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不法侵入

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


盗賊宿屋があるやべぇ村を抜けて2日。

そんな夢を見ながら朽ち果てていく。

困った、こいつは困ったぞ。

夜にこっそり石壁を越えて町に入るか?

 しばらく頭を抱えて迷っていたが、決めた。夜にこっそり忍び込もう。元軍事施設だったロック・クリフに比べると石壁はずいぶん低い。


 一度はリスクが高いと諦めた。


 だけど、闇夜に紛れての侵入が一番安全に町に侵入できると思う。トンネルを掘る、石壁をこっそり切り抜くなど色々考えたが、どれもリスクが高い。


 村の門番がぼーっとしていたとはいえ、目の前を道を歩いても気付かれなかったぐらい俺の気配隠蔽は強化されている。


 格上の冒険者たちとの死闘、モンスターの徘徊する山での生活。普通の冒険者に比べて何倍もの濃度で気配隠蔽を使っていたはずだ。


 スキルレベルなどは確認できないが、俺の気配隠蔽はかなりのスキルレベルだと思う。このスキルを全開にして、闇夜に紛れ石壁を越える。


 色々と考えたが、シンプルな方法が一番確率が高い気がする。散々悩んだ挙句、最初に否定した案に一周して戻ってきた。


 やはりシンプルイズベストだな。


 石壁は低い場所で4メートルぐらい。このくらいなら、レベルの上昇で強化された今の肉体で余裕で越えられる。


「ステータスオープン」


レベル

19


スキル

空手 投擲

気配察知 気配隠蔽 五感強化

毒耐性 麻痺耐性

裁縫 解体


称号

怪物

新種のゴブリン

Ⅿ字ハゲ進行中


 冒険者を倒した後、レベルが18になった。その後、2カ月半ほど山でモンスターを狩りまくって、ようやく19レベル。


 聖域の森をさまよっていたときもそうだったが、自分より低いレベルの相手を倒すと経験値が減少するのかもしれない。全然レベルが上がらなかった。


 レベル20と思われる冒険者たちは4人倒しただけで1レベル上がったのに、山のモンスターは大量に倒してようやく1レベル上がった。


 神の試練と言われているだけあって、自分と互角かそれ以上の相手を倒さないと、なかなかレベルが上がらないみたいだ。



 スキルが増えて縦に長くて見づらい、並び替えできないかなと思っていた。すると、急にステータス欄が整理された。


 ジャンル別でまとめられたっぽい。見やすくなって良い感じだ。神様ありがとう。気配系のスキルに五感強化が並んでいるのは意外だっが。


 後、冒険者の装備を手直ししたり、細々とした裁縫を続けていたらスキルが生えた。


 裁縫はあっさり手に入ったが、解体はかなりの数を解体しないと手に入らなかった。ここら辺の違いはよく分からない。



 レベルが高くなるほど、1レベルで上がる恩恵がでかくなるといわれている。たしかにレベル15とレベル19の今じゃ身体能力が全然ちがう。


 衛兵の多くはレベル20ということだった。成長チートがある俺なら、レベル19でも対処はできるはずだ。見つかったとしても逃亡ぐらいはできるだろう。


 俺は遠巻きに町をぐるりと回り、地形や石壁の形状を確認すると夜を待った。



 夜になり、俺は警備のパターンを確認する。気配察知の反応によると、一部の区画だけやたらと警備が厳重だった。


 逆に、警備の手薄なところからは悪臭が漂っている。スラムかもしれない。警備の手薄さを狙うならスラムだが、スラムには町の顔役が存在することが多い。


 見たこともない新参者がいれば怪しまれ、衛兵とは別のトラブルになるかもしれない。金持ち喧嘩せず、今は揉め事は起こしたくない。


 警備が手薄で、スラムに近くない場所を探す。闇に紛れながら町の周囲を回る。衛兵の巡回パターンや配置を把握した俺は、町に侵入することにした。


 壁の真ん中らへんに出っ張りがある場所に向かって飛びあがる。出っ張りに足を掛け、さらに上へと飛ぶ。


 両手でしっかり壁のへりを掴むと体を引き上げ、石壁の上に中腰で立った。


 気配察知と目視で周囲に人がいないことを確認すると、石壁から飛び降り町の中へと侵入した。着地の瞬間、膝を柔らかく使い衝撃を吸収して足音を殺す。


 かなり夜の遅い時間だ。こんな時間に宿を取ると怪しまれる。仕方なく俺は、適当な店の裏手に回ると壁に背を預け座り込む。


 町に入っても結局熟睡できねぇのかよ。そう思いながら俺は気配察知を維持しつつ、薄く目を閉じた。



 日が昇り眠っていた町が目を覚ます。


 町の住人もちらほらと動き出した。俺は怪しまれないように、適当に町の大通りを歩く。時間がまだ早すぎて店のほとんどが閉まっていた。


 人が少なくて、大通りを歩くと逆に目立つな。困った俺は、開店準備中の食事処と思わしき店に入る。


「あー腹減った。少し早いけどやってるかい?」

「らっしゃい。まだ火を熾してねぇから冷めたもんしかねぇぞ?」


 冷めた飯なんてまずそうで仕方ないが、まだ人通りも少ない状態で通りを歩くのは目立つ。この店で朝食を取って時間を潰すことにしよう。


「腹が減って死にそうだよ、なんでもいいから食い物頼む」

「昨日の残りのパンだから少し硬いが我慢してくれ。今、火を熾すからもう少ししたらあったかいスープを出してやる」

「ありがとう、いくらになる?」

「スープ付きで銅貨5枚だ」


 パンとスープだけで銅貨5枚だと少し高いな。まぁ、早朝から押し掛けたので仕方ない。俺は銅貨を5枚渡してパンを受け取る。


 パンには切れ目が入っており、ハムが少量挟んであった。おぉ肉入りか、それなら妥当な料金かもしれない。


 パンにがぶりと豪快に齧り付く。硬い……。


 ただでさえ硬めの黒パンなのに、昨日の残りだからな。レベルアップで強化されていなからったら噛めないレベルだった。


 具のハムもひたすら塩っ辛く、うまみも糞もあったもんじゃない。硬くて酸味のあるパンと塩っ辛いハムがほんの少しだけお互いを引き立てているのが救いか。


 あまりおいしくはないが、腹が減っていたのでペロリと食べてしまった。それからしばらくボケっと待っていると、スープが運ばれてきた。


 肉の切れ端とクズ野菜が浮いた典型的なスープだったが、外で一晩過ごした俺にあったかいスープはありがたかった。


 スープを飲み干し、飯屋の店主に一声かけると店を出る。ガランとしていた通りはちらほらと人が見えるようになっていた。


 眠いし体も汚れていて気持ち悪い。セキュリティがしっかりしている、できれば風呂がある高級宿に泊まりたい。


 庶民的な店が立ち並ぶ区画から、裕福な人たちが通う区画へと向かう。


 旅の汚れで汚い恰好をした俺が歩くと目立つのか、すれ違う金持ちそうな人たちは嫌そうな顔をしている。


 人目を避けるように足早に歩き、立派な店構えの宿へと入った。


 すると、小汚い俺は宿泊を拒否された。金はあると言ったが、格式の問題だと言われ店を追い出された。


 ロビーにいた宿泊客は、追い出された俺を見て鼻で笑っていた。気分が悪い。店の出入り口を封鎖して、そのまま火をつけて貴様らごと焼いてやろうか。


 ほの暗い暴力衝動が顔を出すが、この国でもお尋ね者になるのはまずい。怒りを腹に収め、別の宿を探す。


 それからいくつか宿を巡った。


 結局、この区画で俺を宿泊させてくれる宿はなかった。身なりを綺麗にしたいから風呂に入りたい。なのに風呂がある宿に泊まれない。


 八方塞がりだ。


 仕方なく、高級区画をあきらめ一般区画へと帰ってきた。適当な屋台で肉の串焼きを買い、風呂のある宿を訪ねた。


 一般区画なのに、贅沢品の風呂があるなんて酔狂な宿屋は一軒しかないらしい。分からなくなっても、そこら辺の通行人に尋ねれば教えてくれるとのことだった。


 宿までの道順を聞くと、屋台のオヤジに銅貨を1枚渡し礼を言う。


 宿は大通りから外れた石壁側にあり、店が立ち並ぶ場所からも遠い。宿を構えるにしては不便な場所にあった。


 店の規模としてはでかい部類に入るのかもしれない。


 二階建てで、敷地面積もそこそこ広そうだった。看板は年季が入っている。文字が掠れていて、辛うじて浮雲亭という文字が確認できた。


 建物は古いが、手入れ自体はされていて不潔な印象は受けなかった。この宿なら清潔なベッドで眠れるかもしれない。


 ひどい宿になると、腐りかけの藁に汗染みのついた黄色いシーツかぶせてあるだけで、虫が湧いているようなありさまだ。


 野宿の方がましだと思えるぐらい、衛生環境が悪い宿もある。


 店の外観をしっかり掃除して、店内を汚くすることは無いだろう。風呂を導入しているだけあって、衛生的な部分に気を使っているのかもしれない。


 裏路地で浅い睡眠をとっただけなので、眠く体がバキバキだ。早く風呂に入ってぐっすり寝たい。


 宿に入ると、10代半ばから後半と思われる若い女性に声を掛けられた。


「いらっしゃいませ、浮雲亭へようこそ。お泊りですか?」

「あぁ、とりあえず一泊したい。それと、この宿に風呂があると聞いてきたんだが本当か?」

「はい、ございますよ。お食事はいかがなさいますか?」

「夜通し歩いてきたから眠いんだ。起きた後、部屋で軽く食べられるような物は用意できるかな?」

「はい。パンに野菜や肉を挟んだ物をご用意できます」

「ならそれを頼む。夕食と明日の朝食も付けてくれ」

「かしこまりました。お風呂は夕方の鐘が鳴ってからになります」

「旅の汚れを落としたいのだが、今すぐ風呂には入れないだろうか? 別料金を払っても良いのだが」

「申し訳ございません。大量の湯を沸かす労力の問題で、決められた時間しか入浴できないんです。別料金で桶に入った湯を用意いたしますので、そちらで体を清められてはいかがでしょうか?」

「わかった、湯を頼む」


 まじか、今すぐ風呂にはいれないとな。こっちの世界に来てから初めての風呂。日本にいるときはそこまで風呂が好きじゃなかったが、今は風呂が恋しい。


 仕方がない。俺は湯の入った桶とパンを受け取ると、料金を支払う。宿泊料金は全部こみこみで銀貨2枚だった。


 ロック・クリフで生活していた俺の生活費は月に銀貨15枚だった。物価の違いなどもあるだろうが、かなりの高級宿ということになる。


 風呂は大量の湯を使うので、どうしてもコストがかかる。この料金はしかたないと思う。今すぐ風呂に入れないのは残念だが、風呂は逃げない。後でじっくり楽しむとしよう。


 割り当てられた部屋に入ると、(かんぬき)をしっかり閉める。外側から開くように細工がされていないか、部屋におかしいところはないかをチェックした。


 部屋におかしいところはなく、(かんぬき)もしっかりしている。深い眠りについても、この太い(かんぬき)を無理やり壊せば、その音で目が覚めるだろう。


 部屋はベッドとクローゼット。一人用の小さなテーブルと椅子があるシンプルな内装。


 大抵の宿屋はベッドだけがドンと置いてあり、サイドテーブルでもあれば儲け物といった感じなので、かなり広いと言える。


 俺は荷物を置き裸になると、清潔な布を湯に浸し体を清める。風呂になど入れない一般人のスタイルだ。俺は川で全身を洗ってしまうので、この方法はあまり利用していない。


 しっかり体を拭くが、微妙にべとつきが取れない。石鹸が欲しい。体を清めると、荷物から綺麗な服を取りだし着る。


 ベッドは藁ではなく、もふもふした何かがシーツにくるまれていた。綿なのか何かの動物の毛なのか、どちらにせよ、この世界に来てからこんな上等なベッドに寝たことは無い。


 清潔なシーツに包まれた柔らかいベッドに身を委ね、黒鋼のナイフを抱きしめ眠りについた。今日は久しぶりに良い夢が見られそうだ。

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