女に声を掛けると、テーブルに案内された。
そこでエールの入った木のジョッキを渡され、肉と魚どちらが良いか聞かれた。
俺は魚と答え、エールを一口飲む。井戸水で冷やされているのか、冷たくて美味い。もちろん、日本のようにグラスもビールもキンキンに冷えている、なんてことはないが、風呂上りに冷たいエールはたまらなかった。
そして、魚である。ついに魚を食うことができる。オラ、わくわくが止まらねぇぞ! 期待に胸を膨らませていると、店員の少女が料理を運んできた。
柔らかそうな白パンと干物を焼いたらしき魚。スープとサラダというシンプルな内容だった。焼き魚のいい匂いがする。さっそく頂こう。
ナイフとフォークで苦戦しながら骨を外し、魚の干物を食べる。うん、美味い! 普通に美味い。地球で食べた干物に近いレベルの味だ。
うますぎて口からビームが出るとかではなく、普通のうまさだ。懐かしすぎて少し涙が出た。俺は島国、日本育ちの日本人。
地球にいるときは気にもしていなかった。海の幸がある生活が、どれだけ幸せだったか。今になってそのことを噛み締めている。
やべぇ、醤油と米が欲しい。どこかに米は存在しているのだろうか? ラノベによっては、存在しないこともある。
転生者が生涯をかけて探していた幻の食べ物みたいな設定だ。それは勘弁してほしい、神様頼みます、我に米を!
干物を焼いたヤツはエールには合う。だけど、パンには合わない。
干物を口に入れるたび、米が欲しくなる。追加料金を支払い、エールのお代わりを頼む。そして、干物とエールで楽しむ。
やはり干物とエールは相性がいい。
パンは、スープと一緒に頂いた。スープは具沢山というわけではないが、深い味わいを感じさせる。しっかりと出汁を取っているのが分かる。
サラダにかかっているドレッシングも旨く、最高の食事だった。
ずっとここで暮らしていたいくらいだが、値段が高すぎる。今は結構な小金持ちだが、こんな生活をしていたらあっという間に文無しになってしまう。
色々と購入する予定もあるし、贅沢に慣れると体がキツイ。この宿に泊まるのは一泊だけにした方が良いかもしれない。
もっとレベルを上げ、冒険者として階級を上げ、このレベルの宿を定宿にできる稼ぎにならなければ。
俺の不幸を見ながらほくそ笑んでいる神様が悔しがるぐらい幸せになってやる。俺は決意を新たに、やる気を燃やしたのだった。