闇に潜む狩人
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
ぐへへへ、炭火焼肉じゃ!
これは腐ってるんじゃない、超熟成肉だ!
まさに味の
冒険者たちを殺すプランを練り始めた。
俺は気配隠蔽を発動しながら慎重に距離を詰め、木々の隙間から冒険者たちを観察した。
彼らは俺の炭焼きの形跡を見て、何やら話し込んでいる。会話を聞こうとしたが、距離があり聞こえない。
しばらく観察していると、彼らはフォーメーションを取りながら周囲を索敵しだした。詳しく調べるために、この場所でキャンプを張るのかもしれない。
動きの連携が取れており、長くパーティーを組んでいることが
足運びや重心の移動、目線の配り方などは堂に入っており、そこら辺の雑魚ではないと感じた。中でも特に、斥侯職と思われる冒険者は動きがいい。
俺の存在に気付かれないように、かなり距離を取る必要があった。
冒険者たちの動きの良さから、たまたま山に来た冒険者ではなく、ロック・クリフから派遣された冒険者だと推測した。
あのレベルの相手四人を一人でか、難易度が高いなぁ。まともに正面から行けば確実にやられる。
俺は観察を続け、隙をさぐる。
彼らは火を熾し湯を沸かし、斥侯職以外のメンバーはお茶的な物を飲んでくつろぎながら、食事の準備をしていた。
ぐぬぬ。こっちは朝から何も食べてないというのに、なんて余裕だ。ここは我慢だ、あいつらを倒せばあのお茶が手に入る。
服も、湯を沸かしている鍋も、文明の香り漂う素晴らしい品々が我が手に! そのことを想像してモチベーションを上げる。
我慢の時間は続き、やがて日が暮れ夜になった。山の夜は本当に真っ暗だ。24時間明かりが付いていた現代日本では考えられないくらいの暗闇。
森の暗闇には多少慣れた。冒険者に攻撃を仕掛けるのは夜しかない。
冒険者たちはキャンプを張っている。しばらくは移動しないだろう。俺は冒険者たちから離れ、木を削って投げ槍を作った。
木の先端を尖らせただけのシンプルな作りだが、先端には毒が塗ってある。毒と言っても効果の薄い毒草で、本来なら煮詰めて使う。
そのままだと、ないよりはマシ程度の威力しかない。
気配察知、五感強化を強く意識しながら闇に感覚を慣らす。気配隠蔽を強く意識して、自分の存在を偽装する。
闇に溶け込む。空気が俺になり、俺が空気になる。そんなイメージをしながら極限まで闇と同化する。
自分と周囲の闇との感覚が曖昧になった頃、冒険者の一人がキャンプ地から離れていった。斥侯職の冒険者だ。
偵察か? こんな暗闇で? 俺と同じ気配系、もしくは夜目的なスキルでもあるのか? 俺は足音を立てないように、そっと後を付ける。
キャンプ地から少し離れた場所で、斥侯職の冒険者はズボンをゴソゴソといじりだした。立小便か? 一人で不用意な。
自分の腕に自信があるのか、油断をしているのか。仲間と離れ、一人で立小便中である。腕のいい冒険者とは思えない、隙だらけの行為に罠を疑った。
しかし、周囲に他の人の気配はない。襲ってくださいといわんばかりのシチュエーションに戸惑いを覚えたが、チャンスだと思った。
俺は背後からそっと近づく。
放尿が終わったのか、ブルブルっと軽く震えている斥侯職の口と鼻を左手で塞ぐ。それと同時に右手でナイフを延髄に突き立てた。
「ムー」
くぐもった悲鳴を上げた斥侯職はブルリと震え、体の力が抜けた。俺は音を立てないように、そっと体を支え、周囲の気配を探る。
罠でもなんでもなく、ただ油断していただけのようだ。自分の技術に自信がある分、致命的な隙をさらしてしまったのかもしれない。
排泄行為は隙が大きい。普通は仲間に付いてきてもらうか、キャンプ地の近くでする。
しかし、だれでも一夜限りとはいえ、自分の宿泊する近くに排泄などしたくない。他人に見られながら排泄するのも嫌なのはわかる。
この山は格3のモンスターしかない。自分一人で対処できると思ったのかもしれない。
日本でも、女性登山家が離れた場所でトイレをしている時に滑落してしまい、そのまま亡くなるという事件があった。
他人に排泄音を聞かれたり、排泄物を見られるのは嫌だろう。特に女性は。だが危険な状況で羞恥心を取ると、リスクは跳ね上がる。
どちらを取るのかは本人しだいだ。俺は自分で殺した目の前の男を見て、教訓を胸に刻んだ。
もっとも、全身泥まみれで全裸の俺には、今更羞恥心も糞もないがな。そんなことを考えながら、斥侯職の死体を山の奥へと運ぶ。
手早く荷物を漁ると、冒険者ランクを表すギルドタグが出てきた。
「5級冒険者か……」
レベル20に到達した証。俺よりもレベルが高い。相手は格上だが、5級で助かったともいえる。
それより上なら確実に対処できなかった。ロック・クリフには5級冒険者は居なかった。別の町から呼ばれたのか、たまたま護衛任務か何かで寄ったのか。
めぼしい装備をはぎ取ると、木に登り括り付けておく。これでモンスターに荒らされるリスクは減った。
木にナイフで軽く印を付けると、死体を担ぎその場所から離れる。気配察知に引っかかったモンスターの近くまで寄ると、死体をその場に置いていく。
後はモンスターが、死体を綺麗に処理してくれるだろう。
腕の良さそうな斥侯職に接近を気づかれなかったことで、気配隠蔽に自信が付いた。それと同時に課題も見えた。
相手の延髄にナイフを突き立てる瞬間。いざ殺そうと行動をとったとき、相手に気付かれた。幸い口を塞ぎながら刺したので、大声は上げられなかった。
危ないところだった。大声を出されていたら、残りの冒険者たちに気付かれてしまう。そうなると、奇襲が仕掛けられない。
どれだけ自分の気配を隠蔽しようと意識しても、人間を殺そうとする瞬間。人間の命を奪うそのとき。どうしても意識してしまう。
自分が今から人を殺すと。
そして気が乱れ、気配隠蔽が完璧ではなくなる。今回は相手が油断していたことと、排尿をしたときに感じる謎のブルブル感のおかげで何とかなった。
排尿時のブルブルは謎の快感があり、意識を持っていかれる。
あれが警戒した相手だったり、ブルブルしていなかったなら、反撃されたり、大声で仲間を呼ばれて危険だった。
この世界で散々人を殺してきたが、俺には殺しの才能はないのかもしれない。
キャンプ地に戻ると、騒ぎになっていた。手早く済ませたとはいえ、それなりの時間はかかっている。それだけ戻らないと怪しまれるか、さすがに。
冒険者たちは揉めているようだ。山のモンスターを刺激しないように、小声で話しながら言い合いをするという器用なことをしていた。
「クローツを探しに行かないと!」
「夜の山をどうやって探せってんだよ。肝心の斥侯が行方不明じゃねぇか!」
「二人とも落ち着け! もう少しだけ様子を見よう。ヴァンの言う通り、斥侯なしで夜の山を歩くのは危険だ」
どうやら行方不明になった斥候職を、探す探さないで揉めているようだ。できれば油断している時に襲いたかったが、これはこれでチャンスだ。
お互いが揉めて連携も乱れるだろうし、注意力も散漫になってる。俺はそっとキャンプ地に近付くと、石を俺と反対側に投げた。
古典的な手だが有効だ。ガサリと石が葉を揺らす。言い争っていた三人は、一斉に物音がした方を向く。その瞬間、俺は飛び出していた。
ナイフを逆手に握ったまま、右拳を相手の鼻に突き刺す。
「ぐあっ」
鼻を殴られ仰け反った相手の首筋にナイフを走らせるが、相手は腕を盾にしながらバックステップで避ける。
バッサリと腕を斬ったが、首を守られた。俺はバックステップに合わせて飛び込み、追撃の左拳を縦拳で人中に突き刺した。
当たりが浅い。相手の身長が190センチ以上あり、身長差で顔面が遠かったことと、相手が仰け反り回避したことが原因だった。
さらに追撃を入れようとするが、横から別の冒険者が剣を振る。気配察知で『見ていた』俺はその斬撃をかわすと、そのまま山へと逃げた。
「なんだ今のは?」
「焚火の明かりで一瞬しか見えなかったが、ゴブリンのようだった」
「あんなゴブリンがいるかよ!」
「新種のゴブリンかもしれねぇだろ!」
「ふぉい、
「ヴァン、あいつにやられたのか? こいつはひでぇ、すぐに傷薬を!?」
「ぐぁぁ」
「レーム、畜生! どこだ、出てきやがれ! ゴブリン!!」
誰がゴブリンじゃい。俺は心の中で反論をしながら、冷静に冒険者たちを観察していた。木々の隙間から冒険者を見る。
冒険者たちは混乱して隙だらけだった。俺は毒を塗った投げ槍をぶん投げる。運よく、俺を新種のゴブリン呼ばわりしていた冒険者の太腿にクリーンヒット。
レベル20ともなれば体は頑丈で、そこら辺の木を雑に削った物だと深くは刺さらなかった。それでも軽い怪我じゃない。効果は薄いが毒も塗ってある。
斥侯職を失った冒険者たちは、夜間の移動はできない。夜明けはまだ先だ。じっくり時間をかけて削ってやるよ、精神と肉体をな。
彼らに恨みはない。だけど、殺らなければいけない。地球とは違う。この世界では、殺人とはあり触れた手段の一つにすぎない。
彼らも俺を殺すだろうし、俺だって彼らを殺す。だから、えげつなかろうが、外道と呼ばれようが、彼らを殺す。全身全霊をもって命を絶つ。
「
俺に腕を斬られ、鼻と前歯を折られた冒険者が喚き散らす。前歯がお亡くなりになったせいで、間抜けな喋り方になっている。
「ヴァン、どこにさっきのヤツがいるか分からない。怪我をしていないのは俺だけだ。警戒する必要がある。悪いが自分で治療してくれ。傷薬は各自携帯してるはずだ。レーム、怪我は大丈夫か?」
「傷自体はそこまで深くない。だけど太腿に刺さった後、木が砕けて細かい破片が傷口に刺さっちまった。取り除かなくちゃいけねぇが、こう暗くちゃよ」
「焚火の近くは……無理か」
「ああ、的にしてくださいっていってるようなもんだぜ」
冒険者たちは、襲撃直後は混乱していた。しかし、今は落ち着いている。さすが、5級冒険者といったところか。
俺は新しい投げ槍を製作しながら、少し遠めに彼らを観察した。
治療を終えた怪我人二人は、太い木を背に固まり、毛布がわりなのか布にくるまって目をつぶっていた。
無傷の冒険者は、その二人を守るように立っている。
すごいな、この状況で怪我人の体力回復を優先させるか。寝れるシチュエーションじゃないが、目をつぶり安静にしているだけでも体力は回復する。
怪我人を抱えて山を下山しようにも、斥侯職なしで夜の山は自殺行為だ。俺が手を下すまでもなくモンスターの餌になるだろう。
夜が明けるまで、体力を温存しようというのだろう。この状況で睡眠を選択できるとは大したもんだ。
だが、楽な展開でもある。正直、無傷のヤツが仲間を見捨てて、
二手に分かれられるのも困るし、可能性は低いが町にたどり着かれても困る。怪我した仲間を見捨てられないのか、夜の山を下山するリスクを避けたのか。
理由は分からないが、俺にとっては好都合だ。じっくりと時間を掛けて削ってやろう。体力の温存などさせはしない。
体感だが、あれから2時間ほど経っただろうか。俺に鼻を折られた冒険者がうなり始めた。ナイフで斬られた腕の傷は傷薬で消毒できても、折られた鼻は無理だ。
俺も鼻を折られたときは高熱がでて大変だったよ。家の布団でもつらかったんだ、こんな地面むき出しの場所で、高熱に苦しみながら寝るなんて地獄だよな。
他の二人も、仲間が苦しそうにうなるのを聞いてテンションが下がっている。
見張り役の冒険者の意識が削がれていると感じた俺は、投げ槍を見張り役ではなく怪我人二人に向けて投げる。
固まっているので、ブレてもどちらかにはヒットするだろう。そう思ったのだが、見張り役の冒険者が素早く抜剣し、投げ槍を斬りつけた。
意識が削がれていると感じたが、反応が早い。ちゃんと警戒していたのか、単純に腕が良いのか。5級冒険者は伊達じゃない。
今回は失敗したが、夜はまだ長い。楽に過ごさせはしない。揺らめく焚火の明かりで朧げに浮かぶ冒険者を睨みながら、俺は闇に溶け込んだ。