<< 前へ次へ >>  更新
68/139

成金の苦悩

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


日はすっかり昇っており、雲一つない青空が広がっている。

「女将は強情はったから、たーっぷり苦しんで死んだぜ」

バースの町。そしてグラバースの町はどんな町だろうか?

楽しい出会いが待っていると良いなぁ。

 盗賊宿屋があるやべぇ村を抜けて2日。天候は崩れることもなく、気持ちの良い風が吹いている。


 レベルが上がり強化された肉体があるので、駆け足で走れば早くバースの町に行けた。だけど、心にダメージが残っている。


 心を癒やすために、まったり移動することにした。


 景色はあまり代わり映えしなかったが、地面に生えている草木を眺め、花の香りを楽しみながら街道を歩く。


 今まで植物を見ても、薬、食料、目線でしか見ていなかった。のんびりと草花を()でるのも悪くない。


 途中で森を見かけ、牙の生えた凶悪なツラをしたウサギをゲットして肉を食べたり、川で一人キャッキャうふふと水遊びをしたりした。


 小学生時代の夏休みに帰った気分で、ゆっくりと心を癒していった。



 そうやってゆっくり旅をしていると、遠目にバースの町を見つけた。中継地点という話だったが、かなりでかい。


 ロッククリフほどではないが、頑丈そうな石の壁に囲まれた町だった。


 幸い、金はたんまりとある。高級宿屋に泊まり、海産物に舌鼓を打ちたい。俺はテンションが上がり早足になる。


 そして、テンションが下がることを思い出して歩く速度が遅くなる。入町、もしくは入市でのトラブルが想定されるからだ。



 昔、中世に興味を持ち、図書館やネットで色々調べたときに知ったのだが、入市税というのは領主の貴重な税収のひとつだ。


 もちろん、時代や地域などで違いはあるが、意外としっかりとした決まりがある。この世界でも、入市税には色々と決まりごとがあるのだ。


 一部の物語では入市税がなかったり、料金が一律だったり、誰でも発行される冒険者ギルドのギルド証なんかであっさり入市しているが、現実的にありえない。


 身分を保証する必要があるのに、誰でも作れるギルド証で身分が保証されるなんて意味が分からない。


 それに、相手によって料金が変動するのだ。


 だから入市のとき、入り口で渋滞が起きる。門番は相手を見て、取る入市税を変える役目を持っている。


 大店に所属している商人や、大規模商隊(キャラバン)などは税が安い。高い税金を吹っ掛けるとルートを変更され、物資不足、税収不足に喘ぐことになる。


 逆に個人でやっている行商人などは吹っ掛けられ、荷物の重さや価値で高い税が掛けられる。


 商人以外はどうだろうか? 実は身なりが良い人間は税が安い。普通は逆だと思われがちだが、身なりの良い人間は権力者やそれに近い人間が多い。


 それに金持ちなので、町の中で多くの金を使う。無理に高額な入市税を取らなくとも、結局は税収に繋がる。


 入り口で大金を吹っ掛けて、気分を悪くさせるのは得策ではないのだ。領主側からしたらぜひ入市して欲しい人間と言える。


 一般市民はそこそこ割高な値段を付けられる。たちの悪い門番だと、個人的な賄賂を要求されたりもする。


 金以外にも、若い女性だと体を要求されたりもする。嫌なら町に入らなくていい。そういった態度だ。


 身なりの汚い人間はどうだろ? もちろん吹っ掛けられる。


 どうせ入市してもスラムの住人になるだけ。領主側からすると町に入って欲しくない人間ということになる。


 スラムに居つくなら、入市のときにたっぷり金を払えといった感じだ。


 もちろん払えないので、城壁付近に町とは違うスラム街が形成される。そこで餓死するか、モンスターの襲撃でくたばるかのどちらかだ。


 金をためていつか入市を、そんな夢を見ながら朽ち果てていく。


 ロック・クリフに城壁外スラムはなかったが、王都や帝都。迷宮都市マリベルの城壁外スラムは有名だとアルが言っていた。


 ちなみに、同じ領内の人間から高い入市税を取っていると、田舎から町に買い物も行けない。


 領内の人間は、村長の書いた書状や、簡単な木札などが渡され、それを門番に見せることで入市税の免除や軽減が行われている。


 それがないと町へ入るのも困難なので、村長の権力は自然と高まる。書状を書くなど、識字率の低いこの世界では村長しかできない。


 そうやって間接的な権力を使い村をまとめているのだ。


 門番にしても、相手を見ていくら税を取るのかしっかり見極めなければいけない。村長からの書状も読めないといけない。


 文字の読めるインテリ層が部隊長などの役職についており、賄賂で懐も潤うことから、おいしい役職とされている。


 閑職に追いやられた警備のおっさんではなく、衛兵の中でもそれなりのポジションなのだ。


 冒険者はどうだろうか? はっきり言って最悪である。


 吹っ掛けられるし、露骨に賄賂も要求される。所持品も厳しく検査されるし、ひどいと武器を取り上げられたりする。


 壁を越えた5級冒険者ともなると、ある程度リスペクトされる。そこまでひどい扱いは受けないが、それ以下は最悪である。


 6級以下の冒険者など犯罪者と同列ぐらいに扱われる。まぁ実際犯罪者だらけなので、何もいえないのだが……。


 俺はどうだろうか? 冒険者タグは、6級までが粗末な木札で、5級からは鉄、黒鋼、魔鉄、ミスリルと階級が上がるごとに素材が変わっていく。


 俺は現在7級。加入して数カ月で7級というのはものすごく早い昇級速度らしい。ゴンズたちとPTを組んでいたおかげで、難しい依頼もこなせた。


 森に行くたび受けていた、地味な採取依頼も評価されていた。依頼の達成率は100%。ロック・クリフの冒険者ギルドからしたら優良な冒険者と言えるだろう。


 だが、ロック・クリフを出ればそんなことは関係ない。俺はただの7級冒険者だ。粗末な木札に、7の数字が焼き印されている7級冒険者。


 わずか数カ月で7級に上り詰めた。門番や新しい町の冒険者ギルドはそんなことは分からない。俺が村から出てきてすぐの若者ならよかった。


 その年で7級なら将来有望だ、そうなるだろう。だが俺は違う。30代後半のチビのおっさんだ。


 冒険者の階級はレベルだけでなく、冒険者ギルドの信用度も表している。


 チビのおっさんなのに7級なのだ。こいつ、ろくに仕事もできず、その年で冒険者を引退して安全な仕事にもつけず、ただのクズじゃねぇか。そう思われる。


 誰も、登録してわずか数カ月で7級になった、遅れてきた大物新人などとは思わない。ただでさえ冒険者なんぞ犯罪者と同列ぐらいに思われている。


 そんな状態でおっさんで7級なのだ。衛兵や町の住人の俺を見る目はかなりきつくなるだろう。


 日本で例えるなら、前科持ちの全身入れ墨だらけの目つきの悪い男だ。そんなやつ警察だって職務質問して当たり前だと思う。


 この時代の門番は日本の警察ほど優しくはない。日本にいるとき、よく職務質問されて、警察うぜぇなんて思っていたが、あの(ぬる)い対応が今は恋しい。


 絶対やべぇ。そんな俺が今、大金を持っている。荷物検査されれば間違いなく、不当逮捕からの処刑コンボくらって財産を盗まれる。


 賄賂を渡して荷物検査を切り抜ける方法もあるが、あまり羽振り良く賄賂を渡すと、こいつ金持ってんなと目を付けられ不当逮捕、もしくは夜に街中で襲撃されるかもしれない。かといって賄賂をケチると、荷物検査を強行されたり、町に入れて貰えないかもしれない。


 困った、こいつは困ったぞ。


 ロック・クリフのときは、領主の義理の娘で有名な薬師でもあるクレイアーヌさんの姉妹弟子である村娘が一緒にいたからなぁ。そんなに苦労せずに入市できた。


 夜にこっそり石壁を越えて町に入るか?


 いやいや、さすがにリスクが高すぎる。バースの町を素通りして、グラバースに向かうか? 結局向こうでも同じことになるが、一回で済むだけリスクが減る。


 ぐぬぬ、まかさ金持ちになったから町に入れねぇなんて現象が起きるとは。どうなってやがんだ、こん畜生! 予想外の悩みに、俺は頭を抱えた。

<< 前へ次へ >>目次  更新