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おろろろろ

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


流小刀格闘術(笑)とゴンズスタイルの融合。

「うわぁ、内臓だ。内臓だぁ」

「グケケケケ、ギザマラのナガマのナイゾウだ」

その日、俺は本当の意味で、初めて人を殺した。

 冒険者たちの死体から装備を剥ぎ取り、キャンプ地から荷物を回収する。アンデッド化しないように冒険者たちの頭を踏み潰す。


 驚いた表情を浮かべたまま殺された歯抜け冒険者。ヴァンと呼ばれていた男の顔を見つめ、踏み潰す。


 この男は終始混乱していて、パーティーに迷惑を掛けていた。だが、俺の奇襲に反応し致命傷を防いだことから、冒険者としては優秀だった。


 どこか憎めない、ムードメーカー的存在だったのかもしれない。そんな男を殺し、顔を踏み潰す。胃がキリキリと痛み、嘔吐しそうになる。


 だめだ。俺は殺した相手の人生を背負うつもりも、彼らの無念を想像して罪悪感にさいなまれるつもりもない。


 ただ、自分のやったことを客観的に理解して、自分のやった行動をちゃんと受け止めたいだけだ。


 惰性で殺したり、彼らを記号として扱って罪の意識から逃げたりしたくないだけ。悲劇のヒーロー気取りで他人の人生を背負うつもりなんてない。


 感情の揺れに持っていかれて、まずい方向に思考が向かっている。


 深く息を吸う。あたりに充満する血と臓物の匂い。深呼吸をするには最低の環境だったが、ほんの少しだけ心が落ち着いた。


 俺はもう一人のレームと呼ばれていた冒険者の頭部も踏み潰す。


 そして、さっきまで俺と会話していたロードの顔を見た。ほんの少しだけ躊躇したが、頭を踏み潰した。


 惰性ではない殺人を認識してから、初めて殺した人物。遺体を丁寧に埋葬しようか迷ったが、何か違う気がしていつも通りにした。


 俺が去った後は、頭の潰れた全裸の死体が3体転がるだけ。いつも通り、それでいい。俺の認識が変わったからといって、何かを変える必要はない。


 物資を回収し、その場を離れる。斥侯役の装備を括り付けた木から、装備を回収。痕跡をたどられないように拠点へと帰った。



 荷物を置いた後、冒険者から拝借した鍋を持って川へと向かう。鍋に水を汲み拠点へ戻ると、火を熾す。


 沸騰した湯を木のコップに入れ、茶葉を投入。日本で飲んでいた紅茶ほど芳醇な香気は上がらないが、心が落ち着く良い香りが鼻腔をくすぐる。


 冒険者の持っていたパサパサの携帯食料を一口かじり、奪われた口内の水分を補給するためお茶を口に含んだ。


「あちち」


 レベルが上がり、体が頑丈になっても猫舌は治らない。なぜだろう? この世界のシステムは無駄に複雑で不思議だなぁ。


 そんなことを考えながら、クソ不味い携帯食料と久しぶりのお茶を満喫した。


 高ぶった感情も、お茶と我が家(マイホーム)のおかげで落ち着いてきた。身も心もヘトヘトだ。俺はベッドへ向かうと意識を手放した。




「ッ~~」


 俺は声にならない悲鳴を上げ、飛び起きる。それと同時に、枕もとのナイフを握り戦闘態勢を取る。しばらく周囲を見渡し、夢だったことに気付く。


 夢か……。俺は警戒を緩めた。


 久しぶりに悪夢を見た。夢を見れるほど深く眠れたことを喜ぶべきか、警戒心が薄れていたことを反省すべきか。


 小説、映画。あらゆる創作物で殺人の経験者が、最初に殺した人物の顔は今でも忘れない。だけど、二人目以降は思い出せない。なんて台詞をよく言っている。


 俺も普段は顔も思い出せない相手の方が多い。だけど悪夢を見ると全員の顔がちゃんと認識できる。


 脳の海馬には、俺の殺した相手全員の顔が保存されているのかもしれない。


 創作物の登場人物のように、自分が殺した相手の顔を思い出すことができない日が来るのだろうか。



 ロードから得た情報によると、貴族を殴った件は対外的には解決済みらしい。


 領主は王都での権力争いで忙しい。他の貴族の攻撃材料になりかねない事件を速やかに解決するため、犯人がでっち上げられ、殴られた貴族は病気ということで幽閉されたらしい。


 でっち上げられた人物はすでに処刑済みで、幽閉された貴族も事件が風化した頃にそっと病死ということで始末されるのだろう。


 公式には犯人は処刑済みなので、厳しく追手が差し向けられることはない。


 ただ、権力争いをしている他の貴族に俺が情報を売ったり、何かしらの場で証言をされるとまずい。


 捕まえられるなら捕まえて確実に始末したいとは思っているそうだ。


 公式には解決済みなので、いつまでも俺に人手を掛けていられない。2.3か月も経てば、国境の警備も通常に戻るのでは? そう言っていた。


 確かにそれだけ経てば、ある程度事件は風化していると思う。ライバルの貴族が、そんな事件をほじくり返しても今更な感じになるのだろう。


 最悪、年単位のサバイバル生活を覚悟していた。


 俺はその情報を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。もちろん情報が嘘の可能性もあるので、完全に気を抜くことはできないが。



 昨日は疲れて眠ってしまったので、ちゃんと確認できていなかった。冒険者たちから頂戴した物資を確認する。


 残り少なかった塩、ありがたい。鍋、コップ、携帯食料。これもありがたい。後は奪った服と装備品。なかでもリュック的な肩に担ぐ荷物袋が嬉しい。


 自作した隙間だらけの背負子モドキと違い、細かな物も運べる。


 服は、体のサイズが違うので手直しする必要があるが、何とかなるだろう。俺はリュックに衣類を詰めると、川へと向かう。


 川で服とリュックを洗うが、石鹸も洗濯もない。桶がないので踏み洗もできない。仕方なく川で手もみ洗いをするが、なかなか汚れが落ちない。


 見知らぬおっさんたちが着ていた服だ。できれば完璧に綺麗にしたい。


 しかし、現状では不可能だ。ある程度汚れを落としたら拠点へ帰り、適当な木を組み合わせて物干し台モドキを作り服とリュックを乾かす。


 洗濯行く前に物干し台作っとけよと我ながら思った。この要領の悪さが脳筋たる所以(ゆえん)と開き直り、服を乾かしている間に食料確保に向かう。


 モンスターに服を持っていかれる心配もしたが、ここら辺のモンスターを大量に殺した。そのため、モンスターの気配を感じない。


 冒険者たちと戦っているときに、あまりモンスターが寄ってこなかったのは、大量のモンスターが死んだ危険地帯だと認識されているからなのかもしれない。


 こうやって主とかエリアボスと呼ばれる存在の縄張り(テリトリー)が生まれるのだろうか。




 いつもより少し遠出をして、クレイボアを一体仕留めて帰る。


 コッチの世界では、生き物の単位を『体』で統一する。最初は違和感があったが、今では自然と『体』でカウントするようになった。


 頭、匹、羽。獲物によって数え方を変えた方が、混同しづらく便利な部分はある。


 ただ、モンスターは植物型、動物型、ゴーレム、アンデッド。亜人と呼ばれる人型モンスター(ゴブリン、コボルト、オークなど)と種類が多い。


 いちいち名称を変えると種類が多く大変だ。それに、教育を受けていない平民が主な冒険者ギルドでは、名称を統一した方がやりやすい。


 なので数の単位を『体』で統一している。最初は違和感がすごかったが、慣れてくると確かに楽だ。


 仕留めたクレイボアを川へと運ぶ。川に着くと、丁寧にクレイボアを解体して川に沈める。蔓で木に縛り、表面がつるつるになっている石を重しにする。


 これで流される心配はない。


 まだ時間には余裕がある。鍋も手に入れた。肉以外の食料にも手を出すべきだろう。栄養のバランスが心配だ。


 俺がさまよっていた聖域の森は植生が豊かで、果実や香辛料には困らなかった。あの森が異常なだけで、普通の森はなかなか果実や香辛料が見つからない。


 そのかわり、野草なら良く見かける。さすがに生では食べられそうにないが、鍋で煮れば食べられるかもしれない。


 栄養バランス的にも、お鍋のお供的にも、食べられる野草を確保したい。毒があると目も当てられないので、少量だけ食べて大丈夫か確認しよう。


 それと同時に、村娘に教えてもらった薬草の知識を思い出して、各種薬草を採取したい。それらを原料に、解毒薬などの薬を作っておきたい。


 解毒薬を作ってから野草食べたほうが良いとは思う。


 だけど、即死するほどの強烈な毒草はそこらへんには生えてないらしい。毒耐性スキルもあるし、毒性の強いキノコに手を出さなければ大丈夫だ。


 アルが言っていたが、高位貴族なんかは自ら毒を摂取して、毒耐性スキルのレベルを上げるらしい。


 多少の毒を食らっても、スキルレベルを上げていると思えばいいだろう。



 野草を求めて森を歩く。クソ不味い携帯食料をかじり、冒険者の装備から拝借した革袋の水筒から水を飲む。


 相変わらず革の匂いが移って水がクソ不味い。


 薬草や食べられそうな野草っぽいものがかなりたまったので、川を経由して拠点に戻る。水筒に水を補充すると、クレイボアを引き上げた。


 いつものように遠回りしながら拠点へと帰る。


 服は乾いていた。匂いを嗅いでみると、まだ臭い。明日もう一回洗濯するか。全裸泥生活も今日で終わりかと思ったが、そうはいかないらしい。


 火を熾し、水筒から鍋に水を入れる。鍋を火にかけ沸騰を待つ。沸騰したお湯に、採取してきた野草を一種類一房ずつ投入する。


 しっかり火が通ったのを確認して食す。食べてから2時間ほど様子を見る。


 特に体調に違和感がないのを確認してから、改めて鍋にクレイボアの肉と野草を入れる。あまりにもまずかった野草は、もったいないが廃棄した。


 塩、肉、野草のシンプルな鍋だったが、野草独特の香りが良い感じに食欲をそそる。肉は熟成が進んでいないので少し硬かったが、相変わらずうまかった。


 笑顔で食事を終えた俺はベッドへ向かい、眠りについた。




「ぐううううう」


 強烈な腹痛と吐き気が俺を襲い、目が覚めた。


 ゴロゴロと雷のような音が腹から聞こえる。慌てて我が家(マイホーム)から飛び出し、拠点からなるべく離れた森の中へ向かう。


 ある程度距離が離れた地点で限界を迎えた俺は、マーライオンと化し盛大にリバースした。


「おろろろろ」


 ついでに限界を迎えた下からも発射される。上と下、両方から液体を噴出させながら地獄を味わった。


「はぁはぁはぁ」


 どのくらいのたうち回っていたのだろうか? 時間感覚が曖昧だ。何とか体が動くようになった俺は、木を使いまき散らした排泄物に土を掛けて処理をする。


 ふらふらと川へと向かい、全身を綺麗に洗う。


 やっちまった。レベル補正で頑丈になった肉体と毒耐性を過信しすぎた。サバイバル生活だってのに、警戒心を捨てすぎた。


 我ながら脳筋(アホ)すぎて嫌になる。解毒薬を用意してから野草を食べるべきだった。のたうち回っている状態でモンスターに襲われたら命はなかった。


 川の水をバシャリと頭に掛け、物理的に頭を冷やす。恐怖からの暴走。炭火焼肉からの冒険者討伐。殺人に対する意識の変化など、ここ数日は色々あった。


 緊張からの緩和で気が緩んでいた。それになんだかんだで今まで生き残ってきた。俺はどこかで自分は死なないとでも思っていたのかもしれない。


 死は突然訪れる。物語の登場人物のようにドラマチックな死に方などしない。風邪が悪化する、コケて頭を打つ、ゴブリンに不意打ちで殺される。


 死は自分が思っているよりずっと身近にある。メメントモリ、死は常に自分の(かたわ)らにあると忘れてはいけない。


 俺は脳筋(アホ)だ。すぐ調子に乗るし、すぐに忘れる。こうやって痛い目を見てようやく気付く。だが次に痛い目に遭った時に、命があるとは限らない。


 緊張状態から緩んだ時こそ慎重にならなければ。モンスターの生息地域でたった一人生きている。俺は改めてそのことを心に刻んだ。




 漫画〇郎先生の漫画のように、上下から噴出してから1週間が経った。体調は完全に戻り、乾燥、抽出、調合の作業を経て解毒薬も完成している。


 俺は地獄を見た原因になった野草たちをもう一度採取していた。どの野草が原因なのか、どのくらいの量だとだめなのか、組み合わせも関係あるのか。


 もうしばらくこの山で暮らす以上、安全に食べられる食料を確認する必要がある。毒はかなり時間が経ってから効果が出ると分かった。


 今度は慎重に少量ずつ試していく。正直、めちゃくちゃ嫌だがやるしかない。火をしっかり通したので可能性は低いが、単なる食中毒だった可能性もある。


 ここには自分しかいない以上、己の体で試すしかない。


 いろいろと試した結果、原因が判明した。嘔吐の原因になった草と腹下しの原因は別の草だった。


 同時に摂取しなかったからなのか、量を減らしたからなのか。それとも毒耐性のレベルがあがったのか。


 理由はわからないが、前ほどの惨事にはならなかった。原因が判明したおかげで他の野草は安全だと確認できた。


 これで食物繊維や肉では補えない栄養素が摂取できる。地獄を見たが、命を失うことなく痛い目を見れたのは、ある意味幸運だったのかもしれない。


 料理器具が手に入り、俺の食料に野草が増えたことで食事のレパートリーが増えた。かなりいい感じだ。


 いくら旨いとはいえ、ずっと肉だけというのもキツイ物があった。豊かになった食生活のおかげで、かなり生活が楽しくなった。





 サバイバル生活を始めてから3カ月ほど経っただろうか。塩の残りが心もとなくなって来た。さすがにこれだけ経てば、国境の警備も落ち着いているだろう。


 この山から巣立つ時期が来たのかもしれない。向かう先は西か東か。この山は西の国につながっている。


 距離を考えれば、西だろう。だが意表を突くなら東だ。国を横断して反対側の国へ逃げるとはさすがに思われないだろう。


 だが、国を横断するというリスクがある。さて、どちらにしようか。


 西の国は海に面しており、小国家群で一番メガド帝国に近い。漁業と交易の国として知られている。


 東の国は鉱物に恵まれ、各国に鉄や加工品を輸出している。鉱物と鍛冶の国として知られている。


 メガド帝国の文化に触れ、海産物を楽しめる西の国か。追手の意表を突き、装備の充実が図れる東の国か。しばらく悩んだ後、答えをだした。


 魚食いてぇ。そうだ、海へ行こう。


 荷物をまとめ、長く住んだ我が家(マイホーム)を見つめる。素人の作った掘立小屋でも、住めば愛着が湧く。


 しばらく我が家(マイホーム)を見つめた後、柱を「えいしゃおらー」と蹴り折り、未練がないように倒壊させる。


 さらば我が家(マイホーム)、さらば国境沿いの山。リュックを担いだ俺は、西の国『アスラート王国』へと旅立った。

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