失われた人間性
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
自分が今から人を殺すと、そして気が乱る。
『ただコトを済ますだけ』
時間をかけて削ってやるよ、精神と肉体をな。
俺は闇に溶け込んだ。
俺は冒険者たちから距離を取り、木を削り投げ槍を作り始める。ワンパターンだが、他に遠距離攻撃の手段がない。
木を棒手裏剣のように細長くしても、強度と重量が足りないため威力がでない。風の影響も考えると、ある程度の質量が必要だ。
なにか攻撃のバリエーションはないかと、木を削りながら頭を悩ませる。そのとき、気配察知に反応があった。
数は5体。四足歩行、おそらく
血の匂いに誘われたようだ。気配察知で動向を観察していると、急に方向転換を始め、俺の方へと向かってくる。汗の匂いを嗅ぎつけられたか。
一応体臭は偽装したが、かなり時間が経っている。汗もかいた。鋭い嗅覚を持つ
俺の方が位置的に近いからなのか、こっちへ向かってくる。血の匂いを出している獲物は、怪我で弱っていることが多い。
狙うなら
夜の山ともなればさらに危険度は跳ね上がる。普通に考えれば、狼と夜の山で戦うなど自殺行為だ。
だが俺には五感強化と気配察知がある。両者をうまく組み合わせれば、昼同然とはいかなくてもかなり戦える。
俺は冒険者の動向に注意を払いつつ、
ザザザザと草木をかき分ける音が聞こえ、次の瞬間、茂みから
俺は冷静に、斜め後ろにステップし、飛び掛かって来た右側の
スッと首筋に赤い線が走り、数瞬、間をおいてから傷口から血が噴き出る。
ドクドクと流れ出るというより、心臓の脈に合わせて、定期的にビュっと噴き出ていた。
頭の片隅でグロいなと思いながら、次々に飛び掛かってくる
お互いが重なるように誘導したり、攻撃の方向を誘導したりと、色々策を巡らせる。しかし、なかなかうまくいかない。
彼らのホームである山だからなのか、暗闇のせいで俺のポジショニングが甘いのか。膠着状態に陥ってしまう。
このままではまずい。闇の中で動くために気配察知の範囲を狭め、精度を上げた。そのせいで、冒険者たちの動向がわからない。
逃亡されると厄介だ。多少強引だが、こちらから仕掛けるしかない。
一定の距離を保ちながら、俺を中心にサークリングしている
俺の動きに反応した、
俺は急ブレーキを掛けて横に飛び、飛びかかってきた一体に投擲スキルを発動しながら、手首のスナップだけでナイフを投げる。
重量のある黒鋼のナイフと、
次に、股間を噛み付きに来た
下から天を突き上げるように蹴り上げたり、ムエタイのテンカオのように、腰を前に出して突き刺すように蹴ると、威力は上がるが隙が大きくなる。
今回はただ、タイミングを合わせてバチンと膝をぶつける。
それと同時に、左右から首筋に飛びかかってきた
俺に首を掴まれたまま、ガチンガチンと牙を嚙み合わせる
「ギャン」
「ギャイン」
二体の
致命的なダメージを受けた二体の
俺は二体の頭を踏み潰し、苦痛を取り除いてやった。最初に首を切った
俺はナイフが突き刺さったままの
ゴンズがよくやっていた、首掴みからの投げ。シンプルでかなり膂力がいるが、なるほど有効だ。野人流小刀格闘術(笑)とゴンズスタイルの融合、キリッ。
戦闘から解放されたことで、アホなことを考えてしまった。まだ終わった訳じゃない。俺は気配察知の範囲を広げ、冒険者の動向や他のモンスターの襲撃がないかを探る。
気配察知で探れる限りでは、冒険者たちに変化はない。他のモンスターも周囲にはいないようだ。
ふぅと安堵の息を漏らし、この後のことを考える。派手に血を流した。しばらくすればモンスターが集まってくるかも知れない。
俺も、返り血を浴びて匂いが染みついている。このままモンスターが集結し、俺に襲いかかってくると大変なことになる。
最近、大量のモンスターを倒したため、モンスターの密度は下がっている。それでも人の住む領域付近とは比べ物にならないほど、モンスターの密度が高い。
俺がモンスターと戦っている間に冒険者たちが逃げ出すかもしれないし、俺がそのままモンスターに殺されるかもしれない。
どうしたものかと考え、良いアイディアが生まれた。俺は
冒険者たちとの距離が近くなったところで、
内臓を適当な大きさに切断すると、投擲スキルを使い冒険者たちに投げ付ける。
「フン! ぐぬぅ、なんだこれは」
「うわぁ、内臓だ。内臓だぁ」
俺の投げた
俺は次々に内臓を投げ付け、冒険者のキャンプ地に血と臓物の匂いをまき散らす。そして、なるべく不気味で耳障りな声になるように意識しながら冒険者に話しかけた。
「グケケケケ、ギザマラのナガマのナイゾウだ、ガエジデヤルヨ」
新種のゴブリンっぽく聞こえただろうか? 血の匂いでモンスターを冒険者に誘導しつつ、メンタルを攻撃する。我ながら最低な作戦だった。
人と獣の内臓は違うが、焚火の明かりしかないこの状況だと見分けがつかないだろう。
修羅場をくぐった冒険者でも、仲間の内臓をぶっかけられた経験はないはずだ。まぁ、本物の人間の内臓じゃないけどね。
「うわああああ、嫌だ。帰る、俺は帰るぞ!」
「落ち着けレーム、怪我した足でどこに行こうてんだ!」
「ひぃぃ、
内臓攻撃は効果抜群だったようだ。山の闇、謎の襲撃者、怪我の痛み。精神が追い詰められたところに、仲間の物だと内臓を投げ付けられる。
俺ならチビるほど怖いと思う。このままパニックを起こしてくれると楽になる。
「レーム、ヴァン、大丈夫だ! 俺がお前たちを無事に家まで帰らせる!!」
リーダー格の冒険者が大声を張り上げる。
「でもよ、こんなの無理だぜ。さっきの化け物をどうやって殺すんだよ」
「ふぉれは
「俺が今まで約束を破ったことがあったか? 今まで死にかけたことなんて何度もある。だけど、俺はお前たちを無事家まで帰らせてきた。今回も大丈夫だ、俺を信じろ!!」
ちぃ、リーダーの力強い言葉で冒険者たちが落ち着きを取り戻しやがった。たいしたリーダーシップだ。かっこいいじゃねぇかこの野郎。
もはや効果は薄いと思うが、残りの内臓を投げ付けた後、投げ槍もぶん投げた。やはり防がれてしまう。俺は気配隠蔽を使いながら川へと向かった。
冒険者のキャンプ地は俺が炭焼きをした川沿いのすぐ近くなので、気配察知の範囲に冒険者をとらえたまま川へと向かうことができた。
川で全身を綺麗に洗う。粘土質の土に水を混ぜ、体に塗り込んでいく。何度やっても嫌な感触だ。泥パックでお肌が綺麗に! そんな感じで能天気に考えられれば楽なのだが……。
俺は気配察知で冒険者の様子をうかがいながら、泥が乾くまで待った。
体感にして2時間ぐらいだろうか。泥が乾いた頃、気配察知に5体の反応があった。今日は
冒険者たちのキャンプ地に
「クソ、いつもなら
「あのゴブリン、これが狙いか」
「うわあああ、このひゃろう!」
冒険者たちは闇と怪我で思うように戦えず、連携しながら素早く動く
俺に前歯を折られた冒険者は、半ばパニックになりながら剣を振り回す。同士討ちを恐れた味方の冒険者が何度か声を掛けたが、聞こえていないようだった。
同士討ちを恐れた冒険者が、パニック状態の歯抜けから距離を取り戦う。
怪我と熱で弱っている歯抜けだったが、腐っても5級冒険者。適当に振り回した剣が
「ざまぁみやがれ、ふぉれさまは無敵だぁ!」
歯抜け冒険者が頭の悪いセリフを吐いた瞬間、死角から飛び込んできた
「こふぅ」
喉を強い力で押され強制的に排出された空気が、声帯を通り奇妙な音を鳴らす。
「ヴァン!」
「ちくしょう、どきやがれ!」
仲間の冒険者たちは、他の
俺は
喉を噛まれた歯抜け冒険者は、自分が助けられたと思い安堵の表情を浮かべる。俺は気を抜いた冒険者のコメカミにナイフを突き立てた。
歯抜け冒険者は、何故? という顔をして死んだ。
俺を仲間か何かと勘違いしたのだろうか。自分で殺しておいてなんだが、間抜けな面をしていた。俺はこんな顔をして死ぬのはまっぴらごめんだ。
仲間を殺された
回避か攻撃かで一瞬迷った冒険者リーダーは、投げられた
反応が早い。だけど咄嗟だったため、攻撃が分かりやすかった。俺は逆手に構えたナイフで冒険者リーダーの斬撃を逸らす。
逆手にナイフを持っているので、受け損なうと指が飛ぶ。
軌道が一切ブレない相手のスキルでの攻撃を信用し、攻撃の角度を見切る。逆手に持ったナイフを腕の骨に這わせて腕と一体化させることで固定。
少しだけ角度を付けると、滑らせるように相手の斬撃を逸らした。
できれば体勢を崩したかった。しかし、このスタイルで初めての対人戦。そこまでの技量はまだ身に着けていない。
刃と刃がぶつかり、シャリンと澄んだ音を立てながら、ナイフの角度に沿って相手の切っ先が滑る。俺は斬撃を逸らしながらそのまま前進。
懐に入られた相手がナイフを警戒しているのが分かる。
俺は古流空手のモーションが大きい正拳突きではなく、近代空手のコンパクトな突きを水月に放つ。
最速最短で水月に到達した突きは、ドムっという鈍い音を立て革鎧越しに衝撃を伝える。
水月を打たれた冒険者リーダーの動きが止まった瞬間、フックの要領で外から内へとナイフを首筋に走らせる。
相手は体を後ろにそらし、ナイフをかわす。
歯抜け冒険者もそうだったが、こいつら反応が早い。俺の技術が未完成で無駄が多いのもあるが、非常に厄介だ。
そう思いながら俺は、左手で突きのフェイントを一つ掛ける。さらに半歩右足を踏み込みながら深く沈み込む。
振り切った状態の右手の手首を返し、手のひらが上に来るようにしながら、体ごと斜めに体を流し、手首を柔らかくしながら腕全体でヒュラリとナイフを相手の膝に走らせる。
スウェーのような上体を反らす防御技術は、タックルやローキックなどの下半身を狙った攻撃に弱くなる。
俺は膝の内側にある靭帯をナイフで撫で斬る。それと同時に右足に乗っていた体重を反発させるように斜めに地面を蹴り、後ろに足刀を放つ。
股関節の柔軟性をフルに使い、反動を付けた勢いと体重移動、筋肉の加速をなるべくロスさせず、さらにもっとも距離が出るように意識する。
もう一人の冒険者が後ろから俺を狙っていた。
気配察知でその動きを察知していた俺は、カウンターで蹴りを突き刺した。武器をメインに戦えば、後ろから攻撃されると振り返るしかない。
しかし、素手をメインにすれば、後ろから攻撃されても、後ろ脚で蹴りを放つだけで即反撃が可能になる。
反撃は不可能だと思っていたタイミングで蹴りを食らった冒険者は、予想していなかった分、もろに足刀を食らってしまう。
水月をまともに蹴られた冒険者は体を『くの字』に曲げる。
俺は蹴り足をそのまま踏み込み、オーソドックスにスイッチしながら、相手の髪の毛を掴み下を向かせた。
その動作と同時に、むき出しの延髄に持ったナイフを突き立てる。相手の体がブルリと震え、うつぶせに倒れるとそのまま動かなくなった。
今回は、さすがに勝てないと悟ったらしい。後は膝の靭帯を斬られた冒険者だけ。俺はゆっくりと冒険者リーダーに近付いていく。
「なぁ、アンタ人間だろ? そんな恰好しているが、貴族を殴って山に逃げ込んだ冒険者なんだろ? 蛮族と呼ばれてたが、いやはや、そんな恰好をしてるとは」
「町でもこの格好でいたわけじゃねぇよ!」
いきなり普通に話しかけられた上に、失礼なことを言われたので、思わず言い返してしまった。
「俺の名はロードてんだ。アンタ名前は?」
まずい展開になった。有無をも言わさず殺しておけばよかった。この男、分かってやっているのか? 止めろ、名前を言うな。俺の名前を聞くな。
冒険者と言う記号以外を俺に認識させないでくれ。お前を個人と、ちゃんと生きている人だと俺に認識させないでくれ、心が揺らいでしまう。
俺は冒険者リーダーの質問には答えず簡潔に述べた。
「武器を捨てろ、俺の質問に答えろ、そうすれば楽に死ねる」
「あー名前は教えてくれないと……。あのさ、自分で言っといて嘘くさいとは思うんだけどさ、俺には一人娘が居てね。あいつを生んだとき、母親は死んじまった。俺が死ぬと、まだ幼いあの子は一人ぼっちになっちまう。こんな世の中で孤児になったら、残りの人生は悲惨だ。分かるだろ? 俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。なぁ頼む、俺を殺さないでくれ」
冒険者リーダーはそう言った。心の底から俺に懇願するような、悲しさとある種の決意を感じさせるまっすぐな瞳で俺を見る。
ありがちな命乞いだ。家族が子供がと言い訳をする。冒険者で所帯持ちなどほとんどいない。大抵の場合は嘘だ。
だが、目の前の男はどうだろうか。
ヨーロッパ系の顔立ちなので老けて見えるが、それを加味しても40歳近い年齢だと思う。この年まで現役で冒険者をやっている人間はまれだ。
ほとんどの場合は40まで生きられない。その年まで生きている人間は、とっくに引退して別の職に就いている。
この年まで冒険者を続けているのは、娘のために金が必要だったからじゃないか? そんな風に考えてしまう。
孤児の未来は暗い。スラムで野垂れ死ぬか、娼館に売られるか、奴隷狩りにあい鉱山に送られるか。
鉱山に送られると、子供しか通れないような狭い穴倉で重労働をさせられる。ほとんどの子供は1年持たずに死んでしまうという。
その未来が想像できてしまった。俺がこの男を殺すことで少女が不幸になるかもしれない。この世の地獄を味わうかもしれない。
手に汗をかく。考えるな、そう思ったが無理だった。ここに来て気付かされた。俺には殺す覚悟が、本当の意味で覚悟ができていなかった。
ただ襲われたから反撃しただけ。惰性で人を殺していたにすぎない。
何の覚悟もない人間に殺されるなんて御免だ。なんて思っていながら、何の覚悟もしていなかったのは俺の方だった。
反吐が出る。懺悔と羞恥で死にそうになる。覚悟、覚悟と口にしていながら、俺は惰性で人の命を奪っていた。
考えないようになんてしちゃだめなんだ。受け止めないとだめなんだ。俺の意思でこいつを殺す。俺の意思で自分の利益のために見知らぬ少女を地獄に落とす。
自分の中で何かが壊れ、新しく何かが作られた。覚悟が決まった。俺は一つ人間性を失い、また一つこの世界に順応した。
「その足じゃどっちみち生きて山を出られない。武器を捨て俺の質問に答えろ」
覚悟を決めた俺の目を見て、冒険者リーダーは、いや、ロードは無理だと悟ったようだった。
ロードは武器を捨て、俺の質問に素直に答えた。
最後に祈る時間をくれと頼まれたが、血の匂いでモンスターが寄ってくるかも知れない、食い殺されたいなら止めないと答えると、体の力を抜き目をつぶった。
ロードの瞳から涙が零れる。俺のナイフが彼の命を奪う瞬間、彼の口からこぼれた言葉を強化された聴覚が拾った。
「ファーラ……」
その日、俺は本当の意味で、初めて人を殺した。