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メッセージ

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


俺は周囲を見渡した。絵に描いたような田舎の村だった。

「こんにちはー」

無精ひげを生やした小汚い男が出てきた。

この宿屋、盗賊宿屋ですわ。

 距離を最大にした気配察知に、ちらほらと反応がある。


 早起きの村人たちが活動を始めたらしい。俺はベッドから起きると、ストレッチをしてしっかりと体をほぐす。


 俺の他にもう一人いた宿の客は、ミーン草の効果なのか、ぐっすりと寝ているようで動く気配がなかった。


 いくら壁が厚いといっても、女将はかなりの悲鳴を上げていた。気付かれるかと思ったが、眠りが深く、多少の騒音では目を覚まさなかったのかもしれない。


 もっとも、子守唄代わりに悲鳴を聞かされたはずだ。悪夢にうなされていないといいが。巻き込まれた泊り客が、いい夢を見ていることを祈る。


 俺はストレッチを終え部屋を出る。台所で昨日の残りのスープとパンを食べ腹を満たすと、荷物をまとめて宿の外へ出た。


 体感だが、しっかり30分はストレッチをしていた。そのため、日はすっかり昇っており、雲一つない青空が広がっている。


 俺は空を眺め爽やかな気持ちになった。


 少し日差しはキツイが、こんな日は無理に急がず、街道をゆっくりと景色を眺めながら歩くのもいいかもしれない。


 だが、その前にやることがある。俺は武器屋へと歩き出す。



 武器屋の店に入ると、相変わらずオヤジはおらず、昨日と代わり映えしない商品が並んでいた。俺はなるべく明るく聞こえるように声をだす。


「おはようございまーす」

「あいよー、ちょっとまってくれ」


 店の奥からオヤジの声が聞こえた。


「らっしゃい、なんのごよ……」


 布で手を拭きながら出てきたオヤジは、手元から視線を上げ俺の顔を見た。俺の顔を見たオヤジはそのままピタッと動きと止め、唖然としていた。


「き、昨日の旅人さんか。やっぱり武器を売る気になったのかい?」


 武器屋の親父は一瞬動揺したが、何とか持ち直したようだ。取り繕って俺に話しかけているが、目が泳ぎ、額からは汗が噴き出している。


「いや、新しい武器を手に入れましてね。買い取っていただけないかなと思いまして」


 俺は笑顔を張り付けたまま、武器屋の店主に近付いていく。


「そ、そうかい。品物を見せてくれ」

「はい、この剣なんですが」


 俺はそう言うと、武器屋のオヤジに飛び掛かる。胸倉を掴み壁に押し付けると、顔面の真横に剣を突き立てた。


 その剣は、俺を殺そうとした門番の剣だった。


「~~~ッツ」

「この剣、見覚えがあるだろ。お前がけしかけた門番の剣だよ」


 武器屋のオヤジは、喉から絞り出されるような声にならない声を上げ、恐怖に体を震わせる。


「舐めたマネしてくれんじゃねぇか、どう落とし前つけんだごらぁ」


 俺はあえて安いチンピラのような台詞で、武器屋のオヤジを恫喝する。


「な、なんのことだかわかッ」


 俺は突き立てた剣を、裁断機のように刺さった部分を支点に刃を横に倒した。しらばっくれようとしたオヤジの頬に剣が浅く食い込む。


「おい、宿屋の女将から全部聞いてんだよ。このまま顔面を真っ二つにしてやろうか?」

「ひぃぃ。すいません、すいません」

「女将は強情はったから、たーっぷり苦しんで死んだぜ。おめぇもそうなりてぇのか?」

「ひぃぃぃぃ」


 オヤジが小便を漏らし目に涙を浮かべる。オヤジの恐怖が最高潮に達した時点で、俺はお決まりの言葉を言った。


「誠意を見せろ」

「へ?」

「隠してある分も含めて有り金全部よこせって言ってんだよ」

「そ、そんなぁ」

「女将から大体の話は聞いているぞ。てめぇがどのくらいため込んでいるのかもお見通しだ。ごまかしたりしたら……」


 俺はそう言うと、剣をさらに横に倒す。頬に深く刃が食い込み、鼻の軟骨部分も少し切れる。


「ひぃぃ、わかりました。わかりましたから、命だけは。どうか、命だけは」


 俺はオヤジに金の隠し場所を案内させる。


 鍛冶場にある炭置場の床が外れるようになっており、宝石などが装飾された高そうな短剣や、金貨が隠されていた。


 防音されている上に時間がたっぷりあった宿屋と違い、オヤジの尋問には時間が掛けられない。あえてチンピラのようなふるまいをして手早く吐かせた。


 目先の金に目がくらんで、深く追及しないチンピラを演じることで手早く隠し場所に案内させたのだ。


 宿の女将もそうだったが、本命の隠し場所があるはずだ。


 後ろ暗いことをしている、金に汚い小悪党は誰も信用していない。金目の物も複数に分けて保管しているはずだ。


 武器屋のオヤジはこの隠し場所を教えることで、俺が満足し本命の隠し場所の追求がされないと判断したのだろう。


 本命の場所を吐かせる時間はない。深く追求しないチンピラを装うことで、本命を隠す『見せお宝』の情報を引き出した。


 本命の隠し場所のお宝はもったいないが、諦めるとしよう。価値のあるものを片っ端からリュックに詰め、武器屋のオヤジに言った。


「あんたは約束を守った。俺も約束を守ろう。命は助けてやる」


 俺がそう言うと、武器屋のオヤジはほっとした顔をした。


 命が助かった。それだけではなく、他に隠してある金目の物を奪われなかったことによる安堵も含まれているはずだ。


「だけど、あんたは口が軽すぎる。他人の情報をべらべらしゃべっちゃだめじゃないか」


 俺はそう言うと、油断していたオヤジの口に指を突っ込む。そして、舌を引きちぎった。


「~~~~ッッッオゴゴ」


 舌を引きちぎられた武器屋のオヤジはしゃべることができず、言葉にならない悲鳴を上げる。


「あんたは誰かに質問されると、しゃべれなくても何らかの方法で俺の容姿を誰かに伝えるかもしれない」


 俺はそう言うと、両手の中指を立てて、オヤジの両耳に突き刺した。


「ごぉががが」


 両鼓膜が破壊されたオヤジは悲鳴を上げる。


「あんたは俺の顔を見ちまっている。俺の容姿を何らかの方法で伝えるかもしれない」


 俺はそう言うと、中指を耳に突き刺したまま、親指をオヤジの眼窩に引っかけ一気に親指を押し込む。すると視神経につながったままの眼球が、びっくり箱のようにポンと飛び出てきた。


「ごおおおおおおおおお」


 飛び出た状態でも周囲の景色は見えているのだろうか? そんなことを考えながら俺は店を出る。


 あれだけ武器屋のオヤジが悲鳴を上げていたのだ、気付かれないはずがない。村人が遠巻きに店を見ていた。


 俺は特に顔を隠すこともなく、道を歩き村を出てる。


 村に入った旅人が消えるのだ、村人が気付かないはずがない。村人もグル、もしくは黙認していたはず。


 善良な村人というわけじゃない。だから、武器屋のオヤジを痛めつけて殺さなかったのは警告だ。


 舌を引き抜いたのは余計なことをしゃべるなという警告。鼓膜を破壊したのは、何を質問されても聞くなという警告。目をつぶしたのは何も見るなという警告。


 村に入るとき。門番に実力の違いを認識させ、警告したつもりだった。しかし、何の効果もなかった。


 門番が馬鹿で警告の意味に気付かなかったのか、金に目が眩んだのか。その両方かもしれない。


 なので俺は、分かりやすいメッセージを残した。誰が見ても一目瞭然だ。


 宿屋から、経営者夫婦と門番の死体が出てくる。だけど、衛兵に通報されることなく、村の中で内々に処理されるはずだ。


 被害者には後ろ暗い部分があり、村にも後ろ暗い部分がある。リスクを(おか)してまで殺した俺のことを衛兵にチクることはない。


 相手は犯罪者だ。最初から堂々としていればいい。だけど、司法が整備されていないこの時代だと、俺が圧倒的に不利だ。


 宿の異質な部屋、残された古い血の跡。家探しすれば証拠品が次々と出てくるはずだ。だが、そんな物、何の意味もない。


 村人全員が俺の処罰を求めれば、あっさり俺が有罪になり、殺人者として処刑される。


 村人が判決に不満を覚え、反乱でも起こされればたまらない。見ず知らずの旅人を一人生贄にすれば問題は解決する。


 自分の方が正しいからといって、この時代の司法に身をゆだねるのは自殺行為だ。なので、分かりやすいメッセージを残した。


 この国でもお尋ね者になるなんて御免だ。


 あの腐れ村のことだ、今頃、死んだ人間の財産をどう分けるかで揉めているかもしれない。殺人者に正義の裁きを! なんてことは思っていないはずだ。


 青空の下、爽やかな風が頬を撫でる。今日は素晴らしい天気だ。嫌なことは忘れてゆっくり景色でも眺めながら街道を歩くとしよう。


 バースの町。そしてグラバースの町はどんな町だろうか? 海産物はあるだろうか? どんな出会いが待っているだろうか?


 素敵な楽しい出会いが待っていると良いなぁ。

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