チートキャラ
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
やはりレベルが上がっている。
それと新しいスキルが生えている。
「焼肉祭りじゃあああ! 炭火で焼肉じゃああああ!」
生き抜く。ただ、それだけだ。
人は忘れてしまう。どれだけ強い想いを胸に刻んでも、思い出すだけでつらくて死にたくなる出来事も、愛しい人への愛も、少しずつ忘れてしまう。
だから刻み付ける。何度でも、何度でも。生きる生き抜いて幸せになる。何度も誓った想いを、再び魂に刻み付ける。
思考の海から戻り、太陽を眺めた。かなりの時間、思考の海へダイブしていた気がする。実際はたいした時間、経っていなかった。
気配察知は相変わらず無反応。かすかに、モンスターが捜索範囲の端にひっかかったり消えたりする程度だ。
スマホがあれば、いくらでも時間を潰せるのにな。そんな事を考えながら、土のドームを眺めるだけの時間に辟易としていた。
時間を有効活用するために、もっと自分の利益になるような事を考えなければ。
この野蛮な世界では、戦闘能力が何よりも大事だ。個の力が集団を凌駕しうるこの世界では、命の危険が常に付きまとう。
圧倒的強者がその気になれば、誰も止められない。一番の護身は、己がその圧倒的強者になるしかない。
レベルの壁を越え、黒鋼の武器を手にした。さらなる高みへと至るため、そろそろファイトスタイルを見直す時期が来た。
剣を習い、剣術スキルを身に付ける事も考えた。だが、俺の強みは素手で戦う技術を持っていることだ。誰も知らない、予測も対処もできない技術。
この技術のアドバンテージは圧倒的だ。
いまさら俺が剣術スキルを手に入れたところで、多少目端が利く、普通の冒険者レベルに成り下がるだけだ。
しかし、いつまでも素手だけで戦うわけにもいかない。モンスターの体は頑強だし、対人戦でも、急所を撫で斬るだけで命を奪える武器は有効だ。
俺の武器はナイフ。刃渡り25センチほどで肉厚だ。リーチは短いが、切れ味と頑丈さは折り紙つき。
たった25センチとはいえ、間合いが変わるのはでかい。慣れるまで距離感が変わってしまう。そこで閃いた。
ナイフを逆手に構える。軍事格闘技でもナイフを逆手に構えることがあるが、普通はもっと小型のナイフだ。
中二病全開の、ごついナイフ逆手持ち。これで二刀流なら、何処のアニメキャラのコスプレだ? とかいわれそうだな。
だがこれはいい。
間合いが素手に近くなった。今までの距離感で戦える。右手にナイフを逆手で持ち、そのまま握りこんだ拳を打ち込み、のけぞった相手の首筋にナイフを走らす。
そのまま、脇をすり抜けるように後ろ側に回りこみ、折りたたまれていた腕を伸ばすようにして、後頭部にナイフを突き立てる。
せっかくナイフ分伸びたリーチを無駄にするような構えだが、これでいい。今までの距離感で戦える。足技も出せる。
ナイフを装備したからといってナイフにこだわる必要はない。
ナイフは選択肢のひとつ。人相手なら、拳でも蹴りでも人体を破壊できる。ナイフと違い、かなりの力をこめる必要はあるが。
サウスポーに構え、右手で逆手にナイフを持つ。そして、頭、肩、肘、拳、膝、脚、ナイフ。これらの部位による攻撃を複合させる。
相手がナイフを警戒すればするほど、それ以外の部位での攻撃があたる。その攻撃があたった隙を突き、ナイフを急所に走らせる。
ナイフに対する警戒心が素手への攻撃を当てやすくする。素手での攻撃が当たるので、体勢を崩した相手にナイフが当たる。
お互いを引き立てるように立ち回りを意識する。
気が付くと俺は、夢中でシャドーを繰り返していた。戦いに新しい可能性が見えてきた。後はこの技術を煮詰めるだけだ。
武器の扱いに慣れていなかった俺は、武器をどう扱っていいか頭を悩ませていた。ゴンズたちとPTを組んでいるときも、武器がしっくり来なかった。
武器を中心とした、新しい技術を習得する必要があると思い込んでいた。それは間違いで、今まで習得した技術の中にナイフを取り込めば良かったのだ。
ナイフはあくまでも選択肢のひとつ。間合いは同じ、突きでも蹴りでも、なんならタックルでもいい。
武器の扱いを、技術の中心において扱う必要などなかった。ストンと、自分の中で何かが
ナイフを使って複雑な技を使ったり、相手が防御不能な必殺技を編み出したり、そんな物は必要なかった。
攻撃をそらす。血管、神経、腱を斬る。急所に突き立てる。ただシンプルにそれだけで良い。
武器を使って戦う、自分のスタイルが見えてきた。楽しい。ヤバイ、楽しくなってきた。早く練習したい、実戦で試したい。
今ここで練習をしたら、練習に夢中になってしまう。土のドームに穴が開いても、気付かないかもしれない。ここは我慢だ。
あれだけ悩んでも思いつかなかったのに、ボーっとしている時に思いつくとは。まぁ、そんな物なのかもしれない。
武術、格闘技の中にナイフの扱いを落としこむ。あくまでもベースは素手の武術。『野人流小刀格闘術』爆誕だ! キリッ。
中二病を爆発させていたが、急に恥ずかしくなってきた。何だよ『野人流小刀格闘術』って。くそだせぇわ。いったん落ち着こう、クールダウンだ。
利き手で扱ったほうが良いかと思って、右手でナイフを握った。そのせいで、構えがサウスポーになったが、これも非常にいい気がする。
思い返せば、この世界でサウスポーを見たことがない。左利きがいないのか、スキルはオーソドックスで発動するのか。
日本の剣術なんかは利き手に関係なく同じ構えだし、両手剣の剣術は利き手を意識しないのだろうか。
この世界の冒険者はコストの問題と携帯性の両面から、刃渡り60センチ以上のブロードソードが多い。
本来は片手剣なのだが、柄が長くなっており両手でも使えるようになっている。
普段は片手で使い、威力が足りないときは両手で扱うためだ。両手で扱うロングソードは刃渡り90センチ以上なので、鉄を多く使う分値段が高い。レベル15で燻っている連中には手が出ない。レベルの壁を越えた人間も、使いなれた武器を好む。
ダンジョンや森など狭い場所で戦う事も多いため、ブロードソードを使う冒険者は多い。俺がこの世界の対人戦で一番多く対峙したのは、ブロードソードかもしれない。
左利きの人は、ブロードソードを左手で扱ってもいい気がするんだけどな。見たことがないから、いないのか、もしくは極端に少ないのだろう。
知らないということは、対処方法が分からないということだ。
思い返せば、ゴブリンの集落で戦った天才ホブゴブさんも、俺がサウスポーにスイッチしたら、やり難そうにしていた気がする。
サウスポーと言う概念が広まっている地球でさえ、プロスポーツや格闘技において、サウスポーの優位性というのは広く知られている。
左利きの割合は、全人口の11%前後と言われている。プロとして活躍しているトップ選手の、サウスポーの割合は明らかにその数値を上回っている。
近年の日本人ボクシング世界チャンピオンを例に出してもそれは顕著に現れる。
WBCバンタム級王座を12回防衛した『神の左』山中慎介氏。WBCバンタム級王座を10回防衛。その後三階級制覇を成し遂げた『スピードスター』長谷川穂積氏。
WBC世界スーパーバンタム級王座を7回防衛し、軽量級のスーパースター、ノニト・ドネア選手とラスベガスでメインイベントを行った唯一の日本人。『モンスターレフト』西岡利晃氏。
近年の日本人世界チャンピオンの中でも、突出した戦跡を残している選手にはサウスポーが多い。
本人たちの才能や努力もあるが、サウスポーの優位性については疑うべくもないだろう。
サウスポーの優位性とは何か? 競技によって色々変わってくる部分はあるが、雑にいってしまえば経験の差だ。
統計から雑に当てはめれば、オーソドックスの選手は10回戦って、サウスポーの選手と1回しか戦っていない計算になる。
サウスポーの選手は、オーソドックスの選手と9回も戦っている計算になる。経験値がぜんぜん違うのだ。
なので、サウスポーの選手も、サウスポーの対戦相手が苦手というのはよくあることだ。
慣れているだけ、経験値の違い、それだけかよ。
そう思うかもしれないが、ボクシングは数センチ、数ミリ違うだけで、パンチが当たらなかったり急所からズレたりする。
お互いの前手や前足がぶつかる、オーソドックスとサウスポーの対決は距離感が全く違ってくる。
その距離感に慣れているかどうか。それだけの差がものすごくでかい。
この世界の住人が不慣れな素手の間合い。そしてサウスポー。接近さえしてしまえば、俺が圧倒的に有利になる。
おそらく、俺だけが持つ優位性。しかし、その優位性は諸刃の刃だ。間合いを詰めれば有利。だが、その間合いを詰めるのが、ものすごく大変だ。
空手と剣道が戦えば剣道が。剣道と薙刀が戦えば薙刀が勝つと言われている。リーチの差とは、それだけ覆しがたい優位性を誇る。
ボクシングでも、技術とフィジカルが同程度でリーチが20センチも違えば手も足もでない。相手の攻撃が届き、こちらの攻撃が届かない。
安全な間合いから一方的に攻撃され続ける。
今までは空振りをさせ、その隙に間合いを詰めたり、停止状態から急加速する身体操作で、相手の虚を突いたりしていた。
だけど、これからもその方法が通用するとは限らない。剣での攻撃をかわすだけではなく、新しい防御法を習得する必要がある。
相手の攻撃を防ぐことができれば、より近い位置で反撃ができる。
だけど、ナイフで剣を受け止めることはできない。前手に構えたナイフで相手の攻撃を受け流し、力の方向をコントロールする必要がある。
できれば相手が姿勢を崩す様にしたい。しかし、一人ではその練習ができない。
世界はボッチに優しくないなぁ。
今まで、相手の懐に飛び込むのがうまくいっていた理由は、相手の虚を突いたから。というだけじゃない気がする。
山に入り、暇な時間が増えた。そのおかげで、考える事が多くなり気付いた。すぐそばにゴンズという、フィジカルお化けがいたから全く気付かなかった。
俺の身体能力は、同じレベル15の連中より明らかに高い。
同じレベルの相手に、いくらスキルで効率化され、強化されているとはいえ、革鎧越しに正拳突き一発で胸骨をへし折り、心臓を破壊するなんてのは異常だ。
ゴンズが簡単に首を素手でポキポキと折るから気付かなかったが、明らかにおかしい。間合いを詰める速度も、レベル15帯では速かったのではないだろうか。
だから、あっさりと間合いを潰せた。
自分は基礎値が高いのかもしれないと思った。自分に才能があるとはいわないが、何を参考に基礎値を決めたかで状況が変わる。
俺の持って生まれた才能を基礎値にしたのか、それともこっちに転生した時の肉体を基準にしたのか。それで大きく意味が変わると思った。
異世界人の平均的な身体能力はわからない。
日本で幼少期から栄養状況が良く、専用の器具で筋力を鍛えた体。異世界のただガタイがいいだけの普通の人。どちらの人間のほうが筋力があるだろうか。
レベル補正なしで考えた場合、転生されたときの肉体をベースに基礎値をだしたなら、俺の基礎値は冒険者たちの平均を大きく上回っている可能性がある。
最初はそのせいだと思った。
しかし、それでは説明できない現象がある。俺はスキルを覚えるのが早い。気配察知などのスキルレベルも、体感だがグングン上がっている。
習得しないと死ぬ。そんなハードな状況に追い込まれる事が多かった。そういう状況だとスキルのレベルは上がりやすいとアルから聞いた。
それにしても早い。
昨日も、五感強化なんて新スキルを覚えた。レベルの上昇も、アルから聞いていたより早い気がする。
俺はずっとろくなチートも無く、難易度
ゴブリンしかいない森に言語チート渡されて放りだされる。
言語チートがあっても、言葉が通じねぇじゃねぇか! 村娘と会話して、言葉が通じることがわかってそう思った。
言語チートあげたよ、だけど周りには言葉の通じないゴブリンしかいないけどね。あの性格の悪い神は、そんな風に俺を馬鹿にして楽しんでいると思っていた。
鑑定、アイテムボックス、言語チート。
チート三種の神器の内、言語チートだけ渡して、言葉の通じないゴブリンだらけの森へ放り込む。そんな鬼畜の所業をされたと思っていた。
だから忘れていた。
鑑定、アイテムボックス、言語チートに続く、チート能力第四の存在。チート四天王の一角を占める、中二病憧れのチート。
そう、成長チートだ! 俺、たぶんチート持ってるわ。神様ちゃんと俺にチートくれてたっぽい。あれ? 何で俺チート持ってんのにこんな感じなの?
お尋ね者になって、全裸に泥塗りたくって、山で土のドーム見守ってんの? あれ? チート持ってるヤツってこんなだっけ?
何か釈然としないまま、土のドームを眺めていた。